27.目指す場所は同じ
「貴殿の話はアリスから聞いている。さぞ苦労しているとか」
「いえいえ、大国に加えて八か国から睨まれている貴国の現状に比べれば大したことではありませんよ」
「それを自らの口で言うのですね」
「疑いようのない事実ですから。我々の国がしたことも、この現状の要因を作っていることも」
まさに一触即発。
敵国のトップ同士が邂逅しているのだから、当然といえばそうだけど……。
もし戦いにでも発展したら面倒だから、この辺りで介入しよう。
「お互いに遺恨はあるだろうけど、今は飲み込んでもらえないかしら?」
二人が揃って私に視線を向ける。
レオル君はいつもより怖くて、シクロ王子は普段の飄々とした態度ではない。
それでも私は毅然とした態度で言い放つ。
「シクロ殿下、ここへ来たのは協力するためでしょう? 違うなら帰ってもらいますよ」
「……そうだったね。失礼した」
「レオル君も、今ここで言い争っても何も手に入らないわ」
「……わかっている。感情的になった」
私は心の中で小さくため息をこぼす。
遺恨は消えない。
けれど、過去に囚われていては前に進めないのも事実だ。
利用できるものはなんでも利用する。
ここにいる誰もが、理想を掴むためには手段を選べないことを知っているはずだ。
「私たちの目的は、セイレスト王国に奪われたものを取り戻すことよ。そのために必要なものは準備してきた。本当はもっとじっくり攻めるつもりだったけど、幸運があったわ」
「ドラゴンの調伏だね。その話を聞いた時は驚いたよ。しかも成し遂げてしまったそうじゃないか」
「わざとらしいリアクションは止めて」
「おっと厳しいな。心から驚いたし賞賛しているんだよ? だから俺も、この話に一枚噛むことに決めたんだ」
シクロ殿下は不敵な笑みを浮かべる。
私のもう一つの幸運……これを幸運と呼ぶにはいささか不本意だけど、彼の存在だ。
私に匹敵する魔法使いで、八か国の一柱クレスバレー王国の代表。
この男が味方にいることが、私に大胆な一歩を踏ませる。
「アリス、そろそろ俺にも話してくれないか? 君が考える最良の方法を」
レオル君が尋ねる。
私はあえて数秒呼吸を整えてから語り始める。
「ドラゴンに八か国の資源採掘場を襲撃させるわ」
「――!」
レオル君が両目を大きく開いて驚愕する。
信じられない、という顔だ。
気持ちはわかる。
優しく争いごとが嫌いなレオル君にとっては、私の発言は耳を疑うものだろう。
ただ、今回は私も本気だ。
「……詳しく聞いていいか?」
「ええ」
私はレオル君に作戦の全貌を伝える。
この作戦が成功すれば、八か国のうち最低でも一つは切り崩せる。
セイレスト王国が巨大になった一番の要因は、八か国との繋がりを得ていたことだ。
秘密裏に取引をして、レイニグラン王国を襲撃させた。
この時点で勝敗は決していたことに、レイニグラン王国は最後まで気づけなかった。
もしもあの時、八か国が傍観していたら。
二つの大国、どちらに付くかで意見が割れていたら。
今みたいな圧倒的な差を持って、勝敗が決まることはなかったはずだ。
「……確かにその方法なら、奪い返せるかもしれない……だが……」
「レオル君が気にしているのは被害のことでしょう? その辺りは大丈夫よ。私だって大量殺戮がしたいわけじゃない。ドラゴンを使うのはただの脅しよ」
「脅し……か。だがそれだけで本当に、八か国が裏切るのか?」
「そこは俺が保証しますよ。レオル殿下」
そう言ったのはシクロ王子だった。
彼は自分が説明すると主張するように一歩前に出る。
「俺の国がそうであるように、八か国はそれぞれセイレスト王国に弱みを握られている。当時から力関係はハッキリしていた。だから逆らえず、戦争を仕掛けた」
「だから自分たちは悪くないと?」
「そんなことを言うつもりはありませんよ。ただ、知っておいて頂きたい。俺のように、セイレスト王国を恨む者たちは多い。理由、きっかけさえあれば靡くほどに、あの国は歪なバランスで成立しているんです」
大国を支える八本の柱。
強固に見えたそれは、中を覗けば空っぽの積み木でしかない。
吹けば飛ぶような軽い柱だということに、私たちは誰も気づいていなかった。
シクロ王子の主張が真実なら、十分に切り崩せる。
そして私も考えた。
八か国全てをこちら側に引き入れた時点で、私たちの勝利は確定する。
奇しくもその結末は、かつて彼らがレイニグラン王国に見せた景色を、彼ら自身が目にすることとなるだろう。
意趣返しとしては完璧だ。
「……貴殿は、妹を奪われているそうだな」
「ええ、彼女から聞いていましたか」
「ああ、妹を取り戻すことが貴殿の望みということで、間違いはないのか?」
「そうですよ。俺の家族を、あんなクソの塊のような男に奪われたまま放っておけない」
シクロ王子の声色が変わる。
低く、どす黒い怒りを纏わせた言葉に、空気が凍る。
今の発言に嘘はない。
本気で、セイレスト王国を、ルガルド王子のことを恨んでいるのが伝わった。
ある意味この発言が、レオル君がシクロ王子を信じるきっかけになったのかもしれない。
「必ず取り戻す。妹も、国も、本来あるべき姿に戻す。それが俺の目的です」
「そうか……ならば協力できそうだな。特に肉親を奪われた痛みは……他人事とは思えそうにない」
形は違えど、肉親が苦しい思いをしているのは二人とも同じだった。
原因か要因か、そんなことは些細な違いでしかない。
「この作戦が成功すれば、貴殿の妹の奪還に近づくのだな?」
「俺はそのつもりですよ。まぁ実際、彼女次第なところもありますが」
二人の視線が私に向けられる。
今回の作戦は長丁場になる。
最後まで成功させられるかどうかは……私にかかっていると言ってもいい。
「私は失敗しないわ」
「なら賭けるよ。もし妹を取り戻せたら、グレスバレー王国は全面的にレイニグラン王国を支持する。父上は俺が説得してみせよう」
「いいわね。その言葉、忘れないでよ?」
「ああ、忘れはしない。妹を取り戻してくれるのなら……俺は君たちの味方だ」
総意は出た。
作戦は準備が出来次第早急に動き出す。
さぁ、大一番だ。
ここから一気に、奪い返しに行こう。






