絶望
語彙力無いんで、他の作品を読むことを勧めます。
手に持った鉄の剣が沈みかけの日の光を反射して鈍く輝いていた。
反射された光を見ながら、ゆっくりと乱れた息を整える。昂った体の熱を逃がしながら気を落ち着かせる。高い興奮は判断力を鈍くしてしまう。何も考えずに相手に飛び込むのは余りにも無策だ。
特に、目の前の相手には。
子爵家の長男であるガレスは息を整えながら相対する相手を見やる。
夕日を受けて綺麗に輝く長く美しい銀髪が微風に揺れている。まるで月のような綺麗な色をした髪と同じ色である双眼は対峙するガレスをまっすぐと射抜いている。誰が見ようとも全員が美人だと答えるであろう彼女は、紛れもなくガレスの妹である。
取り回し性を重視した軽くも細く長い剣を持つ手は全く揺れを見せない。ただ冷たさすらも感じる視線を向けながら息のあがった様子もなく剣を構えている。
「…………クソ」
あれだけ激しく打ち合ったとしても妹のイヴは疲れた様子を見せない。激しく動き回っているこちらだけが消耗をして、その場からほとんど動かず剣戟を捌き続けているイヴは余裕を見せている。
そのことにガレスは焦りを感じずにはいられなかった。
数刻ほど打ち合ったがガレスの剣がイヴに届いたことは無い。そのまま公の場に出ても違和感がないくらいに汚れがなかった。
ガレスもイヴの剣をまだ身に受けてはいない。だがそれは単に当てていないだけで倒そうと思えばいつでも倒せる、そしてその事が分からないほどガレスも弱くはなかった。
掌の上で遊ばされているのはガレスも分かっている。
だがイヴは攻撃をしてこないだけで手を抜いているわけではないのが、彼の心を支えていた。
力の差は歴然、それでも諦めるわけにはいかないのだ。
ガレスにもプライドはある。兄より妹の方が優れているというのは本人にとって恥でしかない。それは貴族社会ならより一層大きくなる。
『無理だ。勝てるわけない』と試合を放り出すことは簡単だ。だがそれは恥をかくだけでなく、腰抜けという称号までついてくるだろう。
腰抜けだなんて後ろ指を刺されるよりは堂々と戦って負けた方がマシだ。
「……もうすぐ日が沈む。次の打ち合いで決めなさい」
試合の立会人としてその場にいたガレスとイヴの父親、ドクトリン子爵はそう告げた。
彼もどちらが勝つかなんて分かっている。これ以上見る価値はないとして試合を終わらせようとしている。そのことにガレスはきゅっと引き締めた口の中でギリッと歯噛みする。
悔しさと情けなさを感じながら父の言葉に了承の頷きをする。イヴもガレスを見据えながらコクリと頷いていた。
「フウゥゥゥ………」
息はすでに整ってる。問題はどこから切り込むか。
イヴは剣を両手で持ちながら正面に構えている。剣において基本の形だ。中段の構えの長所は臨機応変に構えを変えられるところだ。攻撃にも防御にも、様々な状況の変化に咄嗟で対応できる基本であり有用な型だ。
攻撃は仕掛けてこない。受けに徹するつもりだ。
となると……カウンター狙いか、それとも先の先をとって一発で決めてくるつもりだろうか。
どちらにしても次で決まる。
剣を右半身に隠して脇構えをとる。
そしてそのままイヴに向けて大きく走り出す。
先の先を取るつもりなら無防備になっている左半身を打ってくるだろう。ならその攻撃のカウンターで迎撃させてもらう。
イヴの長剣は刀身八十センチ、腕を伸ばし切った状態でも百二十センチが限度。眼でも大体の間合いは測れる。
(四百……三百……!? 防御の地の構え!?)
残り二百センチもないだろうというところで、イヴは中構えから急に鋒を地面に向ける地の構えに変えた。こんな間近で地の構えをとられたことには驚いたが、この構えを取ったということは先の先を取ることはない。ならば残されるのはカウンターだ。
足の速さを緩めずに、念の為逆袈裟切りを警戒しつつも突進する勢いで突っ込む……所を脇構えから剣を振り上げて左上段の天の構えに変更した。
「右肩がガラ空きだぞ!」
天の構えは上段に構えた剣を振り下ろすことで威力勢いともに強い攻撃にはもってこいの構えだ。攻撃を失敗した後の隙が大きいことで無闇には使えないが、ガレスはこの攻撃に絶対の自信を持っていた。
イヴは下半身への攻撃を警戒して地の構えを取ったのだろうが、そうなると胴部分がガラ空きだ。その胴部分の隙を狙って急遽上段に変更、単純な袈裟斬りに移行したのだ。
地の構えは機敏に動くことはできない。何よりすでに双方の間合いに入っているため今更型を変えることはできない。
これらの点からガレスを勝ちを確信した。……確信していた。
「分かってましたよ。兄上が裏をかこうとしてくるのも、思い切った上段の攻撃を仕掛けてくるのも」
そんな凛とした冷たくも聞こえる声が耳に入ってくる。
そして、一瞬後には後ろから心臓部に剣を向けられていた。
「あ……う……」
「私の勝ち、です」
ガレスにとって終わりを告げるような声がする。
認めたくない、聞き入れたくない声なのに、どうしてこんなに耳障りがいいんだろう。
体から力が抜ける。
力の抜けた左手からはスルリと鉄剣を地面に落ちた。
なんなんだ、何が起きたんだ?
……いや、何が起きたかは分かっている。イヴは右半身をそらすことで剣を避けた。それだけだ。
慌てて下に構えていた剣で受けたわけでも、逆袈裟切りで相討ちを狙ったわけでもない。ただ冷静に、なんの動揺もなく剣を避けただけだった。
イヴは言っていた。『分かってました』と。
最初から剣で受けるつもりなどなく、避けて隙ができた所を剣で脅すつもりだったという事なのか。手の内は全て読まれていた。
間合いを読んで、裏をかこうとして。
いっぱい食わせてやったと思ったら全ては敵の思う壺だった。
なんて悲しい……なんと虚しい……
なんと……………情けない……
「これで決まったな。このドクトリン子爵の跡を継ぎ領主となることを認めるのは……イヴ! お前だ!」
次期領主を決める決闘は静かに終わった。
ドクトリン子爵は拍手をしながらイヴの元へ歩み寄る。辺りにそよそよと吹く風までもがイヴの勝利を祝福しているかのように聞こえた。
ガレスは地面に崩れて動けない。
顔を伏せたまま静かに涙を流すだけ。
イヴの顔を見れない。
彼女は今、どんな顔をしているのだろうか。
父様は自分のことなんか忘れてイヴのことを祝福している。
日は完全に沈んだ。月が頂上へ登り始めている。
全てが全て、イヴのことを祝っている。
ガレスはそう感じずにはいられなかった。