2話
前にブラックドール。後ろに女の子二人。
「どうすんだよ」
ブラックドールはふらふらと左右に揺れているだけだ。
「もう…いや……もう、無理なのよぉお」
突然ドンっと突き飛ばされた。
「え?」
前によろける。
女の子は逃げようと走り出した。それに反応したようにブラックドールが動き出す。狙いを定めたのだ。
目の前をブラックドールが通り過ぎようとする。手を伸ばせば届く距離。
「やめろ!」
手を伸ばす。
「!」
触れた。そんなこと今いい。
そのまま触った部分を握り遠心力よろしく、勢いそのままに壁にたたきつける。
「きゃ!」
そばにいた愛莉が驚いて悲鳴を上げる。
「ごめん」
にしても化け物だと思っていたが以外にも人間に近い感じがする。
ブラックドールがよろけながら立ち上がる。
「安吾!」
愛莉がブラックドールを羽交い絞めにしている。
「ちょ、お前、何やってんだよ!」
振りほどこうと暴れているブラックドールに頑張ってしがみついている。
「今のうちにガツンといっちゃってよ!」
「は、はは。お前すごいな……」
シャツを脱ぎ、右腕に巻き付け、映画やドラマの見様見真似だがファイティングポーズを取る。
ふーっと息を吐き、吸う。右手に力を籠める。
シャツが燃え上がり、その腕でブラックドールに殴り掛かる。
「ぎゃぁぁあああああ」
ブラックドールはまるで人間のような叫び声をあげる。
「おい!大丈夫か?」
「う、うん」
愛莉は勢いで転んだが、けがはしてないようだ。
ブラックドールは悶えながらも、黒い霧のようになって消えていった。
「倒せたのか」
その場に座り込む。今になって膝が笑っている。
「あれ?」
愛莉が何もない空間を叩いている。まるでパントマイムをしているみたいだ。
「何やってるんだ?」
「なんでかそっちに行けないの!安吾!後ろ!」
消えたはずの黒い霧が濃淡を繰り返しながら移動している。
「マジかよ!」
「まったく。そんなのであの化け物が倒せるんだったら苦労はしないわ」
自分たちが来た路地とは反対の路地から二人組の男女が姿を現した。
一人は近隣でも有名なお嬢様学校の制服を着た女の子。もう一人は二十歳前後の青年だ。
「あれは私がやるわ。邪魔しないでね」
女の子だけが前に出る。
鞄からペットボトルを出す。中身は無色透明な液体だ。
それを傾ける。ドボドボと中身がこぼれだした。しかし、それは地面につく前に凍り付く。
「すげぇ……」
生で他者の超能力を見たのは初めてだった。
氷はもう一度水に戻り、今度はまるで宇宙にいるかのように水が浮いている。
「避けて!」
濃淡を繰り返し移動していたブラックドールが俺のそばで姿を現す。
それをめがけて先のとがった状態で凍った氷の結晶が飛んでくる。
「うお、あぶね!」
ついつい女の子の超能力を見とれていたが、はっと我に返る。
うまく立てないので四つん這いで這うように逃げて、一定の距離を取る。
「せっかくだから、あれの倒し方教えてあげるよ」
二人組の青年の方がいつの間にか横に立って、手を差し出している。
その手を握り立ち上がる。
「ブラックドールも倒すコツさえわかっていたら簡単に倒せるんだよ」
青年は人懐っこい笑顔で話しかけてくる。
「僕の名前は桐谷士郎。よろしくね」
「はぁ。あの子は……」
「彼女は中村梨々花ちゃん。大丈夫だよ。彼女、めちゃくちゃ強いからね!」
中村梨々花と呼ばれた少女は手を体の前に伸ばし、ゆっくりゆっくり歩みを進める。
水が氷ったり液体に戻ったりブラックドールの周りを浮いている。
「ブラックドールには人間の心臓に当たる核があるんだけどね。それを壊せば退治できるんだよ」
ブラックドールは水を振り払おうとするが水は形を変えてまとわり続ける。
「場所がどこかわからないんだよね。それにあいつら、さっき君がしたみたい傷つけられると黒い霧みたいになって逃げようとするんだよ。そうすると核も形がなくなって倒せなくなる」
「つまり、あんなふうに実体があるうちに体のどこかにある核を壊せってことですか?」
「そういうことだよね」
ブラックドールの足元が凍り付く。また、周りを飛んでいた水がブラックドールにかかりだんだん体の自由が奪われていく。
梨々花がブラックドールの目の前に立ち止まり、鞄からもう1本、水の入ったペットボトルを取り出す。
最後のあがきなのかブラックドールお顔が裂け牙を剥く。それさえも凍り付いて動けなくなる。
その口にペットボトルの水を流し込む。
「あ、終わりそうだね」
梨々花はくるっと向きを変えこちらに歩いてくる。
ブラックドールは内側から爆発したように破裂する。その中から無数の小さな刃とかした氷の結晶が飛び出てくる。
「あ……」
声が出なかった。
足元にひびの入った赤い結晶が転がってきた。それを士郎が踏み壊す。
「はい、終了!お疲れさまでした。梨々花ちゃん」
「これぐらい余裕よ」
梨々花は俺の前に止まり腕を組んで睨んでいる。
「あなた名前は?」
「檪原安吾」
「ふーん。よろしく」
全然よろしくするふうもないよう仏頂面でいう。
「安吾君だね。よろしく」
こっちは正反対に馴れ馴れしい。
「あ、愛莉!」
すっかり忘れていた。辺りを見回すが愛莉の姿はなかった。
「なんだったんだ……」
「大丈夫?どうしたの」
士郎が不思議そうに聞いてくる。
こっちもわからないのだ。大丈夫だと軽く流す。
「うーん。話したい事あるんだけど……」
士郎は腕時計に目をやる。
「今日は遅いし。そうだラインやってる?」
置いておいた鞄を取りに戻り中から携帯を取り出す。
鞄の中の問題集を見て思う
明日からテストが始まるな……