16.再潜入、再試験
セイレスト王国の発展は停止し、緩やかに停滞を始めた。
商業を営む者や、王城と関わりが深い者たちは徐々に気づき始めている。
魔力エネルギー供給の不安定さに加え、新たな魔導具の開発資源の枯渇。
大きな失敗と、小さな失敗。
それらが積み重なり、王都中で不和が広がっている。
「おい聞いたか? 魔力の供給代金が値上がりするって」
「え? 急になんで?」
「なんでも発魔所の不具合が続いたせいで、安定した供給が保てなくなったかららしい」
「はぁ? そんなもんあいつらの問題じゃないか! どうして俺たちがその不足を負担しなきゃならないんだよ!」
これが現在の街の声だ。
特に商業を営む者たちにとって、魔導具を動かすエネルギー供給は必須である。
その値上がりは経費の増加を意味し、結果的に利益が低下する。
しかし憤りを感じるのは、その原因が自分たちにないことだ。
「自分たちの失敗くらい自力で補填しろよな! 俺たちは国の家畜じゃねーんだぞ」
「気持ちはわかるがあまり大きな声で言うな。王城の役人にでも聞こえたら大変な目に遭うぞ」
「はっ! どうせお偉いさんはこんな街中に来やしねぇよ。あいつらは今頃、俺たちから搾取した金で優雅に紅茶でも飲んでるだろ!」
「まぁ想像できるな。噂じゃ魔力エネルギーだけじゃなく、他の物資の価値も上がるらしいぞ」
「チッ、ホント意味わかんねーよな。なんで貴重な資源の管理まで国営にしちまったんだか」
やれやれと首を横に振る男性と、それに同意する友人の姿を横目に、私は王都の街を歩いている。
こうして国民の声を聞くのは新鮮だ。
宮廷で働いていた頃も外出はしていたけど、夜遅い時間だったり、あまり外で人と関わらなかった。
実際、みんながどう思っているのかわからなかった。
「意外と不満も多いのね」
不自由ない暮らしをして、さぞ満足していると思っていたら、案外そうでもないらしい。
国営資金は王都や国に属する者たちから税として徴収している。
どの国もしていることだけど、セイレスト王国はその比率が他国に比べて多かった。
その分、還元されるものが大きければ文句はなかっただろう。
彼らの反応を見る限り、肝心の見返りは満足いくものではなかったようだ。
そこに最近、いろいろ大変な王国は、負担を国民に増やしてしまった。
増税と無言の圧力は、更なる不和を生む。
私が意図していなかった部分でも、大国の衰退は進行していた。
「ふふっ、願ったり叶ったりだわ」
私が直接手を下すまでもなく、人々の信頼を失っていく。
国を作るのは人だ。
国民が力を失えば、その国は衰退の一途をたどる。
長い歴史の中で数々の国が証明してきた。
私が今いるレイニグラン王国は、残ってくれた国民と、若き王子の手によってギリギリ支えられている。
今はなんとか持ち堪えているけど、残念ながら長くは続かない。
だから、私が変える。
そのために――
「戻って来たわよ。王城」
私はこうして、懐かしさも感じない元職場へと戻ってきた。
厳密にはアリスティアとしてではなく、まったくの別人として。
目的は一つ、宮廷に再び潜入すること。
私はカバンから一枚の紙を取り出す。
「思った通り集めに来たわね」
そこに書かれていたのは、宮廷魔法使いの募集要項。
本来の予定より早く、一般希望者の試験を実施することになったらしい。
私が抜けて、宮廷での仕事が回らなくなった影響だろう。
当然だ。
システィーナ一人で、私が残してきた仕事をこなせるわけがない。
彼女がパンクするように無理をして、周囲の評価を上げ、自身の許容を大きく偽ってきた。
私でも夜遅くまで残ってやっと終わらせていた仕事量は、これまで碌に働いてもいない彼女には無理だ。
「今頃どうなっているかしら? せめてまだ、逃げ出さないでほしいわ」
私が思い描く物語に、彼女の存在も必要になる。
完全に壊れてしまう前に、一度は立て直しが必要になりそうだ。
そこだけが面倒で憂鬱な気分になる。
私はため息を一つついて、自身にかけられた魔法の効果を再確認し、試験会場へと向かった。
会場は王城の敷地内、宮廷の一室だ。
すでに希望者は三十人近く集まっていて、待合室が込み合っている。
「こんなにいるのね」
集まっている人たちは性別も年齢もバラバラだ。
おそらく同じなのは、全員が魔法使いであることだけだろう。
宮廷は高給取りで有名だし、任命されれば爵位に近い名誉を得ることになる。
一般人が貴族と同等の地位に立てるのは宮廷職しかない。
誰も彼も、出世したくてギラギラしている人たちばかりだ。
だからこそ、貴族から宮廷入りした人より実力を持っている魔法使いも多い。
この臨時の募集も、即戦力を投入するため一般人に賭けたのだろう。
規定時刻になり、役員が待合室にやってくる。
「お集まりの皆さん、これより試験を開始いたします」
「よっしゃ。いよいよだぜ」
「腕が鳴るわ」
「……」
みんな気合十分。
彼らは等しく、この日のために色々準備して、努力してきた人たちだ。
残念ながら選ばれるのは一人か二人だけ。
選りすぐりの人材が選出され、落ちた者は次の募集に賭けるか、諦めるしかない。
彼らにとっては人生をかけた大一番だろう。
だから、本当に申し訳ないと思っている。
彼らの夢を、私みたいな不届き者が潰してしまうなんて。
 






