よくないもの。
「つかさ、どうしたの? 今日は、遊べるの?」
突然きた私達に驚きながらも、みうは喜んでくれた。
「ごめん。今日は、頼みがあって……」
不意に、キャットハウスからせりが出てきた。
耳を伏せ、毛を逆立て、牙をむいている。
「気配察知」だ。
しかも、最大級の警戒をしている。
「何、これ……」
せりと同じ方向を向いていたみうが、顔をしかめた。
深い緑色をしていたはずのみうの瞳が、金色に光っている。
もしかして、これが「とおみ」の力なのか?
みうの父親であるエルフの長が、走ってきた。
「精霊達が騒いでいる。みう、何が見える?」
「真っ黒な何かが、《よくないもの》が、ここに来ようとしている……」
真っ黒って、まさか……。
ほんの一瞬だった。
翡翠の森を、真っ黒な霧が覆った。
「あれに触っちゃダメ!」
私が叫ぶと、みう達は驚いたように振り返った。
「何か、知っているのか?」
「何かは分かりません。ただ、《よくないもの》だとしか……」
福助やよつばのスキルで薄くなった霧でさえ、ひどく嫌なものだった。
「うん、あれは危ない」
みうが頷く。
それから、私を見て笑った。
「大丈夫だよ。この森は精霊達に護られているから、悪いものは入ってこれないの」
それで、黒い霧は翡翠の森を取り囲むようになっているのか。
……もしかして、ラピスラズリは女神様の結界があったから。
そこまで考えて、はっとした。
なら、女神様の結界も、精霊の加護もない場所はどうなった?
連絡の途絶えた村は?
ほかの冒険者達が、魔物に襲われて村が全滅したようだと報告していたが。
黒い霧に、飲み込まれたのだとしたら?
しまった。ほかの冒険者の報告書も確認しておくべきだった。
「虹雲が、もう少し育っていればよかったのだが」
長の言葉に、我に返った。
「どういう意味ですか?」
「虹雲の降らす雨は、《よくないもの》を浄化できる」
しかし、まだ孵ったばかりの虹雲にそこまでの力はないらしい。
「なら、猫達に霧を薄くしてもらえば、何とかなりますか?」
「おそらく」
長が頷いた。
「猫達はすごいんだよ!」
みうが、目をきらきらさせて言った。
「だから、大丈夫」
せりを見ながら、みうがにっこりと笑った。




