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第七話 アリシア

 踊り疲れてユーリアと共に壁際で休んでいたら、通りかかった令嬢に飲み物をかけられてしまった。ぶつかってきた、と言われたけれど、私は一歩も動いていない。他の男性とは躍らせないというエドアルト様の、怒涛の連続ダンスで足がくたくただったからだ。

 きっと、不慣れな舞踏会で緊張していたんだろう。咄嗟に言い訳してしまったに違いない。けれど、このまま私が残ってはいらぬ詮索を受けてしまう。それに、濃い色をしているから目立ちにくいとはいえ、濡れたドレスのまま舞踏会に参加するのも嫌だった。


 舞踏会を主催された公爵夫人に、気分が優れないからと丁重に謝意を述べて退出させてもらった。扇で胸元は隠していたけれど、公爵夫人の視線が幾度か胸元へ落ちていたから気付かれたかもしれない。間違ってぶつかってしまったようだから、あの子にあまり不利にならないようにしたいとは思う。私に出来る範囲で庇うくらいはしよう。


 エドアルト様は私を支えるように腰を抱いて、私と同じように公爵夫人へ謝意を述べていた。エドアルト様は残っていただいてよかったのだけれど、そう伝えようとしたらきりりと睨まれてしまう。


「君は、私が濡れたドレスのままの婚約者を放っておく男だと思っていたのか?」


「いえ、そんな……」


 あまりの迫力に身を縮めると、エドアルト様は腰に回していた腕に力を込めた。引き寄せられるままに身を任せようとして、気付く。私は先程、会場で飲み物をかけられてしまったのだ。勿論、まだ乾いてなどいない。


「いけません、エド様のお召し物まで汚れてしまいますわ」


「構わない。君の方こそ、濡れたまま夜風に当たっては体を冷やしてしまうぞ」


「平気ですわ、すぐに馬車に乗りますもの」


「ならばそれまでは、私が風除けになる」


 目一杯、腕を突っ張ってみても、聖騎士となったエドアルト様に力で敵うはずもなく。私は濡れたドレスのまま、エドアルト様に抱き締められてしまった。じわりと、エドアルト様の軍服に染みるのが分かる。氷のように澄んだ色をしたエドアルト様の軍服はまるでエドアルト様そのもののようで、汚してしまう私がとても醜いものに思えた。


「エド様、駄目です、駄目、離して……」


「ふふ、まるで褥で睦むようだな」


「っ!?」


「ほら、馬車が来たぞアリィ」


 耳元で甘く囁くエドアルト様に硬直していたら、慣れたことのように馬車に乗せられてしまう。迎えに来たのはバルトス公爵家の馬車だ。うちの方の馬車は、ユーリアが呼ぶだろう。

 エドアルト様の合図で、緩やかに馬車が走り出した。私は、汚れてしまったエドアルト様の上着に手を添える。その手を、エドアルト様が包むように握った。隣の彼を見上げると、どこか熱のこもった目で見つめ返される。


「エド様?」


「体は冷えていないか、アリィ」


 エドアルト様の言葉に、私は大丈夫だと頷いた。エドアルト様が庇っていてくださったお陰で、冷えるどころか温かいくらいだ。


「君に無礼を働いた女性に見覚えは?」


「いえ……、学園でもお会いしたことはありませんわ。ユーリアも知らぬようでした。恐らくは、先月入学された方かと」


「学生としても、公爵家としても接点はない、か」


「ええ。震えていらっしゃいましたし、緊張されていたのではないでしょうか」


 私の言葉に、エドアルト様は眉尻を下げて微笑む。


「だから、君はあの女性の話を遮って退出を望んだのだな」


「彼女は思いもよらぬ事態に咄嗟に対応できるほど、経験を積んでらっしゃらないようでしたので……。よりにもよってわたくしにぶつかってしまうだなんて、可哀想ではありませんか」


 公爵令嬢である私の立場は、場合によっては凶器になるのだ。それこそ、爵位の低い方の人生を潰してしまうほどの武器だ。出来るだけ穏便に立ち回りたい。誰にだって失敗はある。その失敗をした相手が私だったばかりに取り返しのつかない事態になるだなんて、あんまりだ。


「分かった。アリィの意思は考慮しよう」


 エドアルト様は、私の手を握ったその指先で、私の手の甲を撫でる。くすぐったい、と笑うと、エドアルト様も肩を揺らして笑った。


「すまない。君がトラブルに巻き込まれたというのに、私はどこか安心している」


「え……?」


 私の手を掴んでいない方のエド様の手が、つう、と胸元をなぞった。くすぐったくて、それ以上に恥ずかしくて、私は思わず体を引く。


「こんなにも色香に溢れた君を、あれ以上人目に晒したくはなかった。私を酷い男だと思うか?」


「酷いだなんて……、けれど、その、恥ずかしいです……」


「恥じらう君も愛らしいな。このドレスもよく似合っているが、私は気が気ではない」


 いつの間にか、エドアルト様はとても近くに顔を寄せられていて、熱い吐息が唇にかかった。狭い馬車の中で、もう、逃げ場はない。私はエドアルト様の臙脂の瞳を見上げた。宝石のような瞳の中に、私が映っている。追って重なる唇は、胸が苦しくなるのに離れがたくなる魔法のようだ。

 撫でるように唇が重なって、そのまま啄むような口付けが数度、降ってくる。熱に浮かされたように息を吐くと、エドアルト様の舌が私の唇をなぞった。ぞくりと背筋が震えて、私は思わずエドアルト様の手を強く握ってしまう。エドアルト様は少し顔を離して、妖艶に笑ってみせた。


「……少し、遠回りをして帰ろうか、アリィ」


 エドアルト様に抱き寄せられて、私は彼の逞しい肩に頬を寄せた。額を乗せるように擦り寄ると、エドアルト様は息を吐くように笑う。


「本音を言えば、帰したくないが、な」


 私も、エドアルト様とずっと一緒にいたい。離れたくない。エドアルト様にどろどろに甘やかされて、蕩けてしまいたい。けれど、それを告げるのが怖いと思う私もいる。未知の領域に足を踏み入れる前の恐怖に似た感覚だった。何も言葉を返すことが出来なくて、ただ、私はエドアルト様の手を握る。エドアルト様も、私の手をそっと握り返してくれた。静かに揺れる馬車の中で、私たちは言葉少なに寄り添うのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 舞踏会で飲み物をかけられてから、どうにも学園で奇妙なことが起こるようになった。ユーリアに声をかけられて足を止めるとその数歩前に花瓶が転がり出たり、授業で使う細々したものが無くなっているとエドアルト様が予め複数用意していたり、女性の声で呼び止められたかと思って振り向いたらヨゼフィルド様がいたりするのだ。

 ユーリアとヨゼフィルド様は、わざわざ学年の違う私たちの教室近くまでよく来るようになった。私はどうしたのだろうかと不思議に思ったけれど、エドアルト様は特に疑問には思われていないようだった。


 何よりも気にかかるのが、よくユーリアとエドアルト様とヨゼフィルド様の三人で話し込んでいる姿を見かけるようになったことだ。


 最初に見かけた時は、私から声をかけた。次に見かけた時は、エドアルト様が気付いて駆け寄ってきてくれた。三度目、四度目は、……私は声をかけられなかったばかりか、物陰に身を隠してしまった。


 やましいことなどない、きっと何か事情があるのだと、冷静な私が言う。けれど、疎外感と共に喉の奥を焼くような感情が込み上げてきて、私はその場から動けなかった。

 どうしたの、何をしているの、と声をかければいい。けれど、返ってくる言葉を私は知っている。偶々会っただけだ、偶然一緒になったの、奇遇ですね、と隠すような言葉ばかりで……。ああ、嫌な考えばかりが浮かんでくる。


 私は、学園の五年生になった。つまりは、ゲーム開始時と同じ時間軸になったと、ユーリアがいつか言っていた。ゲームのメインヒーローはエドアルト様、ヒロインはユーリア、そして、二人を邪魔する悪役令嬢が、この私、アリシアだ。氷の幻想郷というゲームをプレイしたことはないけれど、ユーリアに教えてもらったことがある。

 ゲームが開始したのであれば、エドアルト様は物語の通りにユーリアに惹かれるようになるのではないか。同じように、ユーリアもエドアルト様と結ばれたいのではないか。私は悪役だから、邪魔なのではないか。エドアルト様もユーリアも優しいから、私に言いだせないのではないか。


 ぐるぐると、吐きそうな思考が脳裏を巡る。


 せめて邪魔にならないようにと、私は足音を殺してその場を去ることしかできなかった。昼食の時間になれば、エドアルト様はいつものように私を誘ってくれる。家に帰れば、ユーリアは可愛らしく甘えて私とおしゃべりをしてくれる。ヨゼフィルド様は友人の姉である私に、授業中のユーリアの様子を聞かせてくださってる。変わらない日常が、どんどん怖くなった。


 五度目、三人が集まっているところを見かけた私は、視界が滲んだ。


 ユーリアがエドアルト様をお慕いしているならば、私は譲るべきだ。エドアルト様がユーリアを想うならば、私は身を引かなければいけない。悪役令嬢だけれど、私にだって矜持はある。ユーリアの幸せは、私の幸せだ。エドアルト様の安寧は、何よりも守りたいものだ。ユーリアが笑っているならば、私も笑えるはずだ。エドアルト様が愛しむならば、私も愛しむことができるはずだ。

 だというのに、視界が滲む。止まれと思えば思うほど、視界は不明瞭になっていく。頬を伝ってぼたぼたと落ちるものが、私の醜い感情であればいいのにと思った。


「アリィ?」


 身を隠すことも出来ずに呆然を三人を見ていたら、気付いてほしくないタイミングでエドアルト様が私に気付く。


 ひゅ、と息を飲んだ。それは、私だったか、エドアルト様だったのか。


 無意識に、私は身を翻して逃げ出していた。アリィ待ってくれ、とエドアルト様が悲鳴めいた声で私を呼ぶ。けれども、私の足は止まらない。廊下を走るだなんてはしたない、とどこか冷静な私が思った。

 曲がり角を曲がって、すぐに階段がある。どこへ向かうのかは考えていなかったけれど、とにかく逃げたくて、私は必死だった。


 角を曲がった瞬間、がつ、と足首に何かがぶつかる。視界が意図しない方向にぶれた。不自然に投げ出された体は、宙を舞って重力に引き寄せられる。


 驚いて視線を向けた先に、悪意のある笑みを浮かべた彼女が立っていた。


「邪魔なのよ、貴女。消えて」


「セ…………!」


 冷え冷えとした声が、やけにはっきりと響く。


「アリィ!」


 エドアルト様の叫び声と、とても焦った顔が見えた。ごめんなさい、と声にならないけれど唇を動かす。次いで訪れた全身を襲う衝撃に、私は意識を手放した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ねえ、お姉、聞いてる?」


 久々にアパートへやってきた妹の友里が、私の顔を覗き込む。一瞬、呆けていたようだ。私は曖昧に笑って友里の頭を撫でる。


「半分ね」


「もー、どっから聞いてなかったの!」


 途端にふくれっ面になった友里に、私は苦笑いを浮かべた。大学を卒業したばかりの友里は、まだ新人で仕事が忙しいだろうに暇を見つけては私のところへ遊びに来る。こちらとしては、独身貴族の一人暮らしで暇してるからありがたいことなんだけどね。


「今度、ハードごと持って来るからお姉もやってみてよね!そんで、一緒にオフィシャルイベントに行こ!」


「はいはい」


「ほら、公式サイトのサンプルスチル見てよ!お姉だったらエド様かなー。私はヨゼフ様の方が好きなんだけど!見て見て、ね、かっこいいでしょ?」


 友里が、スマホの画面を私の顔に押し付けてきた。近すぎる。見えない、見えないから。


「はいはい、見るって。見るから。ええと、どれどれ」


 友里からスマホを奪い取って、画面に表示されたスチルを見た。サンプル、と薄く書かれているイラストは、黒髪の青年と金髪の女の子が氷の中で抱き合うシーンだった。寒そうだな。


「えーと、舞台は北極?」


「んなわけないでしょ。エド様の魔術でヒロインを救ったところなんだよ」


「ふーん?」


「詳しくは、プレイしてみれば分かるから!ね!」


「はいはい。今度持ってきてね」


 笑って頷くと、友里は嬉しそうに笑顔を咲かせた。ああ、可愛い。


 私の作った夕飯をぺろりと平らげて、友里は実家に帰っていった。送ろうかと言ったけど、近いから大丈夫と断られてしまう。次はいつ遊びに来るだろうか。ゲームを持って来ると言ってたから、またすぐに遊びに来るのだろうけど。

 年の離れた妹はとても可愛い。私はもういい歳だからと実家を出たけれど、実家の近くにアパートを借りたのは妹と離れがたかったからだ。遠くだと、親も許してくれなったしね。両親もそろそろ定年の時期だし、私は結婚してないから面倒見ないといけないもの。


 今は乙女ゲームに夢中だけど、友里はいつか結婚するのかな。友里が選ぶのだから、きっと素敵な旦那さんだろう。友里に子供が出来たら、めちゃくちゃ可愛い。うん、可愛いに決まってる。甘やかす自信がある。駄目なおばちゃんだと、友里が笑う姿が簡単に想像できた。


 布団の中で忍び笑いながら、私は幸せな気分で眠りについた。


 それが、私の覚えている前世の、最期の記憶だ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 吸い込んだ空気がとても冷たくて、私は思わず咳をする。空気は冷たいのに、体は何かに包まれて暖かかった。寄り添う温もりに安心して、私はふわふわと眠気に誘われる。


「アリィ、目を開けてくれ、アリィ!」


 必死に呼びかけられて、私は薄っすらと目を開けた。微睡む意識は、段々と色付いて私に情報をもたらす。私を覗き込む臙脂の瞳が、不安そうに揺れていた。


「アリィ!」


 どうして、彼はこんなにも泣きそうな顔をしているの。私は、一体何をしたの。ここは、どこだろう。


「エド、様……?」


 吐き出した息が、白く染まった。さ、寒い。何、これ。あれ?私、ええと、そうだ。学園にいて、それで、……ああ、思い出した。

 エドアルト様とユーリアが親しくされていて、私は仲間外れにされたことが怖くて、逃げ出したんだ。そう……、そうだ。足をかけられて、階段を転げ落ちたはず。


「痛むところはないか?」


「いえ……」


 転げ落ちたはずなのに、不思議と体はどこも痛くない。学園の階段は結構な段数があるのだ。受け身を取れた記憶はない。どうしてだろう、とエドアルト様から視線を外して周りを見て、ぎょっとした。


 辺り一面が、氷漬けなのだ。息も白くなるはずだわ。しかも、私は階段を落ちていない。段差が氷で埋まっている。廊下と同じ高さまで、だ。つまり私は、足をかけられて転げ落ちたのではなく、足をかけられて氷の上に倒れこんだだけ、らしい。


 ちらりともう一度周囲を見渡すと、私たちは氷に完全に囲われているようだった。厚い氷の壁の向こう側で、ヨゼフィルド様が彼女……、セシルを捕らえている。私を転ばせた張本人であり、私が、友人だと思っていた女性だ。ユーリアは、私を見てほっとしたように微笑んで、軽く氷の壁を触っていた。それから何故か、ユーリアにウインクされる。不思議に思ってみていたら、ユーリアはゆっくりと唇を動かした。す、ち、……る?スチル?

 スチル、って、あのゲームの?ああ、そういえば、サンプルだったけど見たような……。でも、あのスチルでは、氷の中で抱かれていたのはユーリアだったのに。


「アリィ、無事でよかった」


 そんなことを考えていたら、エドアルト様にきつく抱き締められた。私はだらりと下げていた腕をどうしようか悩んで、抱き返すわけにもいかずにそのままにする。


「エド様、あの……」


「君が狙われているのは分かっていたんだ。知らせれば、優しい君はきっと心を痛めてしまう。そう思っていたんだがな」


 エドアルト様が、咎めるように私を睨んだ。私は、彼の顔を見れずに視線を落とす。


「アリィ、私を見るんだ」


「っ…………」


 けれど、エドアルト様は許してくれなかった。強い口調で言われて、私は恐る恐る視線を持ち上げる。エドアルト様は、臙脂の瞳を細めて私を見ていた。


「君は、私の心を信じてくれているだろうか」


「!」


 昔、エドアルト様に言われたことがある。どうか私が君を愛しているという、私の心を信じてくれないか、と。


 私は、信じていただろうか。ゲームではユーリアと結ばれるから、それが正しいことだからと目を背けてばかりで、エドアルト様自身の心を考えたことはあっただろうか。いつだって、エドアルト様は私を見てくれていた。エドアルト様の私への態度を思い出せば、エドアルト様が私を好いてくれていないだなんて、冗談でも言えないのに。


「ごめ、んなさい……」


「いけない子だ。私を疑ったんだな?」


「ごめんなさい……」


 疑ってしまった。こんなにも、愛してくれている人を、私は……。


「お仕置きが必要だな、アリィ」


 エドアルト様は表情を緩めると、どこか楽しそうに言った。怒られるものとばかり思っていた私は、呆気に取られてエドアルト様の臙脂の瞳を見る。おしおき……。お仕置き!?


「そっ……、それはっ……」


 前にも何度か、エドアルト様からお仕置きされたことがあった。思い出して、一気に顔が熱くなる。抱き締めてくれとか、私を愛しているか教えてくれとか、アリィからキスをしてくれとか、普段は恥ずかしくてできないことばかりやるように言われるのだ。私を嫌うならしなくていい、とも言われて、拒めるわけもない。


「私の背に腕を回せるか?」


「は……、はい」


 何をお願いされるのかとびくびくしていたら、息を吐くように笑いながらエドアルト様が言った。私は頷いて、降ろしていた腕をエドアルト様の背に回す。ぎゅっと抱き着くと、エドアルト様はとても暖かくて、知らぬ間に籠っていた全身の力が抜けるほどに安心した。エドアルト様は分かっていたかのように、やわらかく私の髪を撫でてくれる。


「可愛い私のアリィ。本当に、無事でよかった」


「エド様……」


「君に泣きながら逃げられた時、私がどれほど焦ったか。やはり囲ってしまおうか、この氷の楔で」


 冗談めかして言うエドアルト様に、私は浮かぶ笑みを堪えきれなかった。知っている、やさしいエドアルト様はそんなことをしない。されたとしても、大事に大事に囲われるだろう。私はエドアルト様の胸に頬を擦り寄せて、瞼を伏せた。


「エド様にでしたら、構いませんわ。たくさん飾って、可愛がってくださいましね」


 ひゅ、と息を飲んだ音がする。私を抱き締めるエドアルト様の腕に力が籠った。髪を撫でてくれていた手は、逃がさないとばかりに私の頭を抱える。


「……君にだけ、私は酷い男になるぞ」


「存じ上げておりますわ。酷くても、いじわるでも、わたくしの大切な方ですもの」


 大切な、愛しい方だ。


「全く、私は一生、君に敵わなそうだ」


 エドアルト様の笑う吐息が髪にかかる。私はくすぐったくて、逃げるようにエドアルト様へ身を寄せた。鼓動が重なって、とても心地いい。


 それから、生徒に聞いたのだろう、先生方が何事かと駆け付けるまで、私たちは氷の檻の中で抱き合っているのだった。

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