第七部
二章です。一部はアインに焦点をあてますが以降は多分アルバートに焦点が当たると思います。後この賞は早く終わりますが人間関係がこじれ始めますので読んでいただけると幸いです。
「デグレア少尉、機体の調整をやるから三十分後に二番格納庫に来てくれ。」
「了解しました。」
マリノアス基地攻撃の後、エミリアと共に将校過程に進んだアルバートは少尉に昇進し原隊復帰となった。
「にしても膠着状態か。果たしてどうなるものやら。」
先程の整備員が去ったのを確認してからイルキア基地から見える海を見ながらふとこれからのことを考える。
アルバートの性分としては不確定要素が多い未来のことを考えるのは極力避けていた。だがそれは一度考えだすとその思考が止まらないからであり、この時も止めれられなかった。
まず現状について確認する。マリノアス基地襲撃から半年、未だに基地の攻略は進んでいなかった。その原因が基地に装備された多数のレーザー砲だった。
一つ一つの威力はそこまででも無いレーザー砲であるが、複数門当たればキャスターといえども只では済まないという分析が出ている。
当然キャスターを比較的容易に撃破できるのでノーマルや無人攻撃機も出すことが出来なかった。
それと同様の武器が連邦の他の前線基地でも確認された。
また一方で連邦も帝国の前線基地に対し攻撃を行うがそれも帝国が防衛機構を早急にアップデートしたことで陥落されることは無かった。
そのため両軍共にキャスターの生産量を増やしていた。
平時では維持費の観点からそんなに生産されないがこの情勢下では増産せざるを得ないようでその数は帝国のみですでに五千機近くあった。
それに伴いゼウスもバリエーションが増えていた。その機体群は平時では考えられないような短寿命の機体である。
そして今日アルバートが調整するよう言われていたゼウスもそのうちの一機だった。高機動型ゼウス、そう呼ばれる機体は通常のゼウスより五十パーセントアップした加減速能力に加え最高速も三十パーセントアップしている。
(新型やバリエーションが増えるのはメカ好きとしてはうれしいが……。)
そう考えていたときであった。
「新型機のテストパイロット様がこんなところで油を売っていらしゃっていいんでしょうか?」
背後から聞きなれた声がする。振り返るとエミリア・アークウィンがいたっずらっぽい笑みを浮かべていた。
「これは少佐。少佐こそ中将に顔を見せなくてもよろしいのですか? 後それと僕は新型機のパイロットではありません。あれはただの試作機ですよ……。」
皮肉っぽく答えると同時にエミリアの間違いを指摘する。
「別にいいのよ。あんなのに顔を見せなくても。」
そう近くにあった小石をけりながら言うエミリアを見て複雑そうだなと思う。
「随分と長い反抗期だことで。」
「元々仲良くないわよ。それに私としてはあなたといた方が楽しいもの。」
海岸に座っていたアルバートの隣に座りながら手を握る。
「そうですか。それでなにか自分にご用でも?」
「いや、特に無いわよ。用がなきゃ駄目なの?」
エミリアがそうきょとんとした顔で尋ねる。
敬語使わなくてよかったかとアルバートは思う。
「別にいいけど、後数分でまたあの試作機の調整に行かなきゃ行けないから。」
ため息をつきながら言うアルバートの顔に少し疲れが滲んでいた。
「そう……。」
察したように言うエミリアの声には同情の念が含まれいた。
「まさかあんなに使いづらいとは……。」
「基本フレームを変えていないから仕方ないわね。だから各部に強度を持たせる必要があるから重たくなるというのは分かるけど今度はバランスが犠牲になったと。」
そう面白そうにいうエミリアをアルバートは一瞥することもなく、遠くにある船を数える。
「今からでも断ればいいのに。」
「そういうわけにはいかない。あの機体に乗せるのを決めたのは君のお父様だよ? エミリア。」
「よく分かっているじゃない。それで機体の性能の方はどうなの?」
「まだそこまで試験していないから分からないがそれでも性能はカタログスペックほど出ていない。」
アルバートは一瞬この話をしようか迷ったが今後のためにしておいた方がいいだろうと判断する。
「やっぱりどこかに問題があるのかもしれないのね、自動開発装置に。」
「それが分からないんだよな。見たのは電気系の設計だけだから他のところまでは分からないが明らかに回路に細工が施されていた。設計班もそれに気づいたみたいで今その辺の交換とかを行っているがそれでもカタログスペックほど出るかは分からない。だから誰かが意図的にやったのかそれとも装置の問題なのか分からない。」
ことも無げにいうアルバートにエミリアは若干驚いていた。
「電気系の設計分かるの?」
「まぁ少しはな。」
「ところでそれってしゃべっていいことなの?」
「あぁ、お前には内密にしとけって言われた。」
だから秘密なとエミリアの綺麗な唇に人差し指を優しく当てる。
「駄目じゃない。」
けどエミリアはそれに嬉しそうに答える。
「別にバレなければ問題ないよ。」
そうアルバートが笑って言っているとエミリアの無邪気だった笑顔が急に邪気の入った、口も尾がにんまりした笑顔に変わる。
「ところでぇ、時間大丈夫? またあの整備兵に怒られるわよ?」
エミリアはそう言って腕時計をトントンと軽くたたく。
「お前、図ったな……。」
「だって面白いもの、怒られているときのあなた見るの。」
アルバートは急いで格納庫に向かったが怒られたのは言うまでもなかった。
*
「そうだ。少尉、あの話聞いた?」
食堂でご飯を一緒に食べているアインにアズリトが思い出したように尋ねる。
「あの話とは?」
あの話と言われてもそれが何なのかアインには分からないのでとりあえず聞き返す。
「今度新しい隊員が入隊するって話。」
「そうなんですか? 基本的に小隊は四機構成のはずだと思うのですが。」
小隊で五機にするというのはいささか不思議なのでアインは首をかしげる。
「この小隊は例外みたいなものだからね。」
だが返ってきたアズリトの返事は実にあいまいなものだった。
「親衛隊ですからね。」
しかし親衛隊なのだしそんなものかと考える。
「聞いた話だとかなり強いそうよ。」
「親衛隊ですからね。」
アインが同じ返答をすると気にくわなかったようでアズリトがアインの頬を引っ張る。
「そうなんだけどね。何でも聞いた話だとこの間の戦闘で十機撃墜したそうよ。」
「小隊で動いている時ですか?」
頬を引っ張られていることを気にせず尋ねる。
小隊でならば、言い方は悪いがハイエナのように敵を撃墜することもできるためそのようなことも珍しくはあるが今のアインでもできないことは無かった。
「いいえ、部隊からはぐれた状態でやったらしいわ。」
無反応だったのが気に入らなかったのかアズリトはアインの頬を離す。
「それ、部隊行動が苦手なだけじゃ……。」
苦笑いしながら答える。
「そうなると私たちも大変なことになりそうよね。」
そう言ってアズリトはコーヒーを飲み干す。
「それと、ユリアから聞いた話だと女性らしいわよ。」
「どんな人なのですか?」
ふとした疑問からそのように聞く。
だがこの時アズリトの顔が急に満面の笑みになったことでアインはしくじったかなと思う。
「よかったわね。女性の比率が増えて。」
そんな聞いてもいないどころか明かなことについては答えてくれた。
「自分としては強ければ何も問題は無いのですが……。それでいつ頃来るのですか?」
だからこそすぐに話題の軌道をそらす。だがそれもあまりアズリトの気に沿わなかったようで少しむっとした顔になる。
「ユリアから聞いた話だと明日だそうよ。」
そうつまらなそうに足をじたばたさせながらアズリトは答える。
「随分急なんですね。普通はもう少し前から知らされると思うのですが。」
アインは素直に蹴られながら動じずにそう笑顔で質問をする。
「この部隊もなんだかんだ言って特殊部隊みたいなものだからね。機密が多いのは仕方ないんじゃない?」
蹴り飽きたのか疲れたのかは分からないが蹴るのを辞めてコーヒーを飲んでいた。
「それも確かにそうですが。そういえば部隊編成とかどうなるんでしょうね?」
「流石にそこまでは分からないわよ。」
ですよねとアインはふと目にした時計を見る。
「しまっ……、あっつ!」
勢いよく立った拍子でコーヒーがアインにかかってしまう。
「全く何やっているのよ。」
アズリトはそう言ってポケットからハンカチを出してアインにかかったコーヒーを拭く。
「全く、最初に会ったころからどうしてそうドジが多いのかしらね。」
そう言いながらアインの濡れたズボンを拭くアズリトの顔は少し嬉しそうだった。
「ありがとうございま、ってそうじゃない! 時間ですよ! 時間!」
「時間? まだ集合時間までは時間が……。」
そう言って面倒臭そうにアズリトも時計を見るがその顔が一気に青くなる。
「不味いわね。」
「不味いですね。あ、自分はすぐに着替えるので少尉は先に行っててください。」
「はぁ。まぁ、いいわ。待っててあげるから早く着替えてきなさい。」
そういってすぐに部屋に向かおうとして転びそうになるアインを見ながらふとアインに初めて会ったときのことを思い出す。
二年前のことである。
初めて会ったときのアインの様子は一言でいうなればハリネズミのようなものだった。まだ十五になったばかりの若い顔に鋭い目つき。身長がまだ今より小さかったのをいまでも覚えている。
最初に顔合わせしたのは親衛隊の結束した日だった。
始めた見た印象としては何か近寄りがたいといった雰囲気だった。
だが挨拶しようとした時に印象ががらりと変わった。
流石にあの目つきの悪さと無愛想な態度がただただ緊張していただけだったなんて誰も思わなかっただろう。
だがアインはそれを普通にやってのけた。
「はじみぇましゅ……。失礼しました。自分はキャスター養成所から来ました、アイン・ダール准尉です。」
第一声がそれだった。言い終わったアインは顔を真っ赤にでもするのかと思ってみてたが特にそんなことも無く普通に振舞っていた。
だがそれでも確実に心にダメージがあったのだろう。自身の紹介が終わったときには若干安堵の色合いがその瞳に見えた。
なんとなくその後の集まりなどでも彼のことが気になって話しかけてみたのだった。
「なんですか?」
そう無愛想な感じでアインが答える。緊張しているせいだとアズリトは思って会話を続ける。
「ちょっとそこでお茶でもしない?」
今になって思えばどうしてこんな言葉が出たのかアズリトは分からなかった。
因みにこのとき隣にいたユリアが笑っていたのには気付いていた。
「勧誘ならお断りします。」
一応、アズリトも自身の容姿がユリアに勝っているとは思わないがそこそこいい方だと自分でも思っている。
まさかそんなにあっさり断られるとは思っていなかった。
だがそこで引いたら何かにまけると考えたアズリトはいいからと言ってアインの手を強引に引っ張っていった。
そのときのアインはあまり話さなかった。
ユリアがいうには宗教勧誘の手口そのものだから警戒したのだろうと笑いながら教えてくれた。
そのあとアズリトは何回もアインに話しかけるがなかなか相手をしてくれなかった。
だがある時、アインが海岸で泣いているのを見た。
流石に話しかけるのは少し気がひけたが、このままの関係でいいのだろうかと思い話しかけようと近づくとアインはアズリトに気付き目元をぬぐった。
「どうしたんですか、アース少尉。」
アインは立ち上がっていつもと何も変わらないようにそう尋ねる。
「いや、ちょっとね。それより少尉の方こそどうしたの? こんなところで。」
「いえ、昔のことを少し思い出していたのです。」
その時の口調もいつもと変わらない冷たい口調だった。
「昔のことって?」
だがアインがここまではっきりとしたことを言うのも初めてだったのでアズリトはふと昔のことが気になっったのですぐに尋ねていた。
「それは……。」
アインは少し話すのに逡巡するがまぁ、いいかという感じで口を開く。
「自分の両親は既に亡くなっています。」
「そう。それは、災難だったわね。」
「いえ、もう昔のことです。自分にはその時の記憶があまりありません。」
「そうなの?」
それがかろうじて出た言葉だった。
「えぇ。自分はその後軍の、いや、バラノフ閣下の要請学校に入り薬物強化などを受けてきました。」
その言葉にアズリトは驚く。噂では聞いたことがある。だがそれはそれだ。
そしてアズリトのその反応を見てアインも失敗したなと思う。
「まぁ、そんなところです。」
このまま話を続けるわけにはいかないと考え、話を切り上げこの場から離れようとした。だがアインはそれをできなかった。
「そう、寂しかったのね。」
「寂しい、そんなことを自分が……。」
アインはそんな感情など養成学校の初期の過程で消し去った感情のはずだからといった目でアインが自分を見つめていたのがアズリトにはとても印象的だった。
だからこそアズリトは無意識にアインを抱きしめていた。
アインは最初何が起きたのかわからないといった感じでただただ目を見開いていた。
だが体全体でそのぬくもりを感じてから自分が抱きしめられているのだと気付いたアインは一瞬だけ抵抗する。
だがすぐに抵抗するのを辞めた。
それはまるでこのぬくもりだけは確かなものだという感じで、アインの心拍数が上がったのをアズリトは見逃さなかった。
そしてアインは恐らく無自覚のうちにアズリトの腰に手をまわしていた。
アズリトはそれに気づくと頭を優しくなでた。