流れ着いた人々。
「申し訳ありませんでした」
私の話を聞き、お稲荷さんは深々と土下座をした。
「もしや、とは思っていましたが……」
「何か知っているの?」
みうが「とおみ」で見てくれたあと、私達はすぐに真珠国へとやってきた。
お稲荷さんは姿勢を正し、重いため息をついた。
「我らの国の成り立ちはご存知ですよね?」
「うん、絵本で読んだ」
こちらの世界では、わりと有名な絵本らしいが。
「絵本、ですか……」
「?」
「きっと、それには綺麗事しか書かれていないのでしょうね」
「……」
真珠国の始まりは、商人の乗った船が嵐に巻き込まれ、この国に流れ着いたというものだ。
皆で力を合わせ、苦労しながら故郷の味を再現し、やがて国へと発展していく。
そんな話だった。
「苦労などという生易しいものではありませんでした。泥水をすするような思いをし、やっとここまできたのです」
「……」
真珠国の祖先は、私と同じ世界かは分からないが、あの国の出身だろう。
つまり、ただの人だ。
エルフやドワーフのように、長命なわけでもない。
ドワーフには、頑丈な身体と高い戦闘能力。それに、特殊な技術。
エルフには、精霊の加護や魔法。精霊樹や虹雲の守護。
魔導の塔は、高い魔力と知識を持っていた。
だが。
商人であった真珠国の祖先達は、この世界の魔物と戦う術もなかったはずだ。
言葉も、おそらく通じなかっただろう。
「ここにいるのは、この世界で生きる事を決めたもの達です」
けれど、とお稲荷さんは言った。
「帰りたい、と願うもの達を止める事は出来ませんでした」
残してきた、大切な人々。
懐かしい、あの風景。
帰りたい、帰りたい。
「……」
私は、猫達さえ一緒ならばよかったけれど。
帰りたいと願うのは、仕方がない事だとは思う。
だが、魔導の塔のように歪んでしまったものを認めるわけにはいかない。
「その人達は、今、どうしているの?」
「分かりません」
お稲荷さんは、小さく首を振った。
「我らと袂を分かって以来、行方がしれないのです」
そう言ったお稲荷さんは、ひどく疲れたような顔をしていた。
人々を、神様でさえ代替わりするこの国を、お稲荷さんはずっと見てきたのか。
「ただ……」
お稲荷さんは、真剣な目で私を見た。
「この世界が消えてしまえばいいのだ、と言っておりました」




