彼女の笑み
あれは何時の事だったろう…。
ふと俺は思った。
冷房の効いた、薄暗いリビングの床で。
微かに、ひぐらしの鳴き声が聞こえる気がする。
それよりも近くで。
すぐ傍で。
女の子の泣く声も聞こえる。
暗くて、その顔は良く見えなかったが。
…女の子…。
ああ…小学生の頃だった…。
確か…五年生だったか…六年生だったか…。
彼女は、何時も笑っていたっけ…。
先生に怒られても。
夏に怪談の話をされても。
そんな彼女をいじめた男子相手にも。
具合が悪そうな時も。
何時も、笑っていた。
何が、そんなに楽しいのだろうと、不思議に思っていた。
夏休みに入って、友人達と遊んでいても、宿題を片付けていても。
何故か彼女の笑顔が浮かんでは消えて。
うわの空の俺をからかう奴もいて。
不貞腐れながらも、早く夏休みが終われば良いと思った。
学校が始まれば、彼女に会える。
あの笑顔に会える。
そう思っていたんだ。
なのに。
始業式の日、彼女は来なかった。
次の日も、その次の日も、そのまた次の日も。
何故?
どんなに具合が悪そうでも、保健室の世話になりながらでも、学校を休む事は無かったのに。
その答えは、割と直ぐに。
先生達が職員室で、彼女の家へ行くと話しているのを聞いた夜に。
テレビのニュースで知らされた。
『…は、日頃から…ちゃんは、まだ11歳で…。父親の…定職について…発見が遅れる…』
何を言っているのか分からなかった。
ただ、テレビの画面には、彼女の家だと云う物が映されていて。
ブルーシートで隠されながら、担架の上に乗せられた何かが運ばれていた。
子供の泣き声が聞こえる。
くぐもっていて、良く分からない…。
「…さん…おと…さ…おき…」
…娘だ…。
娘が…泣いていた…。
…あいつは…妻は何をして…。
…ああ…いや…あいつは…俺を刺して…逃げたんだ…娘を置いて…。
…母親のくせに…。
浮気をして…別れ話をしていて…。
まだ小さい娘に、母親は必要だと話して…離婚はしないと言った俺を…。
何度も何度も…。
物音に気が付いて、子供部屋で寝ていた娘が起きて来ていて、見ているのにも気付かずに…。
「…お…と…さ…」
…目が…見えない…。
口も重くて…。
大丈夫だよ…今は夏休みでは無いし…昔とは違うし…光熱費は…口座引き落としだし…。
…こんな夜でも…妻が、あんな血塗れの状態でいたら…直ぐに…通報が行く…から…。
…だから…君が、彼女の様に…送電を切られた家で…熱中症で亡くなるなんて事は…ない…から…。
昔書いた奴のリメイク。
その時は、仲の悪い両親に彼女が嫌気をさして殺して。
彼もまた、仲の悪くなった両親を殺しました(爆)