霧の中
長亥は足には自信があった。しかし、距離は全く縮まらなかった。長亥が駆けた分、子供の影も遠ざかった。
どれだけ走ったのだろう?
息が上がり、立ち止まった。肩で呼吸を整える。
長亥は顔を上げた。
影は立ち止まり、じっとこちらを見ていた。
「君!」
答えは返ってこなかった。
交差点で、繋架は一人立ち尽くしていた。
長亥を待つべきだろうか?
追うべきだろうか?
駅まで戻るべきだろうか?
長亥が駆けた方には、霧に消えてゆく団地。
駅の方を見ても、同じだった。来た方を振り返っても、逆を見ても同じだった。
急に不安になった。まっすぐ歩いた筈だが、ずっと同じ所をグルグルと回っていたような気がしてきた。
霧、霧、霧。
もしかして、失踪した人たちは、この霧に飲み込まれたのではないだろうか?
だとすると、私も――。
繋架は叫びたくなった。大声で長亥を呼びたくなった。
スマホを出し、地図を確認した。位置は分かっても、方向が分からなかった。どちらに進めば良いのだろう? 指針となるべきものが欲しかった。
「長亥さん!」
繋架の声は、霧に吸い込まれた。
ぐるりと周囲を見回した。
この声は、誰かに届いているのだろうか?
誰でもいい、誰か!!
叫び声を上げる寸前、電話の着信音が鳴った。
スマホを見た。
画面には「雲隠 逃去」と表示されていた。
「雲隠さん!」
「繋架君かい? 私だけど」
スピーカーからの声に、繋架は涙がこぼれそうになった。
「みんな、探したんですよ」
「うん、悪かった」
繋架は説明を始めた。海上都市「きぼう」について、消えてしまった30人について。逃去は「うん、うん」と相槌を打ち、その声が心地よかった。
逃去は「わかった」と言った。
「事件の幕を降ろすのが、探偵の仕事さ」
その声は、繋架の後ろから聞こえた。
振り返ると、白いダウンコートを着た、長身の女性――
失踪探偵、雲隠逃去が立っていた。