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17.会話文

【文字数】

 13000字ほど


【作者コメント】

 今回は話が錯雑としています。ごめんなさい。


【目次】

 0.承前:わたしが再び絡まれた話

 1.会話文についてのあれこれ

 2.会話についてのあれこれ

 3.締めくくり:今日の反省会


0.


 だいぶ前に、わたしは司書さんに絡まれた。(※1)

 以来、ちょっと図書準備室にビビってるわたしは、鍵取りを先輩に任せっきりである。あれ、本当にビックリしたなあ。グイグイ来られたもん。ああいう感じですり寄るのは男相手のときだけにしてもらいたいものである。

 とまあ、アラサー司書さんにちょっと毒を吐いている今日この頃。どうしたかって? ははは、わたしの方が先に着いちゃったんですよ。鍵開けなきゃなんないわけですよ。

 先輩は優しいから「こっちが着くまで待ってくれても構わないぞ?」と(メールで)言ってくれてるわけだけど、それが脳内で「てめぇビビってんのか?」と変換されてしまったわたし、ついつい「ビビってねーですよ」と強気に出てしまったもんでして。てへり。

 あー、意固地になっていいことないよね。もうちょいで先輩来るし、待てば良かったんだよ。とほほ。

 まあ、仕方ない。なるようになれ。

 わたしは図書室へと、本当に久々に足を踏み入れたのだった。ち、ちわーっす、お久しぶりっす、三河屋です。


「あ、古典部、鍵持って行きますね」

「そうはいかんざき」


 何があった。いま、何があった。

 わたしが入った瞬間、ぱあっと顔を輝かせたアラサー司書さん。イヤな予感がして、わたし、口早に言って入り口近くにある鍵入れへと振り返り、手を伸ばしたんだけど……その一連の流れに、即座に邪魔の手が入った。っていうか、物理的に手を掴まれました。

 いやいやいやいや、司書さんと入り口までの距離何メートルあったよ。デスクからここまでどうやって一瞬で来た。

 あまりのことに、わたしは「いつの政治ネタですか」というツッコミすら忘れてぽかーんとした。


「ひさびさー」

「あ、す、すいません……ろくに挨拶にも上がりませんで……」

「やだ、ここ、別にヤーさんの事務所じゃないんだから」


 ビビりまくっているわたしに、司書さんはきゃらきゃら笑う。いや、わたしには矢印さんの事務所くらい恐るべき場所なわけですが。いま現在、完全に片手で押さえ込まれてるわけなんですが。


「それで、どうなの?」


 ど真ん中直球を放つ司書さん。


「ど、どうと申されますと」

「あはは、そんなの決まってるよね?」


 にこにこと、まるで生き餌をいたぶって楽しむ猫のように楽しそうに、司書さんはわたしを追いつめる。


「それに、あたし見ちゃったんだー」

「な、何を」

「この前の土曜」


 ギクリと、確かにわたしはたじろいだ。


「商店街で仲良く歩いてたよね?」

「う」

「手までつないじゃって」

「ぐ」

「しかも、キミがあっちこっち、あの子引っ張って行って。すっごく楽しそうだったよ」


 ぐ、ぐうの音も出んぞ。

 しかもあれ、完全にデートだったわけだし。


「あの子も楽しそうだったしね。わたし、あんなに笑ってる彼は初めて見たなー」

「は、はあ」


 そ、そうっすか。はい、そうですね。めったにありませんもんね。じゃあ、このへんでわたしはドロンさせてもらいますね……。コレがコレなモンで……。


「それで、どうなの?」


 ガッチリ握り込まれた手を振り払えず、しかも詰め寄られて逃げ場を完全に防がれた上で、再び問われたわたし。うえーん。だからイヤだったんだよー。


「え、えーと」

「助け待ってるの? また彼が来るまで待つつもり?」


 笑いながら、ザクザクと切り込んでくる司書さん。この人、絶対Sだろ。

 ぐう、そりゃ待ってたら先輩来てくれるだろうけど、今度こそ逃げ出せないで二人一緒に捕まりかねん。先輩でもこの人の相手は荷が重いだろう。

 ここはなんとかわたしが、どうにかしないと。オレに構わず先に(図書予備室に)行け、というわけだ。


「ワタシ的には、別にそれでもいいんだけどー」

「あ、いえ、まあ、これから部活がありますんで。部活ですんで」


 大事なことなんですよーとアピール。


「ふーん。で?」

「な、何分、公的なことでございますから、わたくしどもといたしましてはきちんと期日時間を守りましてですね、誠心誠意活動を行っていくことこそ、心身を涵養する部活動の理念に則(のっと)った行動であるものとここに確信する次第でして」

「ふーん。で?」

「わ、我々学生にはこうした部活動を行う自由が認められておるのであります。それは正当な手続きに則った、なんらアヤシむべきところのないごく真っ当な活動でありまして、そうした活動をより良い人生を歩むための礎とするため、今日という日の一分一秒を切磋琢磨するために使いたい次第にございましてですね」


 司書さんは花が開くように明るく笑って言った。


「ふーん。で?」

「で、ですから……その……部活行きたいって言いますか……」


 うえーん。煙に巻けないよう。先輩助けてー。




 散々問いつめられて、なんとか逃げ出したわたしが見たのは、図書室の前で笑い転げてる先輩だった。

 ヘロヘロになるまで頑張ったわたしを笑うとは、とんでもねぇことである。わたしは瞬間沸騰し、脳天直撃セガサターンするのだった。(※2)




1.


 超ドレッドノート級に不機嫌なわたしに、先輩は何度となく謝った。


「すまんすまん。君の国会答弁みたいな喋り声が外まで聞こえてきてな。つい笑ってしまったんだ」

「まだ顔、笑ってますよ」


 笑ってる間は許してあげませーん、とツーンとするわたし。

 それでも先輩は笑っている。


「いや、本当にありがたかったよ。悪かったな。あの人の相手は大変だっただろ?」

「大変なんてもんじゃないですよ。笑いながら的確にボディーブロー決めてきて、こっちがふらつくの待ってるんですから」


 精密極まりないファイターである。一発一発、入るポイントがエグい。こっちが破れかぶれで攻めに転じても確実にボディに入れてくるんだもん。どないせいっちゅうねん。


「もうわたしイヤです。イーヤーでーすー。絶対鍵取りに行きませーん。もう先輩がやってください。毎回やってください」

「あはは、わかったわかった」


 やっぱり笑ってる。むう、なんだよもう、これじゃあわたしが駄々っ子みたいじゃないか。


「わかってます? 大変だったんですからね? わたし、不機嫌なんですからね?」

「わかってるわかってる」

「真剣味が足りませんよ。もっとこう、あるでしょう。誠意ってもんが」

「じゃあ、何かプレゼントでも贈ろうか?」


 にこにことそんなことを言う先輩に、わたしはちょっと口ごもった。い、いや、それは、どうなんだ。プレゼント一つでごまかされちゃうような安い女で本当にいいのか?

 でも、やっぱり、プレゼントは嬉しい。値段がどうだとか、物がどうだとか、そういうことじゃなくて、プレゼントが嬉しいのだ。そりゃあ、くさやの干物(※3)渡されたら困るけどね。

 ぶんぶんとわたしは頭を振って、妄念を振り払った。


「そんな連チャンでもらっちゃ、ありがたみも何もあったもんじゃないですよ。それはさすがに遠慮しときます」

「じゃあ、今日は何か美味しいものでも食べに行こうか」

「……たまに思うんですけど、先輩、わたしを太らせようとしてないですよね」


 いや、ありがたく食べさせてもらいますけども。養豚所の豚のように肥えさせられているのではないかと、時折思わなくもない。


「美味しいものを食べるのは楽しいだろう?」

「そりゃそうですけど」

「楽しいことをして、イヤなことを忘れる。それだけのことだよ。で、どうする?」

「せっかくの申し出ですから、もちろん、ありがたく御相伴預からせていただきますとも」


 先輩の言うように、やっぱり美味しいものを食べるのは楽しい。昨日もお茶会、楽しかったしね。

 今日は特に約束しなかったけど、また何かしたいな。一緒にいろいろするのって楽しいしね。

 うん、あ、なんだか機嫌良くなってきた。


「うむむ」

「どうした?」

「泣いた子がもう笑ったみたいで、なんかシャクなだけです」


 そんなわたしのしかめっ面に先輩はもう一度、くすくすと笑った。



 

 さて、と先輩が前置きをすると、もうわたしは聞く姿勢が整えられていた。パブロフの犬だなあ。


「今日は『会話文』の話をしようか」

「徐々に核心に迫るようなテーマが出てきましたね」

「そうだな、ついでだし、後の三日分のテーマも言っておこうか?」

「あ、それはナシでお願いします」


 折角だから、毎日毎日知らないテーマで臨んで、楽しみたいよね。

 いや、わたしが担当するのなら、前もってテーマ言ってもらわないと本当に、ほんっとうに困りますけどね。


「なら、早速話に入ろうか」

「はい」


 テーマを板書した先輩は、席に戻るなり、いきなりいつもの一本指を示した。


「現代の小説において、会話は最も重要な要素じゃないかな。個人的にはそう思ってるんだ」

「ストーリーよりも、ってことですか?」

「あるいは、そうだな。さまざまな小説の形式があるし、実際一概には言えない。ただ、現代の小説のメインストリームはエンタメだと思うし、エンタメで最も大事なのはキャラクターだ。人の織りなすドラマを楽しむものだからな。そして、会話文は、そのキャラクターが直接発した言葉なわけだ」

「だから会話が最重要だと。三段論法……じゃなかった、四段論法ですか」

「ああ、確かに四段になってるな」


 論理の進みはシンプルだし、特に異論はないかな。少なくとも、先輩がそう論じる内容は理解できる。

 そうそう、これ、確か「段落の組み方」の話をしていたときに先輩が言ってたことだったんじゃないかな。


「前にも言ってましたよね。キャラクター小説の会話は孔子の言葉みたいなもんだって」

「ああ、言ったような気がする。いつ言ったんだったかな」

「『段落の組み方』のときですね」


 ノートを確認しようとする先輩に先んじて、わたしは指摘する。

 先輩はパラパラと該当のページらしき箇所を確認して、うなずいた。


「さすが、その通りだな」

「どんなもんです」


 ドヤ顔である。どやどや。

 先輩はちょっとだけ笑って、話を続けた。


「そう、前にも話したが、物語の中心を会話が占めるシーンも珍しくない。現代のエンタメ小説ではキャラの比重が大きく、それだけに会話文の重要性はいや増している」

「はい」

「これは何もストーリーを軽んじているわけじゃない。シリアスな物語でも、空気系の物語でも、会話が同様に重要であると言った方がいいかな。二次関数における切片みたいなものだ」


 だからやめようか。数学たとえは。


「会話の掛け合いを楽しみにしている人も、本読みには多いだろう。たとえば『星界』シリーズはSFであり、ボーイミーツガール物であり、戦記物でもあるわけだが、そうしたジャンルの楽しみとは別に、それぞれのキャラのやりとりを楽しみにしている人が多くいるはずだ」

「わかります。あれ、面白いですよね。個性的でないキャラがいないというか」

「その個性も、会話で表現されているわけだな。名作B級映画の掛け合いのようにユーモラスで、それでいてそれぞれの個性が上手く描き出されている。もし小説を書くなら、手本にしたいくらい見事な作品だよ」


 相変わらず、「星界」シリーズがお好きな先輩なのだった。


「それに、どんな行動をしたかでキャラを演出するのは意外に難しいんじゃないかと思う。個性と言えるほどの行動って、結構アレじゃないかと思うし」

「極端な行動ですと、それこそ、先輩が前に言ってた引いちゃう属性になっちゃいそうですよね」

「そうそう。あのときの例で言えば、女装癖や暴力癖は個性と言えるだろうが、読者をイヤな気持ちにさせるような個性を描いても仕方ない。個性とは魅力と言い換えてもいいんだ。趣味や行動で個性を描くのは、たぶん、思った以上に難しいことだと思うよ」

「だから会話に頼れと」

「おうとも」


 先輩はうなずいた。


「同じシチュエーションでも、人によって言うことは違う。そこに個性が表れる。時事ニュースの話をしていて、思ってもみなかった意見を相手に言われたら驚くだろ? たぶん、いきなり女装してきたのと同じくらいの大きさの驚きがあるはずだ」

「いや、いやいや、それはちょっと。いきなり先輩が女子の制服着てきたら、驚きじゃ済みませんよ」


 そのときはなるべく優しく応対して、家に帰してあげることだろう。


「ああ、いや、たとえが悪かったかな。同じような驚きがあるというか……たとえばいきなり『女装してみようと思うんだ』と言ったとしようか」

「先輩が、ですか?」

「もちろん。いまこの場で、ということにしようか。すると君は、いきなり何を言い出してるんだ、と思うだろ? その発言自体が、実際に女装して現れるのと同程度の……この言い方が悪いんだな、同じ質の驚きをもたらすんじゃないかと思うわけだ」


 うーん、どうだろ。先輩がいきなり女装したいと言い出したら、確かに「ナニ言い出したんだこの人」とはなるよね。自分の持ってる先輩のイメージに、あまりにそぐわない。

 ……およ? あ、なるほど、そういうことか。


「あ、わかりました。発言するってこと自体が、もうすでに変なんですね。この人がこんなコト言うなんて、って印象づけられる。実際にするのと同じくらいビックリなんですね」

「そうそう。どんな場面で誰が、どんなことを言うかが大事なんだよ。それそのものが、何かをするのと同じくらいキャラを印象づける。いつもおどおどしている人が、本のこととなると途端多弁になる、とかな」

「ああ、『ビブリア』ですか」(※4)


 そうか。ああいう台詞の量が変わるってのも、一つの個性として描けるわけか。

 オンとオフがハッキリしてる分、確かにキャラが立ってる気はするかな?


「会話のやりとりで、相手がどんな性格をしているのかに気づけるし、一人称の小説なら、主人公がどんな性格をしているのかも表せる。描写する上で大事な要素だ、とまあ再三の繰り返しになるが、そのへんは納得してもらえたかな?」

「あ、大丈夫ですよ」


 わたしはこくこくとうなずいた。

 一種の極論にも思えるんだけど、わたしも自分が好んで読んでる作品を思い返すとき、好きな部分は会話なんだよなあ。地の文でスゲェ、ってなったエンタメ小説って、あんまり印象にない。

 たとえば「東雲侑子は~」のシリーズ最後の巻、最後の最後の空港でのシーン。あそこでの彼の台詞にはシビレたんだよなあ。じゃあ、同じくらいシビレた地の文があったか、というと、ちょっと出てこないのだ。

 ディテールを考えたとき、台詞の重要性はよく理解できる。


「……ってな感じで、わたしは理解しました」

「ああ、まったく、君は良い指摘をする」


 とても感じ入ったように先輩はうなずいた。わーい、誉められたぞー。


「もちろん、行動することと決断すること、それが物語だ。物語全体で考えたとき、会話文は一つの部品に過ぎない。マクロの視点で言えば、最重要なのはストーリーだろう。ただ、ミクロな視点では会話文が最重要となる。ここがおろそかになることは許されない」

「マクロミクロですか。えっと、おっきな意味で大事なのはストーリー、細かく見ると大事なのは会話文ってわけですね」

「そうそう」


 先輩はそのまま板書する。「マクロ→ストーリーが大事」「ミクロ→会話文が大事」。


「会話文自体が人物描写そのものと言ってもいいな。あと、会話でもストーリーを大きく展開させられるらしいんだが、そうした技術論はちょっと手を出しづらいんで控えることにする」

「ありゃ、珍しいですね」

「大沢さんの小説講座でも、講座一回分会話文に当てられてるんだが、そこで話されてる内容はさすがに、ピンとこない。書いてない身ではわからないんだよ」(※5)


 あー、その辺はやっぱり書いてない人間の限界なんだろうね。たぶん、わたしが読んでみてもピンとこないだろうし。

 それでも、と先輩は技術的な面で一応アプローチを試みる。


「技術論として言うのなら、『会話文だけで誰が話しているかわかるかどうか』というのは、個性の表現として重要なポイントになるだろう。基礎的なところだが、案外この部分がネット小説では弱い気がする」

「えっと、つまり?」

「つまり、地の文で『誰それが言った』と書かなくても、誰が言ったことなのかわかるかどうか、ってことなんだが」


 ああ、うん、なるほど。言いたいことはなんとなくわかる。

 キャラがいっぱい出ちゃうと、誰がどんなこと言ってるのかわかんなくなっちゃうってのはあるよね。何度読み返しても、いったいこれは誰の発言なんだと頭悩ませちゃうようなの。


「大沢さんはこのことについて、『会話については保守的であった方が良い場合が多い』と言っておいでなんだ。つまり、女性には女性らしい言葉遣いを、老人には老人らしい言葉遣いを選べ、ってことだな」

「そのへん、どうなんでしょう? リアリティがなくなっちゃうんじゃないかなって気もします」


 板書しながら先輩は軽くうなずいた。


「ああ、もちろん程度問題だよ。大沢さんも、『保守的すぎてもいけない』と言っておいでだから。語尾だけ『ですじゃ』だとか、『かしら』だとか、そんな風に変更しても浮いてしまうだろう」

「そうですよね。いまどきそんな口調使う人っているんですかね……じゃなかった、いるのかしら?」

「急にタメ口利かれて、どう応えていいか戸惑ってるんだが」


 あ、そっか、これタメ口じゃん。すいません。キャラ的に違うどころか、先輩後輩関係の点でもダメじゃん。


「語尾だけじゃなくて、きちんとキャラの背景がその言葉遣いに合った形で整えられていたら問題ないだろう。要は、その人らしい言葉遣いかどうか、だ。その上で、物語におけるキャラの台詞は保守的であった方が機能しやすい、というわけだな」

「それぞれ見分けが付くように、ちょっとぶった感じで喋らせろと」

「口は悪いが、まあ、その通りだな」




2.


 ぼやぼや話していて、ちょっとわたしは気になっていた。そういうときは我慢できずに、言っちゃうんだよね。


「先輩先輩」

「なんだ?」

「会話文が大事って言ったわりに、今日はなんだか話がまとまってないですね。仕様ですか?」


 先輩は口を付けていたお茶を吹きかけた。あ、すいません、タイミングが悪かったですね。


「……ああ、いや、自分で話していてもあっちこっちに飛んでて、何か用意していたものが悪かったかなと思ってはいるよ」

「そうですよね。なんか、一貫性がない感じで」


 先輩はうーんとちょっと考えている。あ、お茶入れましょうか? あとでいいですか、はい。


「あ」

「どうしました」

「ああ、なんだ、そういうことか。ちょっとごっちゃになってたんだ」

「何がです?」


 何やら独り合点している先輩。いやいや、教えてくださいよ。


「いやな、今回のテーマは『会話文』だろ?」

「そうですね」

「これは二つに分類される。『会話』と『台詞』だ」


 わたしは目をパチパチさせる。えっと、どう違うんですか?


「つまり、二人以上でする『会話』と、キャラの『台詞』。会話のやりとりと、さらに細かく見た台詞そのものを一緒くたにして話してたから、話があっちこっち行ってたんだ」

「……なるほど」


 なるほど、よくわからん。


「たとえば、そうだな。君が図書準備室で例の司書さんと戦っていたときのことだ」

「ええ、わたし、全力でファイトしましたよ」


 ファイティングポーズでアピールしてみる。


「その節はお世話になりました……で、だ。君が国会答弁みたいなことを言っていた。あれが『台詞』だな。君のキャラとギャップがあって、それ自体が一つの面白味だ」

「は、はあ。ありがとうございます」


 これは、誉められてるのか……?


「まあ、あの司書さんだから、適当にいなされただろうが。あの人はなんて言ってたんだ?」

「ずーーっと、『ふーん、で?』だけですよ」


 途端、先輩は吹き出した。

 こら、先輩、人の苦労話で笑わない!


「……すまんすまん。君の台詞の合間に、そういう合いの手というか、一種のツッコミを入れる。この掛け合いが『会話』だな。相手あっての会話だ」

「例に使われたのは納得できませんが、おっしゃってることは理解できました」


 いや、うん、まあ、わかりました。

 会話がAさんBさんの掛け合いとすると、台詞はAさんの台詞とBさんの台詞ってわけか。これをごっちゃにしてたから、話があっちこっちに飛んでた気がしたんだ。なるほど。

 わたしのそんな納得を見てから、先輩は一本指立てて、話を続ける。


「最初に言ったように、エンタメ小説は基本、人と人の関係から生じるドラマが主題だ。だから、ここで大事になってくるのは『会話』の方だな。もちろん、それぞれがきちんと個性的に喋っていることは大事だが、世の多くの芸人がコンビであるように、ボケツッコミがきちんと揃ってこそ笑いの方程式は完成する」

「一人芸、完全否定ですね」

「完全には否定してないだろ。ただ、あれは、世の中に対して芸人がツッコむか、芸人がボケてるのを見ている観客が心の中でツッコむか、二者関係が二人じゃなくて一人対何かになってるだけだ。一対一の関係に違いはない」


 うん? いきなりのお笑い論で、頭がついていかないぞ。


「わかりづらいかな? たとえば、世の中のおかしなことにツッコミを入れる類のフリップ芸はよく見かけるだろう」

「ああ、『マシンガンズ』なんて二人でそれやってますよね」(※6)

「コンビ二人ともがツッコミなんて特殊な例から入らないでくれ。まあ、それはともかくとして、同じフリップ芸で言うのなら、『バカリズム』は観客にツッコませるパターンが多いな」


 あ、はいはい。なんかだいぶ昔、先輩と「日本ようするに昔話」の話をしたけど、あれとか、他にも都道府県のランキングネタなんてまさにそうだろう。(※7)

 持ちやすい都道府県、なんて「ナニ言ってんねん」と観客がツッコミを心の中で入れざるを得ないネタである。

 なるほど、確かにボケツッコミの構造自体は変わらないわけか。


「話がお笑いの方面にそれたが、会話というのはボケツッコミの応酬だ。ギャグ的な意味に限らずだが、ギャグに限ればこの構造は絶対条件と言ってもいい。君に貸した『GS』でもそうだが、こうした部分部分での笑いは物語の魅力として大きく機能している」

「あー、あの世界観からボケツッコミを抜くのは致命的ですね」

「シリアスな物語が多いしな。ギャグを挟まないと、結構キツい物語が多いよ。中世編では横島が死んでるし、香港編では世界がドエラいことになりかけた。アシュタロス編なんて、ギャグを挟んでようやくあの重さだ」

「エンタメとしては、そこで一服を挟まないとキツいですよね」


 先輩はしまったという顔をして「また話がそれたが」と軌道修正。


「この視点から見ると、先ほど話した『会話は保守的な方が』という理屈もまた違った見方ができる」

「と言いますと」

「舞台なんだよ。コントや、君が行く合唱の演奏会のように、非日常的なものなんだ、小説の会話は」

「えっと、それはつまり、ある程度リアリティが欠如したもので構わないと」


 いや、それはさすがに暴論じゃないかって気がしますけど。

 と思ったら、先輩は首を横に振った。あ、違ったんですね。


「そうではなくて、ある程度誇張されたもので構わない、ということだな。実際、現代の口調はかなり、なんと言うかな、ユニセックスなものだろう」

「あー。それはわかります」


 女の子女の子した喋りなんて、男に媚び売るときぐらいしか使わないんじゃなかろうか。男らしい喋りってのもね、あんまり覚えがないし。


「男女の差はほとんどない。たぶん、テレビの影響だけど、誰も彼もが標準語に触れて、自然と正しい日本語と、正しいスラングに触れている。もちろん方言はあるけど、若年層でまったく標準語が喋れないなんて人はむしろ稀だろう」

「若年層の方言離れってのは、よく聞きますよね」

「まあ、あれは単なる偏見だと思うけどな」

「あれ、そうなんですか?」

「方言離れなんていまに始まったことじゃないだろう。一説によると、自分の世代が最後の『正しい伝統を継承した世代』だと思う傾向はどの世代にもあるそうだから」


 あー、そっか。そうだよね。わたしたちの世代が方言離れしてるとして、じゃあ十年前はどうなのかって、その世代だって方言離れしてるだろうし、二十年前だってそうだろうし。

 どの世代でも変化はあるんだから、そのへんは言い出したらキリがないだろうね。


「しまった、また余談を。まあ、それはいいんだ、そうした自分たちの感覚そのままに会話を起こすと、誰が喋ったかなんて絶対にわかりっこないよ」

「同性の友達同士なんて、だいたい同じ感じで喋りますもんね」

「そうだよな。だから、ある程度の誇張は必須なんだ。さっき言ったように程度問題はあるよ。それでも、この認識は持たないといけない」


 と言って、先輩は板書。「現実と小説とで、会話は違ったものである」。


「あまり行き過ぎるとマズい。君が言ったリアリティの問題はある。ただ、まったく脚色しないんじゃ物語として魅力に乏しい」

「語尾に変化を付けるようなデフォルメもまたアリだと、そういうわけですね」

「物によるけどな」


 物による。先輩、それはさすがに便利な言葉に頼りすぎな気がするんですけど……。まあ、仕方ないか。本当に物によるしね。


「そうだ。物によると言えば、会話の比重についても触れておこうか」

「比重ですか?」

「会話と、地の文の比重だな。つまり、どれくらい登場人物がペラペラ喋っているか、ということだ」


 比重というと、えーと……ええい、先輩め、だから数学たとえはやめろと言ってるのに。あ、でも比重は理科系と解するべきなのか?

 うむむと悩むわたしを後目に、話を続ける先輩。ちょ、ちょっと比重のことは置いておきますね……。


「キャラの魅力が作品を決定づけるライトノベルや、そこまででないにしてもキャラが重要なエンタメの小説では、必然、会話の比重が上がる。会話シーンの質も量も高まるだろう」

「そうじゃない作品では違うと」

「たとえば戦記物の場合、どうしたって地の文が多くならざるを得ない。それでいいし、そうしたものを読者も求めてるだろう。それぞれの作品のジャンルや特徴によって会話の比重は変わるはずだ」


 ふむふむ。なるほど。比重ってそういうことか。


「もちろん、物語の展開次第で、場面場面でその比重は変わる。バトルシーンで戦闘描写そっちのけでダラダラ会話していたら、緊張感も何もあったもんじゃないだろ? どんな場面で、どのくらいの比重を置くか。このことは自覚的に描いた方が良いんじゃないかと思うよ」

「つまり、ここのシーンでは会話がメインで、ギャグを挟もう。あそこは急展開だからダラダラ喋らせないで緊張感を保とう。そんな感じで書いた方が良いと」


 整理しながら話すわたしに、先輩はうなずいた。


「そうだな。大沢さんは『ベタ塗りの描写』だとか『リズムのいい文章』だとか、いくつかの言い方でメリハリの付け方を指摘してるんだけど、物語の中で描写の仕方は変化しても構わないそうだ。で、これは個人的な意見だが、会話の比重は特に重要な要素だと思うよ」


 ふんふんとうなずくわたし。

 これでどうやらお終いだったみたいで、先輩は感想混じりに話を締めた。


「あやふやだし、いろいろ話もゴチャゴチャしてしまったが、会話文については以上だ。お粗末様でした」




3.


 先輩の言うように、どうにもゴチャゴチャした回だった。


「そのへん、先輩的にはどう分析してます?」

「反省会が早いな。一服させてくれ」


 あ、ごめんなさい。

 先輩は飲みさしのお茶をあおってから、ちょっと思案した。


「そうだな。結局、書いてない人間の限界だろう」

「あくまで、読者視点での小説論ですもんね」


 わたしがそう応じると、先輩はしみじみ「そうだよな」とうなずいた。


「面白いと思った会話はある。『星界』なんてその宝庫だ。ただ、ならその作り方はどうするんだと考えたとき、わかりようがないんだよな。いろいろな角度から見てみようとしたけど、本質はつかめてない気がしてならないよ」

「やっぱり書いてなんぼの世界なんですかね」

「ちょっとな。これくらい大きなテーマになってくると、限界は見えてくるな」


 先輩にしては弱気な発言である。

 それなら、とわたしは一本指立てて、先輩に言ってみた。


「じゃあ、書いてみます?」

「小説を?」

「小説を」


 わたしはうなずいた。


「古典部としては、文集出した方が正しいんでしょうけど、結局あれだって何書いてるもんだかわかりませんし。小説を出しても構わないでしょ」

「あ、それはマズいな。文学部と被る」

「ああ、そういえば本家本元がいましたか」


 即座に頓挫するわたしの計画であった。


「ただ、書いてみるってのは面白いな。あくまで読者目線での小説論を、と気取ってはいたが、やはり書いてみないとわからないものもあるか」

「実際、どんなことでも試してみないとわからないものでしょう。それが正しいとか正しくないとか、そういうの、やってみてから考えてみるべきことって、たぶん、いっぱいありますから」

「君の言うことは、まったくもって正しいよ」


 そう、大きくうなずいてから、ふと。

 先輩は視線を宙で泳がせた。


「ありゃ、どうかしましたか?」

「……うん、いや」


 先輩はまっすぐ先を見て、つぶやいた。


「そうだな、君は正しいよ」




 気のせいかな。

 先輩は、ちょっとだけ、わたしから目線をそらしたように見えた。


 わたしによるネタ・元ネタ解説


※1

 詳しくは「一人称、三人称」の回を参照してもらいたい。


※2

 セガサターンなるゲームのハード機に、そういう標語があったらしい。

 まあ、全然関係ないんだけど。文の意味はなんとなくニュアンスで理解してほしい。


※3

 かの「ときメモ」に出てくるハズレのプレゼント品である。

 あれって逆に、わざわざ手に入れてくれた主人公は結構準備してくれてる気がするんだよね。要らないけどさ、くさやの干物なんて。


※4

 ドラマ化もされた三上延さんの「ビブリア古書堂の事件手帖」の主人公、栞子さんのこと。

 人見知りで、黒髪美人で、巨乳で、でもオタクトークだけ堪能っていかにもオタク受けな感じだよね、と下の兄に言ったらめっちゃくちゃニラまれた。いや、バカにしたわけではないんですが。

 わたしも好きなんですよ、あの人。あの微妙な腹黒具合は、良いさじ加減してると思う。


※5

 毎度おなじみ、大沢在昌さんの「売れる作家の全技術」の話である。

 先輩によると、たとえば物語を次に展開していくための「隠す会話」というテクニックが紹介されているのだとか。

 その回はそうした技術論が中心の回で、先輩は「物書きの方は読み応えがある部分だと思うよ」と言っていた。うん、ピンと来てない感がすごいですね、その感想。


※6

 「マシンガンズ」は世の中の不満をがなり立てる芸風の芸人さんである。

 彼らはよく「女ってバカだよな!」「女ってバカだよな!」とがなり立てているので、女性人気がまったくない芸人コンビである。

 わたしは好きなんだけどなあ。芸人風情がわかったような口聞いてるのを見るのって、結構楽しいし(と、皮相的な見方をするわたしなのだった)。


※7

 この話は「ネーミング」の回を参照してもらいたい。っていうか、わたしも日記見直して思い出したよ。

 バカリズムの「日本要するに昔話」はカラオケにも入ってるから、カラオケの合間に入れてみるとグッドである。今度わたしも入れてみるか。なんか、先輩が細かく注釈してくれそう。


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