第二部
「失礼します。」
エミリア・アークウィンは自身の父である、オズワルド・アークウィン大将がいる司令室に、無作法にドアを大きい音で開けながら入った。
「アークウィン司令、一体条約を破って、彼をどうするつもりですか!?」
オズワルドは一瞬ちらりとエミリアを見るがすぐに手元の資料に目を落とす。
「状況が状況だから仕方あるまい。エニシエト連邦からの戦線布告だ。それに加えて新型機が奪われたんだ。ヴィンディッヒ条約ごときを気にしている場合でもないだろう。」
「そんな大事なものを奪われたと?」
「残念なことにそういうことだ。」
読み終わった資料を机の上に大きな音を立たせて置く。そして代わりに葉巻を手に取る。
「だったらしかるべき立場の人間がいると思われますが?」
それを聞くとオズワルドは少し笑う。
「なにがおかしいのですか?」
「確認されたんだよ。基地へのハッキング攻撃。それに使われたIPアドレスが彼の部屋だったんだよ。」
それは言い訳にすらならない言葉であった。普通は他のパソコンから遠隔操作されている可能性を考慮してパソコンを調べて遠隔操作された痕跡があるか調べる。だがIPアドレスで、ということは恐らくそのことすら調べていないだろうというのも分かった。
そして自分の父がここまで老いたということも理解ができた。
だがそんなエミリアの意図を察知していないのかオズワルドはのんきに机の引き出しからシガーパンチを探していた。
「それなら私は今日彼の部屋に泊まっていたので無理だと思いますが?」
だからこそはったりをかけた。
「だとしたら時間差で攻撃をかけることも可能ではないのか?」
見つかったシガーパンチで葉巻の吸い口を作ろうとするがここで思い直し違う葉巻にするため葉巻を選びなおす。
「そんなの不可能ですけどね。それよりも遠隔操作の可能性を意識するべきだと思いますけどね。」
オズワルドはエミリアがそういうと特に表情を変えることなく、これにするかといった感じで一本の葉巻を手に取る。
「だが、彼が関与している可能性は否定できない。それにキャスターのパイロットも足りないしな。丁度いいだろう。」
「彼をこの戦いに巻き込むと?」
冷酷な声で尋ねられたオズワルドはそれに眉ひとつ動かさず淡々と吸い口を作る。
「関係ないということは無いだろう。実際に彼の友達が引き起こしたことに関係あるしな。だがまぁ、取り調べが終わるまで生きていたらの話ではあるがな。」
「あなたは、どこまで……!」
苛立たし気に言うが話にならないと思い部屋を後にした。
オズワルドはそれを何事もないかのように見送る。
だが思うことがあったのか自身の若いときの姿と今は亡き友が映っている写真立てを見た。
「だが、私は間違っていない。貴様の息子、利用させてもらうぞ。アレニス。」
そう、自身の信念を確認してオズワルドは葉巻に火を付けた。
*
「貴様は一体どこまで知っている!」
オリバー・パトンに何度目か分からない殴打を食らいながらアルバートは何とか意識を保つ。
「だから僕にはなにがなんだか……。」
「こちらで関係があることは分かっているんだ! いつまでシラを切る!」
オリバーはそういってもう一度殴る。アルバートは歯を食いしばり耐えるがその顔ははれ上がっていた。
「強情な奴め! 吐け!」
そういって殴られたアルバートは今度こそ意識を失う。
「クソ! また寝たか! あれの用意は!」
「ただいま持ってきました!」
だがそのとき取調室に入ってくる人間がいた。
「その薬は禁止されているはずだが? オリバー・パトン中佐。」
身長は百八十くらいあり、下あごに立派なひげを蓄えた茶髪な筋肉質の男だった。
「ブライム・エイブラウ大佐……。」
オリバーはその男を見て一瞬ひるむが直ぐに歪んだ笑みを浮かべる。
「容疑者に対して瀕死になるほどの暴力は禁止されている。それに加えて貴様、八つ当たりしているだろ。部下でも死んだ恨みか? いや違うな。貴様はそういう男ではない。」
そう思考するようにブライムは言いながら部屋の中に目を張り巡らせる。すると机の上にある数枚の書類が目に留まった。
「アルバート・デグレア。デグレア……。まさか、貴様!」
ブライムが凄みを増して問いかける。
ブライムの問いかけにオリバーは沈黙する。そしてこれは肯定の意味でもあった。
「彼の身柄はこちらで保護させてもらう。」
「だが大佐。彼の尋問は閣下の意向だ。」
「尋問? 拷問の間違いだろ。それに尋問官が変わったところで問題はないだろ。」
そう言われるとオリバーは黙る。
恐らくオズワルドはそれを否定する理由が無いためブライムが具申すればそれが認められると考える。
そうなればここで何かを言うよりは黙ってやり過ごす方がいいだろうと判断したのだった。
「彼の身柄はこちらで預かる。それに新型の奪取に関しては俺の方で納得のいかないことも多い。」
アルバートを解放するブライムをオリバーは少しばかり睨みつけるが止めることはしない。
「この件に関しては後で問いたださせてもらおう、無能。」
ブライムは凍てついた瞳でオリバーを見る。
「果たしてお前にその権利はあるのかな?」
だがオリバーはそれにひるむことなく、再び歪んだ笑顔でそう答えた。
*
アインは部屋に戻ったものの落ち着かず部屋から出て散歩をしていた。
(それにしても前線基地からイルキア基地への攻撃か。もしかしたらあいつも……。いや、流石にそれはないか。)
そう廊下から見える海を見ながら物思いに耽っていた。
「アイン、どうしたの?」
「アズリト・アース少尉。それにユリア・ベッソノワ少佐も。」
アインが見た先にいたのはエフゲニー・バラノフの親衛隊の同僚である茶髪の髪を肩のあたりで切り揃えたアズリトと腰のあたりまで伸びたピンクの髪をツーサイドアップにしているのが特徴のユリア・ベッソノワだった。
二人の年齢は一緒で軍学校の時は仲が良かったと聞く。しかし二人の階級が違うのはユリアが連邦七家門の一つベッソノワ家の次期当主であり、それに加えて腕もいいからであった。
「大分浮かない顔をしているな。戦闘が嫌にでもなったのか?」
普段冗談も言わないユリアが若干心配するようなトーンで尋ねる。
「いえ、特にそのようなことはありません。シュミレーションではありますが一応成績も上がっているようですし。」
「そうか。それは楽しみだ。」
それに対してユリアが少し笑う。普通ならこれに惚れたりするのだろうがアインは特にそのようなことは無かった。
実際このユリアの笑顔を見て何人か告白したというのも聞いたことはある。確かにそれは無理もないことだと思う。
身長は平均よりかなり低い百四十後半に入るか入らないかぐらいだが、とにかく容姿が整っていた。
確かに綺麗だとアインは思うがどうにも苦手であった。
それに対してアズリトは身長が百六十くらいでありとてもやさしい。顔もきれいでありスタイルもよかった。だがそれでも何か得体のしれない怖さがあった。
「何を考えている。」
だがそれを見透かしたかのようにユリアが聞く。
「いえ、何も。ところでお二人は何の話をしていたのですか?」
話を逸らすアインをユリアはぎろりといった感じで睨むがここでからかっても面倒かと思いため息を吐く。
「ちょっとした世間話だ。アズリト、私はそろそろ部屋に戻る。」
上手くやれよとユリアはアズリトに小声で話しながら去っていった。
「えっと、なんかすみません。」
取り残された二人はしばしの間無言の時を過ごす。
「少し歩く?」
頷くアインを見てアズリトがうれしそうに笑う。
「学校は楽しかった?」
アインはアズリトの歩調に合わせながら一緒に歩く。
「はい。軍人としてはどうかとは思いますが。」
そう皮肉めいた笑いを顔に張り付ける。
「でも私と違ってあなたは学校に行ったことあまりないのだしよかったじゃない。」
アインとアズリトは年齢にして三歳差である。アインがあの学校に転校という名目で転校したのは一年前のことだ。そして今、アズリトの年齢は二十歳に対しアインは十七であった。
アインとアズリト及びユリアの入隊はほぼ同時のことであった。
その時の年齢は中等学校を出て直ぐである十五歳のアイン。そしてアズリト、ユリアはパイロット育成学校を出てすぐの十八歳であった。
そのためアインは中学校までの九年しか学校に行っていなかったのだった。
なおこの三人が親衛隊に配備されたのは、当然のことではあるが異例のことであった。
「確かにそうですが……。」
「なにか引っかかるものでも?」
「いえ、そのようなことは。」
アインはそう何事もないかのように言う。だがアズリトはアインのその引っかかりに気付いていた。
(けどこれは私がいうことではないか。)
「とりあえず次の作戦で生き残りましょ。」
アズリトはそうアインにとてもいい笑顔を向ける。これはアインが時間をかけて気付くことだというように。
*
「気が付いたか。」
アルバートが目を開けると体が引きづられている感じがした。
「今度は拷問室ですか?」
「いや、医務室だ。」
「また尋問するためですか?」
これは皮肉だなとブライムは気付くが無理もないかと思う。
「まぁ、そんなに卑屈になるなというのも無理か。君には今二つの道が用意されている。一つはここでキャスターのパイロットになって私の部下になる。もう一つはこのまま牢獄で時間を過ごすかだ。私の部下になったらそれなりの身分を保証する。当然もう一つに関しても一応それなりの配慮はする。」
「だったら僕は。」
(お前は最高の戦士になれる。)
牢獄にしようと思ったアルバートの心にあの時の言葉が思い出された。
「僕は……。」
「どうするかはゆっくり決めるといいさ。まだ時間はあるしな。」
「はい。そうさせてもらいます。」
アルバートを医務室のベッドに運び治療をさせたブライムはアルバートについての魔術適性結果を読んでいた。
「先天性の特殊魔術持ちの可能性大か。」
この辺は父親であるアレニスと同じなのだなと思う。
戦闘の適性についてはまだ感情の起伏が激しいためあまり向いていないと書いてあったのでそこまで含めてよくここまで似たものだと思った。
大方清濁併せのむことができないとかその辺かと考える。
きっと慣れだすと自己中心的になることもあるんだろうなとも予測は出来る。
「楽しみだな、成長するのが。」
そう部屋から見える青空を見上げながらつぶやく。
そのとき部屋にノックが響く。
エミリアだろうと思ったブライムはドアを開けた。
「お待ちしておりました。」
ブライムは上官の娘であるエミリアに対し軽くお辞儀をしながらも部屋の中に入るように促す。
それにエミリアは顔をしかめるが直ぐに本題に入る。
「エイブラウ大佐。彼の容態は?」
「入院期間が延びましたね。仕方ないことですが。ですが脳の方に以上は無いということです?」
それにブライムは若干の落胆の声をにじませながらも答える。
「脳の方?」
エミリアがそう不審げに部屋の中に入る。
「これは……。」
アルバートを見てエミリアは絶句する。
「一体何が……。」
顔の方は膨れ上がり見るのもためらわれた。
「拷問ですよ。医師によれば数日後には全快するらしいですが。命に別状はありません。」
エミリアはそれを聞いて少し安堵したのか息を吐く。
しかしすぐに再びその顔に再び怖い仮面を張り付ける。
「それで一体誰がこんなことを? パトン中佐ですか?」
「はい。」
これでオリバー・パトンの昇進の芽は多分消えただろうと思う。
「なぜここまで……。」
そういいながらアルバートの方に振り向くエミリアの問いかけにブライムは答えないことにした。流石に痴情のもつれというにはひどすぎる気がしたからだ。
「自分には分かりかねます。」
その答えにエミリアは一瞬不可解なものを感じるが聞いても答えないだろうと踏んだ。
「そういえば、エミリア様。彼に自分のことについて話されたのですか?」
「まだですが、それが何か?」
「いえ、特に何もありません。ですが恐らく言った方が彼に安心感を与えるのではないかと。」
「確かにそうですね。ご忠告ありがとうございます。」
「では自分はこれで失礼します。」
これ以上ここにいるのは無粋かと病室から出る。
(恐らくオズワルドの差し金だろう。)
ブライムは先程のことを考えながらあの時のことを思い出す。
(俺の子を頼むか。)
昔アレニスに言われたことを思い出す。
(全く、面倒な依頼を引き受けてしまったものだ。)
そう思うブライムは考えていることとは裏腹に拳を固く握った。
ヘイトを集める人間というのは中々簡単に死にませんから……。