12.資源不足
衣装室に続いて、レオル君が私を案内してくれた。
宮廷の一室、中でも特に大きな部屋だ。
中は外観通り広々としていて、大きなテーブルに椅子、ソファーなんかも用意されている。
仮眠をとったり、最悪ここで寝泊まりできそうなほど快適な空間だ。
「ここを君の研究室として使ってくれ」
「いいの? こんなに広くて立派な部屋、私みたいな新参者にあてがって」
「問題ないさ。どうせ誰も使っていない。それに、君はただの宮廷魔法使いじゃない」
「第一王子付き特別任命、よね?」
私が彼の言葉を先読みして口に出すと、レオル君は笑みを浮かべて頷く。
この国での私の立場は特殊だ。
元々は敵国セイレスト王国に所属した宮廷魔法使い。
端から見たら裏切り者で、実際その通りだったりする。
私がスパイ活動をしていたことを知っているのは、レオル君と陛下だけだ。
この秘密を、私たちは墓場まで持っていく。
「セイレスト王国を追われた君を、偶然再会した俺が雇った。流れは大体こんな感じだ。もし誰かに尋ねられたらそう答えてくれ」
「わかったわ。で、レオル君はいつまでいるつもりなの?」
「いちゃ悪かったか?」
「ううん、ただ仕事はいいのかなと思って」
今日はずっとレオル君と一緒にいる気がする。
朝からもう昼になる。
レオル君も陛下の代理でいろいろ仕事が溜まっているはずなのに、私なんかと一緒にいて大丈夫なのかと、純粋に心配になった。
するとレオル君は首を横に振る。
「心配いらない。今日は早起きして、大体の仕事は終わらせてきた」
「……ちなみに何時に起きたの?」
「三時だな」
「早すぎよ……身体を壊すわよ?」
陛下のように倒れてしまってはこの国は終わりだというのに。
私の心配をよそに、レオル君は力こぶを作って言う。
「俺はいたって健康だよ。鍛えているからな」
「そう。無理しすぎて倒れても知らないわよ」
「俺から言わせてもらえば、君のほうこそ無理しそうだけどな」
「私も平気よ。慣れてるもの」
軽い言い争いのようなやり取りの後で、私たちは呆れて笑う。
結局、どちらも同じようなことをしていた。
似た者同士なのかもしれない、と。
「また新しいことをするんだろ? ぜひ見学したいと思ってね。普段はこんなに早起きまでしないさ」
「そう。じゃあ期待に応えないといけないわね」
私はさっそく大きなテーブルの上に真っ白な紙を広げる。
この紙になるべく大きく魔法陣を描いていく。
「わざわざ手書きするんだな」
「時と場合によるわ」
魔法の発動には様々なパターンが存在する。
魔法陣をどう描き、どうやって起動させるか。
魔力の光を使って、何もない空中に描くことが一般的だけど、この方法だと発動後に魔法陣は消えてしまう。
維持するためには余分な魔力が必要になる。
魔導具に式を刻む時、長時間発動させたいときには、こうやって直接描くことが多い。
あとは条件つきで発動するように細工したり、物や自然現象を利用するパターンもあるけど、今回は使わない。
「できた」
「これは何の魔法陣なんだ?」
「一言で表すなら、転移の魔法陣よ」
「転移。物を一瞬で移動させるあれか。けどあれは、対になる魔法陣が必要なんじゃなかったか?」
「へぇ、意外と知っているのね」
魔法は詳しくないと言っていたのに、ちゃんと勉強しているみたいだ。
レオル君の勤勉な性格が少し垣間見える。
そう、転移の魔法は単一では使えない。
自分自身を移動させる場合なら、魔法使いが認識できる場所に移動できるけど、人の感覚が届く範囲はたかが知れている。
だから長距離の移動には、必ずマーキングか移動先に魔法陣がいる。
「抜かりはないわ。さぁ、おいで」
私は魔法陣に手をかざし、魔力を流して効果を発動させる。
まばゆい光が部屋を包む。
思わず目を瞑ってしまう輝きが弱まると、そこには人の頭二つ分くらいの結晶が置かれていた。
「魔晶石?」
「問題ないみたいね」
「これ、どこから移動させたんだ? まさか……」
「気が付いた? 私が移動元に設定する場所なんて、一つしかないわよ」
もはや口で説明する必要すらない。
私がつい最近まで、どこで何をしていたのか。
それさえ知っていれば、答えにたどり着くのは簡単だ。
「さて、倉庫ってどこにあるの?」
「倉庫? 何のだ?」
「魔晶石、資源関係よ」
「それならこっちに……おい、もしかして次は……」
さすが、理解が早い。
彼は気づいたらしい。
今の一回が、ただ魔法式が問題なく機能するか確認しただけだということに。
本番はここからだということに。
「凄いことを考えるな、君は」
「今度こそ止める?」
「今さらだろ。君がやると決めたなら止めない。ただ、見届けさせてもらうよ」
「そう。じゃあ行きましょう」
共に罪を犯しに。






