第一部
夢を見ているとアルバート・デグレアは自分で気付く。いつも見ている夢だった。
「アルバート。お前は将来立派な戦士になれる。俺はこの戦いで逝くかもしれないがお前なら何があっても大丈夫だろう。」
アルバートの父親、アレニス・デグレアがそう言い聞かせてくる。
「もし俺に何かあったら母さんを頼むぞ。」
アレニスはそういって母であるエリストレアと話す。
アルバートはそれをただ見ていた。
だがなんとなくアルバートには分かっていた。自分の父、アレニスは死ぬと。しかしなぜかそれを言い出せなかった。
親子の仲が悪かったわけではない。
ただなぜか言ってしまったらそれが確定してしまうと思った。
それだけは避けたいと思った。
「それじゃあ行ってくる。後のこと任せたぞ。」
そういって父アレニスは背中をむけた。
それがわずか五歳と幼かったアルバートが見た父アレニスの最後の姿だった。
*
目を覚ますとそこは教室だった。
「十年前に起きた第五次大戦により国家は現在のドミニア帝国とエニシエト連邦、アウスール連合の三つの国家に集約された。」
前を見ると教師が黒板に書いた解説を読んでいた。
今から二百年前に起きた第三次大戦にて登場したキャスターと呼ばれる人型魔術兵器、そしてドミニア帝国、エニシエト連邦で名を上げた、それぞれ七人のパイロットがいた。その後その十四人は侯爵となりそれぞれ与えられた領地にてキャスターの開発研究、そしてパイロットの育成に精を出していた。アルバートが通う高校もその一つだった。
アルバートは授業を退屈だなと思いながらも時間を見ようと思ったらチャイムが鳴りお昼休みの時間に入ろうとする。
だが授業は終わらずまだ講義が続く。
アルバートは教師に対し時間管理くらいしろよと思うが文句を言えるほどの度胸は持ってないので授業を聞くしかなかった。
そして延長された授業を終えて教科書をしまっていると肩をツンツンとつつかれた。
「アル、早く学食にいきましょう。」
振り向くと金髪ロングの美少女であるエミリア・アビントンがいた。アルバートは座りながらエミリアを見上げため息をつく。
「寝る子は育つと言いはするが、身長があと五センチは欲しかったな。」
エミリアを見上げるとその身長の高さにため息をつく。アルバートの身長は百六十二センチ、エミリアの身長は百六十五センチとアルバートのが身長が低かったのだ。
「いきなりどうしたの?」
「なんかふと悲しくなってきただけだ。エミリアは身長高い人のがいいんだろ?」
「相変わらずコンプレックス凄いわね。」
「ほっとけ。本当になんで俺と付き合おうと思ったのか。もっと身長高い人にすればいいのに……。」
アルバートは後半から愚痴のように小さく言ってエミリアを置いて移動する。
「あのことは悪かったって言ってるじゃない。」
エミリアは後ろからついてきて謝罪と判断できるか難しい言葉を投げてくる。
「だから怒ってないって。気にしてるだけだ。」
「あ、うん。何かごめん。」
これは機嫌が治るまで時間がかかりそうだなとエミリアは思う。
本当に軽く言っただけなのだ。デートの時にもう少し身長があればいいのにと。そう、本当に後もう少し、五センチくらい身長があればいいと思ったのだ。
「まぁ小さい方がかわいくていいじゃない? ね?」
そう言ってエミリアがウインクするとアルバートはため息をつき席を立つ。
「行くぞ、アイン。」
アルバートは椅子で教科書をしまっているプラチナブロンドの髪の男に話しかけた。
「あぁ、分かった。少し待ってくれ。」
アインは学校の通学用バックからすぐに財布を取り出し立つ。
背筋をしっかりと伸ばしながら立っているアインを見て、身長が百七十五あるということを思い出して、アルバートはため息をついた。
「それでアルバート、設計の方はどうなんだ?」
「部活の方の二足歩行ロボットなら完成した。設計データは後で見せる。キャスターのシュミレーターの武器選択ならば後もう少し時間がかかりそうだ。」
「別にお前のシュミレーターの装備なんて興味はない。」
そう心底興味ないように言う。
「まぁそういうなって。」
「今度は実弾系を多くしたのか。確かに悪くないがお前の射撃能力では難しいんじゃないか?」
実体弾は使用魔力が少ない代わりに関節しか破壊できないのでそう反応したのだった。
「だからお前に見せたんじゃないか。」
「つまり、また俺と模擬戦をやりたいと。」
「よく分かっているじゃないか。」
「いやだ。」
「なんでだよ。」
「当然だろ。お前に前付き合ったら五時間連続でやらせやがって。自分の彼女に頼れよ。」
「そうよ。私とやればいいのに。」
「だってお前とやると数回で飽きて違うことやりだす羽目になって最終的にボーリングだとか卓球だとかカラオケだとかあちこち連れていかれるじゃん。」
実際あったことなんだろうなとアインは思うし同情もするが何も言えなかった。
「他に友達いないのか?」
落ち込んでいるエミリアをアインは苦笑いしながら見る。するとエミリアがきつい目つきで睨んでくる。その怖さに思わず後ずさりしてしまう。
「わざわざこの時期から好き好んでシュミレーターやる人間なんてそんなにいないだろ。対戦ゲームのが面白いし。だったらアインとやった方が面白いだろ。」
だがそんなエミリアの気持ちを知ってか、知らずかアルバートはそのままアインとやりたいと言ってしまった。
「珍しく筋の通った意見だな。」
アインが普段と違い理論立てて説明していたので驚いていた。
もちろんエミリアが睨んでいることには気づいていたが、それでも普段と違い論理立てて説明するのでそちらの方に興味が行ってしまう。
「まるで俺がそうではないという感じだな。」
「気付いていないの、アル? あなた結構その場限りの意見ばかりよ。」
これまでの恨みを晴らすかの如く反論する。
「とりあえず今日明日は忙しいが、そうだな。明後日なら大丈夫かもしれん。」
「それで日曜日はデートね。」
エミリアがそう付け足した。
*
「腕が上がったな、アルバート。」
アインはアルバートとシュミレーターで戦っていた。
「そりゃ、どうも!」
アルバートはキャスター用の剣、ヒートソードをもって銃弾をかわしていた。
今アルバートたちがシュミレーターで使っているキャスターは帝国軍の前世代主力機であるウラノスであった。
二人は必死になりながらキャスターを操っていた。
エミリアはその戦いを興味深く見ている。
アルバートのウラノスは既に実弾のライフルを撃ち尽くしていたので接近戦を挑もうとしていた。
対してアインはレールガンをまだ持っていたので遠距離からライフルを撃つ。
端から見るとアルバートのが圧倒的に不利であるのだがそれをキャスターの武器の位置から射線を割り出しかわしていた。
実際にレールガンは取り回しが悪いため特に環境データが入力されていないシミュレーションでは、射線が読みやすいものであった。
アインはそれを理解してはいたもののアルバートの接近が予想より早かった。
「いいだろう。面白い!」
アインのウラノスも右腕のヒートソードを握り剣を交える。
すぐにその剣先を下げてアルバートの剣を受け流し背後をとる。
そのまま剣でとどめを刺そうとする。
アルバートは前進してかわした。
だがアインは予想通りとばかりに左腕に携えていたレールガンでアルバートのウラノスのブースターを狙う。
レールガンの甲高い音が響く。
アルバートはその瞬間機体を反転させた。
そしてシールドでレールガンの弾を弾き接近する。
「体当たりか、あるいは……。」
アインは攻撃を予測し対応を考える。
しかしアルバートのウラノスはそのシールドを投げるので、アインがそれを目で追う。
その瞬間アルバートのウラノスがアインの視界から消えた。
「どこだ!」
アインはレーダーを見る。
「貰った!」
上から来るアルバートが剣をふりおろす。
「甘い!」
即座にアルバートのウラノスの右腕をヒートソードで切り落とす。
「な!」
アルバートが驚いた次の瞬間にはレールガンで決着がついていた。
「クソ!」
アルバートはそういいながらシュミレーターから出てきた。
「大分強くなったじゃないか、アルバート。」
「お前に勝てなかったがな。」
アルバートは素直に賞賛を受け取る。
「二人とも普通に凄いと思うんだけど。」
エミリアがそういいながら二人に飲み物を渡す。勿論アインには雑に、アルバートには丁寧にだった。
「ありがとう、エミリア。」
だがアインはそんあことを少しも気にしないかのようにボトルを受け取る。
「さてとそろそろ帰るか。」
だがアルバートは手でボトルを受け取るのを制して代わりにバックを持つ。
「珍しいな。お前が先に切り上げようというなんて。」
「今日は予約していたプラモの発売日だからな。」
そう顔を輝かせながら答えるアルバートにアインは苦笑いする。
「お前好きだな、プラモ。」
「子供の時からずっとやっていたからな。それに作っているときは無心でいられるし完成してからも遊べるからな。」
「そうか。」
「アインもたまには作ってみないか?」
「それよりもいいのか? 買いに行かなくて?」
「そうだな、行ってくる。」
アルバートはそう楽しみそうな顔をしながら走り去っていくのをアインは微笑まし気に見送る。
「待って、アル! 私も!」
エミリアがボトルを片手に、そしてもう片方の手にバックを持って走り去っていく。
一人、部室に取り残されたアインは近くの椅子に座る。
「作戦開始は明日か。ここでの生活もこれで終わりだな。」
アインは一人、寂しそうにつぶやいた。
*
次の日の朝、アルバートは外で響く大きな音で目を覚ます。
「なんだ?」
アルバートは一瞬布団でまどろんだ後その振動で意識を覚醒した。
そしてすぐにそれが昔、何回も経験していた戦闘の音だと判断する。
「エミリアの方は!」
そういって携帯で電話をしようとするがつながらなかった。表示を見たら圏外だった。
「圏外? クソ!」
部屋のドアを開ける。
寮の廊下には先程の爆発音でみんな出てきていた。
『寮生の皆さんはロビーに集合してください。』
この放送が流れているということは、エミリアは後から来るかと考える。
「アル!」
だがエミリアのこういう時の行動力は凄いものだというのを忘れていた。
「大丈夫だったか、エミリア。」
「えぇ、あなたも無事でよかったわ。」
エミリアが駆け寄って抱き着いてくるのをアルバートは直前に手で押さえる。
「とりあえず一度ここから出るぞ。」
「そうね。」
二人がほかの生徒と一緒に寮から出ると外ではキャスター同士の戦闘が始まっていた。
「なんだ? あの機体は。」
アルバートは外で戦闘しているキャスターを見る。
その戦闘は一機のキャスターと複数のキャスターの戦闘だった。
複数のキャスターは直線が多用された帝国の主力キャスターであるゼウスであるのは分かっていた。
しかし単機で戦っているキャスターは曲線が多用されていてそのフォルムは既存の機体とは全く違うものであった。そしてその動きも既存のキャスターとは圧倒的に違うものだった。
「分からないわ。」
それと同時に一機のキャスターが撃墜される。
続けざまに二機三機と撃墜していく。
そして最後にアルバートの方に銃を向けてきた。
アルバートはすぐにその意図を予測した。
「エミリア!」
すぐにエミリアを庇うように地面に伏せる。
それと同時にそのキャスターからの攻撃が寮を貫き崩壊した。
*
「これが帝国の新しいキャスターか。全くオズワルドめ。面倒な機体の寄越させ方をする。」
曲面が多用されたキャスターを目の前に、連邦七家門の一人にして連邦軍総司令、エフゲニー・バラノフはそのひげを綺麗に切りそろえた口角を吊り上げる。
「それでアイン・ダール少尉。機体の方は扱いやすかったか?」
コクピットから降りてきたアインを見て尋ねる。
「はい。性能はよかったのですがどうにも操作のほうが……。」
「当分の間は調整か。」
特にそれを残念がることなく言うエフゲニーをアインは少し疑い気に見る。
「それにしてもこの機体は一体なんなのですか?」
そう、エフゲニー・バラノフ親衛隊の隊長であり、アインが所属している小隊の小隊長であるロマン・ベロワが疑問を口にする。
「帝国の試作キャスター、天使シリーズ。機体名はウリエルというらしい。」
「ウリエル……。」
アインがそうつぶやいて機体を見上げる。
「そうだ。そしてもしカタログスペックが出れば性能だけで現行のキャスターの数倍の性能が出る。」
「先程はそこまでの性能を感じませんでしたが。」
アインは先程の戦いを思い出して言う。
「これはまだ未完成だ。そしてそれを完成させるのが私のところで研究している新型のコクピットだ。」
「それで性能が引き出せるということですか?」
「そういうことだ。だが適性が無ければ乗ることすら叶わない。少尉が望むなら適正審査を行うがどうする?」
(これで上に上がることができるなら……。)
その時にアインの心は決まった。
「お願いします。」
バラノフはアインを見て嬉しそうに口角を吊り上げた。
*
アルバートが目を覚ますと白い天井が見えた。
「ここは?」
一瞬どうしたんだっけとぼんやりした頭で考える。
「アル!」
だが、その瞬間にエミリアが抱き着くので一度起き上がりかけた体がベッドに引き戻された。
「いった。」
その痛みで意識が覚醒し先程のことを思い出す。
「あ、ごめんなさい。」
「お前の方は無事なのか?」
そういって離れたエミリアを見ながら外傷が無いかだけの確認だけする。
「えぇ。でもあなたの方は入院することになったわ。」
「どれくらいになりそうなんだ?」
「二日よ。」
「そうか。それで、ここはどこなんだ?」
アルバートがそう尋ねた瞬間エミリアの顔が一気に曇る。
「軍の、いや、アークウィン家所属の病院よ。」
「アークウィン家?」
無言でうなづくエミリアはアルバートが今まで見たことが無いくらい真剣な顔だった。
「アル。落ち着いて聞いて頂戴。」
真剣な顔ではあるが声音は優しかった。
「どうした急にそんな顔をして。」
「あなたにスパイ容疑がかかているのよ。」
「スパイ?」
アルバートは急なことに思わず眉を潜めて尋ねる。
「急に言われてまだ理解できないと思うけど、本当のことよ。」
「だがなんでそんなことに?」
のどの渇きを感じながら少し震える声で理由を聞く。
それと同時にエミリアの曇っていた顔がさらに曇り声のトーンが落ちる。
「アインが、そうだったから……。」
そう捻りだしような、苦しそうな声を言う。
「流石に冗談じゃ、ないんだよな。」
エミリアの顔から本当のことだと感じる。
実際、アルバートもあの見慣れないキャスターの動き、あれに見覚えがあったためそこまで驚くことは無かった。
「そうか。だからシュミレーターであいつに勝てなかったのか。」
そう呟くとエミリアが大きなため息をつく。
「これからのことに不安とか無いの?」
「不安になるもなにも何もできんからな。」
アルバートは遠い目をしながら遠くを見る。
「まぁ、そうだけど。」
そのとき部屋にノックが響く。
「誰だ。」
エミリアが普段と違う冷たい声で聴く。
『オリバー・パトン中佐であります。』
それと同時に扉が開く。入ってきたのは27くらいの男のほかに数人いた。
「なんの用だ、中佐。」
それは普段聞くエミリアとは全く違う声だった。
「容疑者の拘束であります。」
「まだ彼は起きたばかりだ。それに加えて医者からの入院も必要だと言われている。」
「しかしことは重大です。たとえオズワルド・アークウィン大将のご息女だとしても軍の決定には逆らえ
ません。」
「誰がヴィンディッヒ条約を無視するような指示を出した!」
エミリアはそう冷たい声を出した。その声にアルバートは思わずひるむ。
「閣下です。」
しかしオリバーは特に臆することも無く答えた。
そしてエミリアもそれを聞いて舌打ちをする。
「しかし、どちらにしても今は駄目だ。安静にしろと言われている。」
「ですが私の部下にも被害が出ています。そんなことは許されません。」
オリバーは苛立った声でそういいアルバートを強引に連れ出そうとする。
「待て!」
エミリアがそういって引き留めようとする。
「失礼します。」
しかしオリバーと一緒に入ってきた数人のうちの一人の女性がエミリアを取り押さえた。
「離せ!」
エミリアがそういって阻止しようとするもオリバーは淡々と作業を進めていく。
「大丈夫だ、エミリア。これくらいなら。」
正直怖かったがエミリアを安心させなければ思いその言葉が出た。しかしそれが不味かったのだろう。
「スパイごときが!」
オリバーはそういってアルバートを思い切り拳銃の銃床で殴った。
アルバートの意識はここで再び途絶えた。




