13.私が集めたもの
私はレオル君の案内で倉庫へと向かった。
国の資源庫だというのに殺風景だ。
魔晶石も少なく、その他の資源も明らかに枯渇している。
予想通り……いいや、予想以上だった。
ガラガラな倉庫を見ながら、レオル君は切なげにつぶやく。
「採掘場所を奪われて以降、資源は減るばかりだよ」
「それも今日で終わりよ」
私は白いチョークで魔法陣を描いていく。
広くて物が少ないのはある意味ちょうどよかった。
これで心置きなく魔法陣を描ける。
邪魔なものが多いと、転移させた時にスペース不足で失敗する可能性がある。
「先に聞いておくけど、バレないのか?」
「心配いらないわ。何もあっちの倉庫から移動させるわけじゃないもの」
「そうなのか? じゃあどこから……」
「私専用の保管庫……勝手に作ったわ」
「勝手に……」
レオル君は呆れながら驚く。
私は宮廷魔法使いとして、様々な業務を担当してきた。
その仕事の一つに、資源探索と採掘資源の管理、運用も含まれていた。
要するに、自分で使う材料は自分で集めて来いという無茶苦茶な状態だったわけだ。
だけどその状況が役に立つ。
業務外で探索に出かけて、資源を採取して自分の倉庫に隠すことができた。
「それなりに苦労したのよ」
「よくバレなかったな」
「バレるわけないわ。誰も、私のことなんて興味がなかったから、気にもしていなかったもの」
ミレーヌ家の人間やルガルド殿下はもちろん、宮廷で働く人たちも私のことを見下していた。
いや、宮廷の人たちは見下すのではなく憐れんでいたのだろう。
宮廷の人たちはほとんど貴族で、それ故に私の出自についても知っている。
国を裏切ったスパイの娘……。
その汚名を払拭するために宮廷に入り、毎日遅くまで働き続けている。
なんて哀れで可哀想な娘なのだろう。
私は、自分は、あんな風にはなりたくない。
関われば自分も変な目で見られてしまうから、極力遠ざけよう。
と、そんな風に思っていたに違いない。
「私がどれだけ国に貢献しても、みんな知らないフリをしていたわ。誰も、凄いことだって褒めてはくれなかった……別に、褒められたかったわけじゃないけど」
「釈然としなかった、だろうな」
「ええ、そんな感じよ」
腹は立った。
私が宮廷で一番働いているし、実績も積んでいる。
けれど誰よりも評価されない。
いずれすべてがシスティーナに奪われることを知っていたから、余計に苛立った。
これはその意趣返しとも言える。
「どうせ注目されないなら、その立場を思う存分利用してやるって思ったの」
「君は強いな、アリス」
「そうかしら? 意地が悪いと思ってくれていいのよ」
「お互い様だ。俺だって聖人君子じゃない。人様に威張れるほど立派な人間じゃないんだ」
彼は天井を見上げてぼやく。
一国の王子がそんな発言をしてしまったら、この国の人たちはガッカリするでしょうね。
きっとレオル君もわかっている。
普段、人前では決して言わない。
事情知っている友人の前だから、こうして弱音を吐いてくれる。
そうなのだと私は勝手に思っている。
話している間に準備は整った。
「私が一番働いていたのに、お給料は周りと変わらなかったわ。だからこれがボーナスよ」
「自分で自分のボーナスを用意するとか、普通じゃないな」
「あの環境が普通じゃなかったのよ。ここでは期待していいわよね?」
「努力しよう。今はまだ、足りないものばかりで満足に返せないかもしれないけど」
「いいわ。とりあえず、適度な休みさえもらえれば」
今までは満足な休日すらなかった。
私にとっては何もしない一日も、十分なご褒美になる。
セイレスト王国は、レイニグラン王国から資源採掘場所を奪っている。
そのおかげで、資源は余るほどある。
多少減ったところで誰も気づかないし、困ることもない。
そういった心理をつき、私はコツコツ地道に資源を集めていた。
この日のために。
「新しい採掘場所も、資源も、全部私が個人的に見つけたものよ。だから私が持ち出しても文句は言われない。どうせ誰も気づいていない」
躊躇いはなく、後悔もない。
元は奪われた資源を、私が奪い返すだけだ。
準備は整った。
倉庫にでかでかと描かれた魔法陣に向かって、私は膝を突き手を合わせる。
「始めるわ」
大きく深呼吸を一回。
これだけの容量の移動は初めてだ。
魔力を循環させ、描いた魔法陣に注ぎ込む。
「さぁ、私の元へ戻ってきなさい」
転移の魔法を発動させる。
光は研究室の時の比ではなく、倉庫を飛び出すほど眩く輝きを放つ。
咄嗟にレオル君は目を隠す。
私は隠す手が塞がっているから、目を瞑って誤魔化した。
それでも瞼の裏が真っ白になるくらい眩しくて、次第に輝きは弱まり暗くなる。
私たちはゆっくりと目を開け、光に目を慣らしていく。
「アリス……これが君の頑張りか」
「――ええ」
目の前には大量の魔晶石が積み上げられ、一つの山を作っていた。
輝かしい結晶の山が、そのまま私の努力を象徴する。
毎日せわしなく、休む暇もなかった。
そんな中で時間を作り、通常の業務が滞らない範囲でせっせと集めた資産だ。
私はレオル君のほうを振り向いて言う。
「街のエネルギー事情は一先ず安定している。その分、余った資源は他の産業に使える。魔晶石だけじゃない。他の資源も集めてある。ぜひ使ってほしいわ」
「――ああ、これだけあればいろいろできる。壊れたものを治すだけじゃない。新しく作ることだってできるぞ」
「作り手は残っているの?」
「いなくても呼び戻すさ。これだけ材料があるんだ。きっと集まる」
レオル君は決意を固める様に拳を握る。
これまで資源不足のせいで進められなかった事業は多々あるはずだ。
資金不足、資源不足は、そのまま国力の低下に直結する。
レイニグラン王国の周辺は敵国の領土で、支援は望めない。
我慢するしかなかった日々も、今日で終わる。






