第九部
「予定通り敵部隊と接触したか。それにしてもこの魔術波長、またロマン・ベロワか。」
ブライム・エイブラウはマリノアス基地襲撃作戦に参加していたがまた同じ敵、しかも叩くのが面倒な部隊だったのでため息が出る。だが、落胆しているわけにもいかないのですぐに気持ちを入れ替える。
「敵部隊を射程圏内に捉えた。全機攻撃準備。」
他のゼウスよりレーダーの性能が強化されているブライム機がロマン達をレーダーに捉えたのでデータリンクして敵部隊の位置を味方部隊に教え全機にライフルを構えさせる。
「射撃開始!」
その号令と共に雨のように降りそそぐ銃弾を見て、ロマン・ベロワは舌打ちをする。
「この距離から撃ってくるか、全機散開!」
ロマンもまた的を絞らせないように動きながらライフルを撃つ。この距離だと両軍共に運が良ければ当たるといった感じだが、少しでも戦況を有利にしておきたいとブライム、そしてロマンは思う。
だがこの戦場で一人空気の違うものがいた。
ユリア・ベッソノワは照準を慎重に合わせてイルクオーレのライフルの引き金を引く。
ライフルから発射された弾は正確にゼウスの一機を貫いた。
ブライムはそのことを後ろにできた火球で理解するが、偶然だろうと考える。
ユリアはもう一機、照準をゆっくりと合わせてその引き金を引いた。
ブライムは、今度はレーダーでもう一機破壊されたのを確認する。
そしてレーダーからその射撃を行った機体が同一であることに驚かざるを得なかった。
「馬鹿な! この距離であてるとは!」
ブライムはそれに驚くがその一方で即座にどうするか考える。まずこの作戦の目的を考えると先にイルクオーレを撃墜する方が先決かと考える。
「デグレア少尉、あの敵に攻撃を仕掛ける。」
そう言って編隊の先頭にいたロマンのゼウスがさらに加速するので、アルバートも必死になってそれを追いかける。
ユリアは自身に迫ってくる二機のゼウスを見てどちらに攻撃をするか考える。
だがその魔術波長からパイロットの名前が表示された。
「ブライム・エイブラウとアルバート・デグレアか。だが隊長のお気に入りの方は撃破すると面倒だな。」
ユリアは接近してくるアルバートの方に狙いを合わせた。
「来る!?」
アルバートは直感で攻撃が来ると思い回避行動をとった。
「躱しただと!?」
ユリアは驚くもののもう一度攻撃をする。
だがアルバートは今度は警戒していたのでユリアは照準を上手く合わせることができず舌打ちする。
『少佐、私とダール少尉、及びバラノフ少尉で敵の二機を引き付けれる。』
だがそのユリアの状況を察してロマンがすぐに援護に出る。
「お願いします。」
ユリアはすぐさま違う機体に照準を合わせライフルを撃つ。
ブライムもアルバートも視界に他の親衛隊機が入ってきたのですぐさまヒートソードを右腕で引き抜きながら左腕のライフルで撃つ。
『今回は一機増えている。気を付けろよ、少尉。』
アルバートが頷くとブライムは嬉しそうに口元をゆがめる。
『じゃあ、行くぞ少尉! 俺に付いてこい。』
そのままブライムがゼウスのスペックギリギリまで加速させるのでアルバートもそれに必死になってついていく。
「早いだけなどただの的だ。」
アインはそう言いながらロマンと二人で迎撃射撃をする。
だが二機のゼウスは見事な連携でその攻撃をかわしていった。
『気を付けろ少尉。敵はブライム・エイブラウだ。普通に攻撃してもあたらん。接近戦に持ち込むぞ。』
ロマンがそういうのでアインのドレインはヒートソードを引き抜いた。
そのままブライムはロマンのダリウスに、アルバートはアインにその刃を重ねる。
「どうして貴様がまた俺の前に来る! アルバート!」
「俺たちは軍人だ! ならば戦うのが運命だろう!」
二人はそう吠える。
「言ったはずだ! 今度こそお前を殺すと!」
アインは心の底からそう叫んだ。
「だが! 今の俺はかつての俺ではない!」
しかしその思いはアルバートに通じることは無かった。
そのまま二機は接近戦を行う。
アインはドレインの左腕でゼウスを殴ろうとする。
ゼウスはそれをあっさりとかわすと同時に左腕のライフルを捨ててドレインの腕を抑え、二機はつかみあった状態になる。
だがすぐにロックされたという警告音とともに攻撃が来るのでアルバートは回避する。
「エネルギーライフルだと!?」
アルバートは自身が回避した弾道を見て驚く。
だがもう一撃エネルギーの奔流が来るので回避する。
その攻撃源を見ると飛行形態のキャスター、ドライエントが機首が発熱で光っているのが見えた。
「あの航空機からか? だがこの反応は……。」
ドライエントから魔術反応にアルバートは困惑していた。
「いい反射神経じゃない。」
一方でヴィエントは、そう感心しながらもドライエントを人型に変形させる。
「可変機か。」
アルバートはドレインを見ながらもドライエントに気を配る。
だがあくまで目的はアインだといった感じでそのままドレインを重点的に注視する。
「大分見くびられたものね!」
しかし、当然のことであるがヴィエントはそれが気に入らなかった。
「援護するわ、少尉。」
そのままドライエントはエネルギーライフルを構える。
「二機は辛いが……! 」
アルバートは可変タイプのキャスターなら大して装甲も厚くないだろうと判断し、先に撃墜してしまおうと一度アインとの鍔迫り合いを解く。
しかし、その瞬間を狙いドライエントのエネルギーライフルが火を噴く。
「携帯兵器もあるのか……!」
アルバートは舌打ちをしながらかわすがゼウスの左足が破壊される。
ヴィエントは苛立たし気に舌打ちする。
しかしヴィエントはすぐさまそのいらだちを忘れるかのように右腕に装備したエネルギーライフルと左腕の速射型ライフルでアルバートを追い詰めていく。
アインもそれに合わせてライフルで射撃を行った。
「二方向からならまだ!」
しかし士官学校で散々多対一の状況を経験させられたアルバートは必死になって機体を動かし回避する。
アインとヴィエントはアルバートの回避技術に驚きながらも業を煮やす。
ライフルの弾は有限でない以上これ以上撃っていてもいいのかと考える。
特にヴィエントのエネルギーライフルはそろそろマガジンが一つ空になるころであった。
なのでこのままいっても当たらない可能性が高い以上近接戦を仕掛けるべきかと考える。
「少尉!」
ヴィエントはアインに合図を送ると同時にエネルギーライフルをライフルモードからサーベルモードに変更しアルバートに斬りかかる。
接近戦を仕掛けてくると分かったアルバートは即座にその場から引こうとするがそれは出来なかった。
「今度はサーベルか!」
サーベルをヒートソードで受け止めようかと一瞬考えるが金属ではエネルギーの塊を抑えることができないと判断しかわしながら懐にもぐりこもうとする。
だがアインの射撃によって妨害される。
そのままアインの射撃を回避しながらアルバートは二機をにらみ続ける。
「このままでは……!」
流石にこれは単機で相手するのは無理だと判断する。
「だけど援護を要請しようにも……!」
周りを見るとそれぞれ自分の持ち場だけで手いっぱいのようだった。
そしてそれに気を取られたのが不味かった。
目の前にドライエントが映る。
「しまっ!」
だがその時ドライエントに銃弾があたり弾かれていた。
エマソンからの砲撃だったがそれによってわずかな隙間ができたのでアルバートはすぐさま距離をとりながら左腕に換装したレールガンのトリガーを引いた。
しかしその弾もドライエントに着弾すると同時に跳ね返される。
「この距離で弾かれるか。」
アルバートはその性能にもはや驚きを通り越して呆れを感じる。
『アル、大丈夫!?』
エミリアから通信が来る。
「特には問題は無い。」
アルバートは緊急のことなのでため口になってしまうがエミリアは特にそれにはこだわらなかった。
『こっちで援護するから一度下がって!』
「無理だ。あの新型、性能が違いすぎる。とりあえず援護射撃を頼む。」
アルバートはそう冷静に判断をする。
エミリアもアルバートの技量を信じていたからこそその言葉に従う。
しかしその間にもアインのドレインは牙を剥く。
「今度こそ!」
アインはアルバートに向かって正確に射撃を打ち込む。
「アインめ!」
アルバートはアインが撃った弾を回避しきれなかった。
「右のサブブースターをパージ! クソ!」
コクピットの表示を見てアルバートは正しい判断をしながらも苛立たし気に言う。
エミリアからの援護射撃はあるものの二人のコンビネーションがまだ完璧ではないためアイン達からはその援護射撃が無視され始めていた。
「もらった!」
そしてそれに合わせてヴィエントが来るのでそれをアルバートは余裕をもって回避する。
だが損傷によって振り下ろす反応が遅れた右腕のヒートソードは空を切る。
「クソ!」
そしてヴィエントもそれに気づく。
「もう一度。」
そういってドライエントはサーベルを振り下ろすのでアルバートはそれを今度はギリギリでかわしエネルギーライフルを切断する。
だがまるでその瞬間を分かっていたかのようにアインがアルバートにその剣先を突き刺そうとした時だった。
その剣先が何者かによる銃撃でそらされていた。
ブライムのゼウスからだった。
「全機、撤退だ。」
撤退命令が出る。アルバートはブライムの機体に追従して撤退しようとする。
「逃がすか!」
ヴィエントはそう言ってアルバートのゼウスを追いかけようとする。
「危ない! 少佐!」
だがドレインがドライエントを弾き飛ばす。
その瞬間先程までドライエントがいた場所にとてつもない衝撃が響いた。
「アイン!」
ヴィエントはそう叫ぶが反応はない。しかしドレインがあった場所からコクピットブロックが吹き飛んでいった。アインが上手く直撃から逃れベイルアウトしたのだった。
だがその至近距離の衝撃波で損傷を受けたのはアインだけではなかった。
アルバートのゼウスも同様に衝撃を受け甚大な損傷を受けていた。
「少尉! 大丈夫!?少尉!!」
ヴィエントは接触回線で話しかける。
「問題ありません。それよりあいつを、アルバートを。」
「そんなことより一度撤退するわよ!」
『ですが!』
『分かった私が行く。』
その通信を聞いていたユリアがヒートソードを携えてアルバートのゼウスに向かう。
そしてそのことをアルバートのゼウスも把握していた。
「こんな時に限って!」
『少尉、早く撤退しろ!』
ブライムはそう指示を出すが自身もロマンとの相手をするのに必死だった。
『アル!』
なのでエミリアが助けに行こうとする。
『いけません、少尉!』
だがエマソンがそれを止める。
アルバートはアズリトのリソース、そしてイルクオーレの左腕に搭載されているマシンガンによる銃撃を躱しながら撤退しようとするが中々上手くいかない。
そうこうしている間にイルクオーレが目の前に迫りヒートソードが残像を描く。
「クソ!」
アルバートはその攻撃をかわそうとするが完全にかわしきれずブースターを焼かれる。
「浅いか。」
ユリアがそういってもう一度ヒートサーベルを突き刺そうとする。
だがゼウスがイルクオーレの両腕を掴みそれをさせなかった。
「このっ! 離せ!」
イルクオーレはすぐさまそれを振りほどこうとするがゼウスはしっかりとイルクオーレを掴んでいた。
「こんな艦砲射撃の中で正気か!? 離せ!」
だがその瞬間イルクオーレとゼウスのいた場所に艦砲射撃が直撃した。
*
「少尉!」
アインがドレインのコクピットブロックから出るとヴィエントに正面から抱き着かれた。
「大丈夫、怪我とかは?」
ヴィエントはそう言ってアインの体のあちこちを確認する。
「あの少佐、ベイルアウトした後……。」
アインは必死になって吐き気を抑える。キャスターは搭乗しているときは魔術によって体にかかる負荷を抑えて通勤電車並みの力しかかからないようにしている。ベイルアウト時でもそれは同じことだ。
しかしコクピットブロックにはそんな機能はない。
それが救助作業になれていないパイロットによるものであれば、まるで終わりのないフリーフォールのように上下左右に揺さぶられる。。
そして三半規管が滅茶苦茶にかき混ぜられたような、上下が分からない状態になったアインがどれだけ気分が悪いか想像するのは容易いことだろう。
「ちょっと離れて……。」
アインはそう言ってヴィエントを離そうとする。
だがヴィエントが中々離れてくれなかった。
「どっか気分が悪いの?」
ヴィエントがそう言ってアインの体に怪我がないか触る。
そしてアインの胃のあたりを触った時だった。
アインは胃から逆流してくるものに耐え切ることができず……。
「おぇぇぇぇぇ!」
盛大にヴィエントに吐いた。