海上都市 きぼう
翌火曜、午前5時。
T線、海上都市方面の終着駅。
始発電車と共に、千葉県警の刑事、長亥 棍棒は「きぼう」駅に降りた。
夜明け前のホームに霧が立ち込め、乗客や駅員の姿はない。改札への階段を上がると、折り返してゆく電車の発車音が聞こえた。
海上都市「きぼう」。
かつて海上都市計画というものがあった。70年代、第二次ベビーブームの頃である。好景気と人口増に後押しされ、東京湾沿岸に埋め立て地が次々と造成された。
洋上の新天地には巨大な団地が建設され、若い夫婦を中心にベッドタウンとして発展していった。核家族化の象徴。若く活気のある町としてメディアで取り上げられる事も多かったが、これら海上都市計画の多くは、バブル崩壊と共に中断された。その中でも、「きぼう」は計画後期に竣工された都市だった。
古いものが壊され、新しいものが生まれる。生物のような新陳代謝こそ、都市の活発さと言えよう。
しかし、これら海上都市群は、流動性を許すキャパシティが無かった。その結果、住民の世代交代が起こらなかった。働き手だった世代は、地すべりのように年を重ね、10年代にもなると、高齢化、過疎化が深刻化していった。
「きぼう……か」
街は濃霧に沈み、50m先も見えなかった。
この地域は、秋から春にかけて、海霧に覆われる日が続く。常夜灯は等間隔で霧に消え、果てが分からない。霧の奥から海鳥の声が聞こえるが、姿は見えなかった。
――不可解な集団失踪。
「きぼう」には、30の住人がいた。
彼らは先週そろって姿を消した。
事件に巻き込まれた形跡は無い。
捜索願は出ておらず、行方不明として扱われていない。
「きぼう」の住人は、霧のように姿を消してしまったのだ。
彼らはどこに消えたのだろうか?
なぜ消えたのだろうか?
長亥は空を見た。
団地の上半分が、規則的な杭のように、霧から飛び出ていた。