2.恵まれた妹
これまでの道のりを思い返していた私に、殿下は冷たく鋭い言葉を言い放つ。
つまらない女……そう言われてしまった。
でも、私は否定できそうにない。
「確かに君は凄い。魔法使いとして、この国によく貢献してくれていた。そこは認めてあげるよ。よっく頑張ったね」
パチパチパチと拍手の音が研究室に響く。
言葉では褒めていても、その態度や表情は馬鹿にしている。
本心からの賞賛ではないことくらい私にもわかってしまった。
殿下は続ける。
「けどそれは、宮廷魔法使いとして当たり前の仕事をこなしているだけだ。僕の婚約者は、いずれ僕の妻になる人物だ。それが仕事しかできない……それ以外に何の価値もない女性であってはならない。そんな女性なら召使いのほうがピッタリだ。そうは思わないかな?」
「……」
「何も言えないかい? だから君はつまらないんだよ。僕はずっと退屈だった。君みたいな愛想もなくて、仕事以外に友人もいなさそうな可哀想な女なんて、見ているだけで不愉快だ」
ひどい言われようだ。
私も、今の自分に魅力があるのかと問われたら、首を傾げる。
私は自分に自信が持てない。
だとしても、ここまでハッキリと罵倒されるなんて思っていなかったから、心に深くナイフが刺さったような痛みを感じた。
殿下は心に刺さったナイフをさらに抉る。
「だから今は晴れやかな気分だよ。君との婚約を解消できて、もっと相応しい女性と婚約を結べたのだからね」
「相応しい……女性……」
「君にも紹介してあげよう。君にとっても、無関係な人物じゃないからね」
「……」
この時点で私は、新しい婚約者が誰なのか予想がついていた。
私と殿下の婚約は、お父様がミレーヌ伯爵家のために交渉した結果得られたものだ。
それを簡単に手放すようなことを、お父様がするはずがない。
とことん私を利用して、王族との関係を途切れさせないようにするはずだ。
それなのに、こうも容易く話が進み、私が知らないところで決着しているということは……相手は一人しかいない。
「入ってきなさい」
「はい。失礼いたします」
ガチャリ、と扉が開く。
案の定だ。
私は目を疑うこともなく、小さなため息と一緒に肩の力が抜ける。
「紹介、は必要ないだろう? 僕より君のほうが知っているはずだ」
そう、知っている。
私は彼女のことをよく知っている。
なぜなら彼女は……。
「システィーナ……」
「こんにちは、アリスティアお姉様」
システィーナ・ミレーヌ。
私より二つ下の妹で、お父様と現在の正妻との間に生まれた娘。
彼女はニコリと微笑む。
私から婚約者を奪っていながら、清々しい笑顔を見せる。
「彼女が僕の新しい婚約者だよ。もちろん、父上も同意してくれている」
「ごめんなさいお姉様、まさかこんなことになってしまうなんて……思っておりませんでした」
「……」
わかりやすい嘘だ。
表情が悔いていない。
むしろ、私から奪い取ったことを喜んでいるようにも見える。
昔からそうだった。
システィーナは私を見下している。
お父様に溺愛され、ミレーヌ家でも優遇されて育った彼女は、私とは対極だ。
明るく、女の子らしく、可愛らしい容姿や振る舞いは男性を魅了する。
殿下も彼女の肩に腕を回し、さぞ気に入っている様子を見せる。
「システィーナは実にいい。君と違って魅力に溢れている。やはり僕の婚約者はこういう女性ではなくては困るね」
「いえ殿下、私なんてまだまだです。もっと殿下に相応しい女性になれるように努力いたします」
「その向上心も素敵だ。まったく、同じ家の人間でどうしてこうも差が生まれるのだろうか?」
「それは仕方がありません。私とお姉様は……お母様が違います」
「ああ、そうだったね。裏切り者の娘か」
私のお母様のことを、殿下やシスティーナも知っている。
二人だけじゃない。
貴族の中では有名な話だ。
ミレーヌ家は他国のスパイに騙されていた。
この事実が広まってしまったことも、お父様が私を嫌う原因となった。
月日が経過し、話題として弱くなった今でも、私の存在はミレーヌ家にとって病のようなものだ。
自分でもそうだと理解しているから、少しでも払拭できるように努力してきた。
どうやらまだ、足りなかったらしい。
悲しいけど仕方がない。
そう思うのと同じくらい、今はホッとしている。
殿下の婚約者候補として、変に気を遣ったり、意識する必要がなくなる。
私にとってこの関係は重りでしかなかったから。
「……わかりました。殿下、御期待に沿えず申し訳ありませんでした」
「ああ、期待外れだったよ」
「システィーナ、私が不甲斐なくてごめんなさい」
「謝らないでください、お姉様。お姉様の代わりに、私がしっかり務めを果たして見せます」
私は二人に向かって頭を下げた。
どうして自分が謝っているのか、正直疑問はあるけど。
私はゆっくりと顔を挙げる。
「申し訳ありません。そろそろ仕事を再開したいと思います」
「ああ、その必要はない」
「え?」
「話はもう一つある。システィーナは君に代わって僕の婚約者になった。君が担っていたものは全て、彼女が引き継ぐことになる」
引き継ぐ?
何を言っているのかわからない私は困惑する。
そんな私に向かって、殿下は言い放つ。
「本日付で、システィーナ・ミレーヌを新たな宮廷魔法使いに任命する」
「――! 待って下さい殿下! 宮廷の規定で、同家で同じ役職に就けるのは一つのみと決まっているはずです!」
「さすがにそのことは知っているか」