霞ヶ関のお役人、線路に落ちる。
24時過ぎの霞ケ関駅のホームは淀んでいた。死んだ目をした国家公務員たちが、這々の体といった様子で庁舎を逃げ出し、最後の電車を待っている。一方の私といえば、彼ら同様長すぎる残業にうんざりしていたものの、口元には抑えきれない笑みが浮かんでいた。だって、今日は大好きなソーシャルゲームの、新しい章の開放日なのだから。
今、私が熱を上げているのは、「暁のアテーネー」という女性向けノベルゲームだ。舞台は19世紀頃のイギリスやフランスをイメージした架空の王国で、没落貴族の令嬢である主人公は、両親の仇を討つために勇ましくも革命軍に参加する。彼女はそこで王宮を追われた三人のイケメンと出会い、恋に落ちるのだ。彼女は知恵と勇気で群衆を率いて、ついには革命を成功させ、王子が新たな王となり、幸せに暮らす。元々は携帯用ゲーム機専用ソフトで売り出されたゲームで、わたしはその当時からの大ファンなのだが、今回スマートフォンアプリに移行し、その記念に新章が公開される。ゲーム発売から数えて5年ぶりの新作発売に、私はもう踊りださんばかりだった。おまけに今日は金曜日、徹夜でやり込んだって許される!
プレスリリースによると、新章はゲームの悪役、傾国の美女であり悪女である、王の公娼・エヴァが王宮にやってくるところから始まる。本来のストーリーよりも10年前の話だ。ということは、攻略対象キャラの3人ーーー本編では25歳の儚げな王子は15歳の美少年、本編では22歳の王子に忠誠を捧げている騎士は12歳の男の子、本編では17歳の王子と王女の双子はぷにぷにのロリショタなのだ!何それ超可愛い、っていうか可愛い通り越して多分死ぬとかなんとか考えつつ、ローディング画面を眺めた。みんな24時にゲームがアップデートされて即ローディングを始めたのだろう、全然進まない。地下鉄Wi-Fi繋がりにくいよなあと黒い画面を眺めていたら、突然背中に衝撃が。
「え?」
次いで体が浮き、私は気づいたら線路に座り込んでいた。私が元いた位置には、スーツ姿の中年が倒れている。あの人が倒れこんだのに巻き込まれ、私は押し出されるようにそのまま線路に落ちたらしい。
「線路?」
「あぶない!」
鋭い悲鳴、目が潰れそうなほどの閃光。ほんの3メートル先まで迫っているのは、間違いなく私が待っていた、最終電車だ。
「いや、」
電車は火花をあげ、ものすごい音を立てながらブレーキをかけようとしている。しかし、いっかなスピードは落ちない。多分、時間で言えば1秒の出来事なのに、私には全てがスローモーションに見えた。自分のカバンが車輪に弾き飛ばされ、スマートフォンが粉々になって宙を舞う。思わず手を伸ばした所で、私の意識は途切れた。