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エルフの喫茶店

作者: 相川 仁

根雪だった。


停電でテレビも見れない。役場の防災無線は、

何を言っているのか、殆ど聞き取れなかった。

50年振りの大雪と地元ラジオは言っていた。


みしみしと家がきしむ。襖も障子も固まって

動かない。面倒だが仕方がない、雪降ろしだ。


昨日から少し扁桃腺が痛むのだが、そんな事

構っていられない。この雪では暫く医者にも

行けないだろう。医者は諦める事に決めた。


角スコで、賽の目切りにして屋根から降ろす。

その間にも降り積もる。淡々とその繰り返し。

日付が変わる頃、やっと雪下ろしが終わった。


くたびれた腰を伸ばし、ふと街を見下ろすと、

停電で暗闇の中、1軒だけぽつんと明かりが

点いている店が見えた。居酒屋か何かだろう。


停電で真冬の暗闇では、布団に籠るしかない。

幸い、石油ストーブの灯油はまだありそうだ。

だがこのボロ家では、中々部屋が暖まらない。

雪下ろしの時の汗が冷えて、着替えても寒い。

ラジオは演歌の特番に変わった。つまらない。

俺は雪を踏みしめつつ、先程の店に向かった。


明かりが灯っていた店は山小屋風の喫茶店で、

夜はバーになる店だった。俺の他に客が一人

しか居ない。黒づくめの恰好の女性だった。


「いらっしゃい」


そう言って暖かいお絞りを出してくれたのは、

金髪の美人店主。40歳位だろうか。もっと

若くにも見える。メグ・ライアンに似ていた。


「何か温かい物を、お酒で」

俺は頼んだ後、少し咳込んだ。


「あら、あなた風邪?」

「昨日から喉が少し痛いんだ」

「それじゃ、風邪に効くの作ってあげる」


数分程待って、出て来た物はジンのお湯割り。

少しだけ生姜が入っていた。


「効くのよ。それ」


熱々で、飲み終えるのに時間がかかったけど、

飲み終えた頃には喉の痛みは薄らいで、風邪

特有の気怠い症状と、熱の寒気も消えていた。


「薬みたいだ。凄い」

「元々ジンは薬だから」


店主さんは嬉しそうに微笑んだ。結構可愛い。


店の中を見渡してみると、この店の明かりは、

ランプと蝋燭だけの様だ。停電にも強い訳だ。


「意外に明るいんですね。石油ランプって」

「電気の照明ってどうも苦手で」


店主さんは少し目を伏せて言った。何か良く

分からなかったけど、店の雰囲気は良かった。


実は、先ほどから気になっていた事があった。

店主さんの両耳は、少し尖った形をしていた。

何か、触れちゃいけなそうな話題だったから

黙ってたけど、もう一人の客の一言で、納得。


「エルフは回復が得意なのね」

「元は同業みたいな物なのにね」


もう一人の客は、魔女だった。


西洋医学がまだ未発達の頃、薬草がエルフで、

狩りに使う為の毒薬作りが魔女の仕事だった。

エルフの薬も魔女の毒薬も何かの魔法の様に

効き目があって、憶測と妙な噂話が大袈裟に

広まってしまった。魔女は悪人と恐れられた。


領主の跡目争いには魔女の毒が都合良かった。

花嫁候補が毒殺される事も頻繁に起きていた。

結局領主が謀てた暗殺は魔女のせいにされた。

口封じを兼ねて、領主達は魔女狩りを始めた。

それは仕返しの暗殺を恐れた恐怖でもあった。


「バカだよ、あいつら」

魔女さんは酒を煽って言う。スコッチかな?


「魔女さんは、何ができるの?」

「さっきも言っただろ。狩りに使う毒だよ。

人にも効くけどね」


グラスの氷が解けて、カラリと音を立てた。


「今じゃ何の役にも立たないよ」

魔女さんはまた、酒を煽った。


魔女さん、飲み過ぎなんじゃないのかな?

機嫌が悪そうだ。


「エルフさんは、何ができるの?」

「風邪なら治せるわ。効いたでしょ?」


確かに、もう治ったんじゃないかな?凄いな。


「でも風邪程度しか治せないの。昔遠い国に

居た頃、医者にも見放された重病人が押し寄

せて来て・・・でも結局何も出来なかった」


エルフさんはソーダ割りみたいなのを作って、

自分で飲み始めた。


「どう見ても危篤の御爺さんが『エルフさん

にも治せないならもう天寿だ。有難う』って

笑顔で死んでいった。もう限界だった」


エルフさんはグラスを開けて溜息を漏らした。

「それでこの国に来たのよ」


「後からペテンだ何だ文句つけた奴等は全部

始末したけどね」


魔女さんのグラスが空になった。

「お兄さん、あたしのオゴリだよ」


魔女さんが奢ってくれたのは、カルヴァドス。

林檎で作ったブランデー。


「毒リンゴじゃないよね?」

一応念のため、俺は聞き返した。


「1杯で酔うから気をつけな」


確かに、効いた。

俺は千鳥足で自宅に帰った。何度か、転んだ。


翌日の夕方には雪も止んで、電気も復旧した。

その代り、エルフの喫茶店は跡形も無かった。


カルヴァドスの空き瓶が雪に埋もれていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何か心にしみいるいい話でした。 ありがとうございました。
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