表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漢恵故事 ~半熟皇帝と幽霊少女~  作者: でこでこ
第2章:真夜中の出会い
8/13

敬して遠ざく

「知ってたのか?」

「なんとなく、ね」

 戚姫は静かな声で、そう言った。

「そうか……」

 実の母親だ。異母兄の俺なんかより、ずっと……。そうだよな。

 

 しばしの沈黙が流れる。

「あの……」

 戚姫が何か言おうとしたのと同時に、劉盈は訊いた。

「そ、それを聞きにここに……?」

 戚姫は、え? と不意を突かれたような表情になり、それからまたしばらく黙っていた。やがて劉盈の顔をまじまじと見つめ、何かを思いついたような素振りを見せると、にこっと笑って言い放った。


「あんたの身体に乗り移って、呂太后を殺しに行くわ」


「い、いま何て……?」

 劉盈は全身の血の気が引くのを感じた。

「だからー、あんたに取り憑いてー」

「やめて、お願いだから!」

「えー、どーしよっかな」

「俺は人殺しはしたくないんだ! やるなら自分で……やっぱりそれもやめて!」

「あんただったら呂太后も油断しないだろうし、案外簡単に殺れちゃうかも!?」

「やめてよ!」

 戚姫の口ぶりからはあまり……というか全く、怒りとか、恨みは伝わってこなかったが、幽霊の考えていることは分からない。笑いながら呂太后を殺すつもりかもしれない。全く油断できない。

 戚姫が呂太后を恨んでいるのは間違いがないのだ。そりゃそうだ。あの光景がまた少し劉盈の記憶に顔を出す。あれだけの酷い仕打ちをされて、戚姫は殺されたのだった。

 戚姫の恨みのほどは十分に理解できるが、劉盈としてもむざむざ自分の母親を殺させる訳にはいかない。たとえそれが呂太后であってもだ。

 とにかく戚姫には怒りを沈めてもらうしかない。

 どうすれば……どうすれば戚姫は帰ってくれるのか、必死に思案を巡らせる。幽霊に贈り物なんてしても無駄だろうし……そうだ!

 劉盈は叔孫通から教えてもらった言葉を思い出した。


『鬼神を敬して、これを遠ざく』

 孔子様が伝えた由緒正しい幽霊撃退法である。鬼神というのは、幽霊と似たようなもんだろう。


 というわけで、さっそく実行に移そう。

 劉盈は背筋を正すと、床の上から戚姫に向かって平伏した。そういえばまだ床の上に居たのだった。

「あなたの怒りはごもっともです戚夫人様。廟を建てて毎年生贄を供えますので、どうかそれでお許し下さい」

 戚姫はきょとんとしている。

「あんた何言ってるの?」

「生贄は牛一頭がよろしいですか。二頭ですか。豚も要りますか。玉帛の数は……」

 ビシッ。

 尻がひっぱたかれる音がした。というか、まだ持ってたのかよ、それ。

「ふざけてるの?」

「痛いです戚夫人様」

 ビシッ。

 劉盈は痛みに耐えてなお続けようとする。

「奉祀官の人数は……」

「それ以上続けたら、本当に取り憑くから」

 そこまで言われて、劉盈はようやく諦めた。


「はあ……どうすりゃいいんだよ」

 孔子様のありがたいお言葉も届かず、劉盈は途方に暮れた。

 このまま自分は取り憑かれてしまうんだろうか。


 そんなことを考えながら、劉盈が床から立ち上がった瞬間……、劉盈の足が、つるっ、と床を滑った。

「うわっ!」

 勢いのまま、寝台の上に手をつく。そっち側でよかった。

「ちょっと、なにすんのよ!」

 振り返ると、戚姫が顔を真っ赤にして怒っている。

「あんた、さっきから、わざとやってるんでしょ!」

 そういえば、今、目の前の戚姫の体をすり抜けて……。

 先程寝台から床に落ちたときとは逆だった。このときも、劉盈は戚姫をすり抜けたのだ。やはり戚姫は幽霊なんだ、と再確認する。

「き・も・ち・わ・る・いのよ! 私の体に触らないで! 私に触っていいのは陛下だけ! わかった?」

「痛い痛い、というか今は俺が陛下だよ!」

「はあ? 私の陛下は一人だけ。如意を入れても二人だけ。だれがあんたなんかを……!」

 ビシッ。ビシッ。

「わ、わかった、俺は陛下じゃなくていいから、それはやめてくれ!」

 気のせいか、戚姫の攻撃が威力を増している。

「これに懲りて二度と私の体に触れないこと、次にやったら、呪い殺すから」

「分かったからやめて! 痛いんだよ! 呪われる前に死んじゃうよ!」

「怪しいから今のうちに叩いておくわ」

 理不尽な理由で戚姫の連続攻撃を受けていた劉盈だったが、その状況でふと冷静になってみると、あることに気づく。


 あれ、こいつ、乗り移るって言ってたよな。

 身体に乗り移るって。それで呂太后を殺しに行くって。

 だから、聞いた。

「乗り移るのは気持ち悪くないの?」

 戚姫は湯気の出るような顔になって言った。

「じょーだんに、決まってるでしょおおおおお!」

 ビシッ!

 強烈な一発が、劉盈の脇腹を直撃した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ