11.ドレスは相応しい場所で
レイニグラン王国が抱える最大の問題、魔力エネルギー供給問題は一先ず解消された。
一時的でしかないけれど、貴重な資源を消費せずに生活水準を保てる。
レオル君もすごく喜んでくれていた。
ついさっき、大量の魔力がこちらに送信されたところを見ると、システィーナが資料を見つけて修繕を試みたみたいだ。
思惑通り、私が残した資料に頼ろうとするなんて滑稽ね。
お陰で私たちは労せず、蓄えられるだけの魔力を手に入れることができた。
「今頃、あちらの王都はパニック状態ね」
「まーた悪い顔をしてるぞ」
「悪いことを企んでいるからいいの。それよりどこへ向かっているの?」
一仕事終えた私は、レオル君に案内されて王城の廊下を歩いている。
渡したい物があるらしい。
「そろそろ教えてくれないかしら?」
「もう到着する。別に驚かせるようなものじゃないぞ」
「ここって……」
到着したのは衣装室だった。
レオル君がおもむろに扉を開けると、そこにはずらっと衣装が並んでいる。
ドレス、寝間着、普段着用のラフな服。
どれも女性ものだった。
「レオル君……」
「お? 少しは驚いたか?」
「ええ、驚いたわ。まさか……レオル君に女性ものを着る趣味があったなんて」
「俺のじゃなくて君のだよ!」
レオル君が顔を赤くして大声を出し否定した。
これは普通に驚いた。
私は目を丸くしてレオル君に尋ねる。
「私の?」
「そうだよ。君がこっちで生活するために必要なものだ」
「わざわざこんなに……ドレスまで」
「いると思ってね。君はこれから大きなことをする。それを王子として、国の代表として称える場には、華やかなドレスが一番だ」
そう言いながらさわやかな笑顔を見せるレオル君。
一着や二着で収まらない。
ドレスだけでも十着は用意されている。
私は思わず笑ってしまった。
「ふふっ、気が早いわね」
「そうでもないさ。案外すぐに、そういう日はやってくると思うぞ」
「だとしても、こんなに用意しなくてもよかったのに」
「生憎、俺は君の好みを知らないからな。テキトーに用意して、これじゃないって思われたくなかった。聞くのも何となく格好悪い気がしたし」
「変なところで強情なのね。でも……」
並んでいる衣装は全て私のために用意されたもの。
こんなにたくさんの服……ミレーヌ家で暮らしている時でも与えられなかった。
パーティーに参加するドレスも、一着を着回していた。
貴族の地位なんて名ばかりで、私の扱いは使用人以下で……。
そんな私に、好みがわからないからなんていう理由で、これだけの服を用意してしまうなんて……。
馬鹿みたいだけど、そんな皮肉よりも口から出たのは――
「ありがとう。レオル君」
純粋な感謝の言葉だった。
私は嬉しかった。
どんな理由でも、私のために服を用意してくれていたことが。
服に限った話じゃない。
これも、暮らすための部屋の用意も、王城で働く人たちが混乱しないための根回しも。
全ては私の生活を守るために、レオル君が動いてくれていた。
自分だってやることは山積みで、毎日忙しくしているのに。
心から嬉しかった。
「せっかくだ。着替えてみたらどうだ?」
「え、ここで?」
「さすがに俺は外に出ているけどな。君のために用意したんだ。君が好きに使ってくれていい」
「……そうね」
レオル君がわざわざ用意してくれたものだ。
私も、どんな服があるのかもう少し見たいし、着てみたいと思う。
「じゃあ俺は外に出てる。好きな服を着てくれ。時間はまだまだあるからな」
「ええ、そうする」
ガチャリと扉を開けて、レオル君が部屋の外に出て行く。
一人だけになった私は、たくさんの服を右から左へ順番に見ていく。
「ドレス、派手な色ね」
こんなに綺麗なドレスが私に似合うのだろうか。
レオル君は優しいから、何を着ても似合っていると言ってくれそうだけど。
ちょっぴり自信がない。
ドレス以外にもある。
「あ、これ……」
ちょうどいい物を見つけた。
時間はあると言ってくれたけど、レオル君を待たせるのは申し訳ない。
それにこの服なら、今の私にはピッタリだ。
着替えるのに時間もかからない。
私はとある一着を選び、その場で着替え始める。
数分後――
私は扉を開けて、外で待っているレオル君に姿を見せる。
「お待たせしてごめんなさい」
「――その服を選んだのか」
「ええ。今の私にはピッタリでしょう?」
「確かにな」
レオル君は微笑む。
私が着ているのは、この国の宮廷魔法使いが着ている服だ。
ずっとセイレスト王国の宮廷でもらった服を着ていたから、この機会に着替えさせてもらった。
もうあの場所へは戻らない。
私はこの国で、レイニグラン王国の宮廷魔法使いになったのだから。
「てっきりドレスを着るかと期待したんだがな」
「ドレスなんて一人で着られないわ。それに、そういう場にこそ相応しい」
「それもそうか」
「ガッカリしてるの?」
私にはそう見えた。
まさか、私のドレス姿を見たいと思っていたの?
「ちょっとな。見てみたかった」
「……そう」
私は小さく笑みを浮かべる。
そんな期待のされ方も、生まれて初めてだった。
私の姿に、興味を持ってくれる人がいるのか。
「じゃあ、そういう機会があったら見せてあげるわ」
「ああ、期待してるよ。きっとそう遠くない。君ならあっという間に、この国を変えられそうだ」
「期待しすぎても困るわよ」
私は笑いながら、心は奮い立っていた。
多くの期待が私に向けられている。
光栄なことだ。
彼の期待に、夢に、一歩でも多く、一秒でも早くたどり着けるように。






