きぼう捜索3 住人の部屋
「捜索願は出ていないんですか?」
「えぇ、俗にいう独居老人で。社会との接点が無いんです。だから、時間が掛かってしまいました」
繋架と長亥は、失踪者の部屋を順に訪れていった。
二人は道の中央を歩いた。道路は2車線。交差点には信号機。この信号は誰にメッセージを発しているのだろうか?
団地の部屋は、家族向けに作られた2LDKだった。どの部屋も雨戸が閉まっており、引っ越した後のようにがらんどうで、何も残っていなかった。
繋架は、全天球カメラで室内を撮影していった。一人で暮らすには少し広い部屋。日焼けした畳や壁の傷。人の痕跡を見つけるたび、繋架は少し安心した。
移動中、何度か海鳥の鳴き声が聞こえた。
繋架はその度に姿を探した。鳴き声はビルに反響し、どこから聞こえてきたのか分からなかった。二人が訪れたことを警戒しているのかもしれない。
ある棟から出てきた時、長亥が言った。
「確かこの辺り、子供のころ住んでいたんです」
「出身だったんですか?」
「もう場所も覚えてませんけどね」長亥は歩き出した。
繋架は出てきた棟を見上げたが、他の棟との違いは分からなかった。
視線をおろすと、花壇が目に止まった。花壇は棟に沿って伸びていた。雑草も無く、土が掘り返され、最近まで手入れされていたように見えた。
繋架は花壇を写真に収めた。
全ての部屋を回り終えた頃には、日は沈んでいた。朝からの曇天で、時刻の感覚は曖昧だった。気が付くと常夜灯が霧に浮かんでいた。マンションの外壁が、街灯を反射し青白く光っていた。
繋架は公園のベンチに腰掛け、缶コーヒーを飲んだ。
「住人が消えると、得をする人はいるのでしょうか?」
少し離れた位置に立ったまま、長亥も缶コーヒーを飲んだ。
「強いて言うなら行政……ですかね?」
「行政が?」
長亥はタブレットで、数枚の写真を見せた。何年前の写真だろう? 老人達の集合写真だった。ここの住民だろうか? 「再開発反対」と書かれた横断幕を持っていた。
「数年前から、市は配送センターの誘致計画を進めていました。しかし、住人との交渉は上手くいってなかったようです。島を維持するだけで、税金はどんどん出てゆく。税収入は見込めない。バランスシート上は、明らかに負債なんです、この島は」
「負債、ですか……」
日本経済の担い手だった世代が、支えられる世代となった。かつては上手く回ったシステムも、少子化が進む現在では、負債でしかない。
繋架は遊具を見た。見る機会の減った箱型のブランコ。確か危険性を指摘され、多くが撤去された。海の近くだからか、どの遊具も錆が浮いていた。
「戻りましょうか」
繋架は立ち上がり、空き缶をゴミ箱に捨てた。
「えぇ」
二人は駅までの道を歩き始めた。
一日歩いたせいか、軽い疲労感があった。
遠くで海鳴りが聞こえる。
姿の見えない海鳥の鳴き声が、霧の奥から聞こえる。
公園から、随分歩いたような気がするが、いまだに駅は見えない。
ふと気が付くと、少し先を歩く長亥が、交差点で立ち止まり、右の道を見ていた。
「あそこ、誰かいませんか?」
繋架も見る。霧が濃くて分からない。奥に何か見えるのだろうか?
「私には何も」繋架は長亥を見た。
長亥は、じっと遠くを見つめていた。
「子供……ですかね」
繋架は霧の奥に目をこらした。
子供? こんな時間に?
全ての境界が曖昧だった。
「あっ!」と声を出し、長亥が駆けだした。
呼び止めるべきだろうか?
躊躇してしまった。