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三、あるスポーツへの想い

 その後、新歓ロードは休憩ポイントを挟みながら、二か所ほど壮絶なビラ配りを繰り広げられた。二百に近い部活・サークル団体があるため、ビラの量も半端がない。

 もみくちゃになりながらもビラをのせてもらいつつ、やがて無事にビラ配りゾーンを突破した。

 かなり今の時間だけで体力が消耗したようだ。だけどまだ校舎までは半分以上も距離がある。

 辿り着く前に、バテテしまいそうだ。暑苦しい空気から解放された所で大きく深呼吸をする。スーツに付いたしわを伸ばしていると、耳に軽快な音楽か聞こえてきた。

 何だろうと思って視線をやる。そこには普通に生活していてはまず見ることがない、一枚の布を被せたような服を着て、見たことがない楽器を使って陽気な音楽を奏でている人がいた。

 何となくリズムにのってしまいそうな、どこかで聞いたことがあるような音楽だ。

「あれはフォルクローレっていう団体だって」

 豆ちゃんが私の視線の先に気づいたのか口を開いた。

「アンデス地方辺りの音楽らしいよ」

「へえ、そうなんだ。豆ちゃん、よく知っているね」

「ま、まあね。これでも音楽は好きな方だから。ほら、他の音楽系の団体も弾いているよ。ここからの新歓ロードは別に素通りしてもいいし、いろんな所に行って話したり、食べたりしていいみたい」

 そう言えば香ばしい匂いがする。ちょうどお昼時ともあって、空いているお腹に刺激が与えられた。

 改めて新歓ロードの先を見てみると、思わず目を見開く。

 椅子に座りながら音楽を奏でていたり、机の後ろで筋肉に満ちている人が気合いを入れた声を出していたり、屋台を出して食べ物を提供している人などたくさんの人がいた。

 そう、それはまるで――。

「本当にお祭りだね」

「何言っているの? お祭りだよ。新入生を祝うという名のお祭り。勧誘の意味合いも大きいけど、新入生の緊張を解れさせる目的もあるらしいよ」

 そう言いながら、豆ちゃんはにこりと微笑む。その屈託のない微笑みによって、こっちまで微笑んでしまう。知り合ったばかりの人に対してこんなに良くしてくれるなんて、その性格に憧れてしまいそうだ。

 やがて豆ちゃんと勧誘する声を聞きながらゆっくりと歩き始めた。

 お好み焼やたこ焼きはもちろんのこと、沖縄料理、はたまたベトナム料理など、様々な料理が並んでいる。お金は取るものの、普通に売られているものよりは格段に安い。おそらくほとんど利益は出ないだろう。

 その脇からギターやバイオリンの音色、歌声などが耳に入ってくる。

 看板を持った体育系の人々の誘いもやんわり受け流し、進んでいく。

 豆ちゃんと談笑しながら歩いていると、またしても看板を持ったお兄さんが寄って来た。適当にあしらおうと思ったとき、看板の字を目にして心の中で飛び上がる。

「こんにちは! バドミントン部です!」

 看板を持ったジャージ姿で背が高く優男の人は、とびっきりの笑顔を向けながら話しかけてきた。そして隣には私と背が同じくらいのショートカットのお姉さんが気さくに声を投げかける。

「サークルの方は決めた?」

「まだです。今はとにかくオリエンテーションに行こうと思いまして」

 豆ちゃんが丁寧に受け答える。

「でも気になるところはあるでしょ? 高校の時は何部だったの?」

 お姉さんが私の顔を覗き込むように見てきた。視線を若干逸らしながら返答する。

「えっと……、バドミントン部です」

「え、バドミントン!? ねえねえ、大学でも続けない? 是非、我がバドミントン部に入部しない?」

 ぐいぐいと押し込まれるように言われて、思わず後ずさってしまう。だけどお兄さんがぐいっとお姉さんの腕を引いた。

「おい、引かれているじゃないか。もう少し優しくしろよ」

「だって、嬉しいんだもの。特に女子よ! 男子なんて、勧誘しなくてもわんさか来るし」

 お姉さんは私たちの方に振り返り、目を輝かせながら話してきた。

「あのね、バドミントン部は体育系の部活動で、練習もそれなりにしているし、全国まで手を伸ばそうとしている人もいるけど、ちょっと他の部とは違うんだ。練習はしたければ毎日できる。だけど勉強とか将来について忙しくなったら、自主的に休んでもいいんだよ」

「勉強と部活を両立しようと思って週二、三回来る人から、試合の上位を目指したい人やバドミントンが好きで好きでたまらない人は毎日練習しているのさ!」

「練習できる環境は、同好会よりも格段に上。そりゃ同好会より規律とかで厳しい面はあるけど、もっとバドミントンを楽しく、強くなりたいのなら……是非バドミントン部に!」

 手を空高く突きだす。それはまさに言い切ったという感じだ。相当な演説ぶりに、思わず拍手したくなってしまう。

「ねえ、私たちと一緒にバドミントンしようよ!」

「……すみ……ません」

 どうにか出た言葉はそれだった。本音と嘘が一対になって出てきたもの。

 一瞬で二人の表情が凍りつく。

「どうして? ああ、同好会に入部希望とか?」

「いえ、そう言うわけでもなくて、ただあまりバドミントンをすることに気乗りがしないと言うか……」

 追いうちを掛けるように言ってしまったのか、二人は余計に首を項垂れる。

「わかったわ……」

 ぼそっと呟かれる言葉が逆に怖い。だが、急に二枚のチラシを私と豆ちゃんにそれぞれ手渡す。

「ひとまず、一回体育館に来て、見学して! それから考えても遅くはないでしょ? ね、それじゃあ、待っているね!」

 そう元気に声を発していくと、手を大きく振りながら、私たちの前から去って行った。

 まるで嵐が通り過ぎたようである。

 手元に視線を下ろせば、『バドミントン部、部員募集中!』と大きく書かれた文字が入っているチラシ。さっき言っていた内容や体育館までの道のりが詳細に書かれている。

 他の部活・サークルと共に、すぐに手提げ袋の中にあるチラシの山に突っ込んでしまえばよかった。だが、どうしてもそういう気分にはなれない。

 一通り読み通すと、冊子にさり気なく挟んで再び歩こうと豆ちゃんを促した。

「行こう、豆ちゃん。そろそろお昼食べよう」

「……そうだね」

 豆ちゃんが若干眉をひそめている。

 その時、私は無理矢理愛想笑いを浮かべていたのに気付いていない。



 広島出身の人達が作った、広島風お好み焼きを買って、池の畔にあるベンチに腰掛けながら食べていた。新歓ロードで疲れ果てた人たちが池を眺めながら休憩している。

 池の周りにも満開を通り越した桜が咲いていた。どれも大きく立派なもので、こんな絶好の場所でご飯を食べるなんてそうそうないことだと思う。その脇にひっそり咲いているヒヤシンスも見ものだ。

「晴ちゃん、聞いてもいいかな?」

「何?」

 桜から視線を逸らすと、豆ちゃんが首を傾げている。

「晴ちゃんはバドミントンに未練でもあるの?」

 お好み焼きを突こうとしていた箸が止まった。

「本当はバドミントンをし続けたいって、どこかで思っている?」

「……どうして、そう思うの?」

 箸を置いて、恐る恐る尋ね返す。

「だって話を聞いていたり、チラシを見る姿が、辛そうだけどどこか嬉しそうだから……」

 上手くまとまっていない内容から、豆ちゃんも動揺しているということが分かる。

 私は裏の自分を出さないようにしながら、首を横に振った。

「そんなことないよ。何かもういいかなって。どっちかと言うと、音楽系のサークルに興味あるし……。体育系の部会なんて、二時間通いには無理だしね」

「でも、あの部活ならそういうことも考慮してくれると思うけど? 決して無理せず続けられると思う」

「そうだとしても、もう――私はラケットを持つのをやめたの」

 手にぎゅっと力が入る。もう二年近く前のことを思い出すだけで、憤りを感じた。きっとあの時の出来事は一生忘れることはできないだろう。

 それでもある程度は距離を置きたかった。それをするのに一番効果的なのがバドミントンから離れること――。

「試合で――負けた?」

 ぽつりと出てくる言葉にびくっとした。今まで見た中で最も真っ直ぐな豆ちゃんの瞳が、私の心を射抜いてくる。

「試合で負けたから、そんなこと言っているの? そんな昔のこと――」

「昔のことだからって割り切れることじゃないし、それだけじゃない」

 心配そうな視線から逃げるように、桜並木の方に視線を送った――。



 スポーツをやっている人はほとんどが負けて引退を迎える。だから負けたこと自体はしょうがないが、どうしても記憶の中にあの時の試合は鮮明に残っていた。

 最後の試合はインターハイ県予選会、団体戦で出たシングルス。緊張しながらも競りながら試合を進めていった。だけど最終セット、先にリードしたはいいが、気がついたら逆転されて試合は終わっていた。

 そしてチーム自体もその試合で大会は終わる。

 全体的にも惜しい試合であり、私が一番勝てそうな試合だったが、勝てなかった。もし勝てれば、また違った展開になっただろう。

 とにかく――悔しかった。

 今まで何度も試合をしたが、あれだけ悔しくて勝ちたかった試合はない。

 気にするなと言われても、私の心は思った以上にずたずただ。

 人目もくれずに、そして家に帰っても泣きまくった――。

 その後、呆然とした日々が続き、勉強も辛うじて進めるしかできなかった。ようやく焦り始めたが時すでに遅く、気がついたら受験に落ち続け、翌年度は予備校生活を迎える。

 予備校時代は文字通り無我夢中で勉強し続け、模試の判定に一喜一憂しながらも無事に第一志望に合格した。

 そして、今日という日を迎えている。

 もうラケットは握らないつもりだった。

 確かにバドミントンをするのは楽しいし、好きだ。だが試合をして勝つことで得る、喜びや嬉しさを求める想いはどこか薄れてしまった。

 大学では軽めのサークルに入り、それなりに楽しみ、勉強をするつもりだ。

 でも、『バドミントン』という文字を見ると、不思議と心が躍ってしまう。ずっと押し込めてきた感情が出てきそうになっていた。

 暖かな風に乗ってくるのは、大気だけでなく、それぞれの過去のことまで連れてきてしまう。やめようと思っていたバドミントンへの愛着が出てこようとしていた。

 たとえその愛着が表面に出てこようとも、それでも首を横に振るしかできない。

 感情以外にも物理的な問題はたくさんあった。家からの通いや競技レベルの問題……。

 総合的に見ると、もうやらない方がいいだろう――、そう私は思い込ませていた。





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