3話
あれから1週間たって見事にテストが終わった。
「やっぱりあれは夢じゃなかったんだよな……」
ため息が隠せない。
ラインに桐谷士郎名義でメッセージが届いている。
1週間も連絡なかったし、あれは夢なんじゃないかと思い始めていた。それほど平凡な日々だった。
『こんにちは!覚えてる。桐谷士郎です』
『あの時のことで話があるんだけど、時間ありますか』
きっと、向こうには既読がついているんだろう。無視するわけにはいかない。
「15時ぐらいならいけますっと」
すぐに既読がつく。
『なら、15時に駅前のマストバーガーに集合でいいかな?』
「了解しました。送信」
チャイムがなって鞄にスマホをしまう。
先生が教室に入ってくる。
「テストご苦労様でした。えーっと、最近この辺でブラックドールの目撃情報が多発しているそうだ。」
「えー」
クラスが一気ににぎやかになる。
「マジかよ。見たーい」
「もしかしてストロベリー☆ベリーとか来るんじゃない」
「会いたいなー」
「俺は断然リッカちゃんに会いたい」
案の定前の席の和樹が振り返って主張する。
パンパンパンと先生が手を叩く
「はーい、静かに。お前ら何馬鹿なこと言ってるんだよーブラックドールって危険なんだぞ」
そんなこという先生の口調も危機感なんてない。
知らないってうらやましいと思う。あんなのがこの辺に居るのかと思うとぞっとする。
「くれぐれも見かけたからっていって近づくなよ。逃げろよー」
はーい。みんな気の抜けた返事をする。俺もそうだったが、ブラックドールなんて身近なものじゃない。
「じゃあ、これで今日は終わりにする。寄り道せずにかえれよ!」
起立、礼。そして、一気に教室が賑やかになる。
「安吾ー。カラオケでも行かなねぇ?」
「悪い、今日は用事ある」
そういって鞄を手にして駅前に向かう。
「いるな……」
15時前目的地のマストバーガー前に着く。窓から中をのぞき込むと案の定二人の姿がある。
意を決して中に入る。
「いらっしゃいませ!」
無駄に明るい声の店員を無視して中に入る。
「あ、安吾君!こっちだよ」
先に気づいたのは桐谷士郎だった。
それにつられて中村梨々花が読んでいた本から目を離しこちらを向く。
「あ、どうも」
席に向かう。もう一人、小学生ぐらいの女の子も座っている。
「来てくれてありがとう。座って座って」
相変わらず笑顔がまぶしい。
「とりあえず、改めて自己紹介からかな」
ソファ席に梨々花と小学生ぐらいの女の子が座り、その対面に士郎が座っている。その隣に座る。
「えーっと、僕は桐谷士郎。一応T大の2回生やってます。年上だけど敬語とかいらないから」
テラードジャケットにボーダーのUネックシャツという出で立ちだ。髪は軽くパーマがかかっていて、人懐っこい顔で微笑んでくる。確か、身長も高かった気がする。
「んで、そちらが」
「私は中村梨々花。……よろしく」
相変わらずの仏頂面で特によろしくする気はないようだ。
今日は制服を着ているが、昨日はしていなかった赤い縁の眼鏡をかけている。髪は腰ぐらいまである黒のストレートで前髪を上で留めている。
「えっとね。すずは日向美鈴です!」
自分の番が来たことが嬉しそうだ。パタパタと足を振っている。
「すずは○○小学校4年生です。えーっと、学校では生き物係で、正義のヒーローをやってます」
白い襟に紺色のワンピースを着て、ショートボブの前髪に蝶々をかたどったピンを着けている。背中のピンクのランドセルがいかにも小学生らしい。
みんなの視線がこちらに集まる。つまり俺の番ということか。
「檪原安吾です。○○高校の3年です……以上です」
「あれ、梨々花ちゃんと同じ年だね」
士郎が梨々花に話を振るが無視をされる。
「もう、いいかしら。本題に入っても」
梨々花はしびれを切らしたように話し始める。
「貴方、ブラックドールについてどれぐらい知ってるの?」
「人並みには……」
梨々花がスッと見つめてくる。
居まずくなって視線を外す。なんだか尋問されてるみたいだ。
「ほらほら、睨んじゃダメでしょ。はい、安吾君、コーヒー飲めるよね」
いつの間にか士郎がコーヒーを買ってきてくれていた。
お礼を言って一口飲む。
「まず、順を追って説明しないと。安吾君ポカーンてしてるよ」
話の主導権を士郎が握ってくれたことで場の雰囲気が一気に和む。
「僕ら3人とも君と同じで能力者なんだよ。ブラックドールの退治みたいなのをボランティア的にやってたら知り合ったってわけ。ほかにも何人か知ってる人はいるんだけど君は初めて会ったね」
「俺は超能力使わないんで……逆にテレビとか以外でそんなことしてる人がいる方が驚きましたけど」
「知ってるかもしれないけど、いろいろと説明してもいい?」
約30年ぐらい前に失踪事件が起こった。手がかりがつかめないまま被害者ばかりが増えていった。
そんな中で一人の目撃者がこう証言をした。
『黒くて変な生き物が人を丸呑みにしていた』と……
始めはオカルト雑誌ぐらいに会いか相手にされなかったが、しかし、それから目撃者がどんどん増えていった。そして、ついに誰もが得体のしれないものが人間を襲っているということを認識し始めた。
日夜報道された。うわさ、憶測、誤報いろいろ入り交り、もう何を信じていいのか、どうしたらいいのかもうパニック状態だった。
だが、事件はある少年たちの手であっけない終わりを迎えた。
しかし、その少年たちがまた問題だった。彼らは超能力を持っていたのだ。
そして、誰かが言った。
『これは自作自演の犯行だったのじゃないか』
その当時、超能力を持った人間なんていなかったのだ。人間というものは自分より強い力を持つ者に対して恐怖を感じる生き物だ。
差別、偏見、迫害、そんなものが彼らを苦しめだした。
それでも超能力を持った子供はそれからも生まれていたし、ブラックドールだって現れ続けていた。
そこで苦肉の策として出されたのが
『ヒーロー計画』
その一つとしてテレビで取り上げヒーロー像を作ることがあった。
超能力を持って生まれた少年少女たちはみんな外見に恵まれていたこともありその試みは大成功することとなる。
そして、超能力者は化け物から正義の味方になった。
「ざっとこんな感じかな」
士郎は一旦話を止め、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲む。
「こうやって僕らが普通に生活できるのも先輩方の努力のおかげなんだよね」
「でも、テレビ番組としてブラックドールを倒すだけじゃ、ああやってあぶれた奴が出てくるからそれを私たちが処理してるってことよ」
さも当たり前のことのように言うが、命がけなことじゃないのか……
「すずは敵に対抗できる力を持っているのだから戦うことは当たり前だと思うのです」
「怖くないのか」
質問をしたかったわけじゃなく、思わず口から洩れた問いに幼い少女は
「平気なのです。だってすずは正義のヒーローなのです」
と無邪気な笑顔で答えた。