21.いきなり喧嘩?
「グレスバレーの第一王子!?」
レオル君が過去最大級の驚きを表情に表す。
宮廷潜伏初日を終えて、何があったか報告した直後のことだった。
驚かれるとは思っていたけど、ここまで盛大にビックリするのは意外だった。
「予想外過ぎるだろう。まさか八か国の王子が……」
「私も驚いたわ」
「……全然そうは見えないけどな」
「今はもう時間が経ってしまったから。聞いた時はちゃんと驚いたわよ」
レオル君ほどではなかったけど。
私は彼に、ウルシス……いいえ、シクロ王子から聞いた内容も伝えてある。
それを思い出しながら、レオル君は顎に手を添えて考える。
「望んで協力したわけじゃない……か」
「どこまで本当のことを言っているかはわからなかったわ。けど……」
「ああ、わざわざ素性を偽って潜入してる。少なくとも王国に対して好意的じゃないのは確かだな」
「私もそう思ったから一先ず協力することにしたわ」
と言っても、具体的に何をするわけじゃない。
あの後研究室に戻り、仕事しながら彼とは話し合った。
結論、今はお互いに仕込みの時期だから、下手に動かないほうがいいということになった。
私たちは新入り、まだ部外者に近い。
まずは宮廷という職場に溶け込み、ある程度の自由が利く信頼を勝ち取る。
私も同意見だった。
「信用できるのか?」
「まだわからないわ。今後の行動次第ってところね」
どの道、お互いにばれたら大変なことになる。
素性を隠している以上、協力せざるを得ない。
「どうせ目立った動きはすぐにできないから大丈夫よ」
「ならいいが、くれぐれも」
「わかっているわ。心配してくれてありがとう」
「俺には心配することくらいしかできないからな」
そう言いながら切なげに目を伏せる。
彼のことだから、自分も一緒に無茶ができたら、とか考えていそうだ。
「レオル君にはレオル君の仕事がある。私は私にやれることをするだけよ」
「――ああ」
後ろめたさを感じる必要はない。
少しでもそう伝えられたら、それでいい。
「あ、そうだ。君に伝えておくことがあったんだ」
「何?」
「明日、君の同僚が二人帰ってくるよ」
「同僚……? ああ、資源探索に行っているって話にあった」
他の宮廷魔法使いのことか。
この国に来てそれなりに時間が経過して、すっかり馴染みだして忘れていた。
そういえば私以外にもいるんだ。
「予定通りだと明日の夕方には到着する」
「それなら間に合いそうね。どんな人たちなの?」
「面白い奴らだよ。きっと仲良くなれる」
「そう。レオル君が言うならきっとそうなのね。楽しみにしているわ」
口ではそう言いつつ、実はあまり興味がなかった。
セイレスト王国で働いていた頃から、同僚という存在へのイメージはよくない。
一応、同じ職場で働く仲間だ。
でも実際は仲間なんて言葉は名ばかりで、まったく助け合いもない。
私が遅くまで残業しているのを知りながら、自分たちはさっさと帰る。
そういう人たちばかりだった。
レオル君には悪いけど、他の二人がどんな人たちでも、私は一人でなんでもするつもりでいた。
◇◇◇
翌日の夕刻。
私はセイレストの宮廷で働いていた。
胡散臭い男、グレスバレー王国の王子様と一緒に。
「今日はここまでね。帰りましょう」
「ん? もうそんな時間か。う、うーん……今日も疲れたね」
「お疲れ様」
「帰り支度が早いね。君はまったく疲れてなさそうだ」
彼はニヤっと相変わらず胡散臭い笑顔を見せる。
「これくらい普通よ。あなたこそ、王子の癖に魔法使いの職務もできるのね」
「勉強したからな。ここへ来るために」
「……そう」
きっと、本当に努力したのだろう。
魔法使いとしての実力は、試験の時に垣間見せている。
私を最初は欺いた幻覚魔法も一流だった。
才能だけでは得られない強さを身に着けている。
そうだとわかっても、なんとなく認めたくなくて皮肉を言う。
「王子も案外暇なのね」
「こっちは国王がまだまだ現役だからね。俺の仕事なんてたかが知れてる。だからこうして勝手に動けるんだよ」
「そう。まぁ、他所の国の事情なんてどうでもいいわ」
私はそそくさと研究室を出ようとする。
「あれ? もう帰っちゃうの? 途中まで一緒に帰らない?」
「嫌よ」
キッパリと断り、私は廊下に出る。
どうせ人気のない場所に移動したら転移する。
一緒に帰宅する理由がない。
あと普通に面倒くさい。
「……」
道中、元々私が使っていた研究室の前を通りかかる。
微かに部屋の灯りが漏れていた。
中にはきっと、システィーナがいる。
私は歩く速度を変えず、その場を通り過ぎた。
今はまだ、誰とも関わるつもりはない。
いずれ必ず相対した時に、疲れきった顔を見せてもらいましょう。
私はいつも通りに外へ出て、人気のない路地に入り転移魔法を発動させた。
レイニグラン王国の研究室に移動する。
念のために残しておいた分身も消して、記憶を共有する。
「特に何もなかったみたいね」
その後すぐに、レオル君がいる執務室へと向かう。
今日は同僚が帰還する日らしい。
あまり興味はないけど、挨拶くらいはしっかりしておこうと思った。
執務室にたどり着き、扉をノックする。
「レオル君、私よ」
「――入ってくれ」
扉を開ける。
手をかけた時から、他にも人がいることは気づいていた。
扉の向こうで、レオル君が椅子に座り難しい顔をしている。
その前には二人の見知らぬ男女が立っていた。
「――へぇ、こいつが噂の新入りか」
中に入って早々に、ガタイのいい男と目が合う。
彼は無造作に距離を詰めてきた。
「お前、強そうだな! オレと戦ってくれよ!」
「――は?」
これまた予想外。
いきなり同僚に喧嘩を売られるなんて……。






