18.リアルとリアリティ
【文字数】
18000字ほど
【作者コメント】
今回は承前の何気ない話から話題を繋げていますので、最初から読むことをお勧めします。長いのにすいません。
【目次】
0.承前
1.問題提起:「なんとなく」がリアリティを損なう
2.リアリティを演出する二つのポイント
3.締めくくり:先輩の誘い
0.
昨日は部活の後、ひさびさにラーメン屋に寄ったんだ。もちろん先輩とね。
前々から、先輩のお誘いでラーメン食べにあっちこっち行ってるんだけど、最近はちょっとご無沙汰だったんだよ。
昨日は美味しいものを食べようって話だったから、それならってことで、わたしからラーメン屋を提案してみた。コジャレたお店も悪くないけど、こうね、たまにはがっつり食うのもいいよね。
それに、先輩がバイトだって聞いてたからサッと入ってサッと食えるものがいいかな、とか、毎度おごってもらって申し訳ないから高い店は遠慮したいな、とか、っていうか、時間的にまだ夜の営業やってない店ばっかりだからオールタイム営業のラーメン屋がファーストチョイスだった、とかそういうのもあるんだけど。
なんにせよ、ひさびさのラーメン、美味しゅうございました。
「それにしても」
「なんだ」
今日の部活が始まる前に、わたしは先輩に雑談を振っていた。
「男の人ってホント、ラーメンが好きですよね」
「好きは好きだろうが、これは男性に限ったことなのか?」
と先輩は疑問を口にする。
でも、ラーメンっていかにも男性趣味って感じ。ラーメンの食べ歩きに励むアラサー女子、ってあんまりイメージないもんなあ。
「そうか? 先入観だと思うぞ。君を可愛がってくれた司書さんもラーメン好きだそうだし」
「うわ……あの人が来そうなラーメン屋は絶対避けてくださいね……」
「そりゃ無理だろ。同じ市内なんだから。ただ、仕事がある以上、放課後に出くわすってことはないはずだよ」
なるほど、それもそうかと納得しかけるわたし。
いやいや、油断は禁物である。なにせ、先日はデートの現場を目撃されてしまっているのだ。妙な鉢合わせは命取りである。
ってなわけで、重々念を押すわたし。ホント、気をつけてくださいよ、うん……。
そんなわたしに先輩は首をかしげた。
「考えすぎだと思うけどな。お互いプライベートなんだから、そもそも声をかけてきたりしないだろうし」
「そういうもんですかね?」
「同僚か誰かと一緒に来てるならわざわざ声をかけないだろうし、ラーメン屋に一人で来てたならなおさら声をかけてこないだろ」
「ええ? ラーメン屋に女一人で行くんですか、あの人。豪傑ですね」
「いや、そうだったらって話」
なんだ、仮定の話か。
仮定の話だけども、女一人でラーメン屋というのは、なかなか肝の据わった話である。そうそうしないよね。
と、先輩はぴっと指さした。え、なんですか。
「ああ、それそれ」
「え、どれですか?」
「君のそのへんが先入観なんだよ。いまどき、お一人様なんか気にしてたら行きたい店も行けないだろ。そりゃ学生時分なら恥ずかしいってのもわかるが、いい年した大人が一人で店にも入れないなんて考えづらい。社会人なら飲み会の店探しだってあるだろうしな。一人で食べ歩きくらいするよ」
「えー? そうですか?」
「君も一人で演奏会に行ったりするだろうに」
いや、そりゃ行きますけど。今度の週末は東京まで夜行バスで行こうぜ、とはなかなか誘いづらいしさ。そこ突かれると痛いなあ。
痛がるわたしを後目(しりめ)に、先輩は舌鋒を緩めた。
「君の持つ感覚がおかしいわけじゃないよ。女性一人でラーメン屋、ってのは少し物珍しい気はする。ただ、だからラーメンは男性趣味だってのは言い過ぎじゃないかな。スイーツは女性趣味、ってのと同じくらいの先入観だと思うよ」
「ああ。スイーツ男子なんて言い方、しますもんね」
「その言葉もどうかと思うけどな。甘いもの食ったくらいでどうこう言われたくない」
ああ、そっか。先輩は食べるどころか、作ってすらいるわけだし。
なるほど、そうかそうか。わかってきた。所詮、個人の趣味ってわけか。うーん、先入観だったかな?
「そもそも君自身、ラーメンは嫌いじゃないんだろ?」
「そりゃもちろん」
「汁で服が汚れるとか、店が小汚いとか、そういった事情はあるにせよ、昨今はキレイな店だって多いし、紙ナプキンを用意してくれるような店もある」
「あー、確かに」
先輩と行く店って、たぶん繁盛店ばかり選んでくれてるんだろうけど、小綺麗な店ばかりである。一昔前の小汚い中華料理屋的なイメージとはかけ離れていて、その点、入りやすい気はする。
「特別、ラーメン屋だからと忌避することはないはずだ」
「理屈はわかります。忌避する理由がなければ、後は個人の自由ってことですよね?」
「おおむねそんなところかな」
「けど、高カロリー食ですし、食べ歩きするってのはなかなかないと思うんですよね」
女子的にはね。
すると先輩ったら、嫌みったらしく鼻で笑ったんだよ。
「無駄な間食のスイーツは食べ歩くのに? 一食分のラーメンは高カロリー? あのハワイアンなパンケーキは何キロカロリーあると思ってるんだ?」
おい、こら、何が言いたい。
喧嘩売ってるなら買うぞ、おう。
とまあ、そんな具合に無駄に先輩とファイトしてしまって(結局は個人個人でカロリー管理すればいい話だよね、という結論でまとまった)、どうも場がとっちらかってしまった。
「えーと、どうしましょ。話に入るテンションじゃないような」
「ああ、大丈夫だ。実はわりと近しい話題なんだ」
毎度毎度、そんなことばかりである。どういうことなの……?
先輩、計算した上で話を振って、わかった上で挑発したんじゃないでしょうね?
「ラーメンの話を振ってきたのはそっちだろうに」
あ、そうでした。すいません、とぺこりと頭を下げるわたし。
「まあ、とにかく、近しい話題と言うかな。少し繋がらないでもない話なんだ。このままの流れでいこうか」
「はい。えっと、今回の話題はなんですか?」
一つ断ってするりと立ち上がった先輩は、いつものようにホワイトボードに板書する。最近忘れられがちだった板書だけど、今日は最初から出番である。
板書をそのまま読み上げる先輩。
「今日の話題はズバリ、『リアルとリアリティ』についてだ」
ふむふむ。なるほど。とりあえずうなずいておくわたし。
……どう関係してるかさっぱりわからんぞ。
1.
先ほどの話を引き合いに、先輩は話を始めた。
「君の感覚だと、ラーメンの食べ歩きはあまり女性には見かけない趣味というわけだな」
「まあ、そうですね」
女性が太る原因は、スイーツ系か、もしくは家系(※1)的にがっつり食う場合かのどちらかが多いんじゃなかろうか。ラーメンってのはちょっと考えづらい。
なかなか「いやあ、ラーメンの食いすぎで下腹出ちまいましてね。てへり」などという女性は聞かない。そもそもふくよかな女性が身内にいないもんだから、どんな感じかいまいちわからん。一番身近な中年女性である母も痩せ形だしなあ。参考にならないよ。
「ただ、君の感覚とは関係なく、ラーメンの食べ歩きをしている女性はいるだろう。いないとは断言できない」
「あー、そりゃあ、まったくいないとは言えないですもんね」
「実際、検索すればすぐ見つかるしな。世の中、さまざまな人がいる。さまざまな趣味がある。今回言う『リアル』、つまり現実世界においてはどんなことがあってもおかしくない」
片手間で検索して、見せてくれる先輩。ありゃ、本当にあっさり見つかるんですね。
ふむふむ。そっか、十人十色なんて当たり前だし、他人様がケチつけるようなことではないよね。ちょっと反省。
「翻って、『リアリティ』。ここでは物語的な『リアリティ』のことを指して言ってるんだけど、これはつまり物語が『ありえそうな代物』であることを意味している。『もっともらしい』と言い換えてもいいかな」
「それっていわゆる、説得力のあるストーリー、ってやつですか」
「まさしくそれだな。ストーリーには限らないが、説得力こそリアリティそのものだ。ストーリー限定で言えば、ご都合主義ではない、と言うとイメージしやすいんじゃないかな」
「ああ、ご都合主義」
それは大変わかりやすいです。完全に排除するとドラマ性がなくなっちゃってアレだけど、頻繁に使われるとイヤだよね、ご都合主義って。
所詮、誰かが書いた物語なんだから、どうせ主人公は死なないわけだよ、ってそんな風に冷めちゃうともうおしまいだよね。コナン君や金田一少年は絶体絶命のピンチで死んだりしないのは当然なんだけど、窮地を脱する理由がご都合主義だったら一気に冷めちゃうもん。
わたしのうなずきに、先輩は一つ指を立てる。
「で、ここで一つ注意しておきたいのは、実は物語的なリアリティはリアルより制限されるという点だな」
「それは、つまりどういうことで?」
「つまり、ラーメン好きの女性がいてもおかしくない、は通用しないと言うことだ」
なんと。物語って自由なものだと思ってたんだけど、実は不自由な代物だったんだ。
「正確に言うと『理由もなくラーメン好きである女性はリアリティが足りない』んだな」
「現実的でないと」
「現実的じゃないってほどじゃないんだが……そうだな」
ちょっと見直してみようか、と先輩はいつもどおり一本指を立てる。
「君が言うように、ラーメンを女性が食べ歩くにはいくつか問題がある。ラーメン屋の多くは男性向けで、女一人では入りづらい。有名店でもカウンターだけの小店舗が多いから、連れだって行く店じゃない場合も多い。その手の店舗は長居も嫌われる。繁盛店なら一時間、二時間待ちの行列もざらだ。女同士でのランチや恋人とのデートには使いづらいだろう」
「なるほど。それは入りづらいですね」
「君が言うように、カロリーが高いのもマイナスだな。服が汚れる可能性がある。店が汚いこともある。女一人で入ると、君みたいな感覚の人がじろじろ見てくるかもしれない」
「あー、あー……それは確かに厳しいものがありますね……」
だいぶ反省するわたし。すいません、そんな視線を向けちゃって。
「そんな諸々の問題があるのに、それでも行きたいってのにはそれなりに理由が必要だ。この理由付けがリアルとリアリティの差だな。現実では『なんか好きだから』とか『そういうの気になんないし』で済む。小説では、それで済まされてしまうと読者がついていけない」
「『なんとなく』ではマズいと」
「そうなんだよ。感覚って、人それぞれだからね。そんな風に漠然とした理由付けをされてしまうとどこか釈然としない。人はそこに理由を求めるんだ」
「えっと、なんとなくはわかるんですけど、もうちょっと説明してもらえませんか?」
理由が欲しいってのはなんとなーくわかるんだけど。なんか、ふわっとしてる。
わたしの要望に、先輩はうなずいた。
「そうだな、たとえば君は米澤穂信さんの『小市民』シリーズが好きだったな」(※2)
「あ、そうですね。『古典部』シリーズより好きですよ」
先輩に借りてない、前から自分で読んでいた作品である。まあ、下の兄から借りただけなんだけど、それだけに思い入れがちょっとだけあるかもしれない。
「なら、君がとある小説の登場人物だとして、どうしてその作品が好きなのかと問われたとしよう」
「あの作品ですか? そうですね、えっと……」
「ああ、ストップストップ。ここでの答えはこれでいい。『なんとなく好き』だ」
へ? ああ、そっか、たとえばの話だっけか。
「理由はまあ、また聞くから。後にしてくれ。ひとまずここでは『なんとなく好き』ってことにしておいてくれ」
「はい、じゃあ、なんとなくあの雰囲気が好きってことで」
「おう。で、だ」
一息置いて、先輩は問いかけてきた。
「この問答が小説的にはマズい、というのはわかるか?」
わたしもしっかり受け止めてみて、考えた上で答えた。
「えっと。理由がないからですよね」
「そうだな。正確に言うと、この問答そのものがなんの意味も持っていない。そこが問題なんだ」
あれ、説明してもらってるはずなのに、さらにちんぷんかんぷんになってきたぞ。なんだ、禅問答か。
まあ、そんなはずがないわけでして、先輩はさらに説明を加えていく。
「ある小説が好きだというなら、たとえばあるシーンが好きだとか、あるキャラの考え方や生き方が好きだとか、文章の書き方が好きだとか、セリフがかっこいいだとか、どこかに注目する必要がある。なぜかというと、そうでないとキャラの描写にならないからだ」
「え、ええと……?」
「ちょっと回りくどいかな?」
悪いな、と謝る先輩に、わたしはいえいえと手を振る。
今日はどうも読み込みが甘いなあ。うーむ、えっと、どういうことだ?
「そもそもなぜこんな問答を、わざわざ小説で描くのか。それはつまり、ある小説が好きだという問答で、キャラを深めたいからに他ならない。『このキャラはこの小説でこんなことを思って、だからこの小説が好きなんですよ。このキャラはそんな人物なんですよ』と、そう描きたいがためなわけだ」
「あー、ちょっとわかってきました」
なるほど、わざわざ小説で描く、ってことがポイントなのか。
理解の糸口を見つけたぞ。
「それが『なんとなく好き』では困るじゃないか。『なんとなく』ってことは、たとえば装丁が好きだったり、タイトルを面白がっていたりするだけかもしれない」
「実際『小市民』シリーズはタイトル、面白いですしね」
「そうだな。良いタイトルだと思うよ。しかし、もし書店で見かけて面白いタイトルだなと思っただけなら、その小説が好きだという問答自体が大きなミスリードになる。普通、小説が面白い、小説が好きだと言えば物語が面白かったことを意味するはずだ」
「そりゃそうですよね。面白くない小説だけど大好きなんです、なんて意味不明です」
そんな話、聞いたことがない。まあ、確かに、表紙がステキな作品ってのはあるけど、だからその小説が好きってのは論理が飛躍しすぎてる。
あ、でも、物語は興味ないけど装丁が好きって場合、それ自体が一つの個性になるかも。
そのへんを訊いてみると、先輩はうなずいた。
「それは確かに。そういう好きもアリだろう。だからこそ、『なんとなく』では困るんだ。とんでもないところが好きなのかもしれない。どこをどんな風に好きになったかわからないなら、ただ設定がわかったに過ぎない。それでは読者は、君が『小市民』シリーズが好きだ、とわかっただけなんだよ。無駄じゃないか、これ?」
「無駄、ですよね。うん、そうですね、無駄です」
わたしが「小市民」シリーズが好きだろうが、「古典部」シリーズが好きだろうが、そんなのは読者にとってどうでもいいことだろう。それこそ、他のどんな作品が好きだって構わない。
ただ、それが物語的に無意味だ、というのはもうちょい説明が欲しいところだけど。
「繰り返しになるが、着眼点がわかればこれはキャラの描写になりうる。たとえば君が『推理部分はどうでもいいんだけど、毎回出てくるスイーツの描写が好き』だったとしよう。それなら、あんまりミステリーには興味がないし、深く読み込もうとしない性格が見えてくる」
「失礼な。ちゃんと推理部分も楽しんでますよ」
でも、スイーツにも関心はありますよ。モチのロンで。
「まあ、もちろんそうだとは思うよ。そうじゃなきゃ、わざわざミステリーなんて読まないだろう。しかし、いま出した例のように君が推理部分を軽視するタイプなら、どうしてわざわざ『小市民』シリーズを手に取ったのか、という謎が出てくる」
「表紙買いしたとか」
「そうだとしたら、君は表紙買いするくらいには本屋に行く、という設定になるな。いまどき、本屋に行かない人も少なくないだろう。しかも、本屋でわざわざ手に取った本を買うんだから、まあまあ熱心な読書家だな」
「図書館で借りたか、古本屋って可能性もありますね」
「なら、そのどちらかが生活圏内に入ってるわけだ。それもまあまあ読書家だな」
「むむ、じゃあ友達に勧められたか、読書感想文の宿題で適当に選んだって線はどうですかね」
どうも先輩はわたしを読書家という設定にしたいらしい。いや、実際違わないけどさ、ここは無意味に徹底抗戦してみようと思う。
「友達のお勧めをちゃんと読んだなら、律儀な性格が読みとれる。お勧めというやつはなかなか読むのが億劫なものだからな。億劫なはずの読書が意外に楽しめた、という筋立てが想像されるよ。読書感想文で適当に選んだ作品なら、これも最初は渋々読んでいたのに最後には好きになってたってわけだろ? どちらにしても、それなりに好きになった理由はありそうじゃないか?」
「およ、そうしますと『なんとなく好き』ってのは難しくなりますね」
なんとか読書家って設定からは離れられたようだけど、今度は当初の理由からもかけ離れてしまったじゃないか。
読み解いていくと、どうも「なんとなく好き」ってのは難しい気がしてきたぞ。
「設定を深めていくと、あやふやな部分はなくなっていくはずだ。つまりはどういう人物か『描写』されている、というわけだな」
「なるほど、なんとなくわかってきました」
なるほどね。描写なのか、設定なのか、その差ってことか。
これって、かなり核心に迫るような小説論じゃなかろうか。
うーむ、こうなってくると、先輩のお話ももうすぐ終わりなんだな、ってのを如実に感じるよね。なんか、話題とは関係ないんだけど、寂しくなってきたぞ。
そんなわたしの心境とは裏腹に、先輩は活き活きと説明を進めていく。
「良い作品というやつは、各々の感情にも明らかな理由付けがされている。良い作品は『きちんと描写されている』と言い換えてもいい。作り込みが浅いとこういう『なんとなく』が生まれてしまう。リアリティが失われ、ピントがズレた物語になってしまう。それでは良い作品とは言いづらいな」
「物語の奥行きが足りないってところでしょうか」
「良い表現をするな。そう、『なんとなく』では奥行きが見えてこないわけだ。行間の読みようがない。深く描いてくれてこそ、共感したり反発したりするわけだ。そうやって読み解ける奥行きこそがリアリティだな」
寂しさはさておこうか。
にしても、「ピントがズレる」ってのはわかりやすいな。ピンぼけした写メのように、なんとなーく写ってるものは把握できるけどよく見えない的な、そんな消化不良な感じかな。
先輩の話はだいぶ消化できた気がするんだけど、実例が欲しいなあ。
「先輩先輩。だいたいわかったつもりになってるんですけど、実例も欲しいです」
「リアリティのある描写の実例か。じゃあ、こういうのはどうかな。複数のヒロインが登場する男性向け小説における女性キャラ同士の関係性について」
「お、おおう。タフな話題を持ってきましたね」
リアリティ的になかなかたいがいな話題じゃないか。いっつもわたし、むずむずしながら読んでる部分なんですけど。
こうね、良くも悪くも女の子同士だから、それなりの関係は構築するはずなわけですよ。表ヅラは良い感じにするか、ギスギスしてるかはさておいてね。
でも、どうもそのへんがすっぽ抜けてる作品が時々あるよね。人間関係が複雑化すると描きづらくなるのはわかるんだけど、そういった横の繋がりが描けてない作品って、むずむずするんだ。
……とまあ、そのへんの感想を言ってみたところ、先輩はうなずいてくれた。おお、理解してもらえるんだ。
「確かに、みんないい子で仲良しこよし、ではリアリティに欠ける。三人いれば派閥ができるような、そこまで現実寄りに描く必要はないさ、ただ、そうだな、『はがない』なんて良い例じゃないか?」
「ヒロイン同士の関係で? あー、なるほど、あれはなかなか良い感じに複雑な相関関係をしてますね」
メインヒロインの夜空と星奈をライバル関係にしているのは、まあよく見る関係と言えばそうだろう。対照的なキャラ設定だしね。
しかし、近刊でとみに株を上げてきた幸村くんや理科ちゃんなんかはなかなか七面倒くさい感じである。理科ちゃんのぼっち感はエグいし、幸村くんのリア充感もエグい。友達作る部活で、部内の子をシカトしてあっさり生徒会の子と友達になってるのってどうなの……?
っていうか、ヒロイン同士の関係じゃないけどさ、そもそも主人公がメインヒロインを「思いが重い」と言っちゃってるあたり、一筋縄ではいかない関係性がよく見て取れるところだ。(※3)
「ハーレム型の小説も恋愛小説の一環として考えるなら、ヒロイン同士の関係性も大きなテーマだろう。恋のさや当てなんて、格好の材料じゃないか」
「なるほど、女の子向けの漫画なら定番ですよね」
「だよな。男性向けの作品でも、良い作品ならそこまで目配りが利いている。先日『ジャンルの意識』のときに話したように、自分のジャンルの特徴については、よくよく考えて設定すべきだと思うよ。この部分でリアリティを欠くと、物語における致命的な欠陥となってしまう」
「給湯ボタン押したのに、うっかり風呂の栓抜いたままみたいなものですね。風呂作ってるはずが、まるっきりできてないっていう。中学校の数学の問題かってそんなの」
「なんだその例え」
「いや、実体験なんですけどね」
とてもどうでもいい話であるが、このミスは大きな減点対象であり、お小遣いの査定に大きく響く(うちは家事への貢献度で小遣いが上下するシステムなのだ)から、よくよく覚えている失態である。二度とするもんか。
おおっと、どうでもいい話をしてしまった。いや、だって、先輩が真面目に聞いてくれるもんだから……。
「すいません、余談でした。続きをどうぞ」
「ああ、いや、だいたい話が一段落したから。余談でも雑談でも構わなかったんだが」
あらら、そうでしたか。
確かに、実例も含めて一段落、かな?
先輩もちょっと一息、お茶など飲みつつ、思い出したことを言って加えた。
「そうそう。さっき言い忘れてたんだが、君が『小市民』シリーズをなんとなく好きだってのは仮定の話だったけど、実際、君みたいな読書家の方が『なんとなく好き』ってのはありそうだよな。数をこなしてる分、良い作品をいくつも読んでしまってるから、そこそこの作品では『そこまでこの小説は特色がないな』と思ってしまう。だから『取り立てて言うべきところはないんだけど、こういうのなんとなく好き』、みたいな」
「……え、えっと」
ちょ、ちょっと先輩、わたしの心理を読むのはやめてもらえませんか。そうですよ、まさに「小市民」シリーズはそんな感じですよ。あえて言えばヒロインの小佐内さんの微妙な腹黒具合が好きなぐらいでして。
反論はしたけど、わたし、正直推理物ってそんなに惹かれなくて、推理の中身ってあんまりどうこう思わないんだよね。いや、上手いとは思うんだけど、だからそこが好きってわけでもないし。で、スイーツの描写はステキなわけで……。
いかん、先輩が仮定した設定がまんまわたしじゃないか。
え、えーと。
……いやいや、さすがに「秋期限定栗きんとん事件」のあの壮大なひっくり返しにはびっくりしたよ。う、うん。あれはすごかったよ。上下巻で細かく計算された筋立てには本当に感心したよ。ホントホント。ジャパニーズうそつかない。
あ、でも、ホントの話、雑なように見えて、その実、必要なものしか提示されていないあの微妙なさじ加減は、好きなポイントに挙げてもいいかもしれない。人にはすっごく説明しづらそーなポイントだけど。
……あれ? ちょっと待とうか。
「あ、先輩、ちょっと待ってもらえます?」
「なんだ」
「なんか、微妙に何かが出そうな気が」
「そうか。トイレなら部屋を出てからまっすぐ行くといいよ」
そうじゃねえよ。おい、ツッコミで思考がこぼれそうになったじゃないか。どうしてくれる。
じゃなかった、ええと……おお。あ、わかった。ピンときた。
「いやいや、先輩、わたしピンときました」
「おや、突然どうした」
「いやですね、つまり、あれですよ。前に先輩が言ってた『とか』って表現の話(※4)、あったじゃないですか。あれと同じなんですよね」
構造上は同じはずだ。
ピンときたわたしとは対照的に、先輩は首をひねった。
「すまんが、話が把握できん。どういうことなんだ?」
「つまりですね、きちんと描写できていないもの、単に設定されてるってだけしかわかんない描写は、『とか』と同じで曖昧な感じになっちゃってるんじゃないかな、ってそういうことです」
「もう少し詳しく続けてくれ」
「はい。先輩は確か、文章は約分された状態が望ましい、と言ってたと思うんですけど、物語もそういうことですよね。キャラに曖昧な設定を付け足すと、キャラが定まらないし、無駄な文章が増えてしまう。必要最小限だけでいいのに、余分な部分のせいで物語がいびつになってしまう。それが結果的にピントをずらしてしまって、リアリティをそぐんじゃないかな、ってそう思ったんですけど……」
あれ、先輩の反応があんまりないぞ。お、大外ししたかな……。
先輩、口の前にグーを置いて、ちょっと下目がちにうなずきもしてくれなかったんだけど、ふと顔を上げた。
「なるほど」
「……あ、わたし、あってました? 大丈夫でした?」
「いや、あってるあってないと言うか、そうじゃないな。君の見方は大変面白い。そういう視点はなかったよ。ありがとう、良い意見を聞いた」
う、うおー。
めっちゃんこ誉められてるじゃんよわたし。
わあ、やったやった。あ、なんか心がぴょんぴょん小躍りしてる。リトルわたしがぴょんぴょんしてる。
「君の意見はとても面白いし、やっぱりまた何か話してもらった方がいいな」
あ。リトルわたしが尻尾巻いて逃げてったよ……。
「え、えっと、事前にご予約いただければ、善処すると言いますか、なんと言いますか……」
「ああ、さすがに今度は前日なんて無茶ぶりはしないから。ネット小説の話が済んだら、また何か、決めてみようか」
「それなら、やってみます」
あ、そうだった、忘れちゃいけない。
「ご褒美の合唱ざんまいも忘れないでくださいね」(※5)
「……あー、まあ、うん。わかったよ」
あ、ちょっと忘れてたな。
先輩ったら、後輩にちゃんと餌をあげるの、忘れちゃいけませんよ。
2.
これで話終わったんだなー、とちょっと油断していたわたし。
「さて、では続きといこうか」
「あれ? もう終わったと思ってたんですけど」
「一段落と言っただろう」
ああ、小休憩だったんですね。
いつもの流れでいくと、この場合は……。
「対案、というわけですか」
「そうだな。実際は、そこまでは無理なんだが」
と、先輩のうなずきは微妙に否定的である。
「このレベルの話になってくると、小手先の技でこうすればいいだとか、もうそんな次元じゃない。『どうすれば説得力のある物語が作れるか』なんてわかってるなら、自分で小説書いて出版社に送るよ」
「ああ、絶対当たる宝くじの選び方みたいなものですね」
「それはちょっと違うような……まあ、でもだいたいあってるか」
うん、まあ、ちょっと違うかなーとはわたしも思いました。
「今日はテーマが大きすぎるから、話が結構飛び飛びだっただろ? とりあえず、少しまとめ直して、考え直してみようか」
「なるほど。今日はホワイトボードすら使ってないですもんね」
「ああ、そういえば」
およ、珍しく、テーマだけ書いておいて本気で忘れていたらしい。先輩ったらそそっかしいんだから。
「では、テーマから改めようか。『リアルとリアリティ』についてが今回のテーマだ」
「はい。リアルとリアリティは違ったもので、リアリティはリアルより制限されると、そういう話でしたね」
「そうだな。リアリティを欠いたストーリーはご都合主義と非難される。また、リアリティに欠いた描写は曖昧なものとなって、描写たりえず、物語をいびつにしてしまう」
おお、先輩ったらさっそくわたしの話を採用してくれてるよ。
「ここで言うリアリティとは『もっともらしさ』のことだ。『本当にそういうことがあるだろう』、『実際そんな感じ方や決断をするんじゃないか』。そうした実感を読者に持たせる説得力がモノを言う」
「説得力があると、感情移入しやすいですもんね」
「そうそう。臨場感なんて言い方もできるかな。物語に入り込める作品こそ良い作品だ。その意味で、リアリティは物語における最大の評価基準だろう。『面白いがリアリティがない』というのは、ちょっと小説的ではないな」
「面白いが、リアリティがない?」
はて、それってどういうもんだろうか。
「ああ、昔話や童話はそうだろう。絵本もそうかな」
「あ、なるほど。絵本なんて、大人の視点で見ると、シュールなものが多いですもんね」
「設定が極端で、わかりやすいんだよ。そうべえが地獄に行ったり、カラスがパン屋をしていたり」
「ダースヴェイダーが四歳のルークに翻弄されてたりしますもんね」(※6)
「相変わらず君はピーキーな例を出すな……」
いや、あれ、面白かったもんですから。つい。
「まあ、とにかく、現実の生活にそったリアリティは求められていない場合が多い。『スターウォーズ』のあの作品の場合は、育児的なリアリティが交錯することでシュールな笑いを生みつつも、原作の悲劇とのギャップからくる心温まる物語を描いているわけだが、まあ、あれは例外としようか」
す、すいません、役に立たない例えを出しちゃいまして……。
あと、先輩も読んでたんですね。変な例出しちゃったかなーと思ったんだけど、さすがです。
「余談が過ぎたが、小説ではそうしたリアリティに欠いた面白さを求められていないと思う。まあ、逆を突いて絵本的なストーリーを描くというのもありえなくはないが、基本的にはナシと考えていいだろう」
「シュールな設定は受け入れられないと」
「ああ、いや、設定はいいんだ。現実的な設定しか受け入れられないなら、ファンタジーもSFも成り立たない。大事なのはリアリティのある物語と、リアリティのある描写なんだ」
「あ、そうですね」
そっか。突飛な設定の作品なんてたくさんあるもんね。話に入り込みすぎて、思考が狭くなってたよ。
「なら、ここで問題になるのは、そもそもリアリティとはなんなのか、ということだな」
「いろいろな言い方してますよね、先輩。もっともらしさ、説得力、臨場感。一言ではなかなか言えないですか」
「そりゃね。ただ、多少は読み解けるんじゃないかと思うよ」
おお、読み解けるんだ。わくわくして聞くわたし。
先輩はふたたび、一本指を……じゃなくて、二本指を立てた。
「リアリティとはなんなのか。これは二つ考えられる」
なるほど、それでピースなのか。
「一つは、『論理性』だな」
というわけで、ホワイトボードの出番である。
先輩はほったらかされていたテーマの下に、さらさらとマルイチして「論理性」と書いた。
「先ほど言ったように、感情は理解が難しい。理解できればいい、だが、それは簡単なことじゃない。なんとなく、なんて言われてしまうと、理解の端緒も見あたらない」
「だから、これこれこんな理由で、という理由が必要だと」
「そうだな。『AはBである。なぜならCだからだ』という図式であれば、感情であっても理解できる。ラーメンはボリュームがあって結果的に安上がりだから、食べ歩くのはラーメンにしている。そう言われたら、その論理に納得するかはともかくとして、理解はできるだろ?」
「あー、そうですね」
一杯でお腹いっぱいになるから、居酒屋に行ってあれこれ頼むよりは安上がりで済む、なんて言われれば理解はできるかな。いや、女子の一人食べ歩きにしては理由がアレだけども。
でも、理解はできる。これが大事なんだろうね。
「理解できない行動は、リアリティに欠ける。これはわかりやすいんじゃないかな。理解できる行動だから納得がいく。スムーズに読める。リアリティを感じられるって寸法だな」
「あ、これってアレですか。つまり『なんでこんなヤツ好きになるんだよ、意味わかんないよ』ってなっちゃダメってわけですよね」
「ああ、なるほど。そうだな。主人公が複数のヒロインに好かれるハーレム物では、主人公に魅力がないと読者が冷めてしまうな。せめて、『ピンチのときに助けてくれた』ぐらいの理由は欲しいところだ」
「あー、あれ、陳腐ですけどね」
「陳腐だが、ないよりマシだろ」
確かにね。
そうだよね、一目惚ればっかりだと説得力がないし。仮に一目惚れだとしても、魅力のない主人公ならすぐ幻滅するだろうしさ。理由があるなら、まあ、理解はできるよね。
「文章はそもそも論理的である必要がある。ストーリーや描写も同様だな。この点を守っていれば、物語はだいぶ理解しやすいものになる」
「リアリティを生み出す支えってわけですね」
「そのとおり。ただ、これだけでは弱い。『理解ができる』というのと『納得できる』というのは別物だ。リアリティというのは多分に感情的なものだから、論理だけでは限界がある」
「感情的と言いますと?」
「『あるある』『ありそう』というのは、感情的に納得してるだろ?」
「あ、そうですね」
心の中にすとんと落ちるんだから、確かに、論理的だってだけじゃ弱いかも。
「だから、もう一つ大事なものがある。『実感』だ」
と、先輩は再び板書をする。マルニで「実感」。
「前にいつだったか、古代エジプト人にだけ通じるあるあるネタを放り込んでも仕方ないと話したはずだが――」
「ああ、あれは確か、えっと……『ネタ・パロディの扱い』を話したときですね」
「こんな細かなネタまで覚えてるんだな」
ビックリする先輩。えへん。どんなもんですか。
「その例えでも言ったように、読者は現代日本人だ。現代日本人にとってリアリティのある描き方が必要になる。これはそのまま実感と言い換えられる。まあ、あまりに生活感がありすぎるとそれはそれで問題があるが、現代日本人の感覚に沿った描き方が求められるのは間違いない」
「生活感がありすぎる、と言いますと」
「洗濯物が溜まってるからデートを断るとか」
「せ、生活感満載ですね」
度肝を抜かれる理由である。
デートに誘われたヒロインが言うわけだ――「ごめんね、今度の週末はちょっと……洗濯物溜まってるから……」。どんな断り文句だ。
洗濯って案外手間取るし、ヒロインが社会人だったりしたら休日じゃないとやってられないのはわかるけど、そんな恋愛小説イヤだな……。
「小説にはそこまでのリアルは求められていないが、まあ、とにかく日本人に通じる実感が求められるわけだな」
「ちょっと的外れかもですけど、一つ質問です」
「どうぞ」
「小説って、翻訳されて外国で読まれたりすることもあるんじゃないですか?」
「さすがに、ネット小説を書く段階でそこまで配慮しろってのは酷だろ」
あー、まあ、そうですよね。そういえば素人さんの書くネット小説の話でした。
「人気作は勝手に翻訳されたりもしてるらしいが……そのへんを話し出すと本題からどんどん離れてしまうから置いておこうか」
「了解です」
「それに、たとえば中国なんかだと部活に該当するものがないらしいし、その手の部活物にリアリティを感じるのは相当難しいだろうしなあ。文化の違いは致命的だから、ちょっとリアリティに関しては話題にしづらい」
「え? そうなんですか? じゃあスラムダンクなんかも伝わらないんですかね」
「選ばれたエリートがスポーツをする、というならともかく、普通の高校生が部活で全国大会を目指す、という設定が通用するかは未知数だな。想像するに、一種のファンタジーとして捉えられているんじゃないか?」
うーん、それは複雑だなあ。楽しめるかもしれないけど、それって絶対日本人の楽しみ方と違うし、描かれているものをストレートには受け取れてないよね。
「良い作品でも、受け取り手次第ってことですか。うーん。難しいなあ」
「良いところを突くな。そう、受け取り手次第なんだよ。人気作や名作はどこの誰が受け取っても実感できるものだけど、実際、そんな優れた作品を書くのは難しいだろう」
あ、わたしが言ったのはちょっと違う意味なんだけど……まあ、いいか。話は進んでるし。
「だから、『ジャンルの意識』の話をしたときに言ったように、まずそのジャンルをよく理解しないといけない。どう描くべきか。どんな描き方があるか。どんなセオリーがあるのか。想定される読者にどうやって実感させるのか、参考になるはずだ」
「なんか、学術論文みたいですよね。先行研究を踏まえて自分の論文を書くと言いますか」
「君、論文まで読むのか」
「あ、いや、兄からそんな風に書くんだって聞いたくらいですけど」
上の兄が書いてた卒論を面白半分に読んでたくらいなもんです。だからそんな目を引ん剥かなくても大丈夫ですよ、先輩。
「まあ、でも、感覚的には近いだろう。説得力のある描写を、実際の小説から見つけだして勉強していく。先行研究だとか、資料だとか、そうした言い方でも構わないだろう」
「そんな感覚で小説読むの、イヤですよね……」
「これはもう仕方ない。書く以上は、どこかからインプットが必要だよ。それも同ジャンルからのインプットは絶対に必要だ。これは前にも言ったけどな」
「あ、はい、そうですね」
確かこれも「ジャンルの意識」について話したときだったかな。ジャンルの作法や方法論を知るのは大事なんだよね。
先輩は一本指を立てて、思い出していたわたしに注意を喚起する。
「ただ、それ以上に大事なものがある」
「と言いますと」
「実生活だ。生活していて思ったこと以上にリアリティのあることは存在しない」
ごもっともである。
そうだよね、あるあるネタって、実生活ネタに他ならないわけで。
「生活していて面白かったこと、気になったこと、イヤだったこと、感動したこと。自分の感情に対して敏感になって、どんなときにどんなことを感じたか、記憶しておく。あるいは、記録しておく。他人についても同様だな。他人がどんなことを言っていたか、どんなことをしていたかに注意しておく」
「ふむふむ」
「実生活は本当に大事だよ。たとえば『ワンピース!』の登場人物も、実在の人物をモデルにしている場合が多いと聞くな」(※7)
「先輩、確か前に『外出をやめよ、書を読もう』って言ってませんでしたっけ?」
あれ? そのへん、矛盾してないかな? 外出しないと、他人とは会えないもんだと思うんだけど。
わたしの疑問に、先輩は軽く手を振った。
「ああ、もちろん、読書は大事だよ。でも、徹底した出不精の人や引きこもってる人は別として、普通、買い物したり髪を切りに行ったりするだろう。そうした日々の体験もアイディアの種になるし、リアリティのある描写を磨くための教材になるはずだ」
「特別、外出するんじゃなくて、日常生活でも勉強になると」
「そうそう。大沢在昌さんなんかは電車での人間観察を勧めていたが(※8)、ラーメン屋で隣になった人をそれとなく見るだけでも勉強になることはあると思うよ」
なるほど、普通に生活している範囲でも描写の力は磨けると。
そうだよね、自分がイライラしたとき、その理由を論理的に解体していけば「論理性」が磨けるし、そのシチュエーションを見つめ直せば「実感」した苛立ちの一例になるわけだ。そこにリアリティの種がある。
先輩は、結局単語二つしか追加しなかったホワイトボードを見て「たいして使わなかったか……」なんてぼそっとつぶやきながら、話を取りまとめた。
「リアリティとは何か。論理性と実感だ。論理的で、実感しやすいような描写と、そうしたストーリー展開を組むことがリアリティある小説を書くための要件、というわけだな」
3.
ひー、結構頭使ったなあ。おつかれ、わたしの頭。
先輩もねぎらってくれる。
「お疲れさま。込み入った話になって悪かったな」
「いえいえ。テーマがテーマですし」
途中でも感じたけど、本当にもう終わっちゃうんだなって感じだ。ネーミングの話をしていた頃が懐かしいよ。マリアを何人覚えればいいんだ、みたいなとっても単純な話だったしね。
ただ、リアリティってのは全然考えたことがないポイントだったから、結構面白かった。なるほどねー。物語に入り込めるかどうかをそんな切り方するんだね。
「にしても、本当にもう終わりなんですね。もうだいぶ、ネット小説というか、小説そのものについての話になってますし」
「あと二回で終わらせるつもりだからな」
「あ、やっぱり今週で終わりなんですか」
なんか、いつぞや聞いたような、聞いてないような。
今週は先輩、ちょっと準備が足りてないのかなー、と思うくらいに粗いところがあるし、今週一杯で終わらせるつもりで詰め込んでるのかもしれないね。
「夏休みの間中やることじゃないからな。部活自体も週に一回くらいで構わないし」
「ああ、そういえば、そう言ってましたね。先輩」
うーん、結構残念だ。
なんていうのかな、先輩とのやりとりの空気がつかめてきたっていうのかな。合ってるとか、合ってないとか、そういうことじゃなくて、会話をする距離がわかってきた気がするんだ。
どんな話でも、楽しいんじゃないかな。楽しめるんじゃないかな。
せっかくだから、もっといろいろな話をしたかったんだけどね。ネット小説に限らず。
「残念ですねー」
「おや、毎日でもやりたかったか?」
冗談めかした先輩の言葉に、素直にうなずいてしまったわたし。
あ……。なんも考えずに、反応しちゃった……。
ビックリして、こちらを凝視する先輩。目をぱちくりさせてるよ。
「あ、あー、うん、まあ」
でも、まあ、嘘じゃないし。
もう一度うなずいておく。
「そりゃあ、話し手冥利に尽きる」
ちょっと恥ずかしそうに笑って、先輩はお茶を飲んだ。
そして、何気ない様子で言葉を続ける。
「そうだ」
「はい」
「今度の土曜のことなんだけど」
「あ、はい、どこ行きます?」
お茶を置いた先輩は、いつものように片肘突いて、こちらをのぞき込むように目を細めた。
「うちの学校のサマーコンサートに行こうと思うんだけど、どうだろうか」
わたしによるネタ・元ネタ解説
※1
家系はこの場合、「かけい」と読む。
これを「いえけい」と読むと、それはさすがにラーメンの話題を引っ張りすぎである。
※2
「小市民」シリーズは「春期限定いちごタルト事件」から始まる、米澤穂信さん著作の日常ミステリーシリーズである。
ヒロインの女の子がいい感じに腹黒で、主役二人がお互い利用しあうドライな関係が楽しい作品である。ドライに見せていて、どこかウェットなところがあるんだよね。
秋季まで出てるんだけど、冬季はまだだろうか。結構待ってるんだけど。
※3
このへんは「はがない」九巻を参照してもらえると、よくわかってもらえると思う。
いや、それにしてもヒロインの思いを「重い」とかすげぇこと言うなと、わたし、びっくりしたんだよ。ホント。
※4
この話については「文章表現」の回を参照してもらいたい。
※5
この話については、詳しくは外伝の2を参照してもらいたい。
※6
順に「じごくのそうべえ」「からすのパン屋さん」「ダース・ヴェイダーとルーク(4才)」というタイトルの絵本の話である。
成長してから読むと、絵本って面白いよね。カラフルだから見てて楽しいし。
※7
言わずと知れた超有名なジャンプマンガである。
わたしも「ワンピース」はちょっと読んでたよ。下の兄から借りてね。
※8
何度か話題に出ている、大沢在昌さんの「売れる作家の全技術」に載ってるのだとか。




