25.仲間って案外……
ブラックドラゴンが翼を広げ、私のことを睨みつける。
よくも眠りを邪魔してくれたと。
言葉は通じなくとも威圧で伝わる。
「ごめんなさい。これからもっとひどいことをするわ」
私は背後に複数の魔法陣を展開する。
放つは炎の球体。
灼熱の炎を覆った破壊の一撃を、無数に放つ。
ドラゴンは翼の羽ばたきでそれを弾き飛ばしてしまう。
「今のを軽々と……」
「おうおう! 元気いっぱいじゃねーか!」
「――!」
突如、ドラゴンの頭上にアレクが大剣を振り上げて現れる。
私もドラゴンも不意をつかれ、脳天に鋭い一撃が振り下ろされる。
たかが大男の一撃。
その一撃によって、ドラゴンは地面にたたきつけられる。
「はっ! どうだごら!」
ただの怪力じゃない。
大剣に高度の重力を纏っている。
加えて、身体能力も底上げしているみたいね。
「やるじゃない。でも、その程度じゃまだよ」
「あん?」
「来るわ」
ドラゴンは再び急上昇する。
翼による突風を、しっぽの振りまわしで私たちを襲う。
私は急いで回避するけど、アレクは避ける気がない。
「エイミー!」
「わかってる!」
二人の位置が入れ替わる。
アレクではなくエイミーが空へ転移し、ドラゴンの尾が迫る。
彼女は自身の周囲を透明な結界で覆った。
ドラゴンの尾が結界に当たった瞬間、その勢いを反転させて弾かれる。
物理攻撃を反射する結界『リフレクション』。
二人の華麗な連携によって体勢を崩したドラゴンに、エイミーとアレクが再び入れ替わり、今度はアレクが大剣で攻撃する。
攻撃をアレクが、防御をエイミーが担当することで、火力と防御力の両立ができている。
二人いればこういう戦い方もあるのかと、参考になった。
ただ、私には縁のない戦い方な気がしている。
「おらどうした! こんなもんかよトカゲ野郎!」
煽るアレクにドラゴンは尻尾で攻撃を仕掛ける。
続けて体当たり。
二人の連携に翻弄されている。
しかし、ダメージの蓄積が甘い。
「こいつ全然元気だぞ」
「ほとんど効いてないの?」
想定以上にドラゴンの鱗は硬いらしい。
でも、ダメージはある。
特に最初の一撃は確実に効いていた。
せめてあと一発くらい、でかい魔法を当てられたら動きを止められる。
その隙がない。
「こんなんじゃこっちの魔力が先に尽きちまうぞ!」
「何か手を……アリスさん! さっきの攻撃をもう一度撃てませんか?」
「わかったわ。でも数秒の溜がいるの。その間を任せていいかしら?」
「おうよ! 任せな!」
「私たちで引き付けます!」
二人にドラゴンの相手を任せ、私は後退する。
大技を放つために。
「……ふっ」
笑ってしまう。
最初は一人で何とかする気でいたけど、なんだかんだ頼っている。
二人の戦いを見て安心したから。
任せても大丈夫だと。
そう思える心が、自分の中に残っていたことに驚いた。
私はまだ、レオル君以外の他人を頼ることができるらしい。
「悪くない気分ね」
他人を頼るのも。
私は魔法陣を複数展開する。
一撃目は三つを重ねた。
今度は更なる威力向上を目的に、五つの魔法陣を重ねる。
コントロールが難しいから時間がかかるけど、二人に任せれば大丈夫。
しかし、ここで予想外のことが起こる。
私が魔法陣を展開した途端、ドラゴンは二人を無視して私のほうへと視線を向けた。
「――!」
以前に調べた文献を思い出す。
ドラゴンは人間に近い知能を持ち合わせている、と。
私が何を企んでいるのかを悟ったか。
だけどこの距離なら届かない。
そう思っていた矢先、ドラゴンは顎を開けてエネルギーを収束させる。
「おいおいこれ!」
「ドラゴンブレス……アリスさん一旦退避を!」
そうしたいけど、魔法の準備ができる直前だ。
ここで止めると魔力を大幅に失う。
せめてこの攻撃を放って、同じタイミングでぶつけることができれば……。
「ギリギリ間に合わないわね」
「――任せろ!」
地面から聞こえる声。
レオル君がいる。
魔法使いではない彼が、その眼を見開きドラゴンを睨む。
魔眼。
瞳に宿った特殊な魔力と式により、様々な能力を保有する瞳のことを指す。
先天性がほとんどで、多くは制御が効かず曰く付きとなる。
現代では一種の魔法的な病とされている。
私も症例として資料で見た程度だ。
まさか――
「レオル君が魔眼を」
その瞳でドラゴンを見ていた。
直後、ドラゴンの口元で集まっていたエネルギーが爆散する。
まるで制御を失ったように。
ドラゴンブレスの失敗により大きな隙が生まれた。
「今だアリス! 叩き込んでやれ!」
「――ええ、ありがとう」
よくわからないけど、お陰で全力の魔法を放てる。
最初の三倍は覚悟しなさい。
今度こそ空から地面に叩き落して、飛べないくらい弱らせる。
「降りなさい!」
光の雨が降る。
特大の光はドラゴンを包み込み、地面をえぐっていく。
いかに硬い鱗でも、その衝撃を完全に打ち消すことはできない。
光の雨と地面との激突により、その衝撃は全身へ伝わった。
今ならできる。
私が考案した魔物を調伏する式を!
「私たちのものになりなさい」
地面に寝そべるドラゴンを魔法陣で包み込み、淡い光が漂う。
光の粒子はドラゴンの中に入っていき、睨んでいた瞳が柔らかくなり、緩やかに眠っていく。
これで私の魔力とドラゴンの身体がつながった。
アレクとエイミーが近づいてくる。
「大人しくなりましたね」
「できたのか?」
「ええ、お陰で調伏は成功したわ。ありがとう」
私は二人にお礼を言う。
一人で挑むよりも、ずっと戦いやすかったし安心できた。
同僚なんて興味なかったけど、こういうのは悪くない。
レオル君も……。
「お疲れ様だ。みんな」
「レオル君もね」
聞きたいことはあるけど、今は酔いしれよう。
伝説のドラゴンを手に入れた達成感に。
これから引き起こす物語に。
大きな手駒が一つ増えた。
ドラゴンの力を借りて、本格的に奪い返しに行くとしよう。






