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その後、カナタは倒れたように眠った。
カナタ自ら眠るなんて、ここ最近は無かった。
声を荒げ続け、疲れ果てやっとこ失神するように眠ることしかなかったのだから。
本当に、よかった。
シロは久々に安心できた。
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無音魔法はカナタ単体を包んだ状態で解除しなかった。
長時間維持できるか不明だったが可能だった。
平常心を取り戻したカナタが再び目を覚ました。
「団長。おはようございます。体調はいかがですか?」
医務室にいたシロがカナタが起きかけていることに気づき、手話で声をかけた。
「…………」
カナタは、覚醒しながらも手を軽く上げて返事を返してくれた。
よかった、無音魔法の効果は持続したらしい。
安堵に浸っていると、カナタから何日眠っていたか手話で尋ねられる。
慌てて「10日眠っていた」と答えた。
するとカナタは思考するようにじっと固まってしまった。
「これからは一人で出かけないでください」
こちらへ呼び戻すように、そして念を押すように言うと、「わかった」とあっさり了承の答えが返ってくる。
(てっきりはぐらかされると思ったのに……)
カナタは、理由は知らないが無音魔法を知っているようで、無音魔法を1度解除するように命令した。
不安だったが団長命令だし、ずっと無音魔法をかけているわけにはいかない。
災厄な事態を考慮しつつ指を鳴らし、魔法を解除する。
「……ッ……クっ……う」
すると、カナタは苦痛に顔を歪め、頭を右手で押さえ続いて両手で耳を抑えた。
身体が丸まり前かがみになる。そのまま倒れてしまうのか、まさか、またパニックになるのかと思い、瞬時に魔法を再度かけ直そうと思った……が、そうではないらしい。
カナタはなにかを確認しているようだ。
心配だが、今無音魔法をかけ直すのは邪魔をすることと同義だろうと思い、シロは我慢する。
倒れそうに思えたが持ち直した。カナタはベッドに腰掛けた状態で足元を見つめたままだ。
なにか聞こえるのか、耳を塞いだり放したりして苦しそうな吐息が漏れながらもそのなにかを確認している。
「……カナタ?」
シロはついにしびれを切らし呼びかけた。
「……はぁはぁ……クッ……つ……まほう、を……か……け、てくれ」
カナタの言葉を聞くや否や、シロは瞬時に魔法を発動させた。
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聞こえない、そうカナタは言った。
額には汗をかき、呼吸が乱れていたが意識は正常レベルのようで、症状を伝えてきた。
カナタの話だと、幻聴がひどく周りの声がよく聞えないという。まだ後遺症が残っているということだった。
「わかりました。休んだ後に聞きますから。とりあえず、休みましょう?」
「いや……はぁはぁ……いま、すぐ……検証……する……」
「カナタ……」
意志が固く、気を失うまで諦めなさそうだ。シロは仕方なく付き合った。
大声で話せば聞こえるか実験したいと言われたため、再度無音魔法を解除しシロが大声を上げる。幻聴も大きくなるから意味がないとカナタが言った。幻聴の中どれくらい聞こえるかは本人のみぞ知る所だ。
見る限りでは1分耐えられないのではないかと思う。苦痛に顔を歪め、頭と耳を押さえるくらい、無音魔法を掛け直せというくらいには裸耳でいることは出来ないらしい。
無音魔法を使うと、幻聴は消える。
しかし魔法は、幻聴が聞えないかわりに他の音も遮断してしまう。
さまざまな検証結果、カナタの耳元だけ無音魔法を使うこととなった。
カナタ自体を覆うと足跡も聞こえなくなるため俺たちが認識できない。
幻聴が聞えないようにするにはそれで十分だった。
しばらくの間ずっと無音魔法を使う必要があるということだ。
無音魔法は、シロが寝ていても発動し続けた。解除するためには、シロの意思が必要だった。
付与した相手がシロが認識していない場所へ移動しても効果は持続する。
それが何メートルなのか何キロなのかはホームのみでは検証しきれない。
カナタとは手話を使った日常会話は問題ないだろう。
しかし、不便であることは変わりない。
戦闘・交渉事など、耳が使えない状態では何かと困ることがあることを懸念した。
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カナタは、ベッドの上で天井を見上げ、眠れぬ夜を過ごしていた。
今、無音に包まれている。なぜならシロに無音魔法をかけてもらったままだからだ。
大切な人の形見を、結局手に入れてどうしたかったのか。ただただ執着するように、まるで囚われるように求めていたのに。答えが出せないままだったが……こういう結果も面白い。
この幻聴は敵の魔法の後遺症なのか、はたまた自身の体質なのかわからなかった。
この幻聴が耳の病気だと考えるならば、ストレスや疲労、睡眠不足などの関与が疑われることがある。
シロは数分、ガーディアンの館にいて数日幻聴が続いたと言っていた。しかし魔法に当てられた時間は短かった為、幻聴はしばらくして収まったそうだ。おれがガーディアンの館にいた時間は1日半。団員たちは、おれたちをかなり早くに助けてくれたのだと知った。
もし、聞いた時間に比例するのならばかなりの期間幻聴に悩ませられることになるだろう……
考えても仕方がない、経過を診ていくしかない。