霞ヶ関のお役人、前夫の親友を頼る
「やあエヴァ、訪ねてきてくれて嬉しいよ」
王都にあるロバート氏のタウンハウスの居間で、私はロバート氏が両手を広げて歓迎してくれる様を見ている。ロバート氏は背が高く骨太で、淡い赤毛の持ち主だった。身なりは王都の人間らしく、随分パリッとしていて、私は自分の藍色の花柄のドレスが、もしかすると野暮ったく見えるのでは、と心配になった。ドレスはコットンで、生地がくたくたなのだ。ガヴァネスとしてより良い環境を提供してもらうのに、困窮していると思われると足元を見られる。これは私が心配しているのか、内なるエヴァの声なのか分からないが、スカーレット・オハラのマフのエピソードみたい、と思った。
「ご無沙汰しておりますロバート様。お時間をありがとうございます」
「何、君は今でも僕の従姉妹だと思っているからね。君の力になりたいんだ」
ロバート氏は熱っぽくそう語ると、私の肩を抱いてソファまでエスコートした。身体的距離が近いのはこの世界の文化だろうか?ただ、私を見つめるロバート氏の目線がなんとなく粘っこい。エヴァは設定上(そして、私が認知する限り)絶世の美女のため、こうした視線に晒されることが多かった。王都に来てから、街を歩くだけで、エヴァの頭からつま先まで3度も視線を走らせる男が後を立たない。
「それで、生活は落ち着いたかい?ご実家は?」
「……実は、兄の事業がうまく行っておらず、私は実家を出て自活しようかと」
「自活?」
「ええ。ガヴァネスの仕事があればと思っております」
私の答えに、ロバート氏は茶色い目を見開いた。
「エヴァ、君ほど若くて美しく魅力にあふれた女性がガヴァネスに?なぜそんなことを」
「……ウォルター様をまだ愛しているのです」
出たなガヴァネス批判、と私は内心で眉を顰めつつ、用意していた問答をすらすらと答えた。従兄弟のウォルターと親しいロバート氏は、こういえば私に再婚を勧めることもあるまい、と私は計算しながら続きの答弁を誦じる。
「なので、再婚はしたくないですし、その上、我が家には財産もありませんから。幸いにも父母は私に教育を施してくれました。それを生かして、仕事をしようかと」
私がダメ押しのように微笑むと、ロバート氏は随分と感銘を受けた様子だった。それから、私の手を握り、大きく頷いた。
「すまない、エヴァ。君ほどの美貌の持ち主なら、不自由ない結婚ができると思ったんだ。ただ、君はまだ僕の従兄弟を愛してくれているんだね!それがどれだけ嬉しいか!エヴァ、任せてくれ。君の奉公先は、僕が責任を持って見つけるよ」
ロバート氏は感激に瞳を潤ませている。現代日本の感覚では普通のことを言っただけだと思っているが(前夫が死んで半年も立たずに再婚することは法律的にできないし、心情的にも難しいところがあると思う)、この世界では異なるらしい。本当に男に縋る以外で、女性が生きていく術がないんだなあ、と私は辟易してしまう。
「ありがとうございますロバート様」
私はやんわりとロバート氏の指を解きながら微笑んだ。ロバート氏はいい人だが、合意のない接触はやめてほしい。