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生霊

作者: えだらく

 愛される喜びには、愛した人によく似た生き霊が取り憑いているものだ。人や物を愛すことの出来る人間が、人や物から愛される。その逆も然りだ。

 そういうことにしておこう。そういうことにしておかなければ、私はこの恐怖から逃れられそうにない。自分は憎まれているんじゃない。愛されているんだ。彼は、それゆえの、生き霊だ。

 憎まれる恐怖には、憎んだ人によく似た生き霊が取り憑いているものか? 一度そう考えてみてしまったら、どうしようもなく怖くなってしまい、だったら逆のことを考えようとした結果がこうなのだが、それもほとほと呆れるほどに無理矢理だ。こじつけでしかない。

 彼に見覚えはある。しかし、私が何をしたというのだ。見覚えはあっても、身に覚えがない。私は人を憎むなんてことはしない。ましてや憎まれる事なんてありえない。

 なのに、ここ数日というもの、彼は私の傍を離れない。これがかわいらしい女性であるならまだいいが、そんなことはない。しかも、憎たらしいのが、彼の顔は不気味なほど整っているということだ。昔よりまして、格好がいい。今でもさぞかしモテるんだろう。

 そして最も厄介で私を困らせているのが、彼が頻繁に語りかかけてくるということだ。私の心に直接、あることないこと囁いてくる。昔の私が彼に言ったこととか、したこととか、ああだこうだと語りかけてくるのだが、私には本当に全く身に覚えがない。そんなこと、本当に私がしたか?

 そもそも私は今まで、無難に生きてきた。いつでも人と人との関係において、中立の立場を選んできた。それが最も当たり障りがなく、賢い生き方だと知っているからだ。

 彼の存在に気づいて、いや、「存在」という表現が正しいのかどうかは分からないが、とにかく「彼」に出くわしてから一週間ほど経った頃、さすがに耐え兼ねた私は、彼のことを調べてみたのだった。もし彼が幽霊であるのなら、すでに死んでしまっているはずだと思ったからだ。幸いにも、といか、それが必然であったのかもしれないが、彼に取り憑かれる数日前に、私は彼の「実体」に会っていた。だから、もし死んでいるとするならば、そのあとということになる。まさか、私が殺した? いやいや、そんな事実はありえない。記憶にもなければ、夢ですら見たことがない。

 調べてみて驚いた。生きてた。しかも、誰もがうらやむような華やかな人生を。富も名声も、美しい妻まで、手に入れていた。

 そんな彼が、私みたいな人間を憎むだろうか。私などにかまっていられる暇などあるのだろうか。

 ちょっと、待て。生きているということは、なんなんだ、こいつは。

まさか…。

生き霊という言葉が浮かんだのは、随分後のことだったような気がする。いや、時間で言うと、そんなに長くはないのかもしれないが、とにかく私は長く感じた。

彼が取り憑き初めてから、もう一ヶ月が過ぎようとしている。最初のころほど、私に向けてくる眼はおぞましくはなくなったのだが、やはり、恐ろしい。鬼のようだ。霊自体が恐ろしいものなのに、それを鬼にたとえるなんて可笑しいのかもしれないが、とにかく、恐ろしいのだ。

いつか、私はこの生き霊に殺されてしまうのだろうか。

もし、殺されないのだとしたら、彼の目的は何なのだろう。死ぬまで、彼と人生をともにしなければならないのかもしれない。それは本当にきつい。それぐらいなら、いっそ殺して欲しい。

彼の実体に直接会って、話を聞いてみようかとも思ったが、それも怖い。生き霊が日頃私に囁いてくることが本当なら、また、生き霊の抱いている想いが本当なら、それこそ、本当に殺されてしまいそうな気がする。物理的に。

消えてくれ、早く。視界から、この世から消えてくれ。いっそ、実体ごと死んでくれれば、もしかしたらこの生き霊も一緒に消えてくれるのかもしれない。そうかもしれない。

ああ、憎い。彼が、憎い。

いや、愛そう。彼を愛そう。心ゆくまで、愛してあげよう。

私は誰も憎みはしない。そして誰からも憎まれない。

今までだって、そうやって生きてきたじゃないか。

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