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13.記号・顔文字・フォントいじり

【文字数】

 10000字ほど


【作者コメント】

 今回はやや特殊な表現法についての話です。

 本当は本作でもこうした手法の採用を検討していたのですが、諸事情により見送った経緯があります。

 作品の性質上、太字くらいは採用しようと思っていたのですが。良かったのやら悪かったのやら。


【目次】

 0.承前:終わりが見えてきたネット小説論の話

 1.記号の話と顔文字の話

 2.フォントいじりの話


0.


 テスト明けには昼まで授業が続く。テスト返しが中心の授業で、どうにも締まりがない。先生方の中には少しでも授業を先に進めようって人もいるんだけど、どうもね。こっちはもうダレちゃってるよね。学生はもうみんなして夏休みモードなのである。そこは大目に見てもらいたい。

 さて、そんなわけで、授業が終わってから夕方まではだいぶ長めの間があって、部活的には狙い目に思えたりもするが、実際はそうでもない。職員会議で完全下校時間が繰り上がったりするしね。


「で、今日は司書さん方が図書予備室を使うと」

「そうらしい。それまでは使っていいそうだが、掃除も考えるといつも以上に手早く終わらせる必要があるな」


 先輩の説明を聞いて、わたしはうーんとうなってしまった。

 せっかくのテスト明け、思いっきり部活日和だーと気合い入れてたんだけどなあ。どうも肩すかしが多くて困るところだ。


「前もって言っておくと、明日は職員会議で完全下校時間が繰り上げになるし、明後日は、悪いんだが一身上の都合で部活を早めに切り上げたい」

「うわ、今週はもうダメダメですね」

「せっかく来てくれてる君には悪いんだけど」

「あ、いえいえ」


 学校行事は仕方ないし、先輩にも都合があるんだから仕方がないだろう。部外者のわたしが文句を言える話でもないし。

 でも、そうなると。


「そうなると、あんまし本腰入れた話はできないですね」

「そうなんだよ。昨日の話題の続きもしたいんだが……本当は終業式までにネット小説の話は終わらせようと思ってたんだが、ちょっと厳しいな」

「あ、もう終わり間近なんですか?」


 先輩なら無尽蔵に話題を捻り出せそうな気がするけど、もう終わっちゃうのかあ。それは残念。


「話題自体はいくらでも出せるんだけど」


 とわたしの思いを裏付けるかのようなことを先輩は言って、首を傾げた。


「夏休みにわざわざ学校に来てもらってまでする話でもないしな。やるにしても、せめてメインディッシュは消化しておくつもりだったんだ」

「メインディッシュと言いますと?」

「ストーリーについてと、物語の終わらせ方についてだな」

「ああ、それはまた時間を食いそうな……」


 昨日のキャラクターについての話を思い返すと、短縮された部活ではいかにも厳しそうな内容である。

 案の定、先輩はうなずいて困った顔をした。


「尻切れトンボで終わらせるのもナンだが、夏休みにまで来てもらうのもね。こればっかりは君の都合に合わせるよ」

「わたし、ビックリするくらい暇ですよ? 都合はいくらでもつきますけど」


 即答である。

 花の乙女にあるまじきことだが、まあ、部活で潰れるはずだった夏休みがそのまま空いちゃってるからね。夏休み中に読書百冊だって狙えるくらいの暇人っぷりである。昔は恒例だった夏の家族旅行も、もう子供組が三人ともそれなりの年になっちゃったもんだから、行かなくなっちゃったしなあ。


「そっか。そうなると、なんとかならないでもないか……ただ、夏休みとなると顧問の先生方の都合もあるからなあ」

「ああ、その関係で土日祝は休みでしたもんね」

「そうそう。だから、元々はあんまりやる気がなかったんだが、せっかく君が来てくれてるわけだしね。週一くらいでやれないか調整してみるよ」

「おお、わざわざすいません。連絡くれたらちゃんと来ますんで」


 休みの間は曜日感覚がズレるし、定期的な部活があると便利で助かるよね。合唱部はほぼ毎日だったから、逆の意味で曜日感覚が飛んじゃうんだけどさ。今ぐらいはサマコンの追い込み時期だし、本番まであと何日って意識しかないだろうね。


「とりあえず、来週はいつもどおりやれるみたいなんだ」

「おー」

「だから、よければ平日はやろうと思うんだけど」

「オッケーです。どんとこい古典部ですよ」


 どんと胸を叩くわたし。

 なんとも言えず微妙な顔をする先輩。


「部員以上に君がやる気ってのも、不思議な話だな」

「いけませんか?」

「いや、ありがたい話だけどな。話し手としては」


 そう言いつつも、先輩の笑い顔はなんとなく苦笑いっぽかった。




1.


「さて、じゃあ今日はどんな話題をしますか?」

「そうだな。ちょっと小粒に、特殊な表現について扱ってみようか」


 先輩はするすると板書を始めた。「記号」「顔文字」「フォントいじり」の三本立てらしい。


「最近はライトノベルに限らず、一般の小説でもエクスクラメーションマークを多用したりする傾向がある。エンタメ小説で、そんな表現に眉をしかめるのは前時代的な反応かもしれんな」

「お堅い小説で出されると、違和感ハンパないですけどね」

「そうなんだよ。前時代的な反応とは言ったが、別に読者がみんなして新人類ってわけでもない。新しい表現には一定の反発がつきまとう。そのへんの話も絡めながら、今日の話題を消化していこうか」

「はい」


 わたしのうなずきを見てから、先輩は「記号」に丸を付けた。


「まずは記号から。さっき言ったようにエクスクラメーションマーク、まあ、要はビックリマークだけど、これにハテナマークまではもはや基礎的な表現と言っていいだろう」

「あれ、この話っていつだったかしませんでしたっけ?」

「ああ、いつだったかな……ちょっと待ってくれるか」


 カバンからノートを取り出し、ペラペラめくる先輩。


「先輩先輩」

「なんだ」

「そのノートってなんなんですか?」

「部活用のノートだな。話した内容をまとめてる」


 うわあ、先輩らしいっちゃ先輩らしいけど、本当に真面目だなあ。

 聞き手であるわたしがまとめてるならわかるけど(実際、日記にまとめてるんだよね)、教えてる側までメモが必要なんだろうか。先生がクラスごとに授業の進行をメモっているようなもんなのだろうか。


「ああ、あった。文章作法を扱った日だな。だいぶ前のことなのに、君はよく覚えていたな」(※1)

「なんでか印象にあったんですけど……うーん?」


 なんだったっけ、なんか印象にあるような話が……あ、思い出した。


「先輩が下ネタ飛ばしてたんでした」

「昔のことをうんぬんするのは良くないよ。やめようか」


 即答する先輩。ああ、反省してるんだな。ならいいんだけど。先輩、たまーにそういうネタを放り込むからなあ。悪癖だよね。


「そうだな、前の話を参照するなら、こうした記号の後には一文字の空白を入れるという作法があるわけなんだが、ここでは詳しく触れる必要はないだろう」

「そうですね。繰り返しになっちゃいますし」

「で、これも前に話したが、記号は何もこの二つだけじゃない」


 先輩は「記号」の隣に板書した「!」「?」を指し示しながら、さらに「☆」「♪」などを付け足した。


「ずいぶんはっちゃけた記号を持ってきましたね、先輩」

「ネット小説なら時折見かけるよ。ライトノベルでも、ハートマークを使っている例が印象深い」(※2)

「ああ、実例があるんですね」

「結構あると思うよ。たとえば『ささみさん@がんばらない』という作品では、布津野弥火というキャラのセリフの語尾に句点代わりの星マークが付けてある。この作品では音符マークも多用されているが、こうした例は珍しいものではないだろう」


 あれ、その作品って例えに出せるくらい先輩が気に入ってる作品なんですよね、勧められた覚えがないんですけど……あ、グロいんですか。なら結構です。


「こうしたやや尖った表現も、ライトノベルのような意欲的な表現が認められるジャンルでは結構使われている。ライトノベルがよりマンガに近いジャンルであることも関係しているのだろうが」

「あ、聞いたことありますよ。昔は字マンガなんて言ったんですよね、ライトノベルのこと」

「君は妙な表現を知ってるな。まあ、それはバカにして言った表現なんだが、ある意味で正しい指摘だよ。ライトノベルはイラストとの協同で物語を紡ぐ、ある種のマルチメディアだからね」


 おお、これ蔑称だったんだ。知らなかった、気をつけとかないとなあ。


「ただ、やっぱりライトノベルは小説だ。マンガじゃない。だから、マンガとは違った表現が望ましい。そうそう、そういえばこの話は文章作法の話をしたときにしていたな」

「あれ? どんな話でしたっけ」

「三点リーダの話をしているときに言ったが、マンガ並にしつこい表現を小説でしてもクドすぎる」

「あ、そういえばそんな話をしてたような」

「あのときは三点リーダについての話だったけど、これは他の表現でも同様だな。ビックリマークをいくつ使っても、登場人物の驚きの大きさは表現できない。こうした記号は、あくまで補助として使えるものだ」


 ふむふむ。つまり、登場人物がタマゲたならそのことをちゃんと地の文で描いたりしないといけないと、そういうことかな。わからなくもないなあ。

 音楽記号でもf(フォルテ)か、mf(メゾフォルテ)か、ff(フォルテッシモ)か、ってだけでその音の強さは判断できないんだよね。フォルテッシモは「非常に強く」を意味する音楽記号だけど、fff(フォルテシシモ)やffff(フォルテッシモフォルテッシモ(※3))があればまた違う役割になるし。

 同じフォルテでも、どういう歌のシーンかによって強さは変わっちゃうしね。大事なのは中身であって、記号はその補助に過ぎないってわけだ。


「それに、記号はマンガ的な表現だから、どうしても幼い印象を与えてしまいがちだ」

「ああ、それはそうですよね。ハテナマークを二つ重ねて書かれてたりすると、ちょっと苦笑いしちゃいますし」

「横書きだから、気軽にビックリマークを三つ四つとできるけど、小説でビックリマークは一つでいいし、多用はすべきじゃないと思うよ」

「先輩、言ってましたもんね。ここぞというときに使えって」

「……よく覚えていたな」


 ビックリする先輩の視線が心地良い。いやあ、もっと誉めてくれて構いませんよ?


「君の記憶力にはつくづく感心するよ。これは気をつけて話さないとなあ」

「あ、はい……ありがとうございます」


 前言撤回。ごめんなさい、あんまりそんな正面から誉めないでください。ちょっと恥ずかしいです。


「コメディならそんなに肩肘張って論じる必要もないだろうけど、これらの記号は新しいってほど新しくない。手垢にまみれた表現だ。使っただけでギャップが出るほどの機能はもう期待できない。そのくせ、一定の反発を招く表現でもある」

「難しいものですね」

「ちょっと考えなくちゃならないところではあるな。ただ、個人的には、普通に使えばいいと思うよ。裏を返していえば、もう一般化された表現だって話でもあるから」

「ああ、なるほど」


 使われてイヤな顔をする人もいるわけだけど、それって別に他の表現でも変わらないしなあ。ちょっと促音(小さい「つ」のことである)を語尾に使っただけでイヤだって人もいるし。「どうしてそんなことするのっ」って感じのアレ、まあ、かく言うわたしも好きではないんだけどね。

 でも、あえて人が嫌がることをする必要はないにせよ、一部の嫌がる人を基準に物語を組んじゃうと、選択の幅が狭くなっちゃいそうだよね。小麦アレルギーや卵アレルギーの人を基準にすべての飲食店が店で出すメニューを決めるわけにもいかないって感じかな。

 アレルギーと違って好き嫌いは趣味の問題だし、もっと気軽にアプローチしても良さそうな気がする。


「記号くらいは気兼ねなく使っても良さそうですね」

「キャラ付けに使っても構わないと思うよ。語尾に星マークを付けるくらいはいいんじゃないかな。まあ、商業作品なら校正する人が大変だと思うけど」

「ああ、いちいち『このキャラの台詞なのに星マークが付いてない』とかチェックしなきゃならないのは面倒くさいですね」


 作者も後から後悔しそうな設定である。シリアスなシーンだと雰囲気乱すからものすごく邪魔だろうし。

 まあ、自分で設定したんだからどうにかこうにか頑張るしかないだろうけど。


「さて、記号はこれで終わり。次は『顔文字』だ」

「顔文字ですか。顔文字ってそんなに小説で使われてましたっけ?」

「『はがない』(※4)では普通に使われてるぞ」


 あれ? ありましたっけ? あんまり印象ないなあ。


「うーん。思い出せません。わたし結構、そのへんは気にするタチのはずなんですけど」

「君が印象にないのなら、それだけ受け入れやすい形式で書かれているってことだな」

「……なんかもやっとするんで、実例を教えてもらえません?」

「そうだな、たとえば星奈に邪険にされたマリアがショボーンとしているシーンなんかに使われていたはずだ」


 よく覚えてるなあ、先輩。もちろん事前準備してるんだろうけど、よくチェックしてるもんだ。


「顔文字は、君と同様に気にする人の多い表現だ。しかし、縦書きの商業作品はともかく、ネット小説では結構簡単に使えてしまうから、ときに安易な使用が見られる」

「そういう先輩も、気にする派なんですよね?」

「文字として読めないものが文中に入るのはちょっとな。フリーダムすぎるだろ」


 確かに。語尾なら句点の一種と思えるけど、文中ってのはなあ。


「顔文字、大きく見るならアスキーアートと称される某巨大掲示板発祥の文化は、どのように小説に取り込んでいくのか試行錯誤が続くだろう。いま現在は、まだまだ受け入れられない表現だと思うが」

「先輩は将来的に、受け入れられるものと思ってるんですか?」

「さて、どうだろうね。どう取り入れれば正解なのかが見えてこない。ライトノベルなら、挿し絵を付ければいい。わざわざアスキーアートにする必要性がない。一般向けの小説なら、なおさらどう取り込んだものか……推理小説で手がかりのメモの文面を別枠にして載せたりすることがあるが、あんな感じで仰々しく使う以外に想像できんな」


 そこまでドーンと載せるものでもないだろうしなあ。難しいよね。うーん。


「それとは別に、類似した表現で取り入れやすい形式のものもある。カッコ笑いを省略した『w』なんかがそうだな。顔文字文化と記号文化の間に位置するような表現だが」

「ああ、草生やしてるってやつですよね」

「そうそう。なんとなく笑って見えるから面白い表現だとは思うが、小説で使用するという意味では記号以上に反発を招く表現だろう」


 先輩は顔文字の隣に「w」「///」と書いた。


「このスラッシュの連続はなんなんですか?」

「アニメ的な表現で、頬が赤くなってることを表してる。恥ずかしがってる意味合いのようだが、前に一度ネット小説で見たことがあるんだ。そこまでフリーダムってのもな……」

「困りものですね」

「そうそう。読んでる側が困るんだよ」


 本当に困り顔の先輩である。


「某巨大掲示板には台本形式のssって文化がある。知ってるか?」

「なんとなくは。詳しくは知らないですが」

「そうか。要はキャラ名と会話のカッコだけ、ほとんど会話文だけで作った物語なんだが、二次創作を気軽に作れるツールなんだ」

「ほうほう」

「で、そこで育った文化が小説の側に持ち込まれることがある。この二つの例なんかはそちらサイドなわけだが、その良し悪しは判断が難しいところだな。根ざした文化が違うってのは、ほとんど異国の言語に等しい」


 うーん。確かに難しい。

 異国の文化を取り込んで新しい表現を生み出すってのは、別に悪いことには思えない。むしろ典型的な翻案だろう。ただ、この異文化はあまりに近すぎるし、あまり良い印象を持たれていないということもある。

 下の兄に洗脳された……下の兄の洗礼を受けたわたしはそういうこと思わないんだけど、あそこへの反感って根強いしね。正直、「2ちゃんでやれ」ってツッコミは正しいと思うし。


「チャレンジは買うが、安易な使用は逆効果だってところですかね」

「そうだな。個人的には、やっぱり視覚的にわかりやすいって良いことだと思うんだ。たとえば『薬屋のひとりごと』という出版されたネット小説があるんだが、この小説のネット版で、後書きに顔文字が使われている。これは非常に効果的な表現だったと思う」(※5)

「ああ、実例があるから先輩、一刀両断に『ダメだ』ってしないんですね」

「しても構わないんだけど、それじゃあ表現の幅は広がらないしな。君の言うように、実例がなかったら擁護もしないけど」


 わかりやすい話である。良いものがあれば、そのジャンル自体に好意を持つって結構ありがちだよね。わたしも東雲さん(※6)がなかったら、もうちょいライトノベルに色眼鏡掛けて見てたかもしれないし。


「記号にせよ、顔文字にせよ、こうした表現の安易な使用はダメだと思うけど、ダメだってだけじゃああまりに狭量だろう。物語の幅を狭めてしまう考え方だよ。頭を使って、新しい何かを生み出そうってトライ自体は良いことだと思うよ」

「そうですよね。そういうチャレンジは認められるべきだとわたしも思います」


 わたしがうなずくと、先輩は「記号」と「顔文字」に改めて丸を付けて、うなずきを返した。


「売れなきゃいけないプロとは違うんだから、そういうところで柔軟であって良いはずだよ、ネット小説は」




2.


 最後の話は「フォントいじり」。

 よくわからないわたしは、いつもどおり気安く先輩に訊いてみた。


「先輩先輩。フォントいじりってなんですか?」

「一般的には、文字の大きさや色を変えて強調するやり方を指して言う言葉だ。『はがない』のジェットコースターのシーンで、挿し絵を左に、右のページに悲鳴だけ、ってところがあったはずだが、アレなんかそうだな」

「ああ、ありましたね。見事な引っ張りと落としでした、アレは」


 あのシーンでは上下二段分割での台詞もあるし、面白い構成をする作品だと思う。物語の展開の仕方も、ボケツッコミのセオリーに沿ったきれいな落としだったよ。

 先輩もそういうところを買ってて勧めてきたみたいなんだけど、最初の何冊かは「これ、お勧めなんだ……」とちょっと引いてました。ごめんなさい、先輩。


「文字を大きくしてツッコミを入れるような手法は『スレイヤーズ!』にも見られるような伝統的な手法だ。ただ、あんまり評判は良くないかな」

「あれ? そうなんですか?」

「おじさんから聞いたんだが、あれは昔、ネットで流行った手法らしい。テキストサイト全盛期によく使われていた手法なんだと」

「テキストサイト?」


 先輩によると、ブログが生まれてくる前に流行っていたサイト形式らしい。言葉の通り、テキストをメインにしたサイト形式だとか。それも日記をメインとしたもの。

 素人の日記が流行るって、ちょっとイメージ湧きづらいな。(※7)


「この頃を知ってる人間からすると、時代遅れの感がするのだとか。それならそれで、一周回ってそろそろ流行ってもいい気もするが、そういう風潮は見られないな。フォントいじりは基本的に禁じ手だ」

「……あれ? そういえば先輩、フォーマットの話をしてたときに、この話題出してませんでしたっけ?」

「フォーマットっていうと、『段落の組み方』を話していたときか?」


 あのときは先輩、「いまはフォーマットをいじる話じゃない」って軽くまとめちゃってたけど、まさに今日の話題なんじゃなかろうか。

 先輩はちょっとノートを見直してから、一つうなずいて答えてくれた。


「ああ、あれか。あれは全体のフォントについての話だ。全文の文字の大きさや行間の幅をどうするかって話だな。こっちは、たとえば台詞一つを大きくするとか、そういう個別の表現の話だな」

「なるほど、あれとはまた違うんですね」

「ネット小説でやるなら、あっちはサイトのシステムでいじれるけど、こっちは個別にHTMLタグを使うしかないし、また違った話になるな」


 うわ、そのレベルでいじらなきゃいけないんだ。面倒くさそー。


「話を戻すが、フォントいじりの手法は批判されやすい手法なんだが、『はがない』や『のうりん』で用いられているように、人気作でも普通に使われている手法でもある」

「そのへん、判断が分かれそうですよね。人気作だからって真似すればいいってものじゃないですけど……」

「そうだな。ただ、リードする商業作品があるというのは、素人が手を付けるための先鞭となりうるよ」


 「せんべん?」とオウム返しするわたしに、先輩は板書で応えてくれた。ああ、「先鞭」ですか。先輩、相変わらず難しい言葉使いすぎですって……。


「個人的には、気にしすぎだと思うよ。この手の手法への批判は。実は、君の好きな東雲さんにもその手の批判があるんだよ」

「む、誰ですか、その不届き者は」

「まあ、とりあえず怒らず聞こうか。三巻、『東雲侑子はすべての小説をあいしつづける』の終盤に、メールの文面を別のフォントに変えているところがあるだろう? あれについては批判があるようだ」

「えー、あれでー? 神経質なんじゃないですかー?」


 不満たらたらである。綺麗に落ちてるじゃないか。あのメールの内容だって良かった。そこでフォントがどうこうなんて、無粋にしか思えない。


「そう、神経質じゃないかと思うんだ。あれに文句を付けるのなら、作中作の小説でフォントを変更しているところにも文句を付けることになって、そうしたギミックはどれもこれもダメと物語の幅を狭めてしまう」

「ああ、なるほど、それが物語の幅を狭めるってことですか」


 さっき先輩が言っていたときはピンとこなかったけど、ようやくピンときたよ。そうか、そうだよね、たとえば詩を引用したりするときにフォントは変更すると思うけど、そういうところにまでケチが付いたら何もできなくなっちゃうよ。


「あれでダメなら、いじりようがないですね」

「そうだな、あれくらいならオッケーだと思うよ。ネット小説でも、たとえば文字の大きさを11ポイントで書いている文章で、20ポイントの大きな文字の台詞が出てくるというのは、まあうっとうしいかもしれないけどね」

「うん? どうなんでしょう。ちょっとイメージ湧かないですけど」


 わたしが首をかしげると、先輩はたとえて説明してくれた。


「君が手書きで日記を書いてるとして、文字が縦に揃わなかったら気持ち悪かったりすると思わないか? 一行目と二行目の文字がズレてるような、そういう感じの」

「ああ、しますします」


 っていうか、実際先輩との話は手で書いて記録してますし、実際気にしてます。


「文字の大きさを変えると、縦どころか横からもはみ出る。これはさすがに気になるんじゃないか?」

「あー、そう言われますと」

「わかるだろ? だから、文字の大きさはいじりすぎるとうっとうしいんだ。ただ、太文字での強調くらいは良いんじゃないかと思うよ。太文字赤字での強調なんて、参考書やビジネス本ではありがちなフォントいじりだ」


 ああ、ああ、ありますよね。参考書っていうか、教科書でも普通にありますよね。

 強調されているところにアンダーラインやマーカーするのって、いや、そうしないと覚えられないのはわかってるんですけど、「なんか無駄なことしてるなあ」って気がしますよね。


「ネット小説では、さっき言ったようにHTMLタグを追加すれば、そうした一時的なフォントいじりは案外簡単にできる。あんまりキラキラさせてもうっとうしいが、意欲的に挑戦してみてもいいんじゃないかと思うよ」

「今日の先輩は、基本的に肯定していきますね」

「あんまりそういう意欲的な作品を見ないから。安易に使っている人間が氾濫してるなら戒めもするが、いまは絶無に等しいだろ」


 絶無て。まあ、確かに、投稿小説で見かけた記憶はないですけど。


「繰り返し言うが、あくまで効果的に、だ。記号で言ったように、そこらかしこで使うようなものじゃない。必殺技みたいにここぞというときに出さないとうっとうしいだけだ」

「そこまで考えなきゃならないってのも面倒ですよね。ただでさえ、いちいちタグ打ちするの、面倒くさそうなのに」

「それもそうだが」


 ノートを片づけながら、先輩は付け加えた。


「新しい表現を取り入れて良い作品を作ろうっていうなら、労を惜しんじゃダメだろう」


 なるほど、ごもっともである。




 今日はさくさくっと終わった。

 まあ、実際はギリギリだったみたいで、部活はパッパラパと終わったんだけど、掃除している間に司書さん方が来られたもんだから焦った焦った。

 先輩も時間を計算して、さくさく終わらせたんだろうなあ。定刻人間のあだ名は伊達じゃないよね。なんとか間に合いました。


 前にわたしに絡んできた司書さんの顔も見かけたもんだから、わたしは先輩を連れてすたこらさっさと逃げ出したのだった。

 二人一緒に捕まったりしたら、ナニ言われるもんだかわかったもんじゃない。セーフ。あぶねえあぶねえ。


 わたしによるネタ・元ネタ解説。


※1

 詳しくは、先輩の言うように「文章作法」の回を参照してもらいたい。


※2

 先輩いわく、「魔術士オーフェン」の旧二巻で、オーフェンがクリーオウに石鹸を食わされてるシーンでのハートマークが印象深いんだとかなんとか。

 なんのシーンなんだ。石鹸食わすなよ。


※3

 ffffなんて笑っちゃう音楽記号は、実はかの高名な第九に出てくる。どないせいと。


※4

 一応書いておくと、「僕は友達が少ない」というライトノベルの話である。


※5

 先輩に言われて、「薬屋のひとりごと」を全編読んでみたけど、顔文字が見つからなかった。

 メールで文句を言ってみたんだけど、返信は「改訂したときに削ったんじゃないか」。

 宙ぶらりんなわたしの気持ちをどうにかしてもらいたい。責任取ってくださいよ先輩。


※6

 これまた一応書いておくと、「東雲侑子は短編小説を愛している」から始まる三部作のこと。


※7

 先輩によると、先行者なる中国のロボットネタが火付け役だったらしい。

 「侍魂」で検索すれば詳細はわかるのだとか。

 先輩は本当に、いらない知識ばかり増やしてどうするつもりなのだろうか。断捨離すべきじゃなかろうか。


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