1話
『さて、本日も始まりました。異能力バトルバラエティ【ストロベリードリーマーズ】今宵のアイドルたちはどんな華麗なパフォーマンスをお届けしてもらえるのでしょうか!』
時計の針は午後6時58分を指したところで番組が始まった。
「あ、始まった!今日もみんな、かわいいな」
『では、始まりは桜色ドリーマーズの新曲【夏色チャレンジ】歌っていただきましょう』
画面の中で4人の女の子が水色を基調とした衣装を着て歌い始めた。それに合わせて、観覧席のお客たちが歓声を上げている。
「いいなー。俺も生で観たいよ。あーもう、リッカちゃんかわいす…痛!何すんだよ。安吾」
床に消しゴムが転がる。
「お前が明日からの期末がやばいから助けてくれって言ったから一緒に勉強してやってるんだろ。まじめにやれ!」
「いいじゃん。息抜きだよ!てか、俺と違って檪原安吾さまは勉強ができるからこの気持ちがわかんないんだよ。もう不安で押し潰れそうなんだよ。それをアイドルが癒して・・・・・・痛い!」
もう一発、今度は筆箱を投げる。
「お前な……」
俺の学友・田辺和樹はアイドルオタクの馬鹿である。
夏休み前最後の関門である1学期末の定期テストが明日から始まる。そのため和樹の家で二人で勉強をすることになったのだ。部屋の真ん中に座卓を置き問題集や教科書を広げる。
『はい、改めましてこんばんは。なんと今日はゴールデン2時間スペシャルなんですよね!もちろんヒーロー企画もあるわけなんですよね、リッカちゃん』
番組は曲が終わり、MCのお笑い芸人と局アナがモニターの前に立ち、主役であるアイドル達【ストロベリー☆ベリー】【桜色ドリーマーズ】の8人の女の子たちがいわゆるひな壇に座っている。
『はい。今回は○○市で目撃されていたブラックドールの退治に行ってきました!』
指名された女の子が事件の概要を説明する。
「あーリッカちゃん可愛いなぁ。○○市って近いじゃん。行けば会えてたのかな」
「そのまま食われちまえばよかったのにな……」
解き終わった問題集の答え合わせをする。
「ってか、安吾はいいのかよ。こんな将来何の役に立つかもわからない勉強なんかで人生をつぶして」
和樹は立ち上がり、まるで外国のやり手企業家のように両手を広げ力説してくる。
「なのに彼女は世のため人のために戦ってるわけだよ」
ピンと顔の前に指をさしてくる。それを右手で軽く払いのける。
「いいんだよ。学生の領分は勉強だ」
間違った問題の解説を見る。途中の計算式を間違っているだけだった。
「それに彼女たちは特別なんだよ」
画面に目をやる。それにつられて和樹もテレビを見る。
画面の中の一人の少女が手を前に掲げるとぬいぐるみがひとりでに浮かび上がる。
「そりゃ、知ってさ。超能力は生まれつきのもの・・・・・・。俺もお前も一般ピーポーだもんな」
和樹は不服そうな顔をして座る。
「そう、わかったなら勉強しろよ」
「仕方ないから、テレビだけでも見てヒーロー気分味わうか」
番組が進みVTRが始まっている。
画面には真っ黒な生き物が写っている。背丈は人間とほぼ同じ。むしろ人間がシーツでも被っているようなフォルムをしている。
『ブラックドールが現れました。アイドル達が臨戦態勢に入っています!』
ブラックドールとは数年前から現れた人を襲う化け物だ。もともとは化け物とか妖怪とか呼ばれていたが、この番組が名付けた【ブラックドール】が定着してしまった。
「よっし!行け!」
「おい……」
ため息を一つつく。
問題集も切りのいいとこまで終わった。
「お前、勉強しないんだったら俺は帰るからな」
鞄に勉強道具をしまい立ち上がる。
「え?待ってよ!」
「待たないよ」
引き留められるが、そのまま部屋を出る。後ろで「またなー」なんて声が聞こえる。リビングに居る和樹の母親に挨拶だけして外に出る。
外に出るとむわっとした熱気を感じた。日が暮れているのに暑い。
空は曇っていて月も星も見えない。家から漏れ出す光と点々と立っている街灯の光を頼りに歩き出す。住宅街の中、車がやっとすれ違えるぐらいの細い道には人影はない。
コツコツコツ
学校指定の革靴だけが音を鳴らしている。
「?」
何か違和感を覚え、立ち止まり後ろを向く。
誰もいない。
気のせいかと思い、歩き出す。今度は少し早めに歩く。
違和感が消えない。
コツコツコツ
止まり振り向く。あるのは丁字路と電柱。丁字路に向かって走り出す。
「……気のせいか」
誰もいない。
「惜しい!」
後ろから女の子声がする。
丁字路から対になるところにある電柱の陰から女の子が出てくる。
「あはは。私、尾行とか得意なんだけどな。ばれちゃったかぁ」
「誰だ?」
街灯は自分のそばにある。こっちの顔は見えていてもあちらの顔はよく見えない。
「さて、問題です。私は誰でしょう?」
女の子はこっちに向かって歩いてくる。光か届きだんだん顔が見えてくる。
誰かに似ている気がした。
「うーん、わかんないかな?私は橋爪愛莉。あなたのお姉ちゃんです。あ、もしかしたら妹かもね」
「はぁ?!」
何言っているのかわからなかった。俺の家族は両親と妹(もちろん彼女じゃない)しかいないはずだ。
「何言ってるんですか……」
「そりゃ、わからないか。たぶん、あなたの母親ですりゃ、私を知らないもんね」
女の子はどんどんこちらに向かって歩いてくる。
肩甲骨ぐらいまで伸びているストレートの髪を片方耳にかけている。
「私、ずっと会いたかったんだよ!」
首を傾けると髪がさらっと揺れる。
女の子は歩みを止めることはしない。俺は後ろに下がる。しかし、後ろに壁がありそれ以上下がれない。
「あはは。私のかわいい弟くん……」
すでに二人の距離は30センチもない。下から顔をのぞき込まれる。
「ちょっと……」
なんなんだ、この人。ヤバい人なのか。怖い。怖い
キャーーーーー
「はっ?」
当然悲鳴が響き渡った。
愛莉と名乗った女の子は叫び声の聞こえた方に走り出した。
思わず、自分も後を追う。
路地を曲がり、ちょっと広めの道に出る。
そこで制服を着た女の子がブラックドールから逃げようとしていた。
「なんでこんなところに……」
今までテレビでしか見たことなかった。自分の中ではフィクションな存在だったのに……
「ちょっと、早く助けないと!」
愛莉がただ突っ立てることしかできなかった俺の足を蹴る。
「いた!何するんだよ」
「もう、助けてあげなさいよ!男の子でしょ」
この場合男の子とかそういうことではないと思う。相手は化け物だ。
「いやいや、無理でしょ!」
「無理とかやる前に決めちゃだめよ!」
もう何言っているんだこの人は。ってかなんなんだ、この人は!
襲われている女の子は腰を抜かしてしまったのかしりもちをついた状態で後ずさりし、ブラックドールは獲物を怖がらせて遊んでいるのかゆっくりゆっくりと動いている。
素人目に見てもやばい状態なのはわかる。
「俺は何もできない。なのにわざわざ危険に身をさらせられるかっての!」
女の子はこちらに気づいたのか、すがる眼でこちらを見てくる。
「助けて……」
「っ!」
そんな目で見られても。意識しないうちに手を握り締める。
ぱんっと背中をたたかれる。
「何言ってんの?あなたならできるでしょ」
「え、はぁ?なんで……」
なんで知っているんだ。親しか知らないはずだ。なんでこんな初めて会った人間が……
「ほら、女の子を助けてヒーローになっちゃいなよ」
ふっと一瞬浮かぶあの風景。もう、忘れたいのに。
「……無理だ」
一歩下がる。
「いや……助け…いやぁー!」
女の子が大声で叫ぶ。
「助けられる人間が何もしないなんてそれ自体が罪だと思わないの!」
そう言って愛莉は手近にあった石をブラックドールにめがけて投げる。
ブラックドールが向きを変える。
「……これってやばいんじゃ?」
こちらに向かって動き出す。先ほどとは違い一気に距離が詰められる。
「どうすんだよ!これって、うおっと……」
思いっきり突き飛ばされしりもちをつく。
「何するんだ…よ……」
そこにいるはずだった愛莉が居なくなっている。
「お、おい!」
進んだ先であろう方向に目をやる。ブラックドールが愛莉に馬乗りにしている。
ブラックドールの頭部分が裂けて開き、獣のような牙が並んでいる。
「ちょっと、やめて!離せっていうの!バカバカぁ!」
愛莉は手足をばたつかせ逃げようと試みる。
「これはやばいだろ……」
愛莉に助らた。それは間違いない。なのにこのまま何もしなくてもいいのか。
「あぁ、もう。どうなっても知らないからな」
鞄を開け、ノートを取り出す。数枚を破りとり、落ちていた石に包む。
「……」
もう、絶対に使うことなんてないと思っていた。
丸めた紙を握る。だんだん煙が立ち上り炎が燃え上がる。
それを思いっきり振りかぶり、ブラックドールに投げつける。
「いけぇ!」
それと同時に走り出す。
石は見事に命中する。ブラックドールはよろけ愛莉から離れる。
その隙に愛莉の腕をつかみ、先ほど襲われていた女の子のもとに走る。二人をかばうように壁を背をしてブラックドールに対して構える。
「すごいじゃない!さすが私の弟くん」
先ほどまで襲われいたのに能天気な人間だ。
「どうすんだよ!この状況」
「あ…あなたは……?」
襲われていた女の子が震えながら聞いてくる。
「俺は、人体発火っていうのか。そういった超能力者なんだよ」
「そうなの?じゃあ…あなたが助けてくれるのね。だってヒーローだものね!」
「いや…ちが……」
「え?なんで?だって、能力は悪い奴と戦うための、市民を守るための力でしょ」
服の裾をつかんで揺さぶられる。
「何とかしてよ!私、死にたくないんだから」
ほら、やっぱりな。だから嫌だったんだ。あの時だって……
「何言ってるのよ。みんなで考えるの!倒す方法を」
揺さぶる手を愛莉が止める。
「安吾、あなたは何ができるの?」
「触ったものを燃やすことができるぐらい……」
鞄をさっきの地点に置いてきてしまったために手元に燃やせるものがない。
ブラックドールはどう襲おうか思案しているのかふらふらと左右に動いているもののこっちに来ようとはしない。
「とりあえず炎が効くみたいだな……」
「殴り込みでもする?」
「それ、危険なの俺だけじゃないか」
「び…ビームとかはで…出ないんですか」
「それは無理です」
何もいい案がでない。倒せるプランが思いつかない。
さぁ、どうしたものか……