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第五話 ユーリア・アリシア

【ユーリア】


 毎週と言っても過言ではない程にエド様にデートへ連れ出されているアリシアお姉が、珍しく暗い顔をして帰ってきた。エド様の前では明るく微笑んでいたのに、家の中に入った途端に泣き出しそうな顔をしてる。出迎えた私は、何事かとアリシアお姉を自室に引っ張り込んだ。エマもヘレンも、もう私たちがお互いの部屋に籠ることに慣れたのか、ご夕食はこちらへ用意しますね、と出来る侍女っぷりを発揮してた。


「お姉様、大丈夫?」


「ユーリア……、わたくし……」


 へにゃりと目尻を下げて、アリシアお姉は両手で顔を覆ってしまう。追って、ぐすぐすと泣く声が漏れてきた。慌てて私はアリシアお姉を抱き締めると、近場にあったソファに座らせる。ちょっとエド様!うちの可愛いお姉に何したのよ!


 紅茶を用意しに来たエマも、さめざめと泣くアリシアお姉に驚きを隠せてない。落ち着くように、とミルクティーを用意してくれた。私がお姉のことをみるから大丈夫、とエマに目線で合図して、エマもヘレンも下がらせた。私は泣くアリシアお姉が落ち着くまで、ただお姉の細い背中を撫でる。


「どうしたの、お姉様。何があったの?」


 ようやく泣き止んだアリシアお姉にミルクティーを飲ませながら、私は首を傾げた。アリシアお姉は、赤くなった目元を伏せて、ぽつぽつと呟く。


「エド様を、怒らせてしまったかもしれなくて……」


「エド様が、お姉様に、怒る?」


 ええ、まさか。あんなにアリシアお姉を溺愛してるエド様が?アリシアお姉の誘惑に悶々としてることはあっても、怒るなんてなくない?


「ええ……、だって……」


 それから、今日のアリシアお姉とエド様の行動を話し始めた。今度の学園主催の舞踏会で着るドレスを仕立ててもらったのね。よかったじゃない、お姉。しかも、いくつも用意されてたの?どれだけ溺愛されてるのよ。臙脂のドレスを選んだの?エド様の瞳の色ね。それはエド様、喜んだんじゃなくて?


「けれど、お店を出て、スティアート様にお会いしてから、……エド様、ずっと、難しい顔をされていて……」


「スティアート様に会ってから……」


 スティアート様って、身分を隠してらっしゃるけど、この国の第二王子なのよね。アリシアお姉には伝えていないけど、エド様は確か、スティアート様のことを知っていたはず。そして、スティアート様はよく、護衛をあまり連れずに街へ降りられているのよね……。民の様子を見たいから、と。

 お父上が聖騎士で、ご自身も聖騎士を目指してらっしゃるエド様は、時折スティアート様に苦言を呈されていた。ゲームの方でだけれども、アリシアお姉を取り巻く環境以外はゲームの設定そのままだろう。


「それは、スティアート様に怒ってらしたのではなくて?」


「けれど、その後も……、お茶をしている時にも、ずっと難しい顔をされていたの……。わたくしが話しかけると、無理をして微笑んでくださったけれど、でも……」


 もし、アリシアお姉に犬耳と尻尾が生えていたら、しょんぼりと垂れている。空目するくらいに、アリシアお姉は落ち込んでいた。


「わたくしの選んだドレスがいけなかったのかしら……。それとも、ケーキがお口に合わなかったのかしら……。いいえ、きっと、わたくしが気付かない間に、エド様を怒らせるようなことをしてしまったんだわ……」


 そこまで言って、アリシアお姉はまた、顔を覆って泣き出してしまう。嫌われてしまったかもしれない、と震える声で言うアリシアお姉を、私はしっかりと抱き締めた。


「わたくしは、悪役令嬢なのでしょう?だからきっと、エド様に失礼なことをしてしまって、嫌われてしまったんだわ」


「そんなことない!お姉様は、もう悪役令嬢なんかじゃないわ!」


「でも、わたくしは、……アリシアは……」


「今のお姉様は、アリシアだけれど、悪役令嬢じゃないわ。全然違う」


 ゲームの中のアリシアと、前世のお姉と融合したアリシアお姉は行って帰ってくるほど違う。今のアリシアお姉が私を虐めようとしたって、可愛らしいイタズラだとほっこりするくらいだろう。むしろ、構ってほしいのかこの寂しんぼさんめ、とも思う。


「大丈夫よ、お姉様。絶対にないわ。エドアルト様が、お姉様を嫌うだなんて絶対にない。私が保証するから。大丈夫、大丈夫よ」


 慰めて言い聞かせて、涙に暮れるアリシアお姉が泣き疲れて眠ったのは、もう随分と夜が更けてからだった。アリシアお姉は元々、気は強いけれど体力なんてないか弱い公爵令嬢だ。明日、体調を崩すかもしれない。朝は起こさずに、学園にはゆっくり来てもらおう。むしろ、休んでもいいと思う。そうだわ、お母様にお願いして、アリシアお姉を休ませよう。前世を思い出してから、アリシアお姉は両親ともいい関係になっているし、きっとお母様もお父様も心配している。

 まだ起きていたエマとヘレナに明日の朝、アリシアお姉を起こさないようにと伝えて、私はアリシアお姉の部屋に向かった。私のベッドにはアリシアお姉が寝てるから、今日はお部屋を交換だ。


 私は寝る準備を整えながら、一つ決心する。絶対に明日、エド様を問い詰めよう。何、人のお姉を泣かせてくれてんだ。いくらイケメン聖騎士でも、私のお姉を泣かすなんて許さない。


 でもまあ、多分だけどエド様に、エド様のせいでアリシアお姉が泣いていましたよって伝えたら、アリシアお姉に跪いてでも許しを請うんじゃないかなぁ。アリシアお姉が目の前で泣いたら切腹でもしそうだな、と私はアリシアお姉の匂いがするベッドに潜り込みながら思うのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



【アリシア】


 ユーリアに情けなくも泣きついてしまった翌日。私が目覚めた頃にはもう、学園へ向かわなければいけない時間帯だった。どうして起こしてくれなかったのとヘレナに言っても、優しく微笑んで温めたタオルを差し出されるだけだ。目元に当てろって、でも、もう、学園に行かないと、と思っていたら、お母様が私の部屋を訪ねてきた。


「アリシア、ああ、可哀想に。こんなに目を腫らして」


 お母様は、部屋に入ってくるなり私を抱き締めてくる。何が起こっているのかと目を白黒させていたら、涙ぐんだお母様が顔を覗き込んできた。


「今日は母とお話ししましょう」


「で、でも、学園へ……」


「駄目よ」


 お母様は首を振って、指先で私の目元を撫でた。そんなに酷い顔をしているのだろうか。だとしたら、エドアルト様に顔を合わせられない。


「ヘレナ、アリシアの朝食を運んで頂戴。さあ、アリシアはこちらに座って」


 手を引かれて、私はソファに座らされる。そうだった。ここは、ユーリアの部屋だ。お母様は私が持っていたタオルを奪うと、ぽふっと顔に当てられる。


「お、おかあさま……」


「私の可愛いアリシアを、こんなに泣かせるだなんて……。バルトス家との婚約は取り消した方がいいかしらね」


「だ、だめです!」


 タオルを当てられてるせいでもごもごとしてしまったけれど、私は必死に首を振った。


「そもそも、わたくしがいたらないせいで、ごきぶんをがいされたのです。エドさまは、なにもわるくないのです、おかあさま」


「まあ。ふふふ、大丈夫よ、アリシア」


 タオルから解放された先、お母様は悪戯に微笑んでいた。私はきょとんとお母様を見る。お母様は、私の額をちょんとつついて小首を傾げて見せた。


「アリシアは健気なのがいいところだけれど、少しは殿方を焦らして差し上げないとね。午後が楽しみだわ、いい子だから今は私の相手をして頂戴」


 午後?どういうことだろう。楽しそうに笑うお母様は、それ以上教えてくれなかった。幼い子供にするように食事の世話を焼いてもらったり、殿方を喜ばせる仕草について教えてもらったり、学園での生活を話したりと、気付いたら日も高く上る時間になっている。時折、ヘレナがタオルを持ってきてはお母様が受け取って、私の目元に当ててくれた。


「まだ少し赤いわねぇ」


「ええ。……お嬢様を悲しませるとはどうしてやりましょうかね……」


 ヘレナが一瞬、低い声で呟く。驚いてヘレナを見上げると、そこにはいつも通りの微笑みを浮かべたヘレナがいた。そ、空耳かしら?

 ふと、控えめに部屋の扉がノックされる。どうぞ、とお母様が声をかけて、入ってきたのは家の執事だった。いつも宰相であるお父様についているのに、今日はお父様もお出かけにならなかったらしい。


「奥様、お嬢様へお客人ですが、如何なさいますか」


 私に?こんな昼間に、誰だろう。


「……あら、そう。随分と早いこと。ユーリアに聞いてすぐにきたのかしらね」


 お母様はそう言うと、私の頭を撫でてくれた。何度か撫でた後、お母様は私の手を取ってソファから立たせる。


「ヘレナ、アリシアをそうね……庭園へ連れて行って頂戴。少し、時間をかけてもいいわ」


「かしこまりました」


 さあお嬢様、とヘレナに連れられて、私はユーリアの部屋を出た。私にお客様なのに、庭園に行かなきゃいけないのか。お客様を庭園にご案内するのかしら。そう考えながら出た部屋の外には、執事だけじゃなくてお父様もいる。お父様はじっと私を見て、悲しそうに顔を歪めた。


「お父様?」


「まだ目が赤いな。つらくはないかい?」


「そんな、大丈夫ですわ。心配かけてごめんなさい、お父様」


「ああ、いいんだよ、アリシア。父にも心配をさせておくれ」


 お父様も、私の頭をよしよしと撫でてくれる。私は少しくすぐったくて、笑ってしまった。くすくすと笑う私を見て、お父様もようやく表情を緩める。お客様が来ているから庭園へ向かうと私が告げると、お父様が低く呻いた。


「……バルトスの若造が……」


 よく聞こえずに首を傾げると、お父様は何でもないよと微笑む。行きなさい、と急かされて、私はヘレナと共に庭園へ向かった。庭園では、先に来ていたエマが紅茶を用意してくれている。

 白を基調としたガーデニングテーブルに腰かけて、私は紅茶に口を付けた。冷えないようにと、ヘレナがストールを肩にかけてくれる。ありがとうと微笑むと、ヘレナも微笑み返してくれた。


 風に吹かれて、ダリアの花が揺れる。私は、ぼんやりとその光景を眺めていた。気付けば、ヘレナもエマもいなくなってる。そういえば、お客様がいるはずなんだけれど、ここには私しかいない。庭園を散歩しているのだろうか。


 テーブルから立ち上がって、私は花壇の中を歩く。冬が近いからか、随分と風が出ていた。ひときわ強い風が吹いて、私は思わず髪を抑えて身を縮める。刹那、ぐいっと体を引かれて、強く抱き締められた。


「!」


 驚いて顔を上げると、そこに、いるはずのない方がいる。


「え、……どう、して……?」


 エドアルト様、だ。とてもつらそうに眉を寄せて、私を見下ろしている。エドアルト様は片腕で私の腰を抱いて、もう片方の手で、私の頬を包んだ。私とは違う、がっしりとした指先が、私の目元を撫でる。

 そうだ。私はまだ、目が赤いとお父様も言っていた。嫌だ、エドアルト様の前に、そんな酷い顔を晒したくない。


 けれど、俯こうとしても、エドアルト様の手がそれを許さなかった。


「だめ……、離して……」


「……アリィ……」


「こんな顔、嫌です……。見られたく、ありません……」


 エドアルト様の胸に手を添えて、どうにか体を離そうとする。力で敵うはずなんてないのは分かっている。だけど、失望される方がもっと怖かった。


「違うんだ、アリィ。ああ、頼む、そんな顔をしないでくれ。私は、君を泣かせたくも、苦しめたくもないんだ」


 エドアルト様は、私の額にご自身の額を重ねてくる。伝わってくる温もりに、胸が苦しくなった。


「アリィ、どうか、私を許してくれ。私のせいで、君が泣いたと聞いた。昨日の私の態度のせいだと。私が愚かだった」


「違うのです、エド様は、何も悪くなど……」


「いいや、私が愚かで未熟者だから、君を悲しませた。こんなに目を腫らして……」


 くっついていた額が離れて、エドアルト様の唇が私の瞼に触れる。何度も何度も、エド様の唇が私に触れた。愛しむようにやさしくて、じわりと視界が滲む。


「エド、様……」


 私は思わず、目の前にあるエドアルト様の制服を掴んだ。


「わたくしのことを、嫌いにならないで……」


 流れ落ちた涙が、エドアルト様の手を濡らしてしまう。涙に滲んだエドアルト様は、驚いたように目を見開いた。無理を言ってはだめ、わがままを言ってはいけないと思いつつも、縋ることを止められない。


「直しますから……、もっと、エド様のご負担にならないように頑張りますから……、お願い、嫌いにならないで」


 前のアリシアがいいというのなら、もっと冷静になれるように頑張る。ユーリアのように華やかな女性が好きだというなら、この髪も目も捨ててもいい。


「……アリィ、君は、……全く、困った姫君だ」


 エドアルト様は、息を吐くように笑った。それから、とても強く抱き締められる。抱き締められながらも、エドアルト様の唇は、私の髪や額や瞼へ口付けるのに忙しかった。


「私が君を嫌えるわけがないだろう。こんなにも愛しているのに。もしかして、私の愛は君に伝わっていなかったか?」


 少し咎めるように、私の目を覗き込んでくる。そんなことはない。エドアルト様はとても優しくて、私を愛情で包んでくださってる。だからこそ、嫌われるのが怖いのだ。


「わたくしは、エド様の望むような女性になれておりますでしょうか……?」


 私の問いに、エドアルト様はしょうがない子だ、と笑う。言い聞かせるように私の頬に手を添えて囁いた。


「愛している、アリシア。私の可愛いアリィ。君は君のままでいいんだ。無理をする必要などない。どうか、私が君を愛しているという、私の心を信じてくれないか?」


「エド様……」


 真摯な目で覗き込まれて、私は頷く。じっと見つめられて、段々、エドアルト様の顔が近付いてきた。……え?


 唇に触れた温かいものに、私は目を見開く。


 とても近くで、エドアルト様が笑った気配がした。熱い息が、唇にかかる。


「……いいか、アリィ。ここに触れるのは、私だけだ」


「は、……はい……」


 顔中に熱が集まるのが分かった。エドアルト様を見ていられなくて、私は俯く。エドアルト様は無理に顔を上げさせようとせずに、そっと胸元に抱えるように抱き締めてきた。私は、導かれるままエドアルト様の胸に頬を寄せる。


 それから、私たちは学園から帰ってきたユーリアが呆れた顔で呼びに来るまで寄り添っているのだった。

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