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■■

 <とある宿にて>

(……あれから何時間たったんだろう)

 シロは上の空。ベットの中で天井をただ見つめていた。

 これから一人で生活していくのだ。まずはご飯でも食べるべきだと頭の片隅で思うが、何もやる気が起きない。宿の一室でシロは思考の海に苛まれていた。


『抜けろ』という言葉が言い過ぎなのか本音なのか、俺には分からない。

 どちらも正解なのだろう。


 幸せであればあるほど、幸せが大きければ大きいほど、失った後の絶望は大きい。今まだ自我が壊れぬ範囲でよかった。失うことがいつも恐ろしかった。まだ、まだ耐えられる。

 もし俺のせいで、致命的な死に直結する何かがあったら耐えられなかっただろう。


 時間が経てば経つほど冷静にいろいろな角度から考えてしまう。先の喧嘩が瞼の裏から離れない。止まってくれ、考えたくないと思えば思うほど逆効果でフラッシュバックされ耳の奥から消えて行かない。姿勢を変えベットに無気力に突っ伏してみたがが考えすぎて気が狂いそうで、物理的に何か考えなくて済むように行動しようとシロは体を起こし、立ち上がった。


「…………っ」

 するとぐわん、と視界が回った。急にめまいが起こり、シロは床に倒れる。


(立ちくらみだ……)

 急に立ったからだ。馬鹿やらかしたと思った。


「……ひゅっ」

 めまいに耐えていると、笛を吹くような音が喉から出る。気づいた頃にはうまく息が吸えなくなっていた。たかが立ちくらみでなぜ、まるで首を誰かに締め付けられているみたいだ。呼吸ができなくなり間もなく指先や舌が痺れてきた。


「ふぅ、あぁっ……」

 締め付けている誰かの手をどかそうと、自分の手を自分の首元に持って行くが、実際は締め付けてなどいなかった。痺れていてよく分からない指先で首を擦る。擦ってみても首が絞められている感じがなくならない。

 痺れの反動で上手く力の調節ができず自身で首を絞めていたことにシロは気づかなかった。


「……くぁああ、」

 パニックで呼吸困難に陥っていたところに本当に呼吸を止める動作をしてしまい、どんどん意識が遠のく。


(苦しい、助けて……カナタ……)

 呼ぶことさえもう許されない名を心の中で呼んだ――。



■■

 昼食を取り、腹が膨れたことで何とか気持ちに折り合いをつけたカナタはシロを探すためにホームを降りていた。

 人一人探すのは難しいと思っていたが、幸いなことに一番手近な宿がアタリだった。シロは隠れる気がないらしい。


『トントントン』

 宿主に訪問の許可をもらい、シロが取った部屋のドアを叩く。数秒待つが反応がない。

(……寝てるのか?)

 人の気配は感じる。中に居ることは間違いないだろう。


 どうしよう、帰るか? と迷いつつもドアをを回してみると、鍵はかかっていなかった。恐る恐るカナタがドアを開けると、何かに引っかかって途中でドアが止まった。


「…………?」

 不可解に思い、少し強引にドアを押し体を滑り込ませた。中に入ることに成功し引っかかっていたものを見てみるとシロが床に倒れていた。



「シロ?! おい! どうした?!」

 カナタがシロに声を掛け近寄る。仰向けにして両肩を叩き、声を掛け続けた。


「……ぅぅぅ、ふ、はっ、は、はっ」

 シロに意識はなく、苦しそうな呼吸をしている。


 カナタは眉をしかめながらとシロの身体を調べる。

 ――血圧低下がみられる手足も冷たい。ひとまず命に別状はなさそうだ。特に怪我をしているわけではないのでカナタが瞬時に治療し回復させることはできなかった。


 シロを床で診ていたので、ひとまず目の前のベッドに持ち上げ寝かせる。冷えているので温めるために布団を上からかけ、しばらく様子を見ることにした。



━━━━━━━━━━■■

『カナタは白い』

 クロやアサギがそう言っていたけれど、シロには意味がわからなかった。

 なぜなら、俺には肌の色は明暗でしか見えないからだ。


「きれい……」

 初めて会った白い子供は、俺にとっては美しく見えた。こんな綺麗で崇高で不気味な人間に初めて会った。口は悪く、喧嘩は強い。始めは白い子供のことが苦手だったのに、俺のケガを治してくれた。


 天使のような皮膚の持ち主は、徐々に人間身を増してしまった。天使が人間界に降り立ち、人間を真似る姿の様でさらに好意を抱いた。


 カナタは肌が白くなる珀鉛病で、中毒病で感染しないのに誤報されたそうだ。肌が白いだけで『白い化け物』と待ちゆく人に言われ、恐れられ怖がられたとカナタは言った。でも俺にはただただ知的で博識でなんでもできる少年にしか見えなかった。

 たくさんのことを知っているのにひどく暗く、笑顔一つさえ見せない。その背景は、家族はおろか生まれた国も大切な人をも失ったからだろう。


 人生を絶望しそれでも残された命を繋ぎ前を向いて生きようとしている姿勢。気まぐれを口実に人を助けるお人よし。敵わないと悟ったのを今でも覚えている。そしてそんなカナタに惹かれていくのは必然だった。



「団長、絶対黄色をマイカラーだとおもってるよね~」

「わかる! 黄色と黒が似合うよな~。 危険標札かってな」

「おまえそれゼッテー団長の前で言うなよ? 俺ら全員バラされつまうよ~~」

 そんなクルーの会話が耳に飛び込んできた。


『黄色』

 わかる。イエカナタ、向日葵の色、レモン、バナナ――黄色という色を理解として知っている。金銀財宝の金色と黄色は似ているらしい。オレンジがかった黄色で金属光沢を持つ、物体表面の光学的状態である。※うぃき参考

 黄色とペールオレンジの違いなんてわからない。俺には白と黒の中間、くらいにしかわからない。見えているのは明暗のちょうど真ん中だ。


 色が見えないことを、俺はなかなか言えなかった。俺が色のことを言わないせいで、命取りになったことがある。



 シロは決意していた。カナタは命の恩人だから、一生慕うと。

 一生涯尽くすと判断した当時の自分は若く愚かだった。俺もカナタの役に立てると思っていたが、今はどうだろう。本当は足手まといなんじゃないか? そう自己嫌悪に陥る毎日だ。


 普段陸で書類仕事だけしていれば困ることのないであろうに、なんでおれは盗賊になったんだと常々思う。

 色を識別できないせいで紺碧の海も、むせかえるような緑も見えない。

 盗賊になることで常に自分で自分の首を絞めていた。そこまで自分を追いつめ、なぜ盗賊を続けるのか?。


 それは単にカナタの隣に居たかったからだ。カナタの傍にいるためなら、俺にできることはなんでもする。カナタにそんな一目ぼれのことなど言えるはずはない。俺が出来ることは人のやりたくない仕事を率先する。それに尽きた。


 クロとはずっと一緒にいるのに得体が知れなかった。

 俺がクロを恐れていたこと、クロは感じ取っていたと思う。クロも本音を言わない。

 自分のことを言わない3人が揃えば、それはもう……表面上の付き合いしかないじゃないか。本当は、二人に何一つ勝てないんじゃないか。

 人間の能力は突起しているところ、陥没しているところ、でこぼこで2面性を兼ね備えている。完璧な人間などいない。

 コンプレックスがない人間などいない。

 そう理解しているが、俺は二人に一つでも秀でたところがあるのかわからない。戦闘はクロより一枚上手だと思うが、それでさえ演技なのではないかと疑っている。


 医療も戦闘も天才なカナタとムードメーカーでダークホースで底知れないクロ。俺は二人をリスペクトしている。這ってでも追いつきたいと死に物狂いで食らいついた。互いにリスペクトがないと関係は崩壊するという。


 カナタが俺を連れてってくれたのは目的のために人手が欲しかっただけだだろう。

 それを良いように利用した、一目惚れだったのかもしれない。

 実際そんなに深く考えてなかったのだろう。



 俺はカナタのために何かできると思った?

 俺はクロの相棒だと思った?

 考えが甘く、幼く、視野が狭くて世間知らずだった。

 そんなのはただの愚かな思い上がりだ。

 そのことに、俺はだんだん気づいた。

 能力の低い人ほど根拠のない自信に満ちあふれている。※ダニング=クルーガー効果


 それは、本当は、自分の自我を通す度胸がないのかもしれない。

 意見がぶつかって罵倒を飛ばされ突き放されるのが恐ろしい。

 そういう致命的な崩壊を無意識に防ぎ、バランスを保っているのではないだろうか。


 自分の事すら、きっと死ぬまで理解できない。

 ただ、かたくななカナタに俺はいつも迎合する。

 その事実さえあればいい。



 俺は、自分が可愛くて、なぜ俺を連れて行ってくれるのか、本当のことをいまだ聞けない――。

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