第三部
それから数日後のことである。
「司令!」
イルキア司令室にまだそこまで年がいっていないが決して若くもない士官から通信が入る。
「どうした、そんなに慌てて。」
オズワルド・アークウィンは士官を緊張させないように優しく問いかける。
「アーレイ基地が連邦に占領されました。」
だがその一応の冷静さは聞いたセリフですぐに消えた。
「なんだと!?」
士官の慌てようかある程度のことを覚悟していたが、これは流石に驚かずにはいらなかった。
(何を考えている、バラノフ!)
オズワルドはそう顔に怒りをにじませ、お気に入りの万年筆を折りかけた。
「敵の戦力は!」
まずは状況確認をするために司令室の近くにある基地司令室に向かう準備をする。
「一隻はクズネツォフ級、もう一隻の照合は無し!」
空母が一隻と不明艦がもう一隻か。
これだけの戦力でこの基地まで落とされるとは思わないため敵は恐らく合流をするはずだと考える。だが警戒するに越したことは無い。
「すぐにこの基地に警戒態勢を敷け!」
オズワルドはそう命令を出し、部屋から出た。
「よろしいのですか? 一応ではありますがアークウィン家とは良好な関係を築きたかったのでは?」
エフゲニー・バラノフの親衛隊隊長、またアインやアズリト、ユリアの所属する小隊の隊長であるロマン・ベロワが質問をする。
「別にそういうわけではない。私が協力関係を築いているのはジョン・アニクウェスだ。アークウィンはそのついでだ。」
その質問に不服そうに答える。
「それでイルキア基地への攻撃は?」
次からは気を付けなければなといった感じで動向について尋ねる。
「後十時間後に行う。そのあたりがちょうど警戒を緩めるいいころ合いだろう。それまでゆっくり休んでおけ。」
「ありがとうございます。」
ロマンは敬礼をして退室した。
*
「それにしても良かったわ。怪我が完治して。」
病室でエミリアがアルバートの洗濯物などをたたみながら言う。
「この辺は流石軍属の病院といった感じだな。普通の病院ならもっと時間がかかっただろう。」
アルバートも自分の荷物をまとめている。
ゲームなどは忘れないように気を付けねばと入念にチェックする。
「そうね。」
だがそれに対するエミリアの声は少し暗いものだった。
「ねぇ、アル。あのことについてどうするの?」
「あのことって?」
「軍人になるかどうかよ。」
「そのことか。あの人に聞いたのか。」
ブライムの名前が分からなかったのであの人といい、答えるまでの時間を少しではあるが引き延ばそうとした。
「そうね。あなたの父親のことも。」
だが不幸にも大した時間稼ぎにはならなかった。これは諦めて観念するしかないなと思う。
「そうか。だったら言ってもいいか。俺は軍人になるよ。俺が最後に親父に会ったとき言われた言葉があるんだ。お前は最強の兵士になれるって。だから、どこまで上に行けるのか気になってな。それに牢獄に入ったらそれこそお前に恨まれそうだし。」
「別に恨みはしないわよ。むしろそっちの方がよかったかもしれないわね。」
「牢獄なんて下手したら俺が襲われるかもしれないからやめてくれ。」
「流石にそれは私も嫌かも。確かにあなたの顔かわいいし。」
エミリアは洗濯物をたたむ手を止めてアルバートの顔をじっと見つめる。
「頼むからやめてくれ。」
アルバートは心底いやそうな表情をする。
「それにあの人も俺が軍に入ったら身の保証をしてくれるといっていたし。」
「エイブラウ大佐ね。」
「それにしてもエミリア、お前は疑われなかったのか?」
そう、アルバートは当たり前のようにふるまっていたエミリアを見てふとそういう疑問が生じた。
「それは……。」
だがその答えを得ることは叶わなかった。
基地内にサイレンが響く。
「何の音だ?」
アルバートがエミリアに尋ねる。
「私にも分からないわ。けどこれは多分。」
それと同時にシェルターに避難するようにという放送が鳴り響く。
「とりあえず外に出るぞ!」
そう言ってアルバートはエミリアの手を引っ張る。
二人が外に出た瞬間、爆風が二人を襲い掛かるのでアルバートはすぐにエミリアを庇い地面に伏せる。爆風が去ったのを肌で感じながら顔を上げる。すると基地のあちこちに黒煙が広がっていた。
「一体何が?」
だがその間を待たず再び基地にミサイルが着弾するので伏せる。
「大丈夫か?」
「えぇ。そっちは?」
「あぁ。今度は流石にこちら側に破片来なかったな。」
アルバートはエミリアの無事と自身の体に重傷がないことを確認すると周りの状況を把握する。
コンクリートの粉が舞い散ってて体に悪そうだなと感じるがすぐにその雑念を追い払い周りを見る。
すると海側からの攻撃によって基地の一部が破壊された上、敵キャスターがこちらに接近しているのを確認できた。
アルバートはどうするか考える。だがシェルターの場所がわからないのでどうしようもなかった。
(どこか安全なところは……。)
そう思っていた時だった。
キャスターの格納庫が目に入る。
(何を考えている! 俺は!)
アルバートはそう思う。だがそれは戦場の真っ只中にいるアルバートにとっては魅力的な選択肢だった。
だが一方で不利益が大きすぎるのも事実だった。
まずキャスターが無かったら確実に死ぬ。
そしてあったとしても強い敵に当たれば死ぬのは確実であった。
だがそれはこのままここにいても同じことだと考える。
それならばとアルバートは決心した。
「エミリア、格納庫に行くぞ。」
エミリアは一瞬考えるがアルバートの考えが即座に分かったのでうなづく。
アルバートが格納庫の方にエミリアの手を握って進む。
格納庫に着くとあちこちが破壊されていた。だがその中に使えそうなキャスター――幸いなことにコクピットが開いているキャスターがあった。
「本当にやる気なの?」
「シェルターに入れない以上キャスターに乗っていた方が安全だろう。実際にそれ以外方法がないし。」
「けど……」
「だがここで死ぬよりはマシだ。入るぞ。」
そう言ってエミリアをコクピットに押し込んだアルバートは自身も乗りこむ。
はっきり言っていくら戦場に出ることになると思っていてもこんな急に、しかも軍の訓練もなくキャスターに乗る羽目になるとはアルバート自身も思っていなかった。
しかし事態も事態であるしここでやらなければならないと思う。
学校で習った手順通りに起動プロセスを始める。
ロックがかかっているかとも思ったが幸いにして動かすことができた。
「エミリア、通信回線の番号はわかるか?」
「ごめんなさい。分からないわ。」
「そうなると国際救難チャンネルしか……」
だがそこで警告音が鳴る。
アルバートはその音に警戒する。レーダーには敵機が数機接近、しかもそのうちの一機はキャスターだというのが分かる。
(ここまで接近されると逃げきれないか。だがここで交戦したところでと考えこのまま起動してないふりをしてやり過ごすか。)
そう判断したときであった。
一機の連邦製キャスターが発砲をする。
「やり過ごすのは無理そうか。エミリア、そのまましっかり捕まってろよ。」
「そうね。このままじゃどちみちにしろ……」
アルバートの言葉にエミリアも覚悟を決める。
「あのキャスター、起動していたのか。」
ノーヘッドとは違いワンオフ機の一機であるため頭が付いているキャスター、ドレインのコクピットの中でアインは警戒を強める。
「実戦データを取るには丁度いいか。」
『だがあのパイロット不慣れそうだな。』
それに遠距離から狙撃を行っているユリアが返事をする。
そしてユリアの言う通りゼウスの起き上がりがぎこちないのだ。
これでは大したデータはとれないかもなとアインは判断する。
「どうしますか?」
『あのキャスターの相手は任せる。私は敵基地のレーザー砲を無力化する。』
「了解です。ではドローンの方も基地への攻撃に向かわせます。」
アインはドローンを護るためにドレインをゼウスの射線上に置く。
「直ぐに終わらせなければ少佐に笑われそうだな。」
アインはそう呟きながらアルバートの乗っているゼウスに向けてライフルを撃つ。
「距離は三千メートル、敵は六千フィート上空か。」
アルバートはすぐに自機と敵機の位置関係を把握する。
この距離ではライフルが上手く当たらないというのは一目瞭然ではあったがそれでも念のために声を出した。
「敵と同じ高度まで上昇して!」
「分かっている!」
エミリアに言われるまでもないとゼウスのブースターを噴かせる。同時にさっきまでいた場所にライフルの弾が着弾する。
「武器は何がある。」
モニターに表示されるのは腰に装備しているヒートソードと胸部の四十ミリバルカンしか無かった。
「できるのは近接戦のみか。ここは逃げるしか。」
アルバートはアインの攻撃をギリギリまで引き付けてから回避する。
「避けただと!」
アインは苛立ちながらも搭乗機であるドレインのライフルを撃つがゼウスがその攻撃を悉く回避する。
「何故あたらない!」
若干いらだちはするものの、不慣れなパイロットなら近接戦のが有利だと判断してアインは砲撃戦から近接格闘戦に移行しようとする。
アルバートは下がろうとするがそれを阻止するようにアインは牽制射撃を行い下がらせないようにする。
「エミリア、しっかり捕まってろ!」
逃がしてもらえないと分かったアルバートはアインを迎え撃つ準備をする。
キャスターは他の兵器と違い魔術で自身の機体にかかる遠心力なども制御しているので乗り心地はいいが、それでも不足の事態が起こる可能性もあるためエミリアに警告を促すのも忘れなかった。
「よし、乗ってきた!」
一方でアインはやはり敵パイロットは戦場慣れしていないと確信し次の手を考える。
だがアルバートも次にどうするべきかを考えていた。
(最優先すべきことはエミリアの身の安全の確保。次点でこの敵の撃退だ。)
まずは優先順位を確認する。その次に敵の機体をよく見る。射撃戦から察するにドレインは汎用機であり、性能はゼウスより上だと考える。
(ならば、ここはうまいこと後退するか。)
方針もある程度決めたアルバートは、後は行動するのみと機体を力任せに動かす。
一撃目を思い切って振り切る。
ドレインは剣先でそれをいなす。
そのまますぐにゼウスの背面をとりライフルを撃とうとしたがまるでそれを分かっていたかのようにゼウスはシールドで防ごうとする。
「何だと。」
アインはコクピットでこの動きはと考える。だが考えているのを待ってくれるほど甘くはなく、ゼウスが上からドレインに突きを入れようとする。
それを余裕を持って回避しゼウスに蹴りを入れ、とどめを刺そうとしたがそれも後方に下がられたのでかわされる。
「この動きは……、まさか……。」
これはついこの間アインが経験した戦い方だった。
「この動き、アインなのか……?」
一方でアルバートもこの戦い方に心当たりがあった。そしてそれを聞いたエミリアの顔もこわ張る。
二機は再び剣を交える。
「その戦い方、アインか。」
アルバートが接触回線を開く。その口調とは裏腹に確信した声だった。
「そうだ、アルバート。まさか貴様が帝国の兵士になっていたとはな。」
アインも機密保持の観点から答えるべきではないことというのは分かっていた。
しかし、それでもこたえなければいけないと思った。
「その原因を作ったのはお前だ!」
二機はそのままなにかしようとすることは無く、剣を交え続ける。
「てっきりエミリアあたりが何とかするかと思ったが無理だったか。」
アインはそう呟く。
それと同時にエミリアの体が強張ったのをアルバートは肌身で感じた。
「どういうことだ?」
一体どちらに向けられた質問だったのだろう。アルバート自身にもそれは分からなかった。
「それは彼女がエミリア・アークウィン、つまりそのイルキア基地司令にして帝国の七家門の一人、オズワルド・アークウィンの娘だからだよ。」
アインのその言葉と共にエミリアが顔を下に向ける。
「だから、俺がスパイと疑われることは無いと。俺のパソコンから遠隔操作をしたというのか!」
「なんだ、それは。」
それに対してアインが困惑していたのを感じる。だがそれが本当の感情かどうかまではアルバートには分からなかった。
「とぼけるな! 基地へのハッキングだ!」
「ハッキング? 何故そんなことをこの俺がしなければならない!」
その言葉と共にドレインがゼウスを蹴り飛ばす。
「友達と信じていたのは俺だけなのか!」
ゼウスが再びブースターを噴かし剣を振り下ろす。
「最初からお前を友達だと思ったことは無いよ!」
だから俺のことは忘れろとばかりに決着をつけようとする。
ドレインはあっさりとそれをかわし背後をとる。
「これで終わりだアルバート!」
そのままアインはゼウスのブースターのみ破壊した。
「ブースターが!」
アルバートはすぐさま訓練の時と同じように機体の安定を保ちながら着陸させる。
ドレインはそれを見ると違う方向に移動しようとした。
「待て!」
アルバートはすぐさまホバーが使えることを確認すると操縦桿を握りアインを追いかけようとする。
だがそれをエミリアが手を上から重ねて止める。
「今のあなたじゃ勝てない。」
それは真っ直ぐ見つめていた。
「そんなことは分かっている! だが!」
アルバートは言葉に詰まる。
反論ができなかった。
「分かっている、今の俺が戦ってもアインに勝ち目がない。それに俺がアインが裏切った理由も。そしてそこに命を賭けるほどの理由が無いということも。」
アルバートは操縦桿からゆっくりと手を離す。
「今のあなたには命を賭けてまで戦わなければいけない理由が無いのよ。だからあなたをこんなことに巻き込みたくなかった、それだけなのに……。」
エミリアはそう言ってアルバートを優しく、強く抱きしめる。抱きしめられているアルバートはその顔を見ることは無かったがエミリアは今この場にいない自身の父、オズワルドに怒りをあらわしていた。
*
「討てなかったのか。」
遠方でイルキア基地のレーザー砲代を無力化したユリアは山の木々に隠れながら親衛隊の援護射撃をしていた。そのときたまたまアインとアルバートの会話を、盗み聞きはよくないと思いながらも聞いていたのだった。
だからこそあの機体に乗っているのはアインが学校で仲良くしていた人物なのだろうと想像するのは容易だった。
(だが敵は敵だ。)
アルバートのゼウスに狙いをつける。
一瞬その引き金を引こうとするがため息をつく。
「流石にこれを狙うのは野暮といったところか。」
今の時間無駄にしたなと思いながら他の機体に狙いを定め、イルクオーレで超遠距離射撃を行おうとした。だがその弾は放たれることは無かった。
『作戦終了。全機撤退。』
ロマンから撤退命令が来た。
「了解です。」
ユリアは一機仕留め損ねたなと思いながら撤退するために機体を浮かし反転した。
*
「それでキャスターに乗ったと。」
ブライム・エイブラウはアルバートとエミリアの話を聞いて筋は通っているなと思う。
「だがエミリア様はまだしもアルバート君。君のやったことは普通なら銃殺だ。場合が場合だし今回は揉み消すけど。」
後で整備長に頼まなければなと思う。
「ありがとうございます。」
だがアルバートのその返事はブライムにとって予想外の者だった。
(普通ならこの基地に連れ込んで戦闘に巻き込んだお前らが悪いんだろというはずなんだがな。大分物分かりが良くなってしまっている。まぁ、あんなことがあった後だから仕方ないと言えば仕方ないが。)
「それでだ。これで君にはもう一つしか道が残されないことになったが、悪く思うなよ。」
「ですが、それは本来私たちの責任です。本来この基地に彼が運び込まれたのも、拘束される理由もこちらのミスです。それを彼に押し付けるなど。」
市民を守る軍人としてあってはならないことだとエミリアが言外に言う。
(こちらの方は背景を理解しながら物事を言っているから余計に質が悪い。)
エミリアもブライムも今回の原因はオズワルドだと想定している。そしてその始末を市民に押し付けるなど論外だというのが本音だった。
しかし二人の間には決定的に違うものがあった。
ブライムは今回のような理不尽なことになれてしまったのであっさりとあきらめが付いていた。恐らくアルバートも前回の拷問で同じようになってしまってのだろうとブライムは思う。
一方でエミリアは今回のようなことにあまり慣れていない。だからこそ諦めきれなかった。確かに世間で見ればお嬢様だと鼻で笑われるかもしれない。しかし、それをまだ、いくら貴族の娘だからと言っても、高校に通っている学生に求めるのはお門違いも甚だしいというものだろうということもブライムは分かっていた。
(俺も年をとったな。)
ブライムは言葉を探しながらも自分の不甲斐なさ、そして理不尽に慣れてしまったことに嘆きたくなる。
「こちらでも善処はしていますが、恐らくこれをひっくり返すのは難しいかと。彼の身の安全に関してはこちらの方で対処しますので。」
だからこれくらいの答えしかできなかった。
そしてそれに当然納得するエミリアではなかった。
「でしたら私も彼と一緒にパイロットになります。」
だからこそエミリアから返ってきた返事はブライムにとって一番嫌な解答だった。
だがそれを予測してもいた。
確かにこれは断りたい。だがここで断るということは先程のことを反故にすると同意であることも理解していた。
「……わかりました。お二人が私の小隊に入れるように手配します。」
だからこそ。ブライムはこう答えるしかなかった。
(やっぱり軽々しく他人の頼みごとを聞くべきではないな。)
そうかつての恩人に頼みごとを恨めしく思いながらブライムはこれからの書類仕事及び説得に頭を抱えた。