26.王子と王子
調伏したドラゴンは巣に待機させる。
さすがにこの巨体を王都に移動させれば、せっかく残ってくれている国民が逃げてしまうから。
大仕事を終えた私たちは王城に戻っていた。
「どうして内緒にしていたの?」
「怒っているのか?」
「別にそうじゃないわ。少し寂しいとは思うけど」
私だけ彼の目に宿る力を知らなかった。
そのことを寂しいと思う……これは嫉妬という感情に違いない。
遠く離れていても長い付き合いだ。
私が多くを相談したように、彼もそうしてくれていると思っていた。
だから寂しい。
「黙っていたことは謝るよ。相談しようと考えたこともある」
「じゃあどうして教えてくれなかったの?」
「……怖かったんだよ。君に避けられるんじゃないかって」
「どうして私が避けるのよ」
口ではそう言いながら、彼の不安も理解できる。
魔眼という力が世間一般でどう思われているか……もちろん私も知っている。
宮廷なんて場所で働いていたんだ。
普通の人よりも深く知識がある分、魔眼をどう見るかは差が生まれる。
魔法の病、呪われた瞳。
そんな風に言われ、魔眼持ちは忌み嫌われる。
「心外だわ。そんなことで私がレオル君を嫌いになると思ったの?」
「アリス……」
「レオル君だけだったのよ。私の努力を肯定してくれたのは……レオル君の言葉に何度も救われた。たとえあなたが誰でも、どんな姿をしていても、この感謝の気持ちは消えないわ」
「……ありがとう。そう言ってくれる君だから頼りになるんだ。黙っていて本当にすまなかった」
レオル君は何度も頭を下げる。
謝ってほしいわけじゃない。
私はただ、彼に信じてもらえていなかったことが悲しいだけだ。
子供みたいに苛立っている。
「もういいわ。他にはない? 黙ってること」
「ああ、誓ってない。この眼のことくらいだ……」
彼は魔眼が宿る瞳を隠すように手を添える。
その表情からわかるように、彼自身コンプレックスに感じているに違いない。
世間一般の評価を、彼が一番気にしているのかも。
「魔眼も一つの才能よ。どれだけ努力しても得られない。むしろ羨ましいくらいね」
「そんなこと初めて言われたな」
「子供の頃から隠していたの?」
「いや、実を言うと知らなかったんだ。俺にこんな力があるなんて」
「知らなかった?」
彼は小さく頷く。
魔眼の多くは先天性で、生まれながらに宿している。
後天的に得られる事例はほぼない。
特殊な条件が重なり、奇跡的に発現したのは私が知る限り一例だけだ。
先天的に魔眼を持つ者の多くは、生まれた時に周囲が気づく。
「誰も気づかなかったっていうの?」
「そうらしいな。父上に聞いても知らなかったと答えた。俺が気づいたのは、数年前に外で魔物に襲われそうになった時だ。偶然力が発動して、なんとか生き延びた」
「死に瀕して力が覚醒した?」
まさか後天性の魔眼?
だとしたら魔法界にとっても一大ニュースだ。
「……その話、誰にもしちゃだめよ」
「わかってる。知ってるのは君を除けば父上とあの二人だけだ」
「そう、ならいいわ」
もし露見すれば、彼の瞳に興味を持つ国が現れるかもしれない。
王子としてではなく、魔眼持ちとして狙われる。
ただでさえ敵が多いんだ。
今以上に状況をややこしくしたくない。
力を隠すことは、彼を守ることにも繋がるだろう。
そういう意味では、私に黙っていたことを責められないな。
「それで、ドラゴンを使ったいい方法を思いついたって話だけど、そろそろ教えてくれないか?」
「いいわ。ただ話す前に、会ってほしい人がいるの」
「珍しいな。君が俺に他人を紹介するのは初めてじゃないか?」
「そうね。できれば会わせたくなかったわ。けど、利用価値は高いもの」
レオル君は難しい表情をしてキョトンと首を傾げる。
この時点ではわからないだろう。
私が誰を連れてきているのか。
本当は気乗りしないし、会わせてしまって平気なのか不安はある。
ただ、これから行う作戦に彼の協力は不可欠だ。
幸いにも、その目的は似ている。
「もう呼んである。入れていいかしら?」
「ああ、構わない」
「――だそうよ」
「待ちくたびれたよ」
彼は扉から入ってこない。
演出なのか、目立ちたがり屋なのか。
いつの間にか窓が開いていて、彼がそこに立っていた。
風が吹き、紫色の特徴的な髪がなびく。
「アリス、彼がそうなのか?」
「ええ」
レオル君も彼の独特な雰囲気を感じているのだろう。
私も、初めて言葉を交わした時はこう思った。
この男、胡散臭いと。
ただ、その正体を知ってから、少しだけ認識を変えざるを得なかった人物でもある。
「お招きいただき感謝します。まず初めに自己紹介を。私はグレスバレー王国の第一王子、シクロ・グレイセス」
「――! 八か国の王子……そうか、貴殿がアリスが話していた協力者」
「はい」
敵国の王子同士が一つ屋根の下で対面する。
果たして、この選択は正しかったのか。
異様な空気が流れる中で、二人の対話を見守る。






