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貴族崩れの冒険者  作者: 木下蛍
元貴族の剣士 ガレス
21/32

訓練日記




ーー10月 21日ーー



目的地であるホルファートへ到着した。二週間超の旅、実に長かった。

当初の予定よりは遅い到着だが問題ない。金銭にはまだ余裕がある。無駄遣いは厳禁だが衣食住は充実させたいところだ。



『衣』といえば今日破れてしまった服、あの服の修復を試みたが駄目だった。なぜ途中で無理だとやめなかったのか。糸はグズグズ、穴の開いた型の切り抜きにも失敗して非常にダサい服が完成した。糸や布の色を考えずにピンクの糸で縫い合わしたのが最大の失敗な気がする。なんとカラフルな……


やはり糸通しが瞬時にできるくらいで裁縫はできないようだ。お針の神様に『片腹痛いわ』と罵られた気がした。そんな神が存在すればの話だが。



宿が見つかったのは非常に僥倖といえよう。馬小屋で寝ることにならなくて本当によかったと思っている。宿泊の値段も緑のひよこ亭より安いし、食事も質素なものだがそれがまた良い。晩飯はアジの開きだった。内陸に位置するこの国で魚を食べることが出来ようとは!


醤油が熱を持ったアジの体に染み込んでワンダフルな味をしている。私に食レポの才能はないのでここで打ち切るが、美味しかったとだけ記しておこう。あと決してダジャレを言いたいわけではない。



さて、本題に入ろう。宿を見つけてからは冒険者組合(ギルド)へ行って登録を行った。迷宮へ潜るには登録が必須なようだ。歴戦の戦士たちとも呼べる冒険者がたくさんいた。顔に大きな火傷があって怖そうな人もいたが、話してみると案外フレンドリーだったりする。


冒険者は荒くれ者というイメージがあったがそれは改めよう。人の過去は様々であり、触れてはならぬものがある。勝手な噂や偏見から判断するのはいけない事だと理解できた。


冒険者の登録をしたあと、腕試しと称してバスズさんにボコボコにされた。だがその試合から自身の欠点を教えてくれた彼には感謝だ。これからも格闘技の訓練でお世話になるのだし、バスズさんとは仲良くありたい。


しかし左腕が使えなくなってしまったので迷宮攻略はすこし先送りだ。一ヶ月後には完治すると言われているのだし、訓練に励むとしよう。やるべき事はいっぱいある。



今日はもう寝よう。明日からは走り込みをする必要があるので体力を回復させておきたい。訓練内容も今後はこの日記に書いていくことにしようと思う。




#ここから訓練部分を抜粋




ーー訓練二日目ーー



昨日は疲れのあまり日記も書かずに寝てしまった。これを書いている今も疲れで体がプルプルと震えている。眠い。


走り込みが辛かった。全速力で走ったわけでもないのにあんなに疲れるとは。これからは毎日やらなければいけないと思うとつらい。


しかし挫けるわけにはいかない。私は強くなるのだ。

やれることはなんでもやる。この場所で鍛錬を積み、いつかイヴに兄として誇れるような強さを持ちたいと願う。


骨が完全に折れるのを防ぐため暫くは自主練になるとの事。時間を無駄にするわけにはいかない。運動できないなら本を読んで知識を蓄えよう。早速三冊借りてきた。


アルスやキラを胸に抱きながら読書をする。剣の素振りも織り交ぜながら一日を過ごした。




ーー訓練六日目ーー



今日は非常に殴られた日だった。図書館で剣術の本を読んでいるところで格闘技を教えてやるとバスズさんに訓練場へ強制連行された。ポーズを取れと言われて拳を構えるといきなり顔面にパンチが飛んできた。

慌てて避けると今度は膝蹴りがお腹へ入ってくる。右腕だけじゃ受け止めることができず鳩尾へ蹴り込まれると痛みで地面に倒れた。


意図を聞くと『実戦形式でやったほうが一番身につく』とのこと。「自傷記憶術と似たようなもんだろう」とバスズさんは言っていたが、おそらく違うと思う。


その後も殴打、殴打、蹴り、殴打。格闘技を学んだというよりただ殴られたという感想しか出てこない。左腕が使えない状態で連打を防げと言われても……

本人には絶対に言えないが、彼は脳筋で鬼畜なのかもしれない。




ーー訓練七日目ーー



顔が腫れて街の人に笑われた早朝の走り込み。羞恥心など最初の十分で捨て去った。ただ前を向き走る。


息切れする事はなくなったが依然としてつらいのは変わりない。三キロくらいケロリと走れるようにはなりたい。



バスズさんの格闘技に続いてカーミラさんの短剣(ナイフ)術講座も始まった。


最初はバスズさんのように無茶苦茶な訓練になる事を心配していたが、カーミラさんは思いの外他人へ教えるのが上手かった。実に中身のある時間を過ごせたように思う。ただ演習中の打ち合いで怖い笑顔を浮かべるのはやめてほしい。短剣(ナイフ)を愛おしそうに舐めるのもやめて欲しい。


訓練を終えた後「二双刀流をしてみたらどうか」と言われたので考えてみようと思う。もしスタイルを変更する場合は新しい短剣(ナイフ)を買わなければいけなくなるけどどうしようか……?




ーー訓練十一日目ーー



バスズさんは格闘術の最中に突然「ガレスって受け身が取れてないな」と呟いたかと思うと、右腕と胸ぐらを掴まれていきなり背負い投げをされそうになった。咄嗟に肘打ちして背負い投げの体勢から抜け出したけど、説明や心の準備もなく仕掛けるのは本当にやめてほしい。


極限状態、つまり死の間際だと火事場の馬鹿力が出たり覚えが良くなるのは理解できる。だけど体が覚える前に死んでしまったら本末転倒だ。



剣ではないが、レイピアを使う人から教えを乞うことにした。

ギルド登録の日に私がバスズさんにぶっ飛ばされたのをみていたらしく、私のことはよく印象に残っていたらしい。彼だけじゃなく訓練場で見ていた人からの口伝で多くの人は知っているとのこと。素直に喜べない。


頭を下げて師事を乞うと笑って了承してくれた。他の剣士の仲間にも声をかけてくれるらしい。非常にありがたい。




ーー訓練十六日目ーー



左腕の規制が解除された。カーミラさんは「体重をかけたり大打撃を与えるような行為はしないように」と私と、特にバスズさんへ注意していた。バスズさんは前科があるから仕方がないのだ。


だがそんな厳重注意を受けていながらもやらかすのがバスズという人間なのだ、対戦中に渾身の張り手が飛んできた。右手で優しく受け流しをしなかったら左腕がバッキバキになっていただろう。


これにはカーミラさんも怒り狂ってあの人の後頭部を短剣(ナイフ)の柄で殴り飛ばしてた。頭にも数発入れるとそのまま首元を掴んでどこかへと消えていった。

頭に大きなタンコブを作って引っ張られる様を見て心がスカッとしたのは内緒だ。


だがここ最近バスズ(あの人)のことが分かってきた気がする。

気のせいなんかじゃない、バスズは紛れもない脳筋だ。




ーー訓練二十日目ーー



あんな死の訓練でも効果が出ているのだから何とも言えない。最初の頃は全く見えなかった拳が、蹴りが、それらの動きを捉えられるようになった。

無論見えるだけで体が完全に反応できるわけでじゃないのだが、これだけの日数にして凄い成果だと私は思う。知らぬ間に動体視力が鍛えられ、防御だけじゃなくカウンターも入れる余裕が出てきた。


拳撃から突然組み手に変わることもあるが今では焦ることもない。冷静に対処できるようになった。慣れとは怖いものである。


短剣(ナイフ)の方も進展があった。悩んだ末に二双刀流へスタイルを切り替えたわけだが、やっと形が完成してきた。連撃性に優れている分隙が大きい。その隙をなくす練習をずっとしてきた。

攻撃は最大の防御というが、攻撃を全て捌ける格上の存在とかち合えばただの的になる。それを防ぐための練習だ。人並みには上達していると嬉しい。


だが実戦で使うにはまだ早い。もう少し慣れが必要だ。




ーー訓練二十五日目ーー



時が経つの早いもので、あと五日で指導期間が終わる。なんだか感慨深いものだ……


変わらず激しい運動は禁じられてるが、左腕の自由がある程度効くようになった。これでもっと訓練がやりやすくなる。


今日は『気配察知』の練習をした。視覚情報を遮断した状態で迫る攻撃を避け続けろというものだ。試しに一回やってみたら土手っ腹へモロに棍棒で殴られた。


『お前はただ目を瞑ってるだけだ。もっと五感を研ぎ澄ませ。最初は何かしらの音を拾え、空気の振動を肌で感じろ。本能が鳴らす警鐘をいつでも聞き取れるようにするんだ』


本能が鳴らす警鐘、それ即ち死の危険信号、つまりは即死攻撃が迫ってくる。また地獄の訓練が始まった。

顔面に当たれば死! 胸に当たっても死! どこに当たっても死だ。死を具現化した攻撃が私の精神を削る。“死に物狂いでやる”とはあの時のことを言うんだろう。だって避けられなかったら死んでしまうのだ。それはもう“死に物狂いで避けるしかない”。


神に捧げる。

私が今生きてることに感謝を。




ーー訓練三十日目ーー



訓練が終わる。

感動?そんなものはない。今私の心中を占めているのは地獄を乗り切ったと言う達成感だ。やってやったぞ。

一ヶ月前までの清い私はいない。私の精神は暗黒(ダークサイド)へと堕ちたのだ。


いよいよ明日からは迷宮に潜る。

今日は迷宮の注意事項を話すらしい。まあ訓練もやるのだが。



そういえばこの都市にきてから一ヶ月、家を出てからはもうすぐで二ヶ月が経過する。あっという間だった気がするが、そろそろ生存報告はしといたほうがいいかもしれない。またイヴと溝が出来るのは嫌だからな……文面を考えておこう。


→続きは夜に




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