24.ドラゴン捕獲作戦
「――そういうわけだから、明日の仕事は一人でお願い」
「……え? ドラゴン?」
作戦決行の翌日、私はセイレストの宮廷でシクロ王子に事情を話した。
なんの脈絡もなく、軽口な説明で。
当然、呆気にとられたような顔をする。
意図的にやったから、驚かせられてスッとした。
「君の国にドラゴンがいることもびっくりだけど、捕まえに行くなんて発想は普通じゃないね」
「それは想像力が乏しいだけよ。とにかく、明日の私は分身だから、いつも通りの仕事はできるけど、それ以上はできないわ。何かあったら適当に対処しておいて」
「お願いが雑だな。まぁわかったよ。俺も何もすることなく協力者を失うのは惜しい。それに、もし君が本当にドラゴンを使役できたなら……この関係の価値はあがる」
彼は不敵な笑みを浮かべる。
ドラゴンという強大な戦力は、彼にとっても魅力的に映るらしい。
「そう。じゃあ期待しておいて」
「ああ、そうする。惜しむらくは、俺も参加したかったかな」
「そうね。あなたがいれば多少は楽になったのに、残念だわ」
「え?」
会話の途中、彼は仕事の手を止めて驚く。
何気ない会話で、特に面白いことなんて言っていない。
けれど、彼は私の顔を不思議そうに見ていた。
「何かしら?」
「いや、てっきり邪魔って言われるかと思っていたからね。素直に残念がられるなんて思わなかったよ」
「――! 勘違いしないで。私はあなたの魔法使いとしての実力は認めているつもりよ。そうじゃなかったら協力なんてしないわ」
「それもそうだね。君が俺のことをちゃんと評価してくれているみたいで嬉しいよ」
「……」
余計なことを口走った、と、後になって後悔した。
何気ない一言だったけど今後は気を付けよう。
この男に対しては、賞賛も激励もいらないかな。
◇◇◇
ドラゴン捕獲作戦決行日。
私たち宮廷魔法使いは、装備を整えて問題の場所へと向かった。
命をかける危険な任務だ。
それぞれが決死の覚悟を抱いてきている。
「……本気で一緒に行くつもり?」
そんな中に、場違いな人員がいる。
「レオル君」
「ああ。ここまで来て戻れと言わないでくれよ」
「……」
王子であり、魔法使いでもないレオル君が同行することになった。
私は最初否定したけど、他の二人は肯定的だった。
その理由が気になって、とりあえず同行することには了承したけど……。
「心配か?」
「当たり前でしょ。レオル君に何かあったら……私は一人になるわ」
「アリス……大丈夫、俺の特技は結構役に立つんだ」
「特技?」
彼には何か秘策があるらしい。
何かをここで聞きたかったけど、レオル君は応えてくれそうにない。
本番で見せてもらうしかないのは、正直不安だ。
「心配いらねーよ。実際役に立つと思うぜ」
「ですね。私たちも何度か窮地を救われましたから」
「……そう」
本当に何を隠しているのだろう。
私だけ知らないことに、ちょっとモヤっとした気持ちが芽生える。
王城から北へ馬を使って五時間。
街や村も存在しない。
これまで人が暮らした形跡もない場所に、そびえたつ大きな岩山がある。
いくつもの岩が重なってできた山は、上から覗き込むと空洞になっていた。
上空にはワイバーンが飛翔していて、危険だからてっぺんには近づかない。
それ故に、これまで見つけられなかった。
「あの岩山の下に巣があるぜ」
「現実的に巣の中で戦えないので、一度追い出す必要があります。その前に、ワイバーンを退かさないと」
エイミーが現状を簡潔に説明してくれた。
手順は三つ。
まずワイバーンを静かに移動させる。
あまり音を立てるとドラゴンに気付かれ、最悪の場合はドラゴンとワイバーンを同時に相手することになる。
次にドラゴンに奇襲をかける。
おそらくこちらがダメージを負わず、最大限の攻撃を放てる最初で最後のチャンス。
ここで決めるくらいの勢いで、特大の魔法をお見舞いする。
巣から出てきたら地上で迎え撃ち、できるだけ弱らせて私の魔法で調伏する。
「オレたちは待機でいいんだな?」
「ええ。ワイバーンの除去と最初の一撃は私に任せてほしい」
「いいんですか? 殿下」
「ああ、彼女がそういうなら任せよう」
戦闘しやすいように場所を確保してから、私だけ飛行魔法で空へと浮かぶ。
最初にワイバーンの除去だ。
普通に戦えば騒音が響き、ドラゴンに気付かれる。
数も多い。
倒すんじゃなくて、退いてもらおう。
「……ふぅ」
多少は緊張する。
けど、私は自分にできることをするだけだ。
両手を前に、魔法陣を展開して、胸の前で一回叩く。
パンッ!
という音が拡散され、ワイバーンたちへと響く。
音を聞いたワイバーンたちは岩山を旋回し、徐々に離れていく。
争う様子もなく、平和な解決。
音を発動条件にした幻術で、視覚情報を狂わせた。
彼らは岩山との距離感を見誤り、今頃別の場所を岩山だと思ってクルクル飛んでいる。
「おーすげぇ、ホントにあっさり退かしやがった」
「魔法発動までの時間が極端に短い。相当な熟練度ですね」
「――こんなものじゃないよ。なんたって彼女は、たった一人でセイレスト王国の魔法基盤を作り替えた魔法使いなんだから」
さぁ、次だ。
気づいていないドラゴンに、最大の一撃をお見舞いする。
ドラゴンの鱗は硬いと聞く。
なら破壊力と指向性重視で、威力をドラゴンだけに集中する攻撃を。
岩山の上に魔法陣を展開する。
数は三つ、それぞれが異なる効果を持つ。
光の収束、拡散。
高密度に圧縮された光のエネルギーを、滝のように激しく流し込む。
即席だから魔法名はない。
名づけるなら、そうね――
「リヒトレイン」
光の雨が降る。
岩山の奥深くに眠る巨大なドラゴンに。
目覚ましにしては強烈だっただろう。
ゴゴゴゴと轟音が鳴り響き、火山の大噴火のごとき迫力で岩を吹き飛ばしながら、伝説の存在は姿を現した。
太陽の輝きが黒い姿に反射する。
「――ここからが本番ね」






