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19.ストーリーの方向性

【文字数】

 17000字ほど


【作者コメント】

 承前は物語がクローズする方へとつなぐ部分ですので、今回の議題に関係ありません。

 いつもと同じように飛ばしてもらっても構いません。


【目次】

 0.承前:落ち込むわたしと、わたし以上に落ち込む先輩の話

 1.大目標と小目標、ストーリーの方向性を形作る二つの目標について

 2.二つの目標の機能について

 3.締めくくり


0.


 白状すると、今日は図書予備室の扉を開ける手前で、ためらってしまった。このまま入るべきなのかと。

 いまこの瞬間も、悩みが重くのしかかっている。

 悩みの種は、昨日の先輩の誘いのことだ。


 先輩はこう言った――サマーコンサートに行かないか、と。


 いったいなんのことだと、最初はわからなかった。

 わたしに、わたしが辞めた部活のコンサートに行こうと、そう言ってるのだとわかった瞬間、なんのつもりだと目を見張った。

 先輩は、そんなわたしの感情の揺れを見定めてから、言葉を続けた。


「君は、結局、合唱部でのことを消化しきれていない」


 浮ついた心地は消え失せて、ぐっと胸が詰まった。

 深く胸の奥に秘していた傷口が、あっさりと暴かれていた。


「思うに、君は律儀な性格をしているだろう。きちんと整理をつけてからでないと、次に進めないんじゃないかな。行きたい楽譜屋にもなかなか足を運べなかったくらい、足踏みしてしまう」


 先輩の言葉は、とても自然に、わたしの内に吸い込まれていく。

 先輩はわたしをよく見てくれていると思っていたけど、わたし自身すら見ていないそんな心裏まで見て取っていたのかと、驚きと恐れがわたしを揺さぶった。


「良くも悪くも、早くに消化しておくべきだ。傷がいつまでも残るより、早く処置した方がいい。そうすれば、傷口も残らない。傷が痛むこともない」


 今度のコンサートは、その意味で絶好の機会だと、先輩はそう言った。心に整理を付けるためにも、行った方がいいと。

 だから、良ければ一緒に行かないか、と。


 わたしは、混乱していた、と思う。

 まともに言葉を交わせないまま、駅で別れて、帰って。

 その間も、その後も、ずっとずっと考えていた。そうなのだろうか。先輩の言うとおりなのだろうか。

 先輩の言葉を何度もかみしめて、考えていた。

 ……いや、実際のところ、考えていたというのは正確ではないかもしれない。

 ひょっとしたら、暴かれた傷の大きさに驚いていただけかもしれない。

 暴露された傷口に外の空気は厳しすぎて、痛みが過ぎるのを耐えていただけではないかと、そうも思うのだ。

 やっぱりね。

 人に拒絶された傷って、なかなかね。治らないんだ。


 それでも、今日、こうやってこの図書予備室に来れたのは、変な話だけど、先輩のおかげなんだ。

 わたしは、先輩の言葉に驚いたけれど、傷つかなかった。

 先輩の言葉がわたしを思いやってのことだと、そう思えたし、そう信じられた。そのことにすぐ気づけたんだ。

 先輩がそんな優しい人だと、そう信頼した。

 傷を暴いたのも先輩だけれど、支えになってくれたのも先輩だ。

 この誘いを受け入れるのも、断るのも、わたしが選ぶことだ。でも、先輩の思いやりにはきちんと応えたいと、わたしはそう思って、ここまで来た。来られたのである。

 この扉を開けるのは、ちょっと怖いけど。

 それでも、ええい、女は度胸だ。空元気で結構、コケコッコーである。

 ガラガラと開けて、わたしは無理して声を張り上げた。


「先輩! 今日も来ました……よー……?」


 張り上げた、つもりだったんだけど。

 中では、沈痛な面もちでゲンドウポーズ(※1)を取る先輩が出迎えてくれた。




 先輩の滅多に見ないだろう落ち込みっぷりに、わたしの葛藤とか、そういうのはいったん置いておくことになった。なっちゃったよ、おい。

 あ、あのー、わたし、ホント、結構悩んでここまで来たんですけどー……。


「ええと? え? あ、この付箋のページを読めばいいんですか?」


 なぜか言葉少なに本を渡してくる先輩に戸惑いながら、わたしは本を開いてみた。えっと、タイトルは「ライトノベルを書こう!」という、なんともわかりやすいハウツー本だった。(※2)

 二ページ前後で一つのテーマを消化しているようで、ぱらぱら見ていくと、先輩が言っていた観察の必要性やら、キャラクター作りのための履歴書やらそれっぽいことがいろいろあって、それで……なるほど。

 付箋のページのテーマは「リアル度を高めよう」である。あー、そのままズバリ、昨日のテーマですね。ふむふむ。あー……。


「それ、どう思う?」

「えっと」

「正直に言ってくれ」

「とても簡潔で、読みやすいです」


 先輩の話とは全然内容が違うんだけど、こっちの方がわかりやすくて、さっと読める。2ページでコンパクトにまとまっていて、論旨もはっきりしている。


「じゃあ、次はこれを見てくれ」


 さらに渡されたのは、えっと、「冲方丁のライトノベルの書き方」? あ、冲方さんって「天地明察」の人か。「はなとゆめ」なんかは装丁が綺麗で、平積みされているのを見る度に気になってたんだよね。あの人、こんな本出してたんだ。っていうか、それなら先輩、冲方さんの本持ってるってことなのかな? 先輩が持ってるなら借りたいなあ。

 じゃなかった、えっと、付箋のところは……うわあ。そのままズバリじゃないか。小題は「「説得力がない」と言われました」と「「リアリティがない、作品にのめり込めない」と言われました」。ズバリ過ぎるよ、これ。

 中身も、あー、うわー。


「どう思う……?」

「あの、えっと」

「正直に答えてほしい」

「……先輩、これくらい大きなテーマだと小手先の技じゃどうにもならないって言ってましたけど、なんか、すごくちょちょいのちょいで解決してるような」


 小説書いてないわたしでも、なるほどねとうなずける技術論が載っている。さすがは現役作家って感じ。三点位置式探査か、なるほどねえ。(※3)


「そうだよな……」


 そして、沈黙である。

 うわあ。や、やばいくらい気まずい。やばいよやばいよ。普通に先輩が落ち込んでる。

 先輩もいろいろと考えて、準備して、それで昨日の話をしたんだと思う。それが、既存の作家本でさらさらっと書かれてたら、そりゃまあやるせないよね……。

 無言が重い。

 こ、ここはわたしが捨て身のギャグでも放り込むべきか、とまで思い詰めたところで、先輩は長々とため息をついて口を開いた。


「すまん、不勉強だったよ」

「あ、いや、そんな」


 そんなことないですよーとわたしが手を振ると、先輩はようやく立ち直ったようで、こちらに顔を向けた。


「おじさんに訊いたら、ぽんぽん本を貸してくれたものだから。いや、さすがに昨晩は落ち込んだよ」

「クリティカルな話題でしたし、創作本なら力を入れるポイントでしょうから、わかりやすい解説があるのは仕方ないんじゃないかと」

「そうだよな。ということは、結局、不勉強だったってことだな」


 やれやれと肩をすくめる先輩。お、調子戻ってきたみたい。良かった良かった。


「昨日の今日で、変な空気を作って悪かったな」

「あ、あー……」


 このタイミングでその話題来ますか。途端、挙動不審になるわたし。


「本当は君の返答を聞かなくちゃならないタイミングだったわけだが」

「うーん、いや、そうなんですけどね」


 先輩とのやりとりで、わたしはすっかり落ち着きを取り戻していた。

 あれだね、パニックになってる人がいると、周りが冷静になっちゃう感じのあれ。わたし以上にわかりやすく落ち込んでる先輩のことであたふたしてたら、なんかね。参ったな、取り繕えるようになっちゃったよ。

 でも、うーん。


「正直、決めかねてまして」


 わたしが正直に答えると、先輩は生真面目な表情でうなずいた。


「そうだろうな」

「いきなりで、わかんなくって。一晩考えてみましたけど……」

「また眠れなかったのか?」


 心配げな先輩に、そんなことないですよーとわたしは手を振った。

 昨日はだいぶ先輩との話で頭使ったので、疲れちゃっててさ。悩んでるうちにうたた寝しちゃったんだよね。で、そのまま朝までぐーすか。

 なんか、もうね、「下手の考え休むに似たり」ってことわざがこっちをチラチラ見てきてるんだ。わかってるよ。たいして考えなんてまとまんなかったし、意味なかったよ。悪かったね。似てるどころか、まんま休んじゃったよ。

 そんな意味不明なわたしの逆切れに、先輩はちょっと苦笑いしてから言ってくれた。


「なに、難しく考える必要はない。要は行くか行かないか、だ。それだけだよ。行ったところで、不都合が起こることもない。君の気持ちの問題だ」

「うーん。そうですよね。結局そこですよね」


 まあ、確かに、演奏会行ったらそれを種にイジメられるとか、イジられるとか、そういうものでもないだろうし。

 正直、以前は部の先輩方と会うのに怯えたりもしたんだけど(※4)、あれからだいぶ経ってるもんだから何度もニアミスしてるし、怯えるほどでもない。同級生も後輩も同じく、である。

 まあ、鉢合わせしたら多少は気まずいだろうけど、だからって「演奏会に行くのなんて絶対無理!」ってほどじゃない。

 ぶっちゃけ、いまさらなのだ。わたしの心に残る傷はともかく、時は過ぎているのである。


「それとも、選曲に不満でもあるのか?」


 と、ここでオタク心がよくわかってらっしゃる発言をする先輩。

 まあ、そこ大事だよね。でもご安心ください。


「そんなことないですよ」


 むしろ、好都合だったりするのだ。

 わたしが選曲した――つまりうちの合唱部が選曲している――のは千原英喜先生の「雨ニモマケズ」。全四曲の組曲から、ア・カペラの三曲目を省いた抜粋演奏なんだけど(三曲目も良い曲なんだけど、うちの部だと現状、難易度的に厳しいんだよね)、ちょうど先輩にお聴かせしようかと思っていた曲なんだよ。「雨ニモマケズ」は。

 CDより実演の方がいいのは言うまでもない。上手い下手はあるけど、生が一番だよ、やっぱり。

 全体のプログラミングも難しすぎないし、合同合唱も良い先生に(指揮を)お願いしての意欲的な内容である。先輩をお連れする演奏会としては最適だろう。


「演奏会としては、そうですねー。ああ、自分が出るものだったからあんまり改まってお客さん目線で考えたことなかったですけど、良い演奏会ですよ。保証します」

「なら、君は一般団体を中心に聴いていると言っていたが、技術水準に不満があったりするんじゃないか?」

「それ言い出したら、そもそも学生の演奏なんて聴けませんし。それに、うちも他もそんなに悪くないですし、不満はありませんよ」


 そりゃまあ、世界的な団体と比べれば何枚も劣るけど、そこは言いっこなしだ。誰だってトップアイドルと町の美人さんを比べたりはしない。


「他の演奏会と被ってたりしないか?」

「ありません」


 わたしの否定に、先輩はゆっくりとうなずいた。


「なら、本当に君の気持ち次第だな」

「そうですね」


 先輩ったら面白いこと言うなって、わたし、思わずくすくす笑っちゃった。

 気持ちの整理をつけるために行こうって話なのに、演奏会が良い演奏会かどうかなんて気にするなんてね。

 ああ、なるほど。そうか。


「先輩、ひょっとして、踏ん切りがつきやすいようにわざと否定させてませんか?」

「コメントは控えるよ」


 肩をすくめる先輩を見て、わたしはそのとき、確かに踏ん切りがついたのだった。


「よし、じゃあ、行きましょう」

「そうか。なら、そういうことで」




1.


 わたしの人生的には、ちょっと大事な話だったわけだけど。

 今日はその話をしに来たわけじゃないわけでしてね。ここ、部室でしてね。


「今日は『ストーリーの方向性』について話そうか」


 一服を挟んでから、部活の始まり始まりである。

 先輩の宣言に、わたしはこくこくとうなずいた。


「君はネット小説で、こんな作品を読んだことはないかな? 異世界に迷い込んだ主人公が、なんとか生活基盤を整えて冒険者としてやっていくようになる。そして、クエストをいくつもこなす」

「あー、定番ですね」

「そう、定番だよな。最初は薬草採取なんかから初めて、初戦闘。特定のモンスターを討伐したり、盗賊を倒したり、そうしてクエストをこなしていくわけだ」

「はいはい」

「そんな、いつ終わるともしれない物語を」


 はい?


「えっと?」

「わかりづらかったかな。これはつまり、ストーリーがどちらを向いているかわからない物語、ということだ。グランドクエストがなくて、ただただ日銭を稼ぐ物語だな」

「あ、なるほど。『ストーリーの方向性』が見えないってことですか」


 なるほど……なるほど? あれ、全然わかってなくないか、わたし。

 おお? 今週はわたし、なかなか察しが悪くてアレな感じだけど、今日は滑り出しからさっぱりだぞ?

 そんなきょとん顔のわたしを見て、先輩は小さく笑った。


「先輩?」

「ああ、すまん、笑ってしまった。気を悪くしたか?」

「いや、それは構わないんですけど」


 それは構わないんで、テーマをもうちょっとわかりやすく説明してほしいなーと。


「例えの意味はわかってもらえたと思うが、今日のテーマはつまり、グランドクエスト、物語の主題についての話だ。大きな物語と言ってもいいかな」

「もうちょっと詳しくお願いします」

「そうだな、あらすじに書かれるようなストーリー、と言ったらわかりやすいかな? 勇者が魔王を倒すストーリーや、片想いの相手との恋物語、世界の危機を救う英雄譚。ストーリーが向かう先、物語の大元だよ」

「あ、ちょっとわかってきました」


 つまり、物語が大団円するおっきな目標というか、そうか、それこそストーリーの方向なわけか。

 RPGなら、勇者が魔王を倒すってグランドクエストがあって、そこにはっきりとした「ストーリーの方向性」がある。その話をしようって、そういうことか。


「推理物で言えば、真犯人を突きとめて事件を解決する物語だな」

「あー、なるほど。その例はわかりやすいです」

「そうか、こっちから言えば良かったな」


 先輩は肩をすくめてから、席を立った。

 板書していくのはテーマの「ストーリーの方向性」、その下に「大目標」「小目標」。


「この大きな物語、これを仮に大目標と言おうか。ストーリー軸と言い換えても良いな。そこまでの小さなイベントはすべて小目標とでも呼ぶとしよう。こちらは物語を転がす役所だ」

「そういう表現があるんですか?」

「いや、便宜的に名付けただけだな」


 あ、先輩の名付けでしたか。大目標に、小目標ね。

 席に戻った先輩は、いつものように一本指を立てて断定した。


「物語は、大目標のために小目標がクリアされていく構造を取るものだ」

「えっと、それ以外に物語パターンはないってことですか?」

「いや、そんなことはないけどね。ただ、基本的に物語は『喪失からの回復』を企図する。その構造は、どうしてもこうならざるを得ないと思うよ」


 先輩と「キトってなんですか?」「企(たくら)むに図ると書く」なんてやりとりをしながら、ちょっと頭を整理してみる。

 先輩の言う「喪失からの回復」ってのは前も聞いたけど、要は何かを探し求めて旅をするだとか、平和を乱す魔王を倒して平和を回復するとか、新しい恋をして主人公が失恋から立ち直るとか、そういう感じのことだったはず。

 そのおっきな目標(大目標)に向けて、ちっちゃなクエスト(小目標)が展開されていく。最初から魔王と戦うんじゃなくて、襲われてる町を救ったり、封印されている何かを解放したりしていく。

 あー、なるほど。確かに、これはオーソドックスな物語だよね。


「なるほど、オッケーです。基本的な構造はそうなるって、そういう話ですよね」

「そう。別にこれ以外に物語は認められない、なんて話じゃない。ただ、物語は大目標に向かって進むべきだ。基本的にな。一冊の文庫本で、大きな流れもなく終わってしまったんじゃ、エンタメとしては失格だよ」

「あー、そうですよね」


 そっか、毎度ながらネット小説が対象の話なんだし、基本はエンタメだよね。それなら特にこの構造は大事になっちゃうよね。大目標をクリアするカタルシスは必須だ。

 一つの章だとか、一つのエピソードだとか、あるいは完結するまでの一つの物語の中に盛り上がり一つなくってのはちょっとねー。

 先輩はわたしの理解を待ちながら、ゆっくり話を進める。


「最初の例に戻ろうか。グランドクエストがなく、一つ一つのクエストで物語る物語は飽きが来やすい。最初は良いだろう、物語の世界観を楽しんでいるうちは目新しい物ばかりだから、読者もついてくる。しかし、その状況に大きな変化がないと、どうしても飽きてしまう」

「よっぽどクエストが面白ければ、別ですよね」

「ああ、そうだな。ただ、それだけアイディアに自信があるなら、長編じゃなくて短編かショートショート、せめて連作短編にでもすればいいと思うけどな。長編の異世界冒険物でグランドクエストがないのは致命的だよ」


 ……およ。そうか、これは長編の話か。

 えっと、つまり、ネット小説の、エンタメで、長編の小説には大目標が必要だと。大目標を中心にした物語であるべきだと。


「……ってことでいいんですよね」

「おっと、条件整理しておかないとまずかったな」


 先輩が謝るのに、いえいえと手を振るわたし。

 そうだよね、短編小説なら、大目標のための小目標なんて、そんなに数が出るものでもないしね。シンプルな目標が一つ、ということもあるだろう。構造をどうこう言うほどのものじゃないんだろうね。


「大目標があると、一つ一つのクエストがその大目標を示唆する小目標として機能してくる。真の黒幕が裏から手を伸ばしていて、その陰謀を最初は主人公たちは知らないんだが、目前の危機を乗り越えていくにつれて黒幕が明らかになっていく、とまあそんな構造だな」

「オーソドックスですねー」

「確かに、ちょっと陳腐ではあるな」


 あ、いや、そういう意味で言ったわけではないんですけど。

 ただ、非常にわかりやすい展開だよね。それでいいのかな、とちょっと思ったけど、よくよく考えてみたらエンタメってそういうものか。

 そんなわたしの思索を余所に、先輩は話を進めていく。おっとっと、話に集中しないと。


「陳腐だが、エンタメの多くはこの構造を取る。長編を書く際にはまず考えておきたいところだな」

「自分の作品がどんな物語か、その大元を考えてみろと」

「そうそう。ストーリー軸になる大目標がきちんと定まっていれば、物語は進んでいく。その『ストーリーの方向性』が見えていれば、灯台を目印に寄港する船のように、読者は迷わないで物語についていける」


 と、先輩は眉根を寄せた。


「あまり、こういう良くない例で出したくはないんだが」

「はい」

「『瑠璃色にボケた日常』というライトノベルがある。この作品は、グランドクエストがないという意味で、非常に示唆深い作品だ」(※5)

「あ、商業作品でもあるんですね、そういうの」


 ライトノベルなんて、エンタメのメインストリームだと思うんだけど。ちょっと意外である。


「弁護しておくと、この作品は新人賞の受賞作なんだ。つまり、1巻の内容を応募してデビューしたということだな」

「半分素人なんだから大目に見ろと」

「いや、それは違う。作品の質は十分なんだよ。お笑いと除霊、なんて相反する面白い要素を扱っていて、オリジナリティもある。文章も達者だ。デビュー作とは思えないくらい良い作品なんだ。ただ、さっき言ったように、これは元が一冊で完結していた作品なんだよ。シリーズが前提になってなかったわけだ」

「あ、なるほど」


 そういう意味か。なるほどね。

 元は1冊で完結していた物語に、シリーズを通してのグランドクエストがなくても当然だよね。逆に、応募作でシリーズ化を前提にした伏線なんて敷いてたら変な話だし。


「お笑いに関する描写も力が入っていたし、キャラ同士の掛け合いも面白かった。良い形で大目標が設定できていれば四巻で打ち止めにはならなかったとは思うんだが。惜しい作品だったよ」

「この場合、大目標ってどんなものになるんでしょう。えっと、お笑い小説なんですか? 漫才コンテストか何かで優勝する、とかですかね」

「いや、除霊がベースだから、何か対抗組織だとか、秘密組織だとか、悪の親玉だとか、そうした『敵』を作れたら良かったんじゃないかな」


 あー、除霊物なんだ。それなら確かに敵というか、好敵手が欲しいところである。

 除霊物というと「GS」がすぐに浮かぶ昨今のわたしだけど、あの作品でも一大エピソードたるアシュタロス編に向けて主要なエピソードが進められていた。アシュタロス編を読んだときはここに繋がるんだってびっくりしたよ。

 あの作品こそまさに、先輩の言う大目標と小目標の構造だろう。メドゥーサのような魔族たちが敵として立ち塞がり、小目標として機能していたわけだ。


「良い作品でも個々のエピソードだけでは成り立たない例だろうな。『瑠璃色』は良い作品だから、こういう風に言いたくはないんだが」

「よっぽど悔しかったんですね、先輩。打ち切りが」


 先輩は憮然と言い返してきた。


「打ち切りとか言うな。失礼だろ」


 拗ねたように言う先輩は、ちょっと可愛かった。




2.


 さて、と先輩は仕切り直した。


「今回のテーマはわかってもらえたと思うが、ここで大事なのは、物語が大目標へと向かっているという実感、つまりは『ストーリーの方向性』が感じられるかどうか、なんだ」

「えーと、つまり、推理物なら犯人を追いつめていってると思えるようなストーリー展開ってことですか?」

「そう。まさにそれだ」


 先輩は大きくうなずいた。


「大目標が設定されていないと、いま何をしていて、これから何を目指すのかがわからなくなる。読者はただいたずらに、その場で描かれた物語を見ているだけで、先が見えない。これでは億劫になってしまう」

「うーん、わかるような、わからないような」


 わたしはうむむと考え込んだ。わかるような気はするんだ。でも、わかってるつもりなだけにも思える。

 理屈はわかるんだけど、本当にわかってるか自信がない瞬間ってあるよね。数学の公式を見て、例題を見て、わかったつもりなんだけどでも全然問題が解けない、みたいな。

 先輩は何やらノートを確認して、説明を加える。あ。あれ、部活用のノートか。


「そうだな、たとえば前に『キャラクター』の話をしたとき、一つストーリーの例を出しただろう。宝探しの物語だ。覚えてるか?」

「あ、はい、覚えてますよ」


 寄せ集めの仲間と一緒に宝探しに向かって、いろいろな危機を乗り越えてその宝の在処にたどり着くんだけど、でももう宝は持ち出されていて……って物語だったかな。オチはその旅で宝以上に大切なもの(友情)を手に入れた、的な、そんな感じの物語を先輩が即興で話していたよ。

 先輩の意見に納得できないまま終わったので、結構印象に残ってるんだよね。


「今回の話で、あのとき言っていた内容はわかってもらえると思うが、どうだろう」

「あー、ちょっと待ってください」


 つまり、物語は大目標に向かうべきってことだよね。

 宝探しに向かう道中の困難を小目標にすると、宝の在処にたどり着くのが大目標。財宝って目標に向かう物語だってわかってるから、最後まで「ストーリーの方向性」がはっきりしてるよね。

 で、確か先輩は「財宝を手にして、そこからバトルロワイアルなんて展開になったら物語は破綻してる」って言ってたけど、なるほど、大目標にたどり着いてからさらに違った展開をすると、物語がぶれちゃうよね。

 そこまで宝探しを通じて仲間意識を育む物語だったのに、そこからいきなり人間の欲望丸出しのバトルロワイアル展開じゃあ、そこまでの物語がなんだったんだよってなっちゃうか。小目標の機能が死んじゃう。


「おー、なるほど。まんま当てはまりますね」


 納得してから、わたしは考えた内容を先輩に話してみた。先輩はうなずいて「そうだな」と賛同してくれる。


「君の理解は正しいよ。さて、ここで、宝探しの旅、という前提をなくしてみようか。つまり、特に意味のない旅の物語ってわけだ」

「ええ? それって物語として成り立たないですよね」

「成り立たないよ。成り立たないし、読者も、旅の目的がわからないまま読み続けるのは辛いだろう。最終的な目標なしに物語は成り立たない、という一例としてはわかりやすいんじゃないかな」


 確かに、わかりやすい。

 宝探しの旅から宝探しって要素を抜いちゃったら、単なる流浪の民だよね。なんの物語だよ、それ。


「旅の苦労も、目的地に近づいていくことがあってこそだ。ストーリーが終わりに向かって進むから、物語が成り立つ。エンタメにおいては、この法則は欠かせない」

「そうですね。推理物で事件を解決しないまま物語が終わっちゃったら納得いかないですよね」


 事件が起こって、刑事が捜査を進めて、で、おしまい。事件は迷宮入り。めでたしめでたし……ってなんないよ。どんな物語だよ、ってなっちゃうよね。

 ここで先輩は、一本指を立てて注意喚起をする。


「特にネット小説では、本や映画なんかと違って枠がないんだ。どこまで続くかは作者のさじ加減一つなんだよ。明らかな目標がない場合、読者はだれやすい」

「三百ページくらいのフツーの小説のつもりで読んでたら京極夏彦クラスだった、ってのはキツいですしね」

「またピーキーな例えを……まあ、言ってることは正しいか」


 と小首をかしげた先輩は、一つ大きくうなずいた。


「なるほど、そうか。それはネット小説で往々にして見られる例だな」


 あれ、先輩にならって極端な例を出したつもりだったんだけど、ネット小説の深淵には第二第三の京極堂が潜んでいるのか。


「そんな長文書きさんがたくさんいるんですか……!」

「長文書きというかな、素人作家にはありがちなことだよ。一冊、一章にまとめるという発想がなくて、ひたすら続く大長編を書いてしまう。その一作だけにすべての力とアイディアをつぎ込むわけだ」

「ふむふむ。だから長くなると」

「そう、長くなって、でも慣れてないからすぐネタもなくなるし、終わりも見えてないからにっちもさっちもいかなくなる。パターンだな」

「ああ」


 なるほど、エタるパターンか。

 先輩と前に話したけど(※6)、なるほど、『ストーリーの方向性』が定まってないから行き詰まっちゃうわけか。原理的な問題なんだなあ。


「もちろん、君の言うような長文書きの方も多くいるが、そういう人は重厚な物語を書いてるために長くなってしまうか、あるいは描写が細かすぎて長くなるだけで、今回の議論には関係ないな」

「ハイファンタジーってやつですね」

「ファンタジーには限らないけどな」


 いや、わかってますけどね。


「それに、小さくまとめるのにも腕が要求されるだろうからね」

「あ、確かに。上手い小説って、短い文章にぎっしり詰まってますもんね」

「おじさんが『推敲は削る作業だけど、素人はそこで説明を加えてしまう』って言ってたけど、たぶんそういうことなんだと思うよ。長くなってしまうこと自体は、仕方ないところがある」


 そういや、わたしも先輩も長文書き@メールだもんなあ。短くまとめられないんだよね。

 たぶん、本読みはそういう罠にハマっちゃうんだろうね。長文に慣れてるし、いろいろ表現も知ってるからデコメみたいにごてごて文章を装飾しちゃう。無駄が多いんだよねー。(※7)


「少し余談が過ぎたが、話を戻そうか……ああ、そう、『ストーリーの方向性』がない場合、この話を戻すということができないんだ」

「と言いますと」

「たとえば、異世界冒険物だったのに学園編に突入して、そこから出られなくなってしまうようなことだな」

「ああ、そういうことですか」


 大目標がないから、小目標のはずの学園編が主題になっちゃって方向性を見失うってことか。ううむ、ありそうだなあ。


「小目標は常に大目標のためにあるべきだ。寄り道もあるだろう。遠回りだって当然ある。それ自体は構わない。横道もミスリードも物語の枠内だ。しかし、それらは結局大目標につながる流れの一環なんだ」

「道草食ってるうちに道に迷うようではダメだと」

「目的地がないなら、道に迷ってすらいないわけだ。ただ放浪するだけの物語は辛いな」

「道草こそ旅の華とも聞きますけどね」


 わたしがそうツッコむと、意外にも先輩はうなずいた。


「それはもちろん。個々のエピソードが魅力的なことも物語の大きな魅力だよ。小目標には、読者を飽きさせない機能もある」

「小目標だけだと飽きるのに、小目標自体には飽きさせない機能があるんですか?」

「わかりづらかったかな。勇者が魔王を倒す物語でも、魔王を倒すまでがあまりに長すぎるとダレてくる。飽きてしまうよ。それを防ぐために、そこまでの個々のクエストが面白くないといけない」

「あ、そうですね」

「大沢在昌さんは起承転結の承から転にかけてがダレやすいと言っておいでだが、中盤でどれだけ魅力的なエピソードを描けるかで物語の質は変わってくるはずだ。小目標そのものも大事なんだよ」


 うーむ、なるほど。

 あくまで大目標がベースであって、小目標をおろそかにしていい理屈はないわけだ。そりゃそうか。


「余談だが、大沢さんは冒頭で提示した謎を起承転結の転の部分でもう解いてしまおうと言っておいでで、そこからさらにラストに向けた大きな謎をぶつける二重構造を提案している」(※8)

「ストーリーに曲がり道を作るってわけですか」

「そうそう。起伏に富んだ物語になるだろうことが想像できるな。こういうストーリー構成における面白さを考える上でも、大目標の設定は不可欠なんだ」


 大目標に向かう展開があっての面白さかあ。小目標がより面白くなるためにも、大目標が必要って考え方なのかな。

 そうだよねえ、スムーズに展開していく作品の方が、面白い作品って思えるしね。それってつまり、通奏低音のように大目標が敷衍しているからだろうし。

 ふむふむとうなずいていたわたしに、先輩が尋ねてくる。


「ストーリーの方向性についてはおおむね説明し終えたんだが、わかりづらいところはなかったか?」


 あ、終わりだったんだ。えーと、そうだなあ。


「だいたい大丈夫だと思います。大目標がベースにあって、小目標はその途中の通過ポイントみたいなものじゃなきゃダメなんですよね。でも、単なる通過ポイントじゃ足りなくて、小目標自体も面白いもんじゃないとダメだと」

「そうだな。かなり抽象的な内容だったからわかりづらかったかもしれんが、ちゃんと理解してくれてるようだな」


 うなずく先輩に、思わずてへへと照れ笑いするわたし。

 なんだろう、子供が「よくできたね、えらいね」って誉められてるような、そんな感じがするんだけど。うむ、照れるじゃないか。


「テーマの説明は終わったんだが、その上で、一つ付け加えておこうか」

「あ、はい。なんですか?」

「小目標同士の結びつきについて、だな。小目標自体も小さな物語だ。一つ一つ、エピソードをきちんと終えて、次に繋いでいかないといけない。この小目標同士が有機的に繋がっているかどうかも面白い物語の条件だと思うよ」

「もうちょい説明お願いします」


 これ、展開同士が上手く繋がってるってことなんだろうけど、はてさて、先輩の意見はどんなもんなんだろう。


「たとえば、君は『ゼロの使い魔』を知っているんだったか」

「あ、はい。だいたいの内容は知ってますよ。読んだことはないですけど」


 うちの下の兄がアニメを観てたもんだから、なんとなくストーリーは知ってるんだ。兄の本棚に並んでるし、少し気にはなってるんだけど、作者さんが亡くなられて未完だそうだから手が出ないんだよなあ。


「この作品の一巻を例に挙げてみようか。君が読んでいない作品で悪いが」


 構わないですよーとわたしが手を振ると、先輩は先輩は一つうなずいてから説明を始めた。


「この作品は1巻が二部構成になってる。まず主人公である才人が異世界に呼び出されて、そこで生活基盤を築く一部。いけ好かない貴族と戦って、謎の力に助けられて勝利する展開だな。貴族の彼は半人前の魔法使いだが、二部ではより強力な盗賊の魔法使いと対決する」

「ああ、ギーシュ君とフーケさんですよね」

「おや、その辺は大丈夫なのか?」

「だいたいのストーリーは大丈夫ですよ」


 そうかとうなずいた先輩は、細かな説明に移る。


「二部の始めに、才人は相棒となる剣を手に入れるエピソードがある。この前段階で才人はキュルケという女性キャラに誘惑されるんだ。ギーシュとの決闘を見て、惚れたんだと。ただ、その誘惑自体は、彼女の他の恋人の皆さんがやってきておじゃんになってしまう」

「キュルケって確か、そういう恋多きキャラでしたか」

「そうそう。逢い引きのダブル……じゃないな、クワトロブッキングなんてところはコミカルなギャグだが、このことから才人に危機感が生まれる。武器がないと危ない、嫉妬で後ろから刺されるんじゃないかと」

「ふむふむ」

「そこで武器を買いに行って、町の武器屋でデルフリンガーという相棒を得るんだが、ここまでの展開を整理してみようか」


 と、先輩はホワイトボードの前に移る。


「まず、一部クライマックスの決闘がある。その結果、キュルケは才人に惚れたわけだ」

「そうですね」

「キュルケとの絡みで武器が必要になる。武器を手に入れるというエピソードに繋がる」

「はい」

「さらにこの武器を手にするエピソードが、その後の、才人のためにキュルケも武器を仕入れてきて二つの武器のどちらを使うのか、という次の展開にも繋がっていく」

「なるほど、展開が繋がっていってますね」


 先輩の板書を眺めながら、ふむふむと感心するわたし。

 スムーズだなあ。シンプルな展開が、次に次にと繋がっていってる。


「物語が一つの流れになっているのがわかるだろう? 展開同士が繋がりあっている。この一巻では大目標と言うべき何かはまだ出てきてないが、小目標がスムーズに繋がることで読みやすい流れが出来ている」

「なるほど、その辺が面白い物語の条件だってわけですね」


 うーむ、こう説明されると読みたくなるじゃないか。わたし、基本、完結作しか読まない人間なんだけどなあ。


「一つ一つの展開をきちんとクローズさせて、次の展開に持って行く。次の展開は先の展開を踏まえて展開する。一つ一つのエピソードが積み重なっていく構造だな。読み進めている、という実感が湧くはずだ」

「終わりに向かって収束していくと、そういうわけですか?」

「そうそう。この繋がりが甘いと流れがない。すると、ぶつ切りの展開になってしまう。積み重なっていかないから、最後の結末でのカタルシスが得られなくなるし、一冊としてのまとまりが悪くなる。読み終わった後に『だから?』と言われてしまいかねない」

「物語がいびつになっちゃうんですね」


 と相づちを打ってから、一つ質問。


「えっと、先輩。さっきの、展開をきちんとクローズさせて、と言うのがよくわからないです」

「ああ、それは、やたらめったら伏線を張らないように、ってことだな。たとえば、敵キャラを後の展開で再利用しようと逃がしてしまったりするようなケースだ」

「ふむふむ」

「一つ二つなら構わないが、あまりに伏線だらけだと物語が丸く収まらない。先ほどの例で言えば、ギーシュはちゃんと倒されたし、フーケは捕まった。それでおしまいでいいんだ。二巻はフーケが牢獄から何者かの手で脱獄させられる展開から始まるが、それはまた新しい物語だから別の話だ」

「ああ、なるほど。ちゃんと『めでたしめでたし』にしろと」

「そう、それだ」


 なるほどね。ちゃんとエピソードが終わってないと据わりが悪いもんね。


「もちろん、シリーズとしての謎は残していいんだ。大きな謎がないと、シリーズは小さくまとまってしまう。ただ、細かなところまで謎だらけだと、物語の小気味良さが失われてしまうよ。まあ、推理物ならそういう構造もありがちだろうが、あれは最後の最後ですべてが収束して解決するものだから別だな」

「伏線はちゃんと消化しろと。謎ばっかりだとしんどいですもんね」

「そうだな。小さなエピソードは一冊の内に消化してしまえばいい。ネット小説的に言うと、一つの章できちんと消化してしまえばいいんじゃないかな。たまに、変に伏線を増やす人を見かけるけど、わざわざ伏線にしなくてもそのときの物語を引き継げばいいんだ」


 あ、わかった。あれだ、「このことが後に大波乱をもたらすことなど、誰も知る由もなかった」ってやつだ。

 大波乱が近いうちに来ればいいけど、ものすっごく先に大波乱が来ても伏線としてもう賞味期限が過ぎちゃってるよね、ってことか。

 意味深な伏線ばっかりだと物語がクローズしないで、まとまりが悪くなっちゃうわけだな。なるほどねえ。


「今回のテーマである『ストーリーの方向性』で言うと、物語は小目標を一個一個消化していく構造でいい。小目標が、別の遠くの小目標をめがけた伏線なんて無理に敷く必要はないよ。後々のエピソードで、前にあった出来事を踏まえるのはむしろ良いことだけど」

「順序が逆なんですね」

「そうそう。まあ、よっぽど緻密に計算された物語なら、一個一個の伏線を程良いタイミングで消化していけるだろうけどね」


 と言いつつ、先輩は「でも、それはネット小説では高望みじゃないかと思うけど」と身も蓋もない付け加えをする。


「さて、今日は以上。『ストーリーの方向性』は大目標によって定められ、その方向性に沿った小目標を繋ぎ合わせて物語が紡がれる。あくまで長編の話だが、そのまとまりの良さこそが物語の面白さを形作るわけだ」

「長編は真珠のネックレスみたいなものかもしれませんね。一つ一つの真珠が、チェーンでひとくくりにされている感じで。短編はシンプルなペンダントでしょうか。ペンダントトップだけで完結してる」

「おや、面白い例えをするな」


 などと先輩を感心させて、わたしは鼻高々に今日の話を終えられたのだった。




3.


 今日はだいぶ話し込んだものである。おー、もう何か読み始めるような時間じゃないね。


「というわけで先輩、小説貸してください。家で読みますんで」

「ああ、すまん。昨日へこみすぎて忘れてきた」


 なんですと!


「ありゃ、いつもきっちり四角四面な先輩には珍しいですね」

「四角四面て。そんな風に君は見ていたんだな……まあ、それはいいか。忘れてきて悪かったよ」

「いや、ミスは仕方ないですし。のんびりお茶でも飲んで過ごしますか?」


 話し込んだとはいえ、まだ帰るには早い。のんびり過ごすには悪くない時間だ。

 わたしはそう思ったんだけど、先輩は首をかしげた。


「それも悪くないが、そうだな、せっかくだから」

「せっかくだから?」

「書店にでも行かないか?」


 書店かあ。そういや、先輩とは行ったことなかったなあ。

 けどなあ、書店かあ。


「お互い黙り込んで本選びって、寄るにはアレなスポットだと思いますけど」

「なに、新しい本を探そうってわけじゃない」

「と言いますと」

「たまには、君のお勧めの本でも紹介してもらおうかと思ってな」


 おー、なるほど。いつも先輩に勧めてもらってばっかりだもんなあ。たまには逆転も悪くないか。


「んー、いくつか覚えはありますけど、どうですかね。書店に置いてありますかね」

「君はいったいどんなマイナーな小説を勧めようと思ってるんだ……まさか、楽譜は勘弁してくれよ」

「いやいや、さすがに楽譜はないですよ」




 というわけで、先輩と本屋巡りをして今日は帰ったのだった。

 帰ってから気づいたけど、行くときの重たい気持ちはほぐされていて、さすが先輩だなと感心しきりなわたしなのだった。


 わたしによるネタ・元ネタ解説


※1

 『エヴァ』の碇ゲンドウが取っていたあのポーズである。

 よくわからない方は「頭を抱える八頭身 AA」か何かで検索してみよう。

 あれって、頭抱えてるっていうか、顔の前でお祈りポーズしてるみたいに見えるよね。そんな感じです。


※2

 榎本秋・著の「ライトノベルを書こう!」は、プロのライトノベル作家を目指す人に向けて書かれたハウツー本である。

 どうして先輩がそんな本を持ってるかって、おじさんからもらったらしい。


※3

 冲方さんが提唱しているのは、作品内で最低三つの常識を作ること。

 例に出ているものでは「絶対にしないこと、普通はしないこと、誰でもすること」って三つの常識があったけど、こうした常識を作品内で作ることでリアリティを演出する、という理屈である。

 とってもスマートな技術論で、わたし、なるほどしちゃったよ。自分でできるかどうかはさておき、わかりやすいよね。


※4

 この件については、番外の1を参照してもらいたい。


※5

 伊藤康・著の「瑠璃色にボケた日常」は全四巻で完結しているライトノベル、なのだそうだ。

 本格的にお笑いを扱っている物珍しい作品で、ネタ以外にキャラ同士の掛け合いもユーモラスで、霊媒師の設定もなかなか凝っていて面白いのだとか。

 先輩一押しの作品らしいし、後日借りようと思う。

 ところで、お笑い好きのわたしに貸すの、遅くないですか先輩?


※6

 この件については「文章量と更新速度」の回を参照してもらいたい。


※7

 「ダチョウ倶楽部」の上島竜平さんはあまりフリーコメントが上手くない方だが、実は読書家なのだと聞いたことがある。

 インプットが多い人は情報量が多すぎて、端的に話せない嫌いがあるって、一緒にテレビ観てたときにうちの母が言ってた。たぶん、そういうことなんだろうね。


※8

 言うまでもないが、これも「売れる作家の全技術」の話。

 先輩によると、受講生の作品から、さらにストーリーを膨らませるあたりは圧巻だとか。きちんと二重構造になっているので、この論理の実践を見る上でも面白い一節らしい。

 なんか、ここまで聞いてるとだんだん読みたくなってきたよ。借りようかなあ。


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