2.文章量と更新速度
【文字数】
14000字ほど
【作者コメント】
本作は2013年に構想されていたため、若干ネタが古いところもあります。
そのへんはお目こぼし願いたいところです。
【目次】
0.承前:部活について
1.問題提起:物語を完結させる難しさについて
2.勧められる更新ペースについて
3.まとめ
0.
いまさらな話ではあるが、前々から気になっていたことを先輩に訊いてみた。
「あの、先輩。つかぬことをお聞きしますが」
「なんだ」
「ここって、なんの部活なんですか? なんのって言うか、そもそも何部なのか名前すら知らないんですけど」
なぜかゆっくりとうなずいて、先輩は告げた。
「古典部だ」(※1)
「は?」
呼吸がそのまま洩れたような、そんな反応をしてしまった。
わかりやすく言うと、ポカーンである。
「だから、国語の教科であるところの古典の、古典部だ」
「いや、聞き取れなかったとか、漢字わかんないとか、そういうのじゃなくて……えっと、なんだろ……そう、そんな部活ありましたっけ」
「新設されたんだ。わかるだろ」
「いや、わかりません」
「何がわからないんだ」
不満そうに言う先輩に(察しの悪いわたしに不満を覚えているようだ。理不尽である)、わたしは仕方なく、一つずつ問うていくことにした。
「まず、創部の経緯を教えてください」
「わかるだろ。パクリだよパクリ」
「パクリて」
「オタクが元ネタの地方を聖地巡礼したり、ティル・ノム(※2)を再現してみたりするのと同じだよ。自分たちも同じ部活作ろうぜ、ってわけだ。それで千反田さんが入部してくるわけでもないのにな」
「安直な。それでよく創部できましたね」
「そのへん緩いからな、この学校」
げんなりするような経緯だが、気を取り直して二つ目の質問。
「じゃあもう一つ質問させてください」
「おう」
「何をする部活なんですか、ここ」
「なんにも決まってない」
なんにも決まっていない。つまり、それこそが全てなのだろうか。(※3)
そんな愚にも付かない感想を覚えて、わたしは素直に反応した。
「はあ?」
先程とは違って、明確に非難の意図を込めた「はあ?」である。
先輩は動じず、ただ、一つ肩をすくめてみせた。
「仕方ないさ。適当に活動理由をでっちあげて作った部活だ。そんなもんだよ。しかも、あっちの古典部は伝統ある部活だが、こっちは本当になんにもないしな」
「いや、まあ……そもそも、原作の古典部も何する部活だかさっぱりって感じはありますけどね」
「作者の米澤穂信さんも、ラジオであんまり説明してなかったような気がするしな」(※4)
だから仕方ない、と悪びれない先輩。
いや、だから、物語と現実をごっちゃにしないでもらいたい。
「そうは言っても、小説と違ってこっちの古典部は日々活動しなきゃダメなんですよ。何するかも決まってないなんて、無責任じゃないですか」
「いや、そう言われても。作ったやつに言ってくれ」
「え、先輩作ったんじゃないんですか」
「数合わせに誘われたに過ぎん」
わたしは目を瞬かせて、周りを見渡した。
ここは、図書室の隣の隣にある図書予備室という名の――つまり、図書室の管理下にある――部屋である。
長方形型の部屋に合わせて長机が並べられていて(縦長の回の字を想像してもらいたい。外の□が部屋の壁で、内の□が机である)、その頭側の壁にホワイトボードが備え付けられてある。入り口はその両隣。足側は全面に窓があり、開放感のある部屋だ。
ここがどう図書予備室なのか謎であるが(日光なんて本の天敵ではないか)、とりあえず図書室の司書さんに鍵を返す必要があることだけ知っていれば事足りるのだし、わたしとしてはそのへんを詮索する気はないのだけど。
とにかく、そんな部屋で、先輩はホワイトボードを背に、中央を陣取っている。
わたしは先輩の二つ隣の席、右手の入り口から入ってすぐの席に座っている。
以上、この部屋の現況である。いつも通り、というかわたしが来て以来ずっとこんな感じなんだけど。
「……人数合わせの先輩と、部外者のわたししかいないんですが」
「君も知っているだろうが、ライトなオタクというやつは実に比熱が高いもんだよ。作ったからって、千反田さんが入ってくるわけでもないし」
「しつこいです。先輩がどのキャラが好みかはわかりましたから」
で、えーと? 比熱ねえ。
比熱が高いってことは、つまり……熱しやすく、冷めやすい?
「……ええー? 嘘でしょ?」
「答案を見ないで解答してみようか。君は正しい」
いや、でもさすがに嘘でしょ。部活作ってから飽きて、トンズラしたとか。
そりゃアニメなんて観終わったら飽きが来るもんだろうけど、いくらうちが緩い学校だからって、主催者がトンズラとかないでしょ。詐欺の投資会社じゃないんだから。
そんななんとも信じがたい心地でいるわたしに、先輩はさらに一つ付け加えた。
「ちなみに、名目上はちゃんと部長と副部長も存在する設定だ。ここ最近は見ないが、古典部シリーズの次が出る頃には顔を出すんじゃないかな」
「ええー」
あれ、十年以上前から始まってるのにまだ五冊しか出てないシリーズなんですけど。
というわけで、今日もいつものように読書にふけるわけである……ふけられるか!
「いや、先輩、ナニをナチュラルに携帯持ちだしてますか。なんですか、その、もう話は終わった感は」
「何って、ネット小説を読む。というか、もう読んでる」
「古典部の名が泣きますよ。お邪魔してる身で口出しするのもナンですが、さすがに活動を見直しましょうよ」
「これも一応活動だよ」
わたしのジト目に屈したか、ようやく携帯から目を離した先輩はこちらをチラ見した。
先程説明した位置関係からわかるだろうけど、わたしと先輩は横並びなので地味に話しづらい。ただ、先輩が言うには、対面は和やかな会話に向かないのだとか。ほんまかいな。
そんな少し離れた隣同士で、先輩はこちらに向き直して訊ねてきた。
「君、そもそも古典とはなんだと思う?」
「古典ですか。後世に残るほどの価値あるもの、それも文学や芸術に関するものじゃないでしょうか」
「君の返答はいつも明瞭でいいね。なら、試みに問うが、価値があるだろう大バッハの音楽はなぜ絶えた。君なら経緯も知ってるだろ?」
わたしは大きくうなずく。バッハの音楽をメンデルスゾーンが復活させたエピソードは、よく知られた音楽トリビアだろう。マタイ受難曲の再演。ダイジェスト版だったそうだけど、その演奏がなければ、いまバッハの音楽が伝わっていない公算は高い。
だけど、なぜ絶えたか、と問われると難しい。
「……そうですね、一つには、演奏の難易度ではないでしょうか。一般的にルネッサンスからバロックにかけて、声楽の技術は高い水準にあったそうですから。バッハの合唱曲は本当に技巧的で、難しいです。メンデルスゾーンが再演した当時、全曲を演奏できなかったのもそれが理由だと聞きます。あと、出版事情が良くなかったことも考えられますね」
「専門的な回答をありがとう」
と、先輩はちょっと苦笑い。
「そのへんについてはちょっとわかりかねるが、思うにね、絶えたのは『受け継ぐ人がいなかったから』じゃないかと思うんだ」
「古典が古典足りうるには、次代が伝えなきゃいけないってことですか?」
「そう。かの偉大なる大バッハでも忘れられたのだからね」
携帯を脇に避けて、片肘付いた先輩はこちらを見てきた。
行儀が悪いが、先輩は話をするときによく、この姿勢でのぞき込むようにこちらを見る。
「名著と言われる作品もそうだ。何度も出版社が再販しているのは、何も利益を求めてのことではないだろう。時代に合わせてわかりやすく解説を加えながら、何度も何度も紹介に努めなければならない。そうしなければ、容易く絶えるよ。どんなものでもね」
「そう、かもしれませんね」
「名人の、名店の、一子相伝の技術が絶える。これはマウスツーマウスの直接的なものだが、広く出版された作品であっても同じく絶える。どれだけもてはやされようと、時代や世相を映した作品ほど瞬くうちに古くなり、廃れる。その中で語られている本質的な価値など関係ない。どんな作品でも例外は一つたりとてない」
滔々(とうとう)と語る言葉にわたしは聞き入っていた。
この人の声はいつも、とても滑らかに響いていて、それはあたかも一つのメロディのようだ。するりと入ってくるのだ。
「古典はそうした篩(ふるい)にかけられたものだが、受け継ぐものがいないなら、篩は穴あきになる」
「じゃあ先輩は、その穴あきを埋めたいと」
「そこまで大それたことは考えちゃいないが、紹介し、語ることで穴あきを減らす努力をしたい。より良い作品が生まれる土壌を作りたい。いわば、名作を古典にしたいんだよ」
「ああ、なるほど。それで古典部ですか」
「ちょっと考えてみて、そう規定してみたわけだ」
どうだろう、とちょっと得意げな先輩。
こうした振る舞いをどことなく可愛らしく思ってしまうわたしは、ちょっとどうかしてるのかもしれない。
とはいえ。
「……悪くないんじゃないでしょうか、それ。つまり、良いものを読み、良いものを語る部活ですか」
「そういうことだ。お気楽な部活だが、それで構うまい。この体たらくじゃ、来年続くとも思えんしな。せいぜい有効活用するさ」
「……にしても、その良いものってのがライトノベルや漫画やネット小説ってのはどうなんでしょうね」
「いや、別に他のものでも構わないんだが」
身体ごとこちらに真向かって、先輩はおごそかに告げた。
「好きなんだから、布教に努めて何が悪い」
あ、そうですか……。
1.
昼寝を邪魔されて目が覚めてしまった人のように、読書に入れなかった先輩は、読書を諦めてそのまま話を続けるようだった。
「ネット小説の場合、名作がどうの以前に一つ、どでかい難関がある」
「なんかん? ああ、難関」
「そう、難関。函谷関のように攻略しがたい難関『ちゃんと完結させられるかどうか』という関門だ」
あ、あー……。
わかりますわかります。
「わかります」
しみじみとわたしはうなずいた。
よっぽどの初心者でないかぎり、ネット小説読者でわからない人などいないだろう。完成しなかった作品として、バッハのロ短調ミサやモツレク(モーツァルトのレクイエム)を例示するまでもない。(※5)
「某投稿サイト(※6)では、毎日のように更新していた人気作家が突如として更新を止め、なんの音沙汰もないことが往々にしてある。感想掲示板は更新を催促する感想で埋め尽くされ、それが何年にもわたって絶えることなく続けられるという」
「うわ……。いや、本当に見かけますけど」
もはや語り口が都市伝説のような有様である。
「また、下手に何年かぶりに復活して更新するような人がいるもんだから、この小説もあるいは、と読者は望みを捨てられない」
「悪い男につかまったダメンズウォーカーみたいですよね」
「読者も他の小説に浮気しまくりだから、その例えだと読者をビッチと罵ってるみたいだぞ」
誰もそんなこと言ってない。
わたしの醒めた視線にも動じず(動揺する基準がいまひとつわからん人である)、先輩は話を続けた。
「これは私見だが、毎日更新の人によく見かけるな。こうした中断パターンは」
「突然ぱったり、というと、ある程度のペースで書いてる人でないとそのイメージが付かないでしょうしね、そもそも」
「それもそうか。でも、本当に多いんだ、毎日更新が少しずつ、二日、三日と延び延びになっていき、週に一度も更新がされなくなって、そのまま消えてしまうパターン」
「それ、ぱったりじゃないんじゃ」
「……ああ、うん。そうだな。徐々にだな」
一度首をかしげてから、うなずく先輩。誤りを認めてくれて何よりである。
「まあ、なんにせよ、ああした傾向も多少は理解できる。最初は勢いで書いているけど、途中からネタも勢いも尽きて、設定もその場しのぎで作ってるからどんどん物語の足かせが増えていって、身動きがとれなくなるんじゃないかな。しかもそこで面倒くさいイベントを放り込んでしまう」
「面倒くさいイベントですか?」
「中世風異世界ファンタジーで言えば、学園編か武闘大会編だな」
「あー、本当にありがちですね」
わたしは基本、先輩が紹介してくれるネット小説を読んでいる感じなんだけど、自分でも良いものがないかって探してみることもあるんだ。
するとね、よく見かけるんだよ。学園編や武闘大会編の途中で迷子になっちゃって、更新が止まっちゃってる小説。あるあるなんだろうね。
わたしなんかよりよっぽど(ネット小説の)読書歴が長いに違いない先輩は、しみじみと、とんでもないことを語った。
「別に毎日更新が悪いわけじゃないが、明らかに勢いで書いている作品を見かけると、なんというかなあ、傲慢でいて同時にどこか卑屈な思いが湧いてくるんだ。この作品はどこまで進んでくれるのか、と」
「うわあ……」
「まだしも一段落付けてくれたなら御の字、と」
「ホント、傲慢なのに卑屈ですね……」
何度裏切られれば、そんなにも卑屈になれるのだろう。いくつもの挫折を経て、そんな境地に至るのだろうか。
まるでJ-POPの歌詞のような感想を覚えて「そんな卑屈なのはイヤだなあ」と顔がひきつるわたし。
先輩は眉をしかめ、「そもそも」とそもそも論と説く。
「いくら時間に余裕のある学生でも一日に書ける分量には限界がある。よっぽどの速筆か、書き溜めしている場合を除けば、毎日更新には無理があるんだよ」
「書ける分量ですか?」
「おう。そうだな」
顎をなでながら先輩はちょっと考えて、次いで一つ指を立てた。先輩お得意のポーズである。
「一話を仮に四千字としようか。四百字詰め原稿用紙十枚分だから、綺麗な数字になる」
「はい」
「毎日、この十枚を書くとする。毎日だ。たとえて言えば、毎日作文十枚が宿題として出るわけだ。休日も関係なく、な」
「じ、十枚ですか」
「一月なら三百枚。三月で一千枚ほどだな」
「一千枚……」
ヘビーすぎる。絶句である。
三ヶ月で千枚の宿題とか、もはや教育委員会に訴えていいレベルではなかろうか。
「これで四十万字。もちろん、改行を考えるともうちょっと少なくはなる。二十万から三十万字くらいだろう。それなら、長編小説には珍しくない文章量だろう」
「うへえ、それで珍しくないんですか……」
「人によっては、百万字クラスのシリーズをいくつも書いているぐらいだしな」(※7)
「超人ですか、その人たちは」
「根っから書くのが好きなのだろう。そうでなければ、何年もそんな生活はできんよ」
ある種の苦行のようにしか思えないわたしは、作家向きではないのだろう。
「しかし、なんとなく始めた人の場合、書くこと自体が楽しい最初はいいのだろうが、次第に飽きが来るはずだ。そうなると、もうおしまいだな」
「そりゃ、原稿用紙千枚も書けば息切れもしますよね」
先輩は「それに」と再びそもそも論をぶる。
「そもそも、物語の着地点も決めず、ストーリーの枠組みもあいまいなまま、勢いだけで書いていて上手く完成させられるほど小説は素人向けじゃない。ネット小説という形式のおかげで小説を書く敷居は低くなったが、依然、奥行きは深いままだ」
「あー。そりゃ、面白い小説の基準が下がったわけじゃないですしね」
「それでもね、最初は目新しさや期待感から読者もついてくるんだ。だが、物語は中盤、中だるみする。これはプロの作家でもそうらしいんだけど、ましてやラスボスが誰かすら考えてないような行き当たりばったりな小説だと、にっちもさっちもいかなくなる。書くことが面白くなくなり、更新も途絶えがちになる。すると読者が離れ、感想が減って、作者のモチベーションはさらに下がるわけだ」
「うわ、完全な悪循環ですね」
飽きが来たところに、感想の閑古鳥。これは心折れるだろうなあ。
「しょせん趣味だから、そうしてやる気をなくしていった作者に『続きを書いてください』と催促するのもはばかられる。実際、読者サイドも更新の催促を自粛する傾向があるくらいだしな」
「あ、そうだったんですか」
「ネチケットみたいなものだから、誰もがそうするってわけじゃないけどな」
ネチケットってなんぞと訊ねると、ネットのエチケットという意味なのだとか。初めて聞いたぞ。リテラシー的なものなんだろうか。
先輩は首をかしげながら、一つ話を付け加えた。
「あと、これは余談な上に私見だけど、更新については特に男性作者の方がヒドい印象があるな。女性はそれなりに短くまとめて終わったり、ペースが落ちてもなんとか完結までこぎつけることが多い……気がする。気がするだけだが」
「そのへんは統計でも取らないと、わからないですしね」
言いたいことはわかるけど、先輩はどちらかというと男性向けの小説を中心に読んでいるみたいだし、母数に偏りがあるんじゃないかって気もする。
ただ、確かに、先輩が良い作品だって紹介してくれてる作品の中には「女性作者で完結している作品」と「男性作者で完結していない作品」という組み合わせが多いような。ふむ、改めて考えてみると、そういう傾向があるのかも。
「男性は凝り性でオタク趣味を持ちがちだが、うちの部の連中なんかと同じように比熱が高い場合が多い。すぐ飽きる。で、飽きた趣味は、たいがい見向きもされない」
「そんなもんなんですか」
と言いつつ、すぐに得心するわたし。そうだよね、オタク趣味なんてそんなもんだよね。
「ああ、いや、もちろん個人差はあるけどね。『バスタード』もあれば、『少年魔法士』や『ガラスの仮面』だってあるんだから」(※8)
やや慎重に、先輩は論を続けた。
「数年掛かりで完結した男性作家のネット小説、というのもザラにあるよ。ただ、全体的にそうした傾向はあると思う」(※9)
だからこそ、と先輩は言う。
「勢いで書こうとしている男性は特に、投稿を始める前に自分が根気強いかどうか問うべきだろうな。そうでないのなら不義理をするだろうから」
2.
毎日更新は先輩的にお勧めでないらしい。
なら、と思う。
「それなら、先輩的にお勧めな更新方式って、どんなものなんですか?」
「もし勧めるのなら、何日間隔がどうとかでなくて、全部書き上げてから投稿するパターンかな」
即答だった。
「これなら毎日更新だろうが、一日十回更新だろうが、自由に選択できる。完結しない恐れもない。出来上がってるんだからな」
「そりゃそうですね」
「それに、行き当たりばったりな書き方なら途中でキャラの性格が変わったりすることも少なくないが、それでも完成させた後からなら物語に一貫性を持たせることも容易だ。キャラが定まってなかった序盤なんかを、後から修正することもできるからね」
「おお、良いことづくめじゃないですか」
「そうだな」
再び先輩は一つ指を立てて見せた。
「もちろん、欠点もある。投稿を始めてから致命的なミスが見つかった場合、もう全部書き上げた後だから修正が難しい。そういうのはたいがい読者から指摘をもらって初めて気付く類のものだからね。修正できたらいいけど、場合によってはどうしようもなくてその意見を無視するような形になることもあるだろう。そうすると、せっかく完結させられてもあんまり後味も良くないんじゃないかな」
どこかで目撃経験でもあるのか、妙にしみじみと先輩は言った。
必ずしも読者の意見を取り入れなければならないわけじゃないと思うけど、作者としては後味が悪いのかもしれない。
「ただ、それも込みで物語を完結させる経験が積めるのだから、利点は大きいはずだよ。それに、投稿しながら書いてるパターンでプロットのミスに気付いたところで、結局修正は大変だし、書き上げてから投稿パターンと苦労は大差ないんじゃないかな」
「なるほど」
ちょっと考えてみる。
書き上がった物語に矛盾がある場合、矛盾点から以降は修正するか、破棄して書き直す必要がある。一方、書きながら投稿している最中にプロット(あれ、プロットってなんだろう? さらっと流しちゃってるけど、知らない言葉じゃん。察するに、ストーリー的なもののことだろうか)の矛盾に気付いた場合、矛盾点からの展開を考え直して書く必要がある。
書き上げた分が無駄になるだけで、気付いた段階からの苦労は大差ないかもしれない。
「でも、書き上げてからの方は、ちょっとリスキーですね。途中で読者から指摘されて、その指摘を受けて書き直すとなると……」
「ああ、書いてあった分が無駄になっちゃうかもしれない、って?」
「そうです」
うなずいたわたしに、先輩は「まあね」とうなずいて返した。
「そのリスクを重視するなら、たとえば一章が書き上がってから投稿、次は二章が書き上がってから投稿、というパターンを採用すればリスクを少し下げられる。完結するかどうかはさておき、良い区切りまで読者に提供できるわけだから、これも悪くない更新方式だな」
「区切りを重視しますね、先輩は」
「当たり前だろ。尻切れトンボなんて本来、一番やっちゃいけないことだよ。次の巻は春に出します、今度は船が舞台ですよ、なんて宣言してから何年も新刊が出なかったら、おいおいどうしたよ、となるに決まってる」(※10)
「いや、なんですかその例えは。それって病気か何かなんじゃないんですか」
「他の文庫で新しくシリーズ始めてるのにか?」
「じゃあ、それ、売れなかっただけじゃ」
「それは言ってやるな」
言い出したのは先輩でしょうに。
「結局、素人作家の執筆である以上、書いてみないと書き上げられるかはわからんのが実状だ。プロット通りに進むとは限らないし、モチベーションの問題もある。行き当たりばったりはリスキー過ぎる」
さっきから出てきてるプロットなる単語がどうにもわからなかったので、質問してみた。
どうも、物語の設計図のことらしい。全体のストーリーの枠組みで、あらすじよりもうちょっと詳しい感じのものなのだとか。人によって、実際の作品の何分の一かってくらい細かく作る場合もあれば、手帳の1ページにラフにまとめる場合もあるそうだ。表にするような人もいるらしい。
先輩曰く、プロットなしでも書ける人(宮部みゆきさんを先輩は挙げていた)や、プロットが壊れてもいい感じに完成させる人、プロット通り忠実に作れる人、そもそも大してプロットを作らない人など、プロ作家にも色々いるのだとか。
物書きでないわたしにはちょっとわかりづらいが、人生いろいろ、会社もいろいろ、というやつだろう。作家のスタイルもいろいろに違いない。(※11)
「そんなわけだから、どんな更新の仕方を採るにせよ、ある程度の余裕は欲しいな。プロ作家じゃないんだから締め切りがあるわけじゃなし、のんびり書き溜めて、書き上げてからか、あるいは完結の目処が立ってから投稿すればいい。余裕は大事だ。点差がある試合ではいろいろ試せるだろ? 若手選手やケガ明けの選手を起用したり、新しい戦術を試したり。それと同じだ」
「なるほど」
どう同じかさっぱりわからない先輩のサッカー例えはさておき、とりあえず意見には納得した。
それでも、一つ、訊いてみたいことがある。
「その意見を聞いた上で、訊きたいんですけど」
「なんだ」
「先輩的にお勧めな更新ペースってあるんですか?」
「いやに掘り下げるんだな」
「や、ちょっとした好奇心ですけどね」
このくらいの好奇心なら猫も殺されたりしないだろう。たぶん。
ちょっと考えるそぶりを見せてから、先輩は眉根を寄せた。不快というより、悩ましげと言うべきか。
「あるにはあるんだが、この場合、二つ目の視点を気にしておく必要がある」
「二つ目ですか?」
「おう。一つ目の視点は、いままで話していたように、作者としてはどうやって更新するといいのか、という視点だ。それに加えて、読者としてはどんな更新が望ましいのか、という二つ目の視点がある」
「ああ、読者の視点ですか」
確かに、いままで考慮していなかった視点である。
「そりゃ作者としちゃあ、一月に一度とか、それくらいののんびりペースで投稿する方が楽だ。色々ネタを貯める時間も取れるし、執筆以外に遊んだりも出来る。『サイトの更新があるんで』と言って飲み会を早上がりしたりするどこかの管理人みたいなことはしなくていい」(※12)
「ええ? 早上がりですか?」
「せざるを得ないんだよ。毎日更新だと。とにかくハイエナのように毎日ネタを探しながら生活し、帰れば執筆が待つ過酷な暮らしになる。遊んでる暇なんてないんだ」
「いやいやいや、なんですかそれ。強制労働かなんかですか、それ」
「正味、その表現で間違ってないよ。イヤな話だが、人間毎日の作業となると、段々更新が義務的になってくる。しかも読者が増えれば批判的なコメントも増える。それでも更新しないといけないとなってくると、もはや強制労働に等しいわけだ」
なんだなんだ経験談か、とツッコみたいところだが、どうも先輩は執筆経験はないのだそうで。じゃあ、どこ情報なんだ。
そんな「ソースは?」的な話はさておき、実にイヤな話である。わたしなら即座に心折れそう。趣味でなんだってそんな苦労をしてるんだろうか。
「話がそれたが、作者は余裕が欲しい。だが、読者はもちろん早い更新の方が嬉しいわけだ」
「月一では満足できないと」
「どれだけボリュームがあっても、月一はちょっとなあ。たとえば前回の更新が七月末、今度の更新が九月頭としようか。学生なら夏休みが終わってる。その間に小説なんて、五十冊くらいは読んでるんじゃないか?」
「五十冊て。どんな本の虫ですか」
「夏休みだしな」
こちらは本人談らしい。
まあ、確かに、ライトノベル込みで考えれば、一日に何冊か読むのだってたいした苦労ではないかもしれない。にしても五十冊て。
「それだけの断絶があって、そのネット小説への関心を持ち続けられるか? もしそうだとして、その小説の設定やストーリーの流れを覚えていられるか?」
「更新があっても、悪魔の目の前で天使の乳を揉んでるだけかもしれませんしね」(※13)
「おい。せめてサザエさんのような内容、ぐらいにしておけ」
シモい小説もガンガン貸してくるくせに、つくづくその手の話題に弱い先輩である。顔赤いですよ?
あと、さり気にサザエさんをバカにするのは止めてもらいたい。
「ただ、うん、言いたいことはわかる。ひさびさに更新したと思ったら、さっぱり物語が進まないというのはキツいな」
「大丈夫ですか? タオル貸しますよ、顔冷やしてきますか?」
「うるさいな。とにかく、物語のスタイルにもよるのは確かだ。佳境に入った物語で露骨な引っ張りはうっとうしい。軽い日常系のコメディが月一更新では関心も薄れる。更新内容については問われるべきだろう」
冗談混じりにタオルを手渡すと、押し返された。
こういうところがどうにもからかいがいがあって、ちょっと楽しい。まだ顔赤いし。
「話を戻すが、とにかく読者としては早く読みたい。作者としてはちょっとくらい余裕が欲しい。この兼ね合いでちょうどいいのは、たぶん、週一の定期更新じゃないかな」
「週一の、定期更新ですか?」
「そう、『定期更新』だ。毎週土曜に更新します、みたいな。時間も固定されているとなお良いな」
「まさに定期更新ですね」
「おうとも。テレビや週刊誌が当たり前の現代日本において、週一というペースは馴染みやすいし、程良く飽きず忘れない。作者としても、全部書き上げてなくても、ストックがそれなりにあればなんとかなる」
「毎日更新だと、すぐにストックが切れちゃいますか」
「そうだな。十話くらい書いてあっても、毎日更新なら翌週の中頃にはストックが切れる。だが、週一なら再来月まで保つ」
「なるほど。差は歴然としてますね」
こうしてみると、ますます毎日更新のリスクを感じる。
結構見かけるものだけど、そりゃ、完結までたどりつけないわけだ。納得である。
「とはいえ、週一の更新ではそれなりに分量が欲しい。二千や三千の文字数では物足りない。それは毎日更新の分量だな」
「先輩には、文字数と更新速度とで、基準があるみたいですね」
「そうだな、千、二千ではさすがに少ないが、三千くらいで毎日更新というのは悪くない。逆に一万字なんて毎日読まされるのは重い。個人的には、先に挙げた四千か、五千字くらいでちょうどいいかな」
「週一なら一万字ですか?」
「いや、週一でも五千字くらいあれば十分なんじゃないかな。要は、物語が進んでるという実感があれば、何文字でもいいんだ。物語を展開させるのには五千字くらいは必要だろうとは思うけど、内容が充実した五千字は、ただ引き延ばして描かれた五千字とは本質的に異なるものだよ」
アニメならわかりやすいんじゃないかな、と先輩は言う。
いや、ピンとこないですけど。引き延ばしの三十分と、テンポよく構成の整った三十分は違うと言われましても。わたし、アニメオタクじゃないんで。
「要は、ショートショートの週一更新が悪くない、と理解してくれればいい。中身があれば、短くてもいいんだ。毎日更新の物語は、新聞小説みたいなものだな。一回一回はそこまで進展がなくても構わないし、文字数も多くなくていい」
「なるほど。それならわかります」
先輩はちょっと目をむいた。
「というと、君、新聞小説まで読んでいるのか」
「わたしがお金を払わなくていいなら、なんでも読みますよ」
自分から例えておいて、その反応はないんじゃないか。
心外なわたしはむっとにらみ返しておいた。
3.
「まとめようか。毎日更新はお勧めしない。お勧めは週一の定期更新。その分量は五千字以上が望ましい」
「ふと疑問に思ったんですけど、文字数ってどうやってカウントするんですか?」
「Pomelaのdm100を使ってるなら、ファンクションキーの7で一発だな。戻るときがescape二回押しで面倒だそうだが」
「ごめんなさい。なんの話ですかそれ」
「いや、うちのおじさんがそう言ってたんだけど」
どうも、ワープロ的な何かの話らしい。このご時世にワープロて。
先輩の言うところによると、パソコンや携帯では、ネットが妨げとなってなかなか執筆に集中できないことがあるそうだ。心の弱い話である。で、そんな人用にdmなんちゃらが活躍しているらしい。ちなみに電子辞書エリアで売っているのだとか。
それはさておき、先輩は話を進める。
「文字数をカウントしてくれるフリーソフトなんていくらでもあるし、そうした機能を持ったテキストエディターもあるはずだ。そうしたものを使うのも手だが、別にバイト数でも構わないんじゃないかな。これもおじさん曰くだけど」
「バイト数? ああ、キロバイト的な」
「そうそう。聞くところによると、さっき言った五千字はだいたい10キロバイトらしい。それを基準に書けばわかりやすいだろう」
綺麗な数字である。確かにそれはわかりやすい。
「あるいは、自分が読みやすい分量を、好きな作品で確認してみるのも手だろうな。好きな作品の一ページをコピーして、メモ帳か何かで保存。そのバイト数を基準にしてみるとか、文字数をチェックしてみるとか」
「ああ、人それぞれ好みがありますもんね」
「そうそう。毎回の更新で50キロだの100キロだの、それくらい書き上げて投稿する人もいるからね。そっちの方が好みなら、そのくらいを基準にしてみればいいんじゃないかな」
先輩が携帯をチラ見する。どうも時間を気にしているようだ。
わたしも確認してみたが、先日と違って、普通に下校時間が迫っていた。
それを踏まえてか、まとめに入った先輩は最後に付け加えた。
「人生いろいろ、作家もいろいろ。基準は基準として、自分の好みで書いた方が長続きするだろうよ。たぶんね」
……あ、地味にネタが被ってる。
先輩が「それじゃ、今日はここまでにして帰ろうか」と言うのをよそに、わたしは微妙な気分を覚えたのだった。
わたしによるネタ・元ネタ解説。
※1
米澤穂信・著の「氷菓」から始まる古典部シリーズのこと。
最近アニメ化されたそうだ。そのパクリが、この部活というわけである。
※2
森岡浩之の「星界の紋章」「星界の戦記」シリーズに出てくる飲み物。温めた桃のジュースである。
檸檬(ロープ)の皮を浮かべるのが定番らしいが、作者曰く、案外美味しいらしい。
※3
武満徹・作曲の合唱曲「小さな部屋で」の歌詞が元ネタ。なんにもないんだけど、それこそがすべてなんだよ、的な歌詞である。
この曲は「うた」シリーズの一曲らしい、小粋さと、ちょっとした切なさが混じった小曲で、そのくせ演奏難易度はクソ高い。
さすがは世界の武満である。
ちなみにだが、わたしは時に、誰にも通じないネタを思案していることがあるので注意が必要である。
※4
後で聞いた話では、NHKラジオ朝一番のコーナー「著者に聞きたい本のツボ」に米澤さん、出ていたのだとか。
最新巻の「遠回りする雛」を取り上げていたらしい。
※5
モーツァルトがレクイエムを完結させられなかったことは、映画「アマデウス」のせいで妙に知られたエピソードだろう。
ロ短調ミサも、息子さんがだいぶ加筆・修正・訂正を行っている。
この楽器じゃ出せない音域なんですけど、的なミスが大バッハの譜面にはあったりするんだよね。
※6
ノベルライターにビカムしよう、的なサイトの話である。
※7
先輩によると、さすがにそんな人は多くないのだとか。
ただ、ものすごく有名な人で一人、そういう人がいるのだそうだ。
※8
どれも連載が、あるいはコミックの発売が不安定な作品である。
※9
わからないわたしに、先輩は「『エヴァ』の二次創作で十年掛けて完結した作品がある」とだけ教えてくれた。
いや、そんな中途半端な蛇の生殺しはやめましょうよ、先輩。今度ちゃんとタイトル名を訊いておかないと。
※10
「ゆうれいなんか見えない!」というライトノベルシリーズのことだそうだ。
わたしは読んだことがないが、先輩曰く「これは女性にはお勧めしない」らしい。
あの「はがない」でセーフだとすると、怖い物見たさが先に立つ。また今度貸してもらおうかな。
※11
小泉元首相の名言・迷言の一つ、らしい。
発言の善し悪しはさておき、便利なフレーズである。
※12
先輩が言うには「いい年してスクール水着を着たりする日記系サイト」の話らしい。
察するに、男が女物のスクール水着を着ているということだろうか。
怖い物見たさを超えている。サイト名聞いたけど、ちょっと検索する気も起きなかった。
※13
『バスタード』の後半はだいたいそんな感じである。まあ、最初からそうだろ、と言われたら否定はできないが。
あの作者さんは、巨乳を揉めてさえいれば満足なのかもしれない。