14.壊れていく心
アリスティアは着実に前へと進んでいる。
念入りに準備された計画に基づき、着々と事態を好転させる。
対照的に、セイレスト王国はどうだろう?
魔力供給停止のパニックから数日が経過し、ようやく騒ぎも沈静化され、元の生活に戻り始めていた。
停止していた時間は僅か数分。
しかし王都で暮らす人々の生活にも多大な影響を与えてしまったことで、混乱は想定を上回る規模とペースで拡散した。
その責任を問われたのは、もちろん彼女だった。
「……あの、ずっとそうしているおつもりでしょうか?」
「はい。命令ですので……」
「いつまで……」
「命令が解除されるまでとなっております。私には明確な期日はわかりかねます」
システィーナの研究室に騎士が立っている。
外ではなく室内に、システィーナの視界に映る様に。
護衛では当然ない。
これは彼女を監視するために配属された騎士だ。
先の一件で、システィーナは多大な損害を出してしまった。
本来ならば責任を取らされるところを、ルガルド王子とミレーヌ家の尽力で、なんとか厳重注意で収めることに成功する。
しかし、失った信頼は大きかった。
国王陛下からの命令により、彼女の行動を監視することとなった。
すでに一週間が経過しようとしている。
彼女が立ち上がると、騎士が目を光らせる。
「どちらに行かれますか?」
「お、お手洗いに」
「わかりました」
当然のように、騎士も同行する。
さすがに男女の差があるため中には入ってこないが、お手洗いの前までは必ず同行される。
一人きりになれる時間は短い。
ミレーヌ家の屋敷の中か、こうしてトイレに入っている時だけだ。
今も、別にお手洗いが目的じゃなかった。
「はぁ……」
ただ一人になりたかっただけである。
四六時中、宮廷にいる間は常に監視されている。
疑いの目で見られている。
注目されることに慣れている彼女でも、こうした目にさらされた経験はない。
想像を絶するストレスが彼女を襲っていた。
すでに心は疲弊しきっており、今にも壊れてしまいそうになっている。
「誰か……ルガルド殿下……」
他人に助けを求めるしかない。
自分では解決できないと、彼女は諦めていた。
そんな彼女の心情は気にせず、次なる仕事がやってくる。
お手洗いから戻った彼女の前に、室長の女性が待ち構えていた。
「し、室長……」
「システィーナさん、あなたに仕事です」
「はい……」
どうして自分に?
私は見ての通りに忙しいので他を当たってください。
と、元気があった頃は言い返せていたが、もはやその気力もない。
一度でも大きな失敗をしたことで、彼女は信頼されていない。
だが、変わらず仕事は減らない。
彼女がやらなければ、他の者が代わりに担当するしかなくなる。
極論、皆面倒なのだ。
アリスティアが一人で熟していた仕事量の異常さと、彼女の天才性を嫌でも知っているから。
代わりなど、務まらないと理解しているから。
その理解が足りなかったのが、システィーナとルガルド王子だった。
「これ……私が……」
「そうです。アリスティアさんは独自で、魔晶石の探索と採取、管理も行っていました。当然、後任であるあなたにもやってもらいます」
「……私一人で、でしょうか」
「アリスティアさんは一人でした。ですが私も鬼ではありません。必要なら騎士に協力を頼んでください。ただ、その分の必要経費はあなたが用意する前提ですが」
室長は冷たく淡々と提案する。
要するに、自分一人で出来ないなら、自腹を切ってでも達成しろ。
無慈悲な命令を即座に理解し、システィーナの心は凍える。
「ではよろしくお願いしますね」
「……」
返事を待たずに、室長は去って行く。
残されたシスティーナと、それを機械的に監視する騎士。
「アリスティア……あなたはどこまで……」
システィーナは唇を噛み締める。
彼女にとってアリスティアは、自分より劣っている癖に姉の地位にいる邪魔者だった。
そんな彼女が宮廷入りし、数々の功績を残したことを知っている。
嫌でも意識してしまう。
何もできない無能と侮っていた相手が、着実に成果を出し、存在意義を示し始めていたのだから。
自分のほうが優秀だ。
彼女にできたのなら、自分にだって同じことができる。
父も、王子も、周囲も期待している。
それ故に、信じて疑わなかった。
自分が選ばれし者であり、才能に満ち溢れていると。
事実、才能はあった。
が、真の天才たるアリスティアの前では、その輝きは淡すぎる。
システィーナはトボトボと歩き出す。
「どちらに行かれますか?」
「聞いてなかったのですか? 魔晶石を採りに行くんです」
「では外出の申請をしてください。それが受理されない限り、無断での外出は認められません」
「わかっています!」
システィーナは苛立ちを爆発させる。
もはや心も身体も限界だった。
そんな彼女の元に、数少ない味方が顔を出す。
「システィーナ」
「……ルガルド殿下」
愛しの婚約者を目にしたとき、システィーナの瞳から涙が零れる。
気づけば彼女は王子の胸に飛び込んでいた。
 






