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<投薬から通算2年後>
「今日も、無音魔法を広げます。いいですか?」
シロが確認し、カナタから了承の瞬きが1度帰ってくる。
今日もシロとカナタは対話を行っていた。
シロは3人入るようなサイズの無音魔法まで広げる。クロが一言話し、数秒その状態を維持し、またシロとカナタが入るサイズに戻す。毎日この作業を行ってきた。2年間一度も結果が変化したことはない。
今日のクロの発言は『オレ、実はじゃんけん最強説』だった。もうタイムリミットだとシロは思っていた。
もうこの状況で投薬を止めてもカナタは怒らないんじゃないかと思っていた。
意地で続けているだけなんじゃないか、それとも俺が投薬をやめる判断を下せるか試されているのだろうか。
次、窒息するようなことがあれば投薬を止めてやる!! それでカナタに愛想付かされ、絶縁されてもカナタが生きてくれればそれでいい……。すでに決意を固めていた。
いまのカナタに自ら投薬する力はない。シロが投薬を止めても動けるようになる、話せるようになるまでは八つ裂きにされることはない。
カナタが死ぬのが怖い、恐ろしい、カナタが生きていればそれでいい。
カナタ、俺、怖いです。あなたのいない世界なんて、生きていたくない……。そう暴露したい。同時に俺が弱音を吐いてどうするんだ、カナタの病気が治るのか? とも思う。
カナタが回復するまでは勝手に世話させてもらおう……。カナタに見放されたらどこへ行こうか……。
そんなことを考えていた時――。
カナタの目からツーっと一筋の涙がこぼれた。
「カナタ? どうしたんですか? 苦しいですか? どこか痛いんですか?」
シロにはカナタがなぜ泣いているのかわからない。言葉はない。顔も動かせないから表情もない。だが感情が高ぶっているのだろう。でなければ涙が出るわけがない。泣いてしまっていて瞬きの回数が多いために瞬きによる意思の疎通が出来ない。
カナタの肩をさすりながらしばらく待った。
そして落ち着いた頃。はい、いいえの2択では伝えられない意思を伝える手段であるまばたき対話で時間をかけ伝わった言葉は『き、こ、え、る』だった。
シロは一瞬、その意味がわからなかった。
なぜなら2年間、シロ以外の声が聞えたことはない……ハズだからだ。今まで他の者を入れて聞こえると言われたことはないのだ。
(……チェックの時間が短すぎて良くわからなかったとか?)
でもこれまで、長く他の者を入れているときつくなるだろうカナタを配慮してこの時間が適切であった。
(今日は調子が良く、よく俺の声が聞えると言うことか?)
もし、自分が都合が良いように解釈するならばクロの声が聞えたということでいいのか……。いやいや、そんな喜び損は良くないと思い軽く首を振って思考を散らす。
もしクロの声が聞えたとして。それはほんの少し聞こえたのか、それとも正確に聞こえたのかわからない。耳鳴りの中でクロの声はどの程度聞えたのだろうか? 投薬を今すぐ辞めていいのか、徐々に減らしていくべきなのか……。まだしばらく続けるべきなのかもシロにはわからなかった。
聞きたいことが山ほどあるがカナタも伝えたいことがあるという。瞬き対話で続きを聞くと、クロの言葉を1語ずつ正確に伝えてきた。
『お、れ、じ』
3文字目伝えられたところで本当に聞こえるのかと信じはじめる。
『じ、ゃ、ん、け』
までくると、まさか、まさか!! と本当に聞こえるのかとシロの涙腺が緩くなる。
『おれじつはじゃんけんつよいせつ』
15文字もあるから時間がかかった。瞬き対話は時間がかかるので、カナタは端的に意味の分かる言葉を限りなく短文で寄越した。
『おれ』とか『~です』とか一人称や敬語は文章を長くするだけで不必要だ。
それを丁寧に伝えてくるのが愛らしい。
15文字。クロが言った言葉をすべて正しく瞬き対話で伝えてきた。間違いない。カナタにはクロの声が聞えていた。
クロの言った言葉は終わりだが、まだ「続ける」というレスポンスが返ってきた。何を? とシロは思考する。
続いて『よ、ん』と伝えられ、「発声」で終了した。
これは4人入れた無音魔法を試したいということだろうか……と思考し確認したら、正しいという答えが返ってきた。
「カナタ……」
シロが呟くように声を出す。クロの声は聞こえたのだろうが、それはそれだ。シロは恐ろしさに身を震わせた。間もおかず無音魔法広げることの危険性。もし、カナタの体調が悪化したら……という恐怖が襲う。
悪化だけでは済まないかもしれない。もしものことだってある。ここは慎重であるべきだ。
シロはやりたくなかった。だが、カナタは早々と次の段階へ進もうとしている。
カナタの表情は筋肉が動かせないため無表情だ。だが、意志が固い目で訴えてくるのが伝わり目をそらすことができない。なのに、無視して今日は此処までですとやめさせる度胸もない。
(カナタを止める方法……せめて妥協点……)
とシロの頭では思考が始まる。
自分は従順な従者にも主人に歯向かう犬にもなれないんだなと軽蔑した。
まずクロを入れて数秒から数分と時間をかけていくべきだ。焦ることはない。
「まずクロを入れた3人で様子を見ましょう、いいですか?」
シロがカナタに問う。
カナタからのレスポンスが遅い、何か思考している? とシロが思った瞬間、瞬き1回、YESと『肯定』が返ってきた。
中止してほしいときに瞬きを2回してくださいと伝えて開始した。
10秒、30秒、1分、3分と時間が経って行く。
クロはここぞとばかりにカナタに俺の俺の声を聞いてほしかったんです、さびしかったと彼女みたいなことを言い、最近の仲間の武勇伝へと話が続いたところでカナタの様子をひと時も逃さず観察していたが、ふと気が付く。
問題なく聞こえているか、耳鳴りはしないか、他の問題はないのか――。細かい症状はシロには分からない。
クロの言葉を瞬き対話で一語一句復唱するには時間がかかりすぎるし……ああ、会話が間々ならないことがもどかしい。
そう思っていると、カナタからレスポンスがきた、瞬き3回、中止ではなく、伝えたいことがあるようだ。
「せんちょ~~オレがシロの代わりに聞きます!!!!」
クロが急に介入してきた。カナタに言い、すぐに瞬き会話を開始した。そして伝わってきた言葉は『よ、ん』だった。ああ、カナタは意見を変えない。
俺が足踏みしているだけなのだろうか……。俺のために思考する時間を与えてくれているのだと気づいた。
返答に詰まる。冷静な判断が下せない……。動揺してしまう……。
「クロ……」
俺の判断だけでは決められないと思い、クロに意見を求めた。
ああ、情けない、相棒に頼るなんて……。いや恥さらしだとかそんなことはどうでもいいただの俺が竦んでいるだけだ。
「シロ、大丈夫、カナタは死なないよ、ね、カナタ?」
クロが口を開く。
クロがシロを安心させまいと言っているのか、本気でそう思う何かがあるのか、クロの曖昧な声色で心境は読み取れなかった。




