17.謎の実力者
試験は二段階に分かれる。
始めに行われるのは筆記試験、一般的な魔法学についての問いや応用問題。
他には魔法とは無関係の常識、この国の歴史についても出題される。
宮廷で働くということは、この国の代表の一人になるという意味でもある。
魔法使いだから魔法だけできればいい、というわけじゃない。
当然、ここに来る人たちはみんなわかっているから、ちゃんと勉強してきているはずだ。
その点、私は自分が卑怯だと自覚している。
(……仮にも五年働いていたのよ。こんなの間違えるはずがないわ)
心の中で溜息をこぼし、他の志願者への申し訳なさが膨らむ。
どの問題も、宮廷で働く魔法使いなら知っていて当然だ。
一般常識に関しても、仮にも貴族として暮らしていた私にとって、サービス問題でしかない。
碌な準備をしていない私でも、この試験なら満点を取れる。
これは一種のカンニング行為に近い。
もっとも、スパイ活動をするために試験を受けに来た時点で、私に誠実さは語れない。
「――それまで! ペンを置いてください」
周りから疲れた声が漏れる。
こんなの解けて当たり前なのは、他の志願者たちも思っていることだろう。
一問でも間違えれば他に差を付けられる。
そのプレッシャーは計り知れない。
が、筆記試験よりも重要なのが、次に行われる実技試験のほうだ。
私たちは場所を移動する。
騎士団隊舎の中にある屋内訓練場。
ここでは魔法使いも訓練ができるように、壁や天井を通常よりも硬く設計している。
案内された私たちは、マトが用意された広い土のフィールドに立つ。
試験を担当する役人が説明を始める。
「ここでは実際に皆さんの魔法を見せていただきます。まずはあの的に向かって、なんでも構いません。ご自身の得意な魔法をお使いください。攻撃系以外が得意の方は申し出ていただければ準備いたします。質問はありませんか?」
特に手があがらず、役人はこくりと頷く。
「では順番に、イスカさん」
「はい」
ちょうど私の偽名が呼ばれた。
今の私は魔法によって姿を、声を、気配を変化させている。
実力のある魔法使いであっても、私が最初から別人だと断定して見ない限り、偽りの像を見ることになる。
こそっと外出したり、工作する際に必要だった偽装魔法。
数年かけて熟練された魔法は、私の手札の中でも自信がある魔法の一つだ。
現に、実力者揃いの皆が気づいていない。
「このままで構いませんか?」
「はい、問題ありません」
私は的の前に一直線に立つ。
他の人たちには悪いけど、ここで派手に目立たせてもらおう。
チラッと待機している志願者を見た。
皆が注目している。
当たり前だ。
だけど一人だけ、不思議な視線を向けている男性がいた。
私と同じくらいの若さで、黒色の髪が特徴的で、少し貴族っぽさがある。
そしてどことなく……。
私は首を横に振る。
今は関係ない。
この試験に集中しよう。
万が一にも落ちてしまったら、計画の全てが破綻する。
レオル君にも申し訳が立たない。
私は右手をかざす。
「すぅ……」
詠唱はいらない。
魔法式は頭に映像として記憶されている。
それを引っ張り出して、魔法陣を展開する。
「燃え尽きなさい」
放たれる業炎。
魔法名は『フレアブレイク』。
私が扱う攻撃魔法の中では、七番目くらいに高威力な魔法だ。
放たれた炎は的を一瞬で燃やし尽くし、背後の建物の壁に衝突し四方へ炎が拡散する。
激しい熱風が観戦していた人たちにも襲い掛かる。
あえて彼らを威圧するように、ギリギリ当たらないようにコントロールして。
「な……すごい威力だな」
「しかも無詠唱……魔法発動のタイムラグが極端に短い」
「何者なんだ……? あの女は」
「――へぇ」
また、奇妙な視線を感じる。
魔法を撃つ前に目が合った男性からだ。
どういうわけか、彼だけが他の志願者たちとは違う感情で私を見ている。
驚きはしているけど、喜んでいるような……。
この違和感の正体はなんだろう?
「次、ウルシスさん」
「ああ、俺の番か」
次に名前を呼ばれたのは気になっている彼だった。
名前はウルシスというらしい。
当たり前だけど家名はないし、貴族ではない。
場所を交代するため、私は彼の方へと歩き、彼も私の方へと歩く。
私たちはすれ違う。
「――面白い魔法だね」
「――!」
小さな声で、私にしか聞こえないように発せられた言葉。
私は咄嗟に振り返る。
今の言葉は……フレアブレイクに対して?
なんとなく違う気がする。
まさか彼は、私の魔法に気付いている?
私は彼に注目する。
興味と警戒を混ぜ合わせた複雑な感情を胸に、的の前に立つ彼の後姿を見つめる。
「えーっと、魔法はなんでもいいんですよね?」
「ええ、あの的に目掛けて撃っていただければなんでも構いません」
「うーん、じゃあこれでいいかな」
彼はポケットに手を入れたまま、右足をぐりっと地面に擦り付ける。
「――アイスウォール」
足元に展開された魔法陣。
発動したのは氷の壁を生成する魔法だった。
彼から縦向きに発動された氷の壁は、遠く離れた的まで届いて下から突き上げる。
「おいおい、まじか。また無詠唱……」
「しかもこれって……」
皆が驚いている。
私も。
今の魔法は攻撃用の魔法じゃなくて、本来は防御に使われる魔法だ。
それを攻撃に転用している。
氷の厚みも普通じゃない。
「これでいいですか?」
「はい。問題ありません」
彼は振り返り、私と視線を合わせる。
この男は一体……何者なのだろう。
 






