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19/45

19.落ち着く時間

 試験が終わり、各々が帰路につく。

 遠方からはるばる来ていた方も多く、そういう人たちの道を閉ざしてしまった自覚はある。

 もっとも、私がこれからやろうとしていることは、彼らを含む国民全員の道を閉ざす結果になるだろう。

 罪悪感はぬぐえない。

 それ以上に、私はやるべきことを理解しているだけだ。


「この辺りでいいわね」


 街中に入り、できるだけ人気のない道を進む。

 裏通りに入り、一目が一切ない場所を見つけてから、私は転移の魔法を発動させる。

 転移先はもちろん、私が帰る場所だ。

 移動は一瞬。

 瞬きをすれば、目の前はもう自分の研究室だ。

 レニングラン王国に戻った私は、さっそく応接室にいるレオル君に報告へ向かう。

 

 トントントン、とノックの音が響く。


「誰だ?」

「レオル君、私よ」

「――! 入ってくれ」


 許可を得て、私は扉を開ける。

 すると彼は仕事中だったらしく、私を見てペンを置いた。

 彼は私と顔を合わせて嬉しそうに微笑む。


「お帰り、アリス」

「ただいま、レオル君」


 彼の顔を見て、私もホッとした。

 無事に帰ってこれたんだと。

 自信はあったけど、単身で敵地に潜り込むのはそれなりのストレスがかかっていたらしい。

 それを今さら自覚する。


「どうだった? 君のことだから問題なく合格したとは思うけど」

「もちろん。ちゃんと合格したわ。明日からまた、あの嫌な場所で働くことになるわね」

「すまないな。君にばかり嫌な役回りをさせて」

「いいのよ。レオル君だって大変でしょう?」


 王子の身でありながら、仕事も重圧も国王と同じだけ圧し掛かっている。

 むしろ一介の王より、彼への期待や不安は大きい。

 壊れかけているこの国を立て直せるかどうかは、彼の手腕にかかっているのだから。


「俺は君に助けられているからな。その分、自分にやれることをやるだけだ」

「それが大事なのよ」

「そうだな。で、明日からってことは、当分はこっちに戻れないのか?」

「いいえ、どっちにもいるわ」


 私がそう言うと、レオル君はキョトンと首を傾げる。

 

「そのための魔法があるの。こんな風に」


 私はぱちんと指を慣らす。

 実はここに来る前に、すでに見せたかった魔法を使っておいた。

 合図に合わせて扉が開き、そこから顔を出したのは……。


「――! アリスが、もう一人」

「「そうよ」」


 驚くレオル君に説明をする。

 魔法名『ドッペルゲンガー』。

 簡単に言うと、自分の分身を作り出す魔法だ。 

 生み出された分身は私と記憶を共有し、人格のコピーが内蔵されているから、分身単体で私らしい行動や発言もできる。

 完全な自立個体を生み出す。


「凄いな……そんな魔法まで開発していたのか」

「時間はたっぷりあったからね。でも分身といっても完璧じゃないわ。分身のほうは本体よりも使える魔法に制限があるの。だから必然的に、分身はこっちに置くことになるわ」

「本体はセイレストのほうか。分身との記憶を共有しているなら、こっちで何かあれば伝わるんだろ?」

「ええ、逆もそうよ。必要なら本体と分身を転移魔法で入れ替えることもできる。仕事以外の時間は、なるべくこっちにいたいから」


 目的のためとは言え、セイレスト王国に長く滞在するのは気乗りしない。

 あそこには嫌な思い出しかないから。

 試験中も、一秒でも早く戻って来たかった。


「そうしてもらえると俺も嬉しい。分身に失礼かもしれないけど、やっぱり寂しいからな」

「レオル君……」


 そう思って貰えることが、私にとっての幸せだ。

 やっぱり、彼と話していると落ち着く。

 素の自分でいられるのは、きっと彼の前だけだろう。


「――そうだ。実は一人、気になる人がいるの」

「気になる?」

「ええ、私と一緒に宮廷の試験に合格した男性、名前はウルシス。かなり実力のある魔法使いなんだけど、独特な雰囲気があって、私の偽装にも気づいている可能性があるわ」

「ああ、そういう意味か」


 なぜかレオル君がホッとしている。


「どうしたの?」

「いや、急に気になる人がいるって言うから、てっきり好きな人でもできたのかと思ったんだ」

「――! そんなんじゃないわ」


 予想外の勘違いに私は思わず中途半端な笑顔を見せる。

 好きな人なんて、そんなこと考える暇もなかった。

 私にはきっと、恋をする余裕がない。

 できるとしても、ずっと先のことだろう。


「気づいているって? 君の魔法に?」

「ええ、その可能性がある。やたらと私に絡んできたし、もしかすると彼も別の目的で試験を受けに来たのかもしれないわ。何かはわからないけど」

「大丈夫なのか?」

「まだわからない。敵になるのか、それとも味方になり得るのか……もしもの時は……」


 たとえ目的がなんであれ、私の邪魔をするなら容赦はしない。

 この手を汚すことになっても構わない。

 覚悟はとっくにできている。


「無茶はしないでくれよ」

「わかっているわ。最悪この国に迷惑はかけない」

「そうじゃなくて、君自身のことだ。君の身に何かあったら、俺は嫌だぞ」

「……本当、優しいわね」


 ずっと前から知っている。

 スパイを始めた時も、いつも眉間にしわを寄せて、自分自身の行いを悔いる様に話す。

 本当は私に危険なことをさせたくないと、彼は本気で思っている。

 私の魔法使いとしての実力を知った上で、それでも心配してくれている。

 そういう人だから、私は信じている。


「大丈夫、私は負けないわ」


 この人が信じる未来のために。

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