右手が好きな左手の唄
僕は彼女を見ると胸が苦しくなる。
僕の出来ない事でも彼女はなんだって出来た。
筆を軽快に滑らせることや、お箸で器用に食べ物を摘んで運ぶこと。
その度に僕は紙をおさえ、お椀を抱えて彼女の事を羨望の眼差しで見つめていた。
僕らは握手をする事は出来ないし、指相撲をする事だって出来ない。
決して噛み合うことはない。
僕らは似ているようで、全く違う存在だった。
彼女は特別で、僕はそうではなかった。
僕は彼女を見ると胸が苦しくなる。
なのに、どうして僕は彼女の事をこんなに意識してしまうのだろう。
彼女は僕のことなど気にもしていないのに。
「すごいね。いいなぁ。羨ましい」
そんなある日の事だった。
彼女が僕にそんな事を言ったのだ。
「わたしがあなただったらいいのに」
それは初めて彼女から向けられる羨望の眼差しだった。
僕は嬉しかった。
僕にも僕にしか出来ないことがあった事が嬉しかった。
でも、どうしてだろう。
まだ、僕の胸は苦しいままだった。
もう、彼女の事をうらやむ事もないのに。
ずっと僕は彼女の事がうらやましいから、彼女を見ると胸が苦しくなるのだと思っていた。
でも、それは違ったのだ。
晴れやかな教会で、僕の薬指に銀色に光る指輪を見て、初めて僕の事を羨む彼女を見て。
僕はやっと気がついた。
僕は彼女の事が――。
愛を誓う儀式が進む中、ステンドグラスから零れる光に包まれながら、薬指の銀色の指環に勇気を貰い、やっとの思いで僕は彼女に言った。
「僕は君の事が好きです」