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第一章 降りろ

【タイトル:魔法の宝石を手に入れたら聴覚障害になった】


【第一章 降りろ】


「なんで、いつもそう自分勝手なんですか!! 一度くらい…… たった一度くらい!! 俺の意見を聞いてくれたっていいはずだ!!」

 シロが感情を抑えきれずにカナタに怒鳴る。

 この手の話をカナタと相互理解に辿り着いたことはほとんどない。

 そう頭の片隅では分かっているが、今日は珍しく折れることができなかった。


「ここはおれの軍団だ!! 文句があるなら今すぐ抜けろ!」

 カナタも負けじと張り合うような声量で返してくる。


「っ!!」

 頭から冷たい水を浴びせられたかのようだった。

『抜けろ』その言葉が意味すること――それは、言わば”お前に価値はない”と言われたのも同義だった。

 その言葉は心に鋭く胸に刺さった。たった一言、ほんのたった一言が、今まで俺を生かしてくれた心臓を一瞬で打ち砕いた。


 その言葉を言われることを常日頃からひそかに恐れていた。

 いつ言われる、今日にでも言われるんじゃないか――と頭の隅のチリのように日々共存していた。


 一瞬の静寂。カナタも頭に血が上ったようで、先の発言を撤回するそぶりはない。

 お互い賢いはずだ。だがそれも冷静であればこそ。

 制御の利かない感情のまま互いを言葉の刃を差しあってしまった。


「……わかりました。今までありがとうございましたっ」

 後ろ髪を引かれる思いで泣きそうになりながらも、シロは言い切りカナタの前から立ち去る。



 団長室を出てからというもの。シロは、カナタの言葉がリフレインすることが止まらなかった。

(そうさ。俺なんか、もともとカナタの隣にいるのは相応しくなかった)

 と自己嫌悪が激流のごとく押し寄せ、歯止めが効かなかった。


 今までは自ら自分で降りることを決断できなかった。団長に『抜けろ』と言われるなら本望だ――。そう自分自身に言い聞かせる。


 同時に「ふざけんな! 子供かよ! 世の中、自分の思い通りになるものか!!」という怒りの感情も同時に湧きあがる。

 いくつもの言い返したい反論の言葉が脳裏を過ぎるが、どれひとつとして形になることは無かった。


 いくら言ったって人の性格はそう簡単に変えられない。カナタに俺の言葉なんざ言っても無駄なんだ。カナタには常に従順に従う番犬がほしいんだ。俺のようにキャンキャンと甲高い声で馬鹿みたいにうるさく歯向かう犬は不要なんだ――。


 人間は思考する生き物ゆえに、互いの妥協と納得が必要不可欠だ。それはカナタも重々理解しているだろう。


 俺だって自我がある人間だ。もちろん納得いかないことも多々あったが、俺は自分を捨ててずっとそばにいた。それは思考しないのとは違う。

 自分がカナタと比べて劣っていたということもあるだろう。コンプレックスも相重なって強く出れなかった。


 常に誰でも抱いている理不尽な感情が、積もり積もった鬱憤や不満が今日爆発してしまった。


 歯向かってしまったが最後、和解などありえない。歯向かうときにはすべて失う覚悟だ必要だった。

(でも……まさか、抜けろなんて言われると思わなかったな……)

 今更どの面下げてもう一度船に乗せてくれというのか、自分という欠陥品を。


 逆に「俺が悪かったです。また乗せてください」とへらっと言うことをカナタは望んでいるのだろうか?

(わからない……)

 本当は、カナタが迎えに来てくれることを望んでいた。シロは、そんな自分が非常に腹立たしかった。


 シロは知らず知らずのうちに私服に着替え、家出娘のようにボストンバックに物を詰め、ホームを出ていた。



「……あれ? ここどこだ?」

 シロがふと周りを見渡すと、知らず間に宿の一室にいた。

 カナタと別れてから、誰に届かぬともただただ感情に任せて大声で叫びたい!! という衝動に駆られていた。


 団長室を立ち去った後、どうして宿に自分がいるのか思い出せない。しかしこんな時でも頭は回るようで、ちゃんとお金を持ってホームを出てきたらしい。


(それでここにたどり着いたというわけ……か)

 宿じゃ迷惑がかかるから、大声なんて出せるわけないじゃないか――と咄嗟に理性が働く。声などあげるだけ無駄だ。むなしくなるだけ。


 もともとカナタの元を離れるという運命だったんだ。そうだ、今までのがすべて錯覚のような夢物語だったんだ。夢ならいずれ終わりが来る、すべてはタイミングだ、いずれが今日だった。


 ――腹をくくれ。


 さあ、これからどうしよう。なるようにしかならならない。

 適材適所だ。自分にあった職を見つけ、細々と暮らそう。それから貯金が貯まったら一人旅もいいだろう。


 でも少しだけ泣いてもいいだろうか。今日だけは、今までが幸せな幻だったと余韻に浸ろう――。

 シロは幸せな日々を振り返る。年月としては長かったはずなのに、感覚としては束の間であっけない。

 儚いとはこのことか。息を吹けば消えそうで、体で守らなければ風で吹かれてしまいそうだ。


 ちっぽけな俺一人いなくても、なんの問題ない。なんら変わらぬ世界が何食わぬ顔で回ると知っている。腕にとまった蚊をぱちっと殺した時に何とも思わぬように――。



■■

「…………」

 シロが部屋から出て行った。カナタが一人、ぽつんと取り残された団長室。先ほどの論争は幻だったかのようにシーンと静けさのみが残る室内。

 おれが『抜けろ』と言った後のシロの表情が頭から離れない。

 傷つけたとすぐに分かった。だが、すぐに言いすぎたと撤回することができなかった。


 なぜこんなことになってしまったのか――。


 カナタとシロの喧嘩の原因は、些細なことだった。

「まだ寝ていないんですか?」というシロの言葉で始まった。いつもの事だ。それから食べてくれない、ムダ金の話、放浪の話――その他はガミガミうるさかったから何を言われたか忘れた。さすがに今日のシロは言い過ぎだろうとムスっとする。


 ただ今思えば、今日のシロの様子はおかしかった。今までで一番ヒステリックに怒っていたと思う。でなければ降りていくことはない。

『抜けろ』という発言自体は、冗談やクルーの身を案じて言ったことはあったはずだ。しかし、喧嘩の流れで言ったことはなかったと思う。

 おれもどうかしていた。


 あまりにもシロの言葉は的を得ていて、カナタの心にぶすりぶすり突き刺さった。

 中でも『意味のない放浪を止めてくれ』というシロの発言は、神経を逆なでされ頭に来た。


 意味が無くなどない。おれが意味のないことをするはずがない。だが理由を言いたくないというジレンマがカナタを襲い、小言の嵐を受け感情の爆発を起こしてしまった。


「…………はぁ」

(後でシロを探しに行こう……)

 ああ、何と謝ればいいのだろうか。

 悩めど悩めど、カナタの考えがまとまることはなかった。


 頭を冷やすために読みかけの本を手に読み進めてみる――が、一向に内容が入ってくることはなかった。



 <昼食時>

「だーんちょ~う! ごはんっすよ~~~。 あとあの~シロが出てちゃいましたケド、喧嘩したんすか?」

 クロが食事の時間であることを伝えに、団長室へ呼びに来た。


「ああ」

 平然と返したが、内心動揺していた。

 クロは人づきあいがうまい。こういう時、仲直りの方法を聞けばなんだかんだ最善策を教えてくれるに違いない。「シロと仲直りがしたいがいい方法はないか」と素直に言えたらどれほどよかったか。


 しかし、プライドが高いカナタはそんなこと口が裂けても言えなかった。


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