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二、親切な女性

 お母さんと別れて、大学ホールから学科ごとのオリエンテーションが行われる校舎へ向かおうと左の道に向いた瞬間、文字通り目が丸くなった。

 目の前に広がるのは人、人、人。

 そう、ホールから校舎がある敷地内への道が、大勢の人で覆い尽くされているのだ。その光景を見た新入生達は誰もが息を飲んでいる。

 ホールから校舎へは十人以上の大人が並んで通れるくらいの大きな道。その道を沿うように、脇には少しだけ満開が過ぎた桜並木が続く。

 そんな道を一面見渡す限り人でいっぱいなのだ。歩いて五分程の所にある校舎が酷く遠く感じる。

 おそらくこの群衆はさっき言っていた、部活・サークル勧誘の人たちだろう。

 それぞれのサークル名を書いた看板を大きく掲げているのはもちろんのこと、運動系ならユニフォームやジャージ、音楽系なら舞台衣装、特に演劇系などは煌びやかなドレスを着ている。

「さあ、新入生の諸君、早く足を進めるのだ! 皆待ちわびているぞ!」

 いつの間にか外に出ていた眼鏡のお兄さんは、笑顔で進むように促している。

 だが思うように足が伸びない。なぜなら……あの集団、迫力がありすぎて雰囲気だけで圧倒されてしまうからだ。

 それでも中には意を決し、あの群衆の中に入っていく、まだあどけなさが残る男の子がいた。彼を見るなり、まるで獲物が来たと言わんばかりに目を光らせ、一瞬で男の子を囲みこんだ。やがて男の子はもみくちゃになりながら、その群集の中へと消えて行った――。

 ――どう見ても、怖すぎるだろう!

 そう心の中で突っ込んだのは私だけではないだろう。

 その時、前だけに気を取られていた私は、突然後ろから押されたことに上手く対応できず、手に抱えていた入学式の資料をぶちまけてしまった。

「全く……もう!」

 誰がやったか追求しようとしたが、人が多すぎてすることもままならない。それより私に集まる視線の方が痛い。たくさん人がいる中でこんな漫画みたいな行動――注目されないわけにはいかなかった。

 急いでぶちまけた資料を集める。だが紙が一枚だけ妙に遠く離れた所に飛ばされていた。一通り拾って、その紙を取りに行こうと数歩進めると、それが誰かの手によって拾われる。

 不思議に思って、顔を上げるとそこには一人の女性がきょとんとしながら立っていた。少し茶色に染めた長めの髪を上の方ですっきりとまとめ上げ、パンツスーツを着てきりっとした雰囲気を出している。

「これ、あなたの?」

 意外にも声の抑揚は柔らかい。

「そ、そうです、ありがとうございます」

「いえ、お礼を言われるほどのことでもないから。こんな人ごみだから気を付けてね」

 慌てて受け取りながら、彼女にお礼を言う。受け取った紙は『新入生歓迎祭のお知らせ』という、何とも賑やかな紙だった。まあなくてもいいかという紙……かもしれない。

「ねえ、一人?」

「はい?」

 思わず間抜けな返事をしてしまう。さっきの女性が話しかけてきたのだ。

「今、一人なの? あの新歓ロードを歩く時に一人?」

「一人……ですけど」

 訝しげに思いながら答えると、その女性の顔はぱあっと花開いたように顔を明るくした。そして私の右手をぎゅっと両手で握りしめる。

「ねえ、一緒に新歓ロード歩かない?」

 突然の申し出に首を傾げてしまう。新歓ロードとはあのめちゃくちゃな部活・サークル勧誘を兼ねた道のことだろう。

 すぐに事の内容を理解すると、頷き返していた。

「うん、良いよ。一緒に行こう。私も一人じゃ、ちょっと怖いんだ……」

「ありがとう! あ、私は豆田甘実(まめだかんみ)。豆でも豆ちゃんでも好きに呼んで。よろしくね!」

「私は杉森晴香。よく晴ちゃんって呼ばれていた。よろしく」

「よろしく、晴ちゃん!」

 笑顔で話しかけられて、思わずこっちまで笑みを浮かべてしまう。

 豆ちゃんとの出会いは唐突だったが、とても嬉しかった。人見知りしやすい私にとって、こういう人に出会うことはなかなか得難いことだから――。

 やがて豆ちゃんはちらっと新歓ロードに目を向けながら、含みのある笑顔を出した。

「さて、じゃあ行こうか」

「え、もう……」

「だって、いつかはあそこを通らなくちゃいけないでしょう。それなら早い方がいい」

「そうね……」

 もみくちゃになりながら、通っていく……。それは一種のお祭りだ。

 その先にあるのは一体何だろうか。もう少しソフトなビラ配りならよかったのに。

 やがて、私と豆ちゃんは気合いを入れなおして、新歓ロードへと向かった。

 新歓ロードの入口に近づくと、大きな看板を掲げた先輩方が次々と言葉を発していく。

「入学おめでとう!」

「ようこそ、我が大学へ! これからお祭りだ。是非楽しんでくれ!」

「多少のことは目を瞑ってくれ。素敵な人と出会えるといいね!」

「はっはっは、大学名物の新歓ロード、さぞいい思い出になるぞ!」

 何だか、凄くテンションが高い。そしてどこか感じる殺気に似たようなものが、そのテンションを異様な方向に向けていた。

 豆ちゃんに視線を向けると、しっかりと縦に頷く。それを合図として、私達は新歓ロードに飛び込んだ。



 新歓ロード、まずは壮絶なビラ配りから始まる。

 通路の両脇から一気に人が寄ってきて、次々と目の前に各部活・サークルのビラを渡してくるのだ。

 まず始めに大きなビラが配られる。『新歓ロードご案内』と書かれたビラを読もうとすると、次々と他のビラがその上にのせられてきた。読む暇なんて全くない。

 ビラをそそくさとしまい、何事もなかったかのように通ることもできなくもないらしい。だが、そうすると横から突き刺さる視線がかなり痛い。

 しょうがなく大きく手を広げながら、次々とビラをのせていってもらう。

 これはアメフトっぽい人が配っていたなとか、演劇系のサークルの人かなと思考がよぎるだけ。とにかくひたすら進みながらビラを受け取り続けた。

 かなりの人に流され続けると、短時間とはいえかなり疲れてくる。これがずっと続くのかと思うと、さすがに嫌になりそうだ。

 やがて、視界が急に開けた。

「休憩ポイントだよ」

 豆ちゃんの明るい声が聞こえてくる。

 休憩ポイントとは、一切部活・サークルの勧誘をしてはいけない十から二十メートルごとに作られた新入生の休憩を目的としたエリアのこと――と『新歓ロードご案内』に書かれている。

 だからそのエリア外のすぐの傍には、キラキラと目を輝かしている先輩たちが見える。

 ああ、その目が怖いの。大好物の獲物を見たような目はやめて下さい……。

 豆ちゃんは爽やかな笑顔を向けながら、持ってきたお茶を飲んでいる。その姿に私は脱帽してしまう。まるで受験期間があったのを感じさせない体力だ。おそらく運動部に所属していたのかもしれない。何気なく口を開いて、聞いていた。

「豆ちゃんって、高校生の時に運動部に入っていた?」

「入っていたよ、バドミントン部。晴ちゃんは?」

「私も……バドミントン部に」

 おずおずと答えると、豆ちゃんは目をパチクリし、飛び上がりそうな勢いで寄ってきた。

「偶然だね! 何だか嬉しい!」

「私もだよ。きっと上手かったんだね」

「どうして?」

「だって、体力が全然衰えてないじゃない。きっと今でも密かにトレーニングとかしているんでしょう?」

「まさか、トレーニングなんて。春休みにちょっと遊びがてらやっただけだよ」

 慌てて首を横に振っている。だがその言い方は嘘っぽかった。スーツパンツを華麗に着こなしている姿は、受験肥りなど全く感じさせない。そしてみなぎるオーラは眩しいものがある。

「ねえ晴ちゃんは、大学でもバドミントンを続けるの?」

 その問いに私は言葉が詰まった。大抵の人は聞いてくる内容だ。視線を若干下に向けながら答える。

「……続けないかな」

「ええ? 部会にも同好会にも?」

「うん……。そういう豆ちゃんは?」

「私は――。あ、そろそろ行こうか。後ろが詰まってきた」

 声の先には一斉に休憩ポイントに入ってくる新入生たち。後ろから聞こえてくる声の大きさから、多くの人が来始めているのだろう。

 豆ちゃんが私の手を取って、引っ張り始めた。

「混んでくると、この休憩所も面倒だよ。さあ、さっさと次に行こう」

 有無を言わせない雰囲気に中々口を挟めない。

 そして私が口を開くこともないまま、再び新歓ロードに無理矢理押しやられてしまった。





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