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15.ネタ・パロディの扱い

【文字数】

 14000字ほど


【作者コメント】

 今回は、安易なネタの扱いについて語っています。

 あくまで個人的な見解ですので、そのつもりで眉唾の準備をお願いいたします。


【目次】

 0.承前:先輩にこっぴどく叱られた話

 1.ネタ・パロディの重要性について

 2.ネタ・パロディを安易に扱う問題について

 3.利用するに当たっての二つの注意点

 4.締めくくり:日に日に先輩の女子力数値がアップする話


0.


 今日は図書室で先輩と鉢合わせした。うん? 鉢合わせって言うと、なんか良くないニュアンスがあるんだっけ? いや、ただ単に鍵を取りに来るタイミングが同じだったってだけなんだけど。


「今日もご苦労さん」

「いえいえ」


 わたしは先輩と連れだって、廊下を歩く。

 並んで歩くと思うんだけど、先輩は身長が高め。わたしはちょっと低め。ちょっとなんだけどね。

 男子で高めで、女子で低めってわけだから、だいぶね、見上げちゃったりするんだ。

 うらやましいなあ、って思う。もうちょっとね、欲しいんだよね。身長。

 いまさら指揮のことを言うのもナンだけど、やっぱり身体が大きい方が表現の幅も広がるしね。ほんと、うらやましい。わたしなんて四苦八苦してたよ。poco a poco cresc.(少しずつ大きくしていく、って音楽記号)なんて、いっつも「どないせいっちゅうねん」と悪態つきながら頑張って指揮してたよ。

 歌にしても、やっぱり器が大きい方が良いわけだしさ。オペラ歌手だって趣味で太ってるわけじゃないんだよ? 身体が楽器だからね、反響させる器は大きい方が良い。まあ、わたしは太る気はないんだけども。

 それでね、ちょっと最近、先輩と出歩くことも多いわけだけどさ、気づいたんだ。先輩とわたしじゃだいぶ歩幅違うわけだけど、そんなにたったか走んなきゃいけないってことがないんだよ。これって、絶対先輩、歩幅合わせてくれてるんだよね。

 というわけで、そのへんを訊いてみた。


「先輩って、歩く速さ、合わせてくれてますよね」

「なんだいきなり」

「いや、いっつも彼女さんに合わせてるとか、そういうのなのかなーと思って」


 あれ? 思った方向と違う話になったような。

 自分で自分にビックリしていると、先輩はなんでもないような口振りで答えてくれた。


「うん? ああ、言ってなかったかな。妹がいるんだ。だいたい君と大差ない身長なんだが、歩くときは合わせないと文句を言われる」

「あ、妹さんですか」

「あれ買うから荷物持ちしろ、あそこ行きたいけど一人はイヤだからついてきてくれ、歩くの疲れたから向こうのカフェ寄って、お兄ちゃんなんだからおごってよ、こっちに歩幅合わせてよ、車道側歩かせるなんてどういうつもりなの……まあ、そんな具合に便利に使われてるよ」

「ああ……ご苦労様です……」


 なるほど、それは慣れるな。女の扱いに。

 わたしは、どっちかって言うと兄に使われている側なんだけど、妹って普通はそんな感じなんだろうなあ。


「もしかして、『俺妹』みたいな感じの妹さんなんですか? いや、侮辱する意味ではないんですけど。ツンデレって言うか」(※1)

「実際にあんなツンデレいたらキツすぎだろ……。もう少し仲は良いな」


 先輩は「いや、あれはあれで仲が良いのか?」と首をかしげた。

 どうなんだろ? ううむ、わたし、下の兄が二倍速でアニメをチェックしてるのをチラ見してただけなんで、実はあんまり知らないんだよね。ネタ振りを間違えたかもしれない。


「ところで」

「はい」

「君もあの作品を読んでいたんだな。君のことだから、シリーズももう読み終わってるんだよな?」


 あ、やばい。


「あ、えっと……」

「まさか、たいして知らないで、聞きかじりの知識でネタ振りしたわけじゃないよな?」


 前言撤回。

 かもしれないじゃない。完全に、ネタ振り間違えました。




 というわけで、わたしは先輩にばっちり叱られちゃいました。


「君には何度か言ってるはずだがな」

「はい、すいません……適当ですいません……」


 淡々と責めてくる先輩に、トラウマを刺激される。うぐぐ、す、すいません。謝るんで、ホント勘弁してください。あかんねん、冷静に責められると、ホンマにあかんねん……。


「作品は、作品自体を楽しむためにある。話題に出して楽しむのも結構なことだ。だがね、君は聴いてもいない合唱曲を、賢しらぶって語るのか? それが正しい行いだと思っているのか?」

「いえ、思ってません……」

「なら、わかるだろ? 好きで話すのは構わない。知らないものを問うのもいいだろう。だが、どうあっても、作品を粗略に扱ってはならない。絶対にな」


 絶対に、と腹から声を出して言う先輩。お、重たい……。


「サッカーでもあるんだ。試合を観てもいないのに適当なコメントをする輩がいるんだよ。この世には、ごまんとな。選手たちの90分間のプレーを、その行いをまるで無視して、自分の中にある手前勝手な自分だけの正解をさもこの世の定理でもあるかのように口にする。つくづく下賤だ。ゲスの極みと言ってもいい。君はそこまで品性下劣に堕ちたいのか?」

「いえ、そんなことはありません……」

「なら、もう少し行いに気をつけた方がいい」

「はい、すいません……」


 いい感じにコンビーネションが決まって、クリティカルヒット。わたしはもはやダウン寸前である。

 もうね、わたしの中に「なんでそこまで言われなきゃならんのだ」と反発する気持ちすらないです。すいません、本当に悪かったです。この通り謝りますんで、どうか、どうか、平にご容赦を……!


「今日は予定を変更して、この話題にするよ」

「はい……」

「題するなら『ネタとパロディの扱いについて』ってところか」


 うなだれるわたしを後目に、先輩は板書した。


「まあ、本来は近しい内容をやる予定だったんだが、改めてこの話題をまとめておこう」

「はい……すいません……」

「こら。簡単に謝って済ませようとしない」

「す……はい」


 ダメージの大きいわたしは、ふらふらしながらうなずいた。


「まあいい。……ああ、口うるさくて悪かったな。すまんが、本当に嫌いなんだ」

「いえ、すいません、わたしが悪かったです。ホント、反省してます」


 改めて、きちんと謝るわたし。苦虫を噛み潰したような先輩の顔を見ると、本当に胸が痛くなる。悪いことしたなって、本当に反省してるよ。

 知ってたしね、わたし。先輩が安易にネタを使うのが嫌いなの。人が嫌がること、しちゃダメだよね。


「すまんな、ちょっとクールダウンする。お茶はいるか?」

「あ、いれます」

「じゃあ、茶碗と急須を出してくれないか? お茶をいれながら、頭冷やしたいんだ」


 そういうことなら、と二人で分担作業。先輩はケトルに水を入れに行って、わたしは茶碗と急須、あと茶筒も出しておいた。

 そのまま、元の席でぼんやりしていた。先輩が戻ってきてからは、ぼんやりとその姿を見やる。

 説教されたの、結構堪えたなあ。

 こうね、改めて考えると、先輩が嫌がるようなことを言っちゃったけど、それで説教される筋合いはないのかもって、そんなことを思っちゃう。そこまで叱られることなのかな、って。

 でもね、説教されてるときはそんなことを思えなかった。怖かったってわけじゃないよ。本当に悪いことをしたって、そう思ったんだ。

 ……そっか、先輩だからか。

 どうでもいい人に、いきなり説教されたら「なんだこいつ」ってなっちゃうけどさ、わたし、先輩とは仲良くしてるから。嫌われるようなことはしたくない。先輩が嫌だって思うようなことは、これっぽっちもしたいって思わないんだ。

 いつも優しい先輩があんなに怒ることをしちゃったなんて、わたし、考えなしだったんだ。先輩のこと、まだ全然わかってなくて、だから無神経なことを言っちゃったんだ。なんでも言っていいって勘違いして。

 それがショックで、反発しちゃうこともできないくらい凹んじゃったんだ。

 ……それが、ショック? その「それ」って、どの「それ」? 先輩を怒らせたこと? それとも――。

 わたしが、そんな出口の見えない自分の気持ちに、何かしらの目処を見つけかけていたときに、先輩はお茶を差し出してくれた。


「ほら、どうぞ」

「はい」


 出掛かっていたような気がする答えは、そのとき、霧散してしまったけれど。先輩手ずからのお茶はとても美味しかった。




1.


 さて、と先輩は気を取り直して話を始めた。


「流れでこんなテーマになったが……おや、書き間違えたか。まあいい、今回は『ネタ、パロディの扱い』についてだ」


 板書を見直して、ちょっとびっくりする先輩。わたしもびっくりした。あ、確かに、言ってたのと微妙に違う。


「ネット小説を書く上で、やはりネタは無視しがたいものだ。コメディを書くわけでなくとも、笑いの一つもない作品だけを書き続ける人はむしろ珍しいだろう。よほど硬派な方は別だろうが」

「そうですね」


 面白いって言うのは、やっぱりどこかでコメディ的な要素を含んでしまう。

 もちろん、作り込まれた世界観や計算されたストーリーに感じ入る interesting な面白さもあるけど、掛け合いの上手さや展開が醸し出す funny な面白さも求められる。

 商業作品ではすっごく硬派な作品も珍しくないだろうけどね。ネット小説って、良くも悪くももうちょっと軽めなものだろうし、funny 的な要素は特に求められるところだろう。


「ネタといっても千差万別だ。タイムセールに群がるおばさんの群なんてネタもあれば、流行りの芸人が使っているワンフレーズなんてネタもある」

「『はがない』にも、横井庄一さんのネタが使われていたりしましたよね」(※2)

「お。よく覚えていたな」


 わたしは小さくうなずいた。あの作品、意外とオタク向けじゃないネタが出てくるんだよね。リア王とか。


「理想を言えば、どんな世代にも通じて、十年二十年先に読んでも古く感じないようなネタを織り込めればいいんだが、実際は難しいだろう」

「そこまで普遍的なネタだけで書けるのなら、相当な腕前ですよね」

「そうだな。それならネットで書くより、作品をシェイプして出版社のコンペティションに投稿した方がいいだろうな。それも、大手出版社の有名な賞に」


 そりゃそうだよね。どの世代にも通じるネタを書ける作家さんなんて、引く手あまただろう。


「現実的には、その時々で流行ったネタを上手く取り入れていくしかない。古くなるが、それは仕方ない」

「ネットのネタなんて、移り変わり激しいですもんね。織り込むのはかなり難しいんじゃないでしょうか」

「今日日、『キボンヌ』だの『本当にありがとうございました』だの、使えたもんじゃないしな。化石だよ、化石」(※3)

「ちょっと、地味に下ネタ織り交ぜないでくださいよ」

「そもそも下ネタと理解できるんだな」


 下の兄の薫陶をなめないでいただきたい。


「まあ、それはさておき、こうしたネタを考えるときどうしても外せないのがパロディだ。いや、ネタとは広義の、広い意味でのパロディと言い換えてもいい。すでにあるものを題材にして笑いを取るのだからな」

「ああ、芸人がコントでよくやってる『ちょっとやりたいことがあるんだけど』ってのも、ある種のパロディですもんね」

「そうだな。みんなが知っているからこそ笑いになる。こういうのあるよね、いやいやないから、といった具合に笑えるわけだ」


 先輩のうなずきを見ながら、わたしは自分が普通に話せていることに、いまさら気づいていた。

 反省してないわけじゃないんだけど、落ち着いたかな。先輩と話してることが、もう、いつものことで、だからいつものように落ち着いて聞けるって、そういうことなのかな。


「今回扱うパロディというのは狭い意味で、ネット小説では使われがちなマンガやアニメ、ゲームのようなオタク向け作品のそれを指しているんだが、本質は変わらない。知っているからこそ笑える。よく知られた、つまりは流行ったネタだから通じる」

「流行のネタだから通じる。でも、だからこそ、すぐ古くなるんですよね」

「そう。この『同時代性』を無視してネタは選べない。古代エジプト人にだけ通じるあるあるネタを織り込んでも仕方ない。現代を生きている人に当てて小説を書く以上、古びることは覚悟の上でいまのネタを選ばなければならない」


 わたしは、先ほどより少し大きく頷いた。

 わたしと先輩がよく話しているネタも、いずれ使わなくなって消えてしまうだろう。思い出になればいい。けれど、おそらくは思い出にさえならないものがほとんどなんだろうね。

 そういうものを少なくしようってのが、この古典部の目的だけど、どうしたって廃れてしまうのは避けられない。


「エンタメは結局、消費文化の産物だ。特にライトノベルはその傾向が顕著だな。五年もあれば、シリーズは十冊以上の長寿作品となって古びる。アニメに至っては放送された前後だけで話題は尽きる」

「諸行無常ですよね」

「まさにな。ネット小説なんて話題が流れるのはさらに早いが、まあ、ネット小説をパロディとして扱うことはないだろうから、ここでは割愛しておこう」

「あれ、そうなんですか?」

「寡聞にして聞かんな。まあ、ネット小説をさらに二次小説、三次小説として書くような人もいるが、それほど盛んなジャンルではないよ」


 へえ、そんな作品もあるんだ。三次ってことは、原作がある二次創作のさらに二次創作を作ってるってことかな? うん、頭こんがらがってきた。


「ここまで話したように、ネタ、それも特にパロディは流行り廃りが激しい。ただ、いま通じるネタをいま読んでくれている読者に提供する同時性も重要だ。共感できるというのは、それだけで強力な武器になる」

「はい」

「ネタは強力なツールだ。物語の潤滑油になる。避けるのは難しい」

「そうですね」


 重々しく先輩はうなずいた。


「ネタはネタでも、チャックにチンコの皮を挟んだ、みたいな誰もがわかるあるあるネタを常に選べれば最善だが、現実は次善を選ぶしかない。難儀なものだ」

「ちょっと待て」


 わたしは目が点になっていた。

 おいおい、誰が堂々と下ネタを放り込んでいいと。そりゃ地味に織り込むなとは言ったけどさ。




2.


 先輩の下ネタについてあーだこーだ(下ネタやめろよ、とか、女のわたしにはわかんねーよ、とか、それってマジで男性にはあるあるなんですか、とか)話してから、先輩は話を戻した。


「やや迂遠だったが、物語にとってネタが大事なことは説明したとおりだ。だがね」


 重々しい反語に、わたしは身構えた。すわ、下ネタ連発かこの野郎。


「ときに、リスペクトを欠いたパロディが出てくる。これがね、いただけない」


 あ、まじめな話だった。わたしは肩の力を抜いた。


「なんとなく聞きかじったネタ。元ネタを知らないネタ。どこかの小説で見かけたネタ。そんなどこかで見かけた程度のネタを安易に使ってしまう。これはあまりにリスペクトに欠いている」

「う……」


 力を抜いたところで一撃が入った。あいたた、す、すいません。


「ああ、君を責めてるんじゃないよ。もうひとしきり責めたからね」

「あ、はい……」

「いまから話す内容は小説についてだ。他人事として聞いてくれればいい」


 先輩がそう言ってくれるのはありがたいんですが、なかなかそういうわけには。う、うーん。このチクチクは、なんとか自分で消化するしかないな。


「結局、パロディは縮小再生産にすぎない。そりゃ、オリジナルよりパロディが面白いことだってあるよ。どこぞのザキヤマさん(※4)のようにね。しかし、そのパロディはオリジナルという前振りがあるから面白いわけで、オリジナル抜きには成り立たない。そこでリスペクトをなくせば、単なるパクリだし、単なるあげつらいだ」

「モノマネ芸人なんかは、よくリスペクトって言ってますよね。それと同じなんでしょうか?」

「その通りだな。できるからって、安易にモノマネをしたなら、名誉毀損で訴えられても文句は言えない。そのギリギリのラインでセーフになるのはリスペクトがあるからに他ならない」


 つまり、元ネタに対して敬意を払えってことか。あげつらってバカにしたりするのは言語道断と。


「二次創作でも、ときに『原作はやったことがない』なんて言う作者も出てくるが、あれは最悪だな」

「ええ!? そんな人いるんですか?」


 え、じゃあ、なんで二次創作するんだよ。本気で意味がわからない。


「ネット小説は敷居が低い。ルールも定かでない。『原作の小説を三回は通読してから二次創作を書きましょう』なんてガイドラインはないんだ。他の作者が書いた二次創作を読んで、なんか面白そうだから、と始めることもできてしまうんだよ」

「う、うーん? イメージが湧かないんですけど……」


 原作を読まないで、どうやってキャラ設定したり、細かなイベントを消化できるって言うんだろうか。Google先生とWikipedia先生が活躍するのだろうか。

 一つ思案した先輩は、実例で説明してくれた。


「そうだな、君は『GS』をもう読み始めているか?」

「ええ。貸してくれてありがとうございます。いま、えっと、狐の娘が出てきたくらいですね」

「うわあ、もう次で最後の巻か……早っ……」


 いや、ちょっとちょっと。面白いから紹介したんでしょうに。早く読んで何が悪いんですか。


「ま、まあ、読んでくれてありがとう。わかったと思うが、面白いだろ?」

「まだ途中ですけど、面白いですよ。ネタに切れ味がありますね。古めかしいエピソードも多いですけど、それもそれで味がありますしね」

「ルシオラのエピソードはどう思った?」

「正直、泣きました。なんですかあれ。なんなんですかあれ。救われないにもほどがあるじゃないですか……!」(※5)


 良いバカップルだったのに。良いバカップルだったのに……! 横島がキスを迫る瞬間なんて、あまりのコミカルっぷりに腹抱えて笑ったのに……。アシュタロス倒す宣言ではちょっと惚れたのに……。

 あのエンディングはあんまりである。


「個人的にはよくあれだけ丸く収めたと思うがな。君のように納得できなかった人は多いんだ。だから、ルシオラを救済する二次小説は多く作られた」

「あ、先輩先輩。それ、読んでみたいです」

「まあ、また一つくらい紹介するよ。それはさておき、そうして多くの二次小説が生まれた。君のように原作を知ってる人がその波に乗って書き始めるのはまだいいだろう。しかし、そうした二次小説を読んで書き始める人もいるんだよ」


 あ、ちょっとわかりやすくなってきたぞ。言ってることは変わってないけど、具体的なイメージが湧いてきた。


「これは個人的な感覚による意見だが、十個も二次創作を読めばだいたいの筋立てが掴めた『ような気がする』もんだ。自分はただ原作を読んでいない『だけ』。書ける『はず』だ。そう思って書くわけだな」

「なんかだんだん、先輩が何に腹を立ててるのかわかってきた気がします」

「一応、本当に一応擁護しておくとだな、二次創作でしか作品を知らない人は原作なんて本当に『知ったこっちゃない』んだ」


 いや、それって擁護になってないような……。


「何しろ、自分が書きたいと思ったのは、二次創作を読んだからだ。そんな自分にとって原作は単なる資料にすぎない」

「あ。あー。わかりました。いますっごく腹立ちました。無性にムカつきました」


 パロディの分際で何を言ってるんだ。ペーペーの読者であるわたしでも、楽しんで読んでる「GS」をそんな扱いされたらキレるぞ。


「これは重度の問題だが、ここまででなくとも、原作を読まないでネタを使う人が嫌がられるのはわかるだろ? ポルナレフのシーンをどれだけの作者が自分で読んでいるか、はなはだ疑問だ」

「ああ、チャチじゃないやつですよね。わたしもジョジョは読んでないんですけど、なんとなく雰囲気で知ってます」

「そういう君みたいな、愛読者でない人間が安易にネタを使うわけだな。『GS』の例を思い出してくれ。原作なんて関係ない、ネットで見たネタを使っているだけ。そんな言い訳が通じると思うか?」

「通じません。断じて、通じません」


 通じてなるものか。原作を、原作ファンをバカにしているにもほどがある。


「ネタの使い方が面白いか面白くないか、それ以前の問題だろう。態度の問題だ。心構えの問題だ。ここをおろそかにすることは絶対に許されない。許していいはずがない」

「ああ、そうですね、そっか……ごめんなさい。やっとわかりました。ごめんなさい」


 途端に、罪悪感が襲ってくる。

 おいおい、わたし、ナメたマネしてくれたもんだな、ああん? ここがロスだったら銃声は一発じゃ済まねえぞ。

 ガックリくるわたしに、先輩が慌てて付け足してきた。


「あ、いや、あくまで小説についての話だ。不特定多数に見られる文章として、そうした態度は許されないってことだから。日常会話でまでとがめるのは、こっちが神経質なだけだ。悪かったと思うよ、あんなに怒ることはなかった」

「いや、謝らないでください。っていうか、謝っちゃダメですよ。わたし、先輩に叱られて、反省したんですから。叱った人が謝っちゃったら、わたしの反省はどうなっちゃうんですか」

「……ああ、なるほどね」


 一つ思案してから、それもそうかとうなずく先輩。


「そうだな。なら、以後気をつけるように」

「はい、以後気をつけます」




3.


 ようやくわたしがピンときたところで、いつもの流れである。


「では、それなら実際にどうしたらいいか、という話に移ろうか」

「実際は、どうするかって結構難しいんじゃないですかね? 先輩もお知りかもしれませんが、『大地讃頌』の例もありますし」

「なんの話だ?」


 おや、お知りでない。なら説明しましょう。

 名曲たる「大地讃頌」はカンタータ「土の歌」の終曲であり、この一曲に限って言えば授業でも歌われてるもんだから、えらく知られた合唱曲である。あ、そのへんの説明はいいですか?

 で、この曲のジャズアレンジ版をPE'Zというバンドがアルバムに収録したのだけど、この件で作曲家の佐藤眞さんが裁判に訴えたのだ。

 これはインディーズの話ではなくて、東芝EMIから出されたちゃんとしたCDの話だから、権利関係についてきちんとJASRACに申請を出した上での話である。まあ、このへんは佐藤さんのような作曲家が保有する編曲権がうんぬんとあるのだけど、そこは割愛。

 このバンドさんは本当にこの曲が好きで編曲・収録したらしく、彼ら自身の意志によりアルバムを出荷停止(つまり要求に応じたわけである)にすることで裁判にはせず、佐藤さんと和解した。アルバムは別の曲を収録して再販されたみたい。

 彼らにリスペクトがなかったとは思えない。東芝さんは争う気満々だったみたいだし、こうした落としどころで落ちついたのは、彼ら自身の努力があってのことだろう。

 しかし、問題は起きたのだ。


「本質的には、パロディの問題って、こういう事態が起こりうることだと思うんですよね」

「ふむ。示唆深い話だな。聞かせてくれてありがとう。少し調べてみるよ」

「あ、じゃあ後でURL送りますね」


 この件については、作曲家の木下牧子さんが良い記事を書いてるのだ。かゆいところに手が届くというか、調べたらかゆくなるだろうところにすでに手が置いてあるような、行き届いた記事である。(※6)


「君の言う話を、あくまでCDとしてリリースした商業上での話だとか、音楽と小説は違うとか、そう言うこともできるだろうが、一つの例として大変興味深いな」

「ああ、でも、実際に音楽は音楽なので、別個に考えた方がいいかもしれませんね」


 そもそもであるが、大地讃頌はカンタータ「土の歌」の終曲として存在する曲である。いわば、物語のエピローグのようなもので、そんなものが単体で歌われていること自体がおかしいっちゃおかしい。

 「土の歌」はカンタータだけど、現代風に言えば組曲に分類していいだろう。

 組曲とは何か。曲と曲とが一連の流れで構成された一つのメッセージである。

 メッセージ性が薄い集まりは曲集と言うが(この件についても、木下牧子さんが良い記事を書いている)、それとは違って、明らかに一つのコンセプトで構成された存在なのだ。

 抜粋演奏でさえ良い顔をしない作曲家も、まあ最近はそんなに多くないだろうけど、昔は多かった。千原先生みたいに「コンクールの時間規定でキツいならこの部分は省略していいよ」とか楽譜に書いてる方が異例なのだ。どんだけ親切なんだあの人は。

 余談はさておき、そんな組曲を、抜粋どころかアレンジまでしちゃって演奏するというのは、ちょっとね。

 表層だけすくってんじゃねえよ、メッセージを踏みつけにするな。それがパクリじゃなくてなんなんだよ、って作曲家は思うよね、やっぱり。


「ってな具合なんで。あ、これ、あくまで素人合唱愛好家の一意見として聞いてもらえると助かりますけど」

「いや、実に参考になったよ。君の言っている意見は、別個にする必要がない。本質的には今回のテーマに即している」


 先輩はいつも通り、一本指を立てる。


「物語そのものを無視して、部分だけ切り取るのがパロディだ。コラージュと言い換えてもいいが、とにかくまったく違った文脈に当てはめるわけだ。これは基本的に失礼な行いだよ」

「そうですよね」

「一応、今回の主題との違いも見ておこうか。合唱音楽というか、クラシック音楽というジャンルが異なるのは作成段階と演奏段階がそもそも別個である点だろう。楽譜制作者と演奏者が別個なわけだ。いわば、建築家と大工の関係だな。設計図通りに作られなければ建築家は怒るだろう。設計のコンセプトそのものが崩れてしまう」

「ああ、そうですね。その例えは理解しやすいです」


 原案と漫画家の関係に近いかもしれないが、楽譜と演奏はより密接に関係している。まさに、設計図と建築物の関係だろう。

 創作物については著作権上、音楽にせよ小説にせよ、著作者が同一性保持権を保持しているから問題の論点は変わらないんだけども。わざわざ作る二次創作小説とは別に、演奏が別個ってのは異なるポイントだろう。

 わたしの話を引き継いで、先輩は話を進めた。


「君が言うように、リスペクトがあっても問題が生まれることはある。どれほど気をつけようと、その点では原作者の判断次第であることは否めない」

「はい」

「つい笑ってしまったが、上手く隠したはずだ。そんな風に人事を尽くして天命を待つにしても、天命が『アウトー』だったらケツバットを食らうしかない」

「なぜに『笑ってはいけない』」(※7)


 唐突なネタに突っ込む私。

 話が真面目になっちゃったから、混ぜっ返したんだろうけど。唐突すぎるぜ先輩。


「ただ、だからって人事を尽くさなくていいわけじゃない。きちんと行いを改めて、その上でネタを使う。これが常道だな」

「それで、実際にどうするか、って話題なわけですね」


 というわけで、本題である。

 ……あ、しまった、先輩は今日都合が悪い日なのにわたしの合唱話で時間を潰してしまった。ありゃあ、失敗。

 携帯をチラ見した先輩に、心の中で謝るわたし。ごめんなさい。


「さて、じゃあどうするか。セオリーはない。ただ、個人的な感覚で話をしてみるよ。君も意見があったら言ってくれ」

「わかりました」

「では、まず一つ目」


 あ、板書始めた。傍点打って、なになに、「原作を読むこと」?


「あ、当たり前やないですか」


 思わず反射的にツッコむわたし。


「そうそう、当たり前だよな。読むというのは本やマンガの話で、観るでも、プレイするでもなんでもいいんだが、とにかく原作をきちんとやること。大前提だ」

「リスペクト以前の気もしますよね」

「ロリコンという単語を使うために、キューブリックかラインの映画を観ろとまでは言わんが、ポルナレフのネタを使うためにジョジョの第三部を読むくらいはしてもらいたいものだ」


 そこで若干の下ネタを差し挟む先輩。今日はそういうモードなのだろうか。わたしの視線も順調に温度と湿度を下げているぞ。


「ちなみに個人的には、ライン版の方がヒロインが良いと思う。映画としてはキューブリック版の方が品があって良いんだけどな。ライン版は少しばかり、直接的すぎる」

「いや、そういうのいいんで。話広げるのやめましょうか。っていうか、観たんですね」

「ああ。君と同じだよ」

「……はあ?」

「無料で観られるなら、ってわけだ。やってたから観たってだけだな」


 ああ、そういう意味で一緒なんですか。

 ちょっと、わたしの外見がロリっぽいなんて強烈に侮辱されたのかと思って面食らったじゃないですか。わたし、そこそこ気にしてるんですからね、背の高さについては。


「『ロリータ』の話はさておいて、きちんと原作にアプローチすること。これを大前提において、さらに付け加えようか」


 話を戻した先輩は、先ほどの板書の下に書き加える。「該当箇所を確認すること」。


「昔好きだった作品をネタにするとき、うろ覚えで書くとたいがい覚え違いをしているものだ。どれだけ熱心に読み返していたものであっても、きちんと確認すること」

「これも基本ですよね」

「そうだな。お人様に見せるものである以上、きちんと確認をしておくこと。まあ、アニメなんかは手元に残ってなかったりすることも多いだろうし、そうした場合でも、最低限調べてみることが望ましい」


 つまり、Google先生の出番というわけだろう。


「うーん。でも、もし二次創作をするのなら、レンタルか何かでチェックしてもらいたい気もしますね」

「二次創作ならそうだな。ここはさすがにおろそかにはしないでもらいたいところだ。ただ、パロディネタを少し挟むくらいの場合、どこまで厳密に行うかは個人の裁量だろう。できればチェックしてもらいたいものだが」

「リスペクトと言いますか、本当に好きでパロディネタを挟もうって言うのなら、それくらいのコストは支払えると思いますけどね」


 わたしの感覚ではそうである。……おや? これは先輩の影響を受けてるなあ。ネタをどう扱うべきか、定見なんて持ってなかったはずなんだけど。

 案の定、先輩も頷いてくれた。


「同感だな。マンガ喫茶でも、古本でも、レンタルでも、選択肢は開かれているはずだ。多少のお金や労を惜しんではならないよ。ただでさえ不作法なことをしているんだからね」

「あんまり面倒だと、面倒だからもうこのネタはやめちゃおう、ってなっちゃいそうですけどね」

「それはそれで構わないだろ」


 と、先輩は冷淡である。


「どうしても使いたいネタなら、多少の苦労も構うまい。なければないで構わないのなら、そんなネタは使うべきじゃない。当然のことだ」

「重いですね」

「人に作品を見せるということを軽く考えること自体、どうかと思うがな。ましてやパロディネタだ。場合によっては、原作をめちゃくちゃにしてしまう場合もある。嘉門達夫の曲のように」

「なんですか、それ」

「『鼻から牛乳』の話だが」

「……ああ、あの、バッハのメロディをパロった」


 ちょっと、思い出させないでくださいよ。なるべく忘れるようにしてるんですからね、アレ。万が一バッハのオルガン集聴いてるときに頭をよぎったりしたら堪ったもんじゃない。


「ただ、正直な話、この二つが守られていたら文句はないんだ」

「おや? 結構ハードル低いんですね」


 この二つって「原作を読むこと」「該当箇所を確認すること」か。基本中の基本じゃないか。


「襟を正して使ってもらいたいとは思う。だけど、これ以上に求めることとなると、抽象的なことにならざるを得ない。よく読みこめだとか、好きな作品を扱えとか、そんなことになってくる」

「ああ。何度読めばオーケーってそういうこともないですしね」


 そこからは本人の心構え次第と言うことか。


「良い作家なら、より良い作品を作るために、この二つの条件以外にも独自のスタンスを確立していると思う。裏を返せば、まずはこの二つをきちんとこなすこと。パロディを扱うときの絶対条件だな」

「友達と話すような感覚で書くんじゃないと」

「よくわかってるじゃないか。そうそう。そういうことだよ」


 先輩は大きくうなずいて、話を終わらせた。




4.


 あれ、そういえば。


「先輩先輩」

「なんだ」

「今日は早く帰るって聞いてましたけど」

「ああ、そろそろ帰らないとな」


 携帯をチラ見する先輩。わたしも見てみたけど、あらら、そこそこだな。お腹空いたなあ。いやね、お弁当持ってくりゃいい話なんだけど、今日は母に言い忘れちゃってたんだよね。


「ところで先輩、今日ってなんの都合だったんですか?」

「妹の誕生日なんだ」

「おお。おめでとうございます」


 そうそう、そういやちょうどわたしの友達も誕生日だったんだよね。いっつも一緒にお昼食べてる子でさ、昨日はそのプレゼントを探してたりしてたんだ。まあ、そっちにかまけてて母に弁当頼むの忘れてたんだけど。


「じゃあ、プレゼント買いに行くんですか?」

「いや、プレゼントはもう買ってあるよ。ケーキと晩飯を作る」

「そ、そうっすか……」


 思ったよりヘビーな回答によろめくわたし。先輩、もうこれ以上女子力を見せつけるのはやめてください。

 そ、そうですよね。よく考えてみたら、仕事が丁寧で几帳面な先輩が、まさか当日にプレゼント買いあさるはずないですよね。


「作る段取りも決めてあるし、後は足りない材料だけ買って帰るだけなんだ。その寄り道の分だけ早く帰りたいって話だな」

「なるほどー。じゃあ、駅ビルのデパ地下でも使うんですか?」

「そうだな。いくつか足りないスパイスがあるんだ。近所じゃ売ってなかったもんでな」


 す、スパイスときましたか。料理上級者の発言はハンパないでえ……。




 先輩の買い物に付き合って帰ったわたしは、さらに女子力の高さを見せつけられ、這々(ほうほう)の体で家まで帰った。ぶっちゃけ、叱られたこと以上に、打ちのめされていた。

 そうですか……。カレーってルーなしでも作れるんですね……。わたし、勉強になりましたよ……。


 わたしのよるネタ、元ネタ解説


※1

 正式には「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」ってタイトルの作品のこと。

 この件については、これ以上触れないでおこう。あ、でも、後日、ちゃんと借りて読みました。


※2

 「僕は友達が少ない」の九巻で使われているネタである。

 この作品では、夜空が地味に知的で、物語のアクセントになっていると思う。


※3

 「キボンヌ」はだいぶ有名な古代2ちゃんねる語だろう。ほとんど前世紀のネタである。

 「本当にありがとうございました」は……ちょっとナニ言わせようとしてるか、よくわかんないんだけど。自分でググれ。


※4

 「アンタッチャブル」というコンビの山崎という芸人は、他人のネタをリユースする技術において一流の人である。

 世間的には腐りかけのネタをリユースするので、元ネタの芸人も生き返るというwin-winの関係は、ちょっと類を見ない。独特の芸風だろう。


※5

 ルシオラというキャラが出てくるのは、「GS美神 極楽大作戦!!」の中でもとびきり長大な、とても悲しいエピソードにおいてである。

 主人公格の横島と、敵方のルシオラとの悲恋が印象深い、世界を股に掛けた壮大なエピソードは、読み応えはあるんだ。読み応えは。

 完全なバッドエンドでもないから、本当になんとも言えない。納得できないよ。あんなの。


※6

 こうした作曲家・木下牧子さんの評論は、主に旧サイトで読める。

 この件についての記事のアドレスは http://www.asahi-net.or.jp/~az4m-knst/essay_bucknumber2/essay51.html


※7

 年末恒例の、テレビ番組「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」の企画である。

 笑ってしまうと、効果音とともに「誰々、アウトー」と判定が下されケツバットされる過酷な企画である。寒空の元、右往左往する芸人を、我々視聴者はこたつでぬくぬくしながら笑うという寸法である。

 実に芸人の番組らしい企画だろう。こうした見せ物的な楽しさは、近年珍しいくらい、らしいものではなかろうか。


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