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12.キャラクター

【文字数】

 20000字ほど


【作者コメント】

 今回はネット小説というより、小説そのものに関する話題になっています。

 かなりの部分が「※あくまで個人の意見です」となっていますので、注意をお願いいたします。

 あと、本当に毎度毎度長くてすいません。承前は省略可ですので、適宜読み飛ばしてやってください。


【目次】

 0.承前

 1.キャラ作りにおける注意点について

 2.キャラ設定が物語と深く関係する点について


0.


 テスト期間が明ける瞬間というのは、この上ないくらい解放された感覚があるもんだ。これは学生なら誰もが賛同してくれることだろう。ひょっとすると夏休みに入る瞬間よりも上かもしれない。だらだら半端な授業が続くから、夏休みの始まりってなんかぼわっとしてるしね。

 そんなこんなで、最後のテストを終わらせたわたしはさささっと図書準備室までやってきていた。昨日から来てるんで「ようやく来れたぞ!」って喜びはないんだけど、「これからは自由にここに来れるんだ」っていう感はあるなあ。だからわたし、張り切っちゃってるよ。

 がらがら開けて入ってみると、先輩がもう来ていた。そりゃそうか。鍵開いてるんだし。

 ちわっす、わたしです。


「おや、先輩、昼食ですか?」

「腹ごしらえだな」


 あちゃあ、お昼は部活の後に先輩とどこか寄ろうかと思ってたんだけど。当てが外れたよ。ううーん、帰ってから食べないといけないのか。うちの母親は果たして何かを作ってくれているのだろうか。

 先輩はサンドイッチ用とおぼしき竹製のボックスにサンドイッチを詰めて……詰めて? うん、たぶん詰めて持ってきたようだ。いや、なんかさ、もうだいぶ空になっていたもんだから戸惑ったよ。このボックス、大きさ結構あるんだよ。オーソドックスな長方形のサンドイッチが十個近く詰められそうなんだけど、もう三個しかない。

 こりゃ、先輩、わたしに食わせたくないからって慌てて食べたんだな。まったく、お茶目な先輩である。


「そんなに焦って食べなくても、わたし、取ったりしませんよ?」

「なんの話だ?」


 なんの話だかとんと見当が付かない様子の先輩に、その隙間分をこの短時間(わたしが来るまでだから、あって十分ほどだろう)で食ったんだよね、と質問してみる。

 先輩は首を振った。


「いやいや。そんなに早く食えるタチじゃないよ。君とはよく食事に行ってるはずなんだがな」

「はあ、先輩、どっちかって言うと遅いですもんね。だから、相当焦って食べたんじゃないかって思ったんですが」

「食いしん坊でもないことは知ってくれてると思ってたんだけど」


 まあ、確かに、先輩のキャラじゃない。ラーメン屋でサイドメニューを頼んだときも、わたしと分け分けして食べるし。大食らいではないだろう。

 納得してわたしがうなずくと、先輩は説明してくれた。


「お隣さんからイチジクをたくさんいただたいたんだ。それで、ジャムにしてみた。量が量だったもんでな、とりあえずサンドイッチにして図書室の皆さんにお裾分けしてきたんだよ」

「はあ、お裾分けですか」


 午前中一杯テストで集中していた分だけ、わたしの頭は緩くなっていたらしい。一瞬、意味が受け取れずにオウム返ししてしまう。


「……え? これ、先輩のお手製ですか?」

「ジャムはな。パンはパン屋の食パンだよ。テスト期間中にパンまでは焼けないし」


 テスト期間中じゃなかったらパンまで焼くんですか。ハハ、ひさびさにワロタ。先輩の女子力の高さにただただひれ伏すしかないわたし。


「良ければどうぞ。悪くない出来だと思うよ」

「あ、はい。ありがとうございます。いただきます」


 あまりの高い壁に内心怯みながら、わたしはいただいた。

 一口ぱくりといただくと、口の中に、なんていうのか、えっとね……特別強くはないんだけど、なんかすごく深みのある甘みが広がる。後味にはどこか柑橘を思わせる爽やかさ。じっと、わたしは味わいのひとときを楽しんだ。

 ……いやいやいや、なにこれ。いや、本気で美味いんですけど。これ先輩作ったの? 先輩の女子力数値上昇が止まらない。壁がもはや、高すぎて上が見切れないレベルだよ。


「どうだ?」

「美味しいです……」


 お茶をいれてくれた先輩に一礼。お、お見逸れいたしました。ちょうどいいタイミングのお茶といい、しかもわざわざ合わせて紅茶いれてくれてることといい……先輩、良い奥さんになれますよ、うん……。

 そんなほろりときてるわたしに、先輩は優しく提案してくれた。


「試食でだいぶ食べたんだ。良ければ残りも食ってくれると助かる」

「いただきます」


 即答したわたしはありがたく頂戴した。食いしん坊万歳である。




 紅茶なんてあったんですね、なんて様子見のジャブ的な話題から今日の部活は始まった。

 茶葉自体はそのつど買ってあるらしい。実はコーヒーメーカーもあるらしくて(それは早く教えてもらいたかった)、ときにはコーヒー豆も買ったりするのだそうだ。なにここ、楽園なの?


「あれ? そのわりにはいつもお茶ですよね」

「まだまだ新茶の美味しい季節だからな。紅茶やコーヒーは寒くなってから楽しむものだよ」

「お、先輩は紅茶とコーヒー、どっちもイケる口なんですか」

「どちらでもと言うか、合わせる茶請けによるかな。なんでも単一の飲み物でマリアージュさせるのは邪道だと思うよ」

「そうですよね。まあ、うちなんて、どんなときでもコーヒーばっかガバガバ飲んでますけど」


 目覚めのコーヒー。食後のコーヒー。帰ったからコーヒー。読書の共にコーヒー。寝る前のひとときにコーヒー。

 茶店ばりにとりあえずコーヒー、なのである。

 ちなみに、わたしのこの習慣は、うちの母親に影響されるところが大である。あの人、本当にがっぱがっぱ飲むからなあ。ほとんどジャンキーだよ。二人の兄も同じくコーヒー党なもんだから、うちの消費量はえげつない。

 だから、インスタントと電気ポットの残量は常に気にしておく必要がある事柄である。お湯使って、無くなったのに補充しないなんて愚かなことはしちゃあならない。

 だって、いっつも母親が気づくんだよ。いの一番にさ。

 そして、キレるんだ。それも静かにキレる。超怖いよ。説教するときも淡々と、それもゆっくり話すんだけど、真綿で首を絞めるって表現がよく似合う感じで、一つ一つ丁寧に問題点を指摘してくる。理路整然としてるから、叱られてる側の心理に逃げ道がなくて、追いつめられてる感がハンパない。

 説教受けた後はいつもクタクタである。


「……前々から疑問に思ってるんだが、君は母親と仲が良いのか悪いのか、よくわからんな」


 わたしの話に、先輩は首を傾げた。

 いやいや、仲が悪いってわけじゃないんだけども。


「嫌いってことは絶対ないですし、苦手ってわけでもないんですよ。仲は良いと思います。ただ、スイッチ入ったときの感じがトラウマと言いますか」

「トラウマときたか」

「いやですね、わたし、一番昔の記憶が、駅ビルで駄々こねてるわたしに母親が淡々と説教している光景なんですよ。なに言っても、叫んでも、わめいても泣いても、ずぅっと説教されたんです。淡々と。こっちの目をのぞき込んで。わたしが謝るまでずっと」

「うわぁ……」

「本当に、トラウマなんですよね。たまに夢に見ますし。あの人がわたしん中でダントツに怖い人です」


 父親はあんまり怖くないんだよね。っていうか、単身赴任が多くてそういう強い印象の残る思い出がないんだよなあ。もちろん嫌いじゃないし、帰ってくるたびに変なプレゼントくれるとこなんて嬉しさ半分、ありがた迷惑半分で面白いんだけど。


「あ、すいません、変に話を膨らませちゃいましたね。今日のテーマはなんなんですか?」


 ふと気づいたわたしは、改めて部活動を促した。腹ごしらえも済んだし、程良く口も滑らかになった。準備は十分だろう。口寂しさをごまかしてくれる紅茶も、まだまだカップいっぱいだ。

 先輩も一つうなずき、話を改めた。


「いや、ちょうどいい話題だったかな。今日は『キャラクター』について話そうと思ってたんだ」


 ……ええ? 何がちょうどいいんですか?

 イミフ(意味不明)なわたしなのだった。




1.


 先輩は最初に前置きをした。


「今回、『キャラ作り』について話すわけだが、先に一つ言っておこうか。創作論としてはかなり核心に迫ったテーマだと思うけど、実際にはたいした話はしない」

「えっと、どういうことですか?」

「いや、なに、魅力的なキャラをたくさん作ってきた作家がキャラクター論を語るわけじゃなくて、創作経験のない一読者が語るんだ。たいした話はできないさ」


 なるほどね。それは確かに。


「さすがになんの予習もなしにやるほど無謀でもないから、二、三ほど創作術について調べてはみた。が、ピンとこないんだ。仕方ないだろうな、やったことのないことを実感するのは難しいよ」

「そうですよね」

「そこで、今回の主題は『この辺を気をつけておいた方がいいんじゃないか』という、まあ、傍論もいいところの話になる」


 先輩はちょっと気まずそうなので、少し混ぜっ返してみようか。


「でも、それって、いつものことですよね」

「君はひどいことを言うな。だが、そうか、毎回傍論と言えばそうだな」


 あっさりうなずく先輩。いや、いまのは「なんでやねん」の流れでしょうに。そんな、納得されちゃったら、言ったわたしが超感じ悪いじゃないですか。

 そんなわたしの気まずさに触れることなく、先輩は話を続けた。


「おじさんにも訊いてみて、本を紹介してもらったんだ。でも、こっちも不発だったかな。面白い本だったが」

「なんて本なんですか?」

「『物語工学論』。キャラクター分類から物語を工学的に創作できないかその試論、試みの論を説いた本だよ。七つの分類には見るべきところが多いが、副題の『キャラクターの作り方』という点では参考になりそうにないな」(※1)

「創作をしていない先輩が言うのもどうなんでしょ」

「創作をしていたおじさんも言っていたからな」


 なるほど。それなら多少は信憑性もあるか。しかし、参考にならない本をなぜ紹介したんだ、先輩のおじさんは。

 わたしがそのへんをツッコむと、先輩は片手を振って擁護に回った。


「いや、本としては本当に面白い本だよ。物語を『非対称性から対称性への回復』という表現で、まあ要は『喪失からの回復』ということだが、その観点から検討してキャラクターを分解している」

「えっと。専門的すぎて、いまいち理解できないんですが」

「そうだな、たとえば君も読んだ東雲さんのシリーズ一作目を考えてみるとしようか。主人公である彼には当初、ある種の絶望感があった。欠落と言ってもいい。その内容は覚えてるよな?」(※2)


 当たり前田のクラッカーである。物語のメインディッシュなんだから。

 わたしのうなずきを見てから、先輩は話を進めた。


「その欠落を、東雲祐子という人物との恋愛……恋愛ごっこを通じて埋めていく過程があの物語だ。これが『喪失からの回復』だよ」

「……なんか、そんな風に当てはめられちゃうと、身も蓋もないような」

「これは仕方ない。学問的な分類というやつは、基本的に身も蓋もない。枝葉末節は切って捨てて、幹や根元の部分だけで話をするからな。そこは我慢してもらいたい」


 あ、いえ、我慢ならないってわけじゃないんですけど。わたしは手を振ってそう否定した。

 でも、感動した物語をそんな風にぶったぎられると、なんとも言えない感じにもにょるのだ。軽い気持ちで夢の話をしたら、いきなり「それは抑圧された幼少期の記憶が原因かもしれない」と言われて困ったとか、そんな感じである。いや、経験ないけどね、そんなの。


「まあ、とにかく、キャラクターというのは基本的に欠落がある。見せ場にたどり着くまでにどん底があるように、改心するためには悪いところもなくちゃならない」

「……あ、それってもしかして、物語を通じてキャラが成長するってことですか?」

「鋭いな。まさしくそのとおり。未熟でないキャラに成長はない。成長がないということは、変化がないということだ。これはマズい。物語ってのは基本的に事件があって、その事件で主人公がどう変化するのかを見せるものだからな」


 ふむふむ。なるほど。

 離婚直前の夫婦がハイジャック事件に巻き込まれて、旦那の活躍で事件は解決、「やれやれひどい目にあった。さて、離婚しようか」じゃあ、なんのための物語だったのかわかんないしね。

 結果的には(離婚するってところは)変わらないんだけど、登場人物の心理はがらっと入れ替わってるというパターンもわりとありがちだろう。どこかに変化はあるものなのだ。


「というわけで、一つ目のテーマはこれだ」


 先輩は板書を始めた。傍点を打って、「キャラ作りとは欠点作りである」。


「『物語工学論』では、特別対談としてライトノベル作家の賀東招二さんを招いて対談してるんだけど、その中でこのことを『隙を作る』という言い方をしてる。ほぼ同じ意味と考えていいだろう」

「欠点作りですか。通知表的な意味じゃないですよね」

「なんて雑なボケなんだ」


 す、すいません。思いついたもので。テスト期間がわたしをなまくらに変えてしまったようだ。


「仕切り直すぞ。欠点って言うのは、いわばギャップだな。かっこいいあの人の意外な一面や、思わぬ弱点のことだ。確か、賀東さんの『フルメタル・パニック』は貸してなかったんだったか?」

「そうですね。そのタイトルに覚えはないです」

「じゃあ、この例はちょっとわかりにくいかもしれんが……この作品にはカリーニンという完璧な軍人が出てくる。ただ、彼はちょっと味覚がおかしくて、ある短編ではとんでもない料理をふるまってくれるんだ。この短編の主役は彼の上司なんだけど、たまの休日に息抜きで料理を楽しむ部下を前に、何も言えない。食べるしかなかったんだ。この展開は笑えるし、魅力的な演出だな」

「ふむふむ。でも、料理下手とか味覚オンチってのはわりとありがちなネタではありますよね」

「そりゃね。要はそうした要素を誰に付与するか、いわば『どんなギャップを生み出すか』がキャラ作りの根本だと思うよ」


 ギャップが受けるというのは、よく聞く話である。これは別に創作にも限らないだろうしね。

 わたしがそううなずくと、先輩は逆に首を傾げた。


「いや、実際のところ、現実でのギャップは結構引かれるみたいだが」

「え、うそ。結構雑誌ではそういうの、狙い目だって書いてますけど」

「たとえば、ある男性がキリッとした仕事のできる同僚に惹かれたとしようか。そんな彼女が、プライベートではベタベタに甘える女の子に変身したら、まあ人によっては『そんな彼女も可愛い』とのろけるかもしれんが、普通は『コレじゃない』となってしまうさ」

「ええー? よく見かける理論と真反対なんですけど」


 普通そういうのって、テキメン効果ありって感じなんじゃないの? 合コンの絶対攻略術的なものじゃないの?

 ちょっと待て。どういうことだ。どっちが正しいんだ。


「じゃあ逆だ。逆転してみよう。金があって、大人の余裕を見せる年上の社会人に惚れた女の子がいたとしよう。付き合ってみたら、自宅で二人っきりのときに赤ちゃん言葉で甘えてきた。さて、彼女はどう思うだろうな?」

「え、そりゃあどん引きするに決まってますよ」

「はっきり言うんじゃない」


 どう言えと。


「男は誰だって甘えん坊なんだ……じゃなかった。これがギャップだ。場合によってはあばたもえくぼでオッケーかもしれん。そのギャップが良いってこともあるだろう。しかし、あまりにひどいギャップは百年の恋もパアにする」

「創作と現実は違うんですね。そりゃそうか、実際違うんだし」

「そうだな。創作世界はもうちょっと自由度がある。それにしてもあまりにひどいギャップは引いてしまうし、そもそも受け入れられないギャップというのもあるからな」


 というわけで、と先輩はさらに板書。これまた傍点を打って「読者を引かせてはいけない」。


「昨今、さまざまなキャラがいるものだが、やはり受け入れられないキャラというものがある。個々人でそのへんは変わるのだろうが、君にはそういう苦手なキャラ属性ってあるか?」

「そうですね、うーん……頭の緩い女とありえないくらい男に従順な女でしょうか」


 正確に言うと、頭も股も緩い媚び売り女とハーレムでもオッケーとか言っちゃう頭のおかしい女のことだが、下品なので表現を控えた。


「うん? それはもしかして、男性作家が描くような女性キャラクターということか?」

「ああ、たぶんそうです」


 ライトノベルに限らず、男性が描く女性ってなんか安易で、無性にキレイすぎるときがある。どう見ても清楚ぶってるだけの腹グロのクソ女がヒロイン扱いされてるのを見ると、そりゃ「男ってバカよね」って言われるよ。

 わたし、下の兄と古ーい「ときメモ」(※3)をやったことがあるんだけど、ちゃんとデートしてご機嫌取らないと女の子の爆弾が爆発して(もちろん心理的なものである)、悪い噂が流れて女子から総スカンを食う、っていうあの七面倒くさいシステム、感心したんだよね。うん、まあ噂は流れるよ、マジで。

 結局ね、女ってのは土台、七面倒くさい存在なんだよ。そんな自分を受け入れてくれるパートナーを探している、と言ってもいいかな。その部分を避けて上澄みだけを取ろうとしても、リアリティがなくなるだけである。


「君は本当に、たまーに女性へ罵詈雑言を吐くな」

「男性にも吐いた方がいいですか?」

「いや、遠慮しておく」


 なんだ、つまんないなあ。


「まあ、とにかく、受け入れられない属性……属性? まあ、そういうものがあるという話だ」

「……あ。もしかして、主題から外れちゃいましたか。ごめんなさい」

「いや、話を振ったのはこっちだから。もう少しわかりやすい属性を期待したんだが」


 確かに、属性と言えるか微妙だったもんなあ。

 えっと、属性ね。属性と言うと、ツンデレとか、お嬢様キャラとか、口汚いとか、見た目が幼いとか……。


「そうですね、なら、女性の下ネタキャラはイヤですかね」

「ああ、最近は多いな。どんなところがイヤなんだ?」

「男性的な語彙を使うでしょう。明らかに、男を喜ばせるための下ネタ。女性には女性の語彙や表現があるはずです。まあ、男性向け作品なら仕方ないんでしょうけど、違和感があるんですよね」


 女性同士が飛ばす下ネタからかけ離れてると、冷めるのだ。しょせん男の妄想だよな、って。

 ……いや、わたしは楚々としたお嬢様だから、そんな下ネタなんてお下品な発言はしないですけどね? 女性読者にはそうやって冷めちゃう人もいるんじゃないかな、ってそんな一般論の話ですよ?


「なるほどね。参考になるよ」

「なんの参考なんですか」

「さて、そんな風に引いてしまう属性というのはある。きちんと描き込めば良い味を出すことも少なくないが、ただただ引かせてしまうこともある」


 先輩は先ほどの板書の下に、「ex. 下ネタ系女子、暴力系ヒロイン、男の娘、TS」と書き加えた。これは、例示なのかな?


「えっと、ほとんど全部よくわからないんで、説明をお願いします」

「おう。そうだな、暴力系ヒロインというのは、たとえば極度の緊張や恥ずかしさから好きな相手を殴ったり蹴ったりしてしまうヒロインのことだ」

「ああ、あれですか。結構見る気がするんですけど、気のせいですか?」(※4)

「いや、結構見かける。古くは『うる星やつら』のラムちゃんあたりが挙げられるだろう。むしろ伝統的なヒロイン像だと言っていい」

「あー、確かに。暴力的ではありますね」


 わたしもそこまで古い作品になっちゃうと全然わかんないんだけど、だーりんなる主人公に「浮気は許さない」とかなんとか言って雷を落とすってことは知ってるよ。


「ただ、この手のキャラ設定には根強い反発がある。そもそもこうしたヒロイン像は、君が言った『男性に都合のいい女性』像へのアンチテーゼとして存在するものじゃないか、と思うんだ」

「えっと?」

「つまりだな、元来女性の地位は低かった。一昔前は亭主関白の時代だ。創作の世界もそんな現実の延長線上にあって、従順な女性像が一般的だったんじゃないかな? その常識を打ち破る独創性を持っていたからこそ、暴力型ヒロインという像は魅力的だったんじゃないか、ということだ」

「うん? 現代はそうじゃないってことですか?」


 まだちょっとわかんない。ぼんわりとはわかるんだけど。

 先輩は片肘突いて説明をさらに具体化した。


「そうだな。たとえばいま君が殴ってきたとしよう。それが社会から認められない絶対的な悪だと言えるか? とんでもないことだとバッシングされることか? 女が男を殴るなんてとんでもない、か?」

「殴ること自体は良くないことですけど、そんな風に言われる筋合いはないですね」

「そうだな。こっちがヒドいことを言ったかもしれないしな」

「ああ、それならなおさら、わたしが悪いってことにはならないでしょう」


 とはいえ、先輩は変なネタを放り込むことはあっても、ヒドいことを言う人じゃないしね。ちょっと考えづらい想定だけど、なんて心の中で但し書きを付けるわたし。


「暴力を振るうことも、現代では男女平等だ。まあ、実際には男性の方が力が強い場合がほとんどだし、深刻な家庭内暴力の加害者は男性のパターンが多いだろう。しかし、少なくとも、男女のどちらが暴力を振るおうが、ダメなことはダメだと言える社会には違いない」

「ふむふむ。そっか、じゃあ暴力型ヒロインってただひたすらダメなことをしてる人なんですね」

「そのとおり。しかも、主人公はやり返せないなんてパターンがある。まあ、ヒロインと主人公が血みどろの喧嘩をしてもアレだが、反撃できないのは最悪だな。読者は主人公に感情移入してるから、どうしたってフラストレーションが溜まるさ」


 なるほど、ようやくわかった。そりゃイヤなわけだ。

 自由に暴力を振るう「人」に対して「自分」はやり返すことが許されない。それはイジメの構造に他ならないじゃないか。これが男女の仲だからって許されることじゃないってのは理解できる。


「相手が反撃しないからって嵩にかかって暴力を振るう女ですか。うわ、サイテーですね」

「逆にしてみればわかるよな。非力なのか惚れた弱みなのか、抵抗すらできないヒロインに暴力を振るう主人公。どう考えてもアウトだろ。男女逆転させて、そこにギャップを作っているのはわかるが、強く反発されるのも道理だ」

「うーん。こうしてみると、このヒロインがどうして受けるのか、ちょっと理解できなくなってきたんですけど」

「それは正直、詳しく聞いてみたいところなんだよ。どこが魅力的なのかね。おじさんにも訊いたんだけど、おじさんもこの手のヒロインが苦手らしい」


 ダメだ、うちの部活はお手上げ状態である。

 わたしもお手上げしかけたところで、先輩は、いつもどおり一本指を立てた。


「ただ、一つ参考材料がある。『GS美神 極楽大作戦!!』という作品があるんだが、知ってるか?」(※5)

「初耳です。なんですか、それ」


 先輩がタイトルを板書してくれる。うーん。やっぱり知らないや。タイトル的には、たぶんマンガか何かじゃないかなと思うんだけど。


「これは、簡単に言うと除霊物のマンガだ。ゴーストスイーパーの略でGSというわけだな」

「うーん、聞いたことないですね。有名な作品なんですか?」

「有名な作品と言っていいと思うよ。知名度がいかほどかというのは難しい問いだが、日曜の朝にアニメ化されたことがあるそうだし、コミックスは全四十巻、ワイド版やコンビニコミックも出てて、前世紀の作品なのにいまでも話に出すファンが存在する作品だ」

「それ、普通に超人気作品じゃないですか」


 その一つでも該当すれば、十分大当たりである。これで中程度の作品なんて言った日には、漫画家の皆さんに血祭りに上げられることだろう。


「この作品の主人公はタイトルにもある美神という除霊事務所の女所長で、日給十円で働く幽霊と、下僕としてこき使われる時給二百五十円の丁稚がメインキャラだな」

「に、日給十円? いや、幽霊ならいいのかな……でも、時給二百五十円って、それはさすがに何かしらの法律に引っかかりますよね?」

「安めに設定されてるうちの県の最低賃金にも引っかかるな。まあ、前世紀のギャグマンガだ。そこは目をつぶってやれ」


 え、ええー。どう考えても時給二百五十円はおかしいでしょうに。除霊物って、絶対命にも関わるだろうし……ああ、そうか、その分危険手当が高いんだ。それに、突発的な依頼で時間外労働手当もあるだろうし、拘束時間も長いんだろうね。それなら納得である。


「で、この美神という女性が業突く張りの暴力型ヒロインで、セクハラを企てる丁稚を撃退してよくこらしめている。もちろん暴力で。仕事でもヤバげな場面で盾にして使ったりもする」

「うわあ……サイテーですね」

「うむ。ヒドいことは確かだ。実際彼女も根強い反発を買っているみたいなんだが、ただ、これはひとえに丁稚が急成長したためもあるな。読者が丁稚に感情移入しすぎた嫌いはある。美神というキャラ自体は大変示唆深いキャラだよ」

「しさ?」

「ああ。今回の『暴力型ヒロイン』というテーマの参考になるキャラなんだ」


 しさ、しさ、しさ……ああ、なるほど、示唆か。


「まず、この作品で重要なのは、ボケツッコミがコマ単位で入れ替わるところにある」

「入れ替わる? 笑い飯的な?」(※6)

「あれよりもっと早い。見開き二ページのうちに、丁稚がツッコまれ、逆に美神がツッコまれとポンポン変わる。日給十円の幽霊と丁稚がひそひそと話してツッコむパターンなど、ツッコミのバリエーションは豊かだよ」

「ふむふむ。えっと、つまり、暴力型ヒロインである美神さんとやらは、ただ一方的に暴力を振るう立場ではなくて、ときにツッコまれるボケキャラでもあると」

「そうだな。金に汚いところなんて散々ツッコまれてるからな。丁稚は言い合いになってもきちんと言い返している。一方的に殴られるわけじゃない。それに、暴力を振るわれているシーンが、セクハラだとか敵に操られているだとか、わりと妥当性のあるシーンが多いのも重要なポイントだ」


 なるほど。妥当性か。反撃ができることとあわせて考えれば、先ほどの図式は崩壊する。これはイジメ関係ではなくて、男子学生同士がじゃれてる(と女のわたしが想像するところの)図に近いのだろう。


「悪いことをした人間に対して『それは悪いぞ』という。これは暴力ではなくて、ツッコミだな。暴力という手段を使っていても、問題になりづらい」

「それでも反発は生まれるんですから、難しいものですね」

「性格悪いからな、美神ってキャラは。他にしおらしいキャラがいるぶん、人気が落ちるのも仕方ない。ちょくちょく他の男になびいたりもするし、男性読者には受けんよ」

「おお、そんなところにリアリティが」


 他の男になびく女キャラか。確かにそれは少年マンガでは人気が出ないだろうなあ。


「彼女の欠点はさておいて、他にも見るべきところはある。情実だ」

「じょうじつ?」

「情の深い女性なんだよ、彼女は。彼女の金にがめついところも、母親を早くに亡くしてその欠落を埋めようとする精神的な作用、という一面もある。父親とも縁遠いから、彼女は孤独だったんだ。思春期はかなり尖っていたようだしな」

「おお、結構深く設定されてるんですね」

「そう。暴力を振るうキャラってだけじゃなくて、その背景もきちんと描かれている。これも大事なところだな」


 ふと思い出したかのように、先輩は立ち上がって板書を始めた。あ、忘れてたんだ。

 書いたのは「暴力型ヒロイン→女の暴力もまた悪である」、改行して下に「対策:一方的にしない、背景を描く、」。

 そのままの位置で先輩は話を続ける。


「それと、そう、情実だよ、情実。話がそれたが、彼女は仕事にシビアである一方、情で判断することもある」

「人情を持ち合わせてるんですね」


 板書の「情実も描く」を見て漢字がようやくわかったよ。ううむ、先輩、難しい言葉を使いすぎだ。これは後で言っておこう。


「有名なネタで言えば、山の再開発のために山猫の妖怪を退治しにいったとき、妖怪たちの苦境を知って仕事を放棄したことがある。それで数億の仕事がパアになった」

「数億円ですか!」


 びっくりする。ええ? 金にがめついキャラなんじゃないの?


「しかも、丁稚が山猫親子に同情して敵に付いていたんだが、それについてもほとんどおとがめナシだ。彼女が金にがめついだけのキャラでないことがよくわかるエピソードだな」

「なるほど。そういうシナリオを組めば、彼女の暴力が単なるツッコミだってところに落ち着きますね」

「本当に良いことを言うな、君は。そう、シナリオをしっかり組んで、暴力型ヒロインのキャラを深めてやれば、暴力を単なるコミュニケーションツールにまで落とし込めるんだ。ただ暴力を振るうって属性だけの薄っぺらなキャラでは嫌われて当然だな」


 おお、誉められた。やったね。

 そうだよね、理由があっての行動なら、暴力もギャグの範疇で理解できるよね。漫才のツッコミが暴力ではないと理解できるように。

 先輩は席に戻って、いつもの調子で一本指を立てた。


「余談だが、この『GS美神 極楽大作戦!!』という作品は、キャラ作りやアイディアの膨らませ方において大変参考になる作品じゃないかな、と思う。オーソドックスなキャラを生き生きと描いているんだ」

「主人公の暴力型ヒロインだけじゃなくて、全般的に参考になるんですね」

「そうだな。丁稚は成長型主人公。幽霊はサブヒロインとして物語を深める役所。他にもマッドサイエンティストや主人公の師匠、主人公のライバルキャラや丁稚のライバルキャラ。誰も彼もが生き生きとしているんだ。たとえば美神が昔憧れていたお兄さんなんていい感じにイヤみなイケメンで、彼なんかは典型的な当て馬キャラだな。『めぞん一刻』に出てくる三鷹瞬のような、いかにも男受けしない良いキャラなんだ」

「さすがに長期連載だけあって、キャラも豊富ですね」

「豊富なんだよ。それも、そこまで独創的なキャラではない場合が多い。ギャップの作り方とキャラの描き方さえ押さえておけば、独創性はそれほど重要でないことがわかるよ。本当に良い作品だ」


 うーむ。そこまで推されたなら読まざるをえないじゃないか。本読みの沽券に関わる。また今度貸してもらおう。

 しかし、全四十巻ってのは若干引くな……あ、先輩が持ってるコンビニ版では十二冊なんですか? なら、一気に読めるじゃん。借りよう借りよう。


「ここまでの理解の仕方で、他の例も読み解けるよ。要は背景をきちんと描けばいいわけだ。で、次の『男の娘』はヒロインの一人が女装している男キャラ、というパターンだな」

「ああ、それって『はがない』の幸村君のことじゃないですか」

「そうそう。彼の場合、彼女になってからの方が複雑で良いな。自意識ではずっと男のつもりだった女の子、それも男らしくなりたいと思っていたわけだ。その上で、今度は女の子らしさを磨こうとしている。キャラに深みが出ているよ」

「おや、先輩は彼女が好きなんでしたっけ」

「いや、あの作品にはあんまりそういうキャラはいないんだが……まあ、そんな個人的嗜好はいい。彼女がもし『男の娘』のままだった場合、物語の進行上、どうしたってヒロインの一人って立場から抜け出せない。まさか、男と男が結ばれる物語にはできんしな」

「え?」

「……いや、できないからな? 男向けのライトノベルで、そんな答えを出したらマズいどころの騒ぎじゃない。ある意味で伝説になってしまうよ」


 ……ああ、そりゃそうか。ノーマルな少女マンガで、主人公が女友達と結ばれるエンディングはないよな、とわたしは変換して理解した。

 いやあ、昨今の先鋭化した(したらしい、先輩いわく)ライトノベル業界では、それくらい日常茶飯事なのかと思ってたよ。「男の娘」って結構いるみたいだし。勘違い勘違い。


「その意味で、『男の娘』はヒロインとしての出口がない。このへんは、最初に紹介した『物語工学論』でも触れられてるんだが、『男の娘』は類型上『武装戦闘美女』に分類される。戦う女の子像だな」

「戦闘? 『男の娘』と関係ないように思えるんですけど」

「つまりだな、女の子なのに男性的な戦闘能力を持っているという非対称性は、男性なのに女性性を獲得している面でも説明できる、って寸法だな。まあ、要は、男女分業を前提にした、異性の性質を持ちあわせたキャラ、ということだ」


 ううむ、だいぶ観念的な話だな。つまり、女の子なのに男の子的な何かを持っていたりするアンバランスが「武装戦闘美女」ってやつで、逆転したのが「男の娘」ってわけか。なるほど、それがどうした。


「で、この分類について、『物語工学論』では非対称性の解消の難しさを指摘している。つまり、女装キャラが女装をやめることを非対称性の解消とすると、物語はそこに収束せざるを得ない。しかし、そうすると、ヒロインとしての立場も失ってしまうわけだ」

「がんじがらめですね」

「そう、がんじがらめなんだ。どうしようもない。だから、内面を深く描くのが難しくなる。そもそも、男が男になびく心理を強く描きすぎるのもそれはそれで反発を招くから、キャラを深く描くのは難しい。すると、薄っぺらなキャラになり、女装して男にすり寄るという異質な面だけが強調される」

「ううん、キャラとして袋小路に入ってますね」


 先輩のうなずきを見ながら、うむむとわたしは考えてみた。

 同性愛がテーマの作品でない以上、彼には勝ち目がない。ヒロインとしてすでに頭打ちなわけだ。また、キャラとして矛盾を解消してしまうとヒロインでもなくなっちゃうから、彼の内面を描いてキャラを深める方向も頭打ちである。

 存在自体が矛盾してる。これは難しすぎるんじゃないか?


「背景を描いてしまうのは絶対にダメなんですか?」

「いや、描くのは構わない。ただ、彼が屈折してしまった背景を描いて、それをそのままにして物語をクローズするわけにはいかない。そこは解決してあげる必要がある」

「でも、そうすると、彼はオカマ属性がなくなっちゃってヒロインじゃなくなっちゃうんですね」

「そうだな」

「……うーん。じゃあ、もう、主人公に両刀になってもらうしか解決手段がありませんね」


 この際、彼が屈折した理由はほどほどにして(そうした趣味くらいの理由にしてしまおう)、もうハーレムでもなんでもいいから添い遂げてしまうしかない。それが彼の、ヒロインとしての幸せだろう。

 先輩は苦笑していた。さすがに無理矢理すぎるか。


「君はたまに変な語彙を知ってるな。両刀ときたか」

「いや、ちょっと、そうやってあげつらうのはやめてください。恥ずかしくなるじゃないですか……」

「ああ、すまん。君の解答をそのままやってる作品を知ってるが、商業作品では難しい選択肢だろうな」


 ……ちょっとちょっと、恥じらってる場合じゃないんですけど。ええ!?


「男の娘が結ばれてる作品があるんですか!?」

「あるよ。ネット小説だけどな」


 なんてフリーダムなんだ。ネット小説。わたしはネットの大海を甘く見ていたらしい。


「で、次の『TS』というのは、男が女に生まれ変わったりするような性変換を指した語だが」

「ちょ、ちょっと、先輩、話進めないでくださいよ」


 わたし、先輩の言うネット小説に興味あるんですけど!




2.


 先輩がなぜか教えてくれなかったネット小説の話で、しばらく綱引きをしてしまった。結果はわたしの負け。(※7)

 いや、わたし諦めないよ。これは後で問いつめますからね。昼飯、わたしの自腹切る覚悟決めちゃうよ。ぜひとも一緒に行ってもらわねば。


「君のその執着心がどこからくるのか、理解に苦しむんだが」

「テスト明けで時間があるときに面白そうな小説ぶら下げられた本読みが飛びついて何が悪いんですか」

「……すまん。確かに何も悪くないな」


 ノンブレで(一呼吸で)言ってのけたわたしに、先輩は素直に頭を下げた。うむ、納得してくれたならそれでよろしい……いや、よろしくないから。まだサイト教えてもらってないから。


「まあ、それはさておいて」

「置いておくだけですからね」

「……さておこうか。実例で見てきたが、とにかく『読者を引かせてはいけない』というテーマは消化した」

「はい」


 先輩はホワイトボードを見返して、そっと「TS」を消した。あ、話し忘れたんだ。


「これはいつも言うように、程度問題なんだ。良い塩梅にキャラを作れば引かせがちなキャラ設定も生きてくる」

「それはわかります」

「『のうりん』の白鳥さんが書いた『蒼海ガールズ!』という作品があるが、主人公のシューフェンはずいぶん人気のある『男の娘』キャラだ。彼が女装せざるを得ない背景は物語の設定に深く関わっているし、彼自身もなかなか男前な良いキャラをしてる。物語もしっかりした海戦物、海での戦いを描いていて、読み応えがある」

「先輩はわたしにどんだけ読む本を提供する気ですか」

「安心しろ。これは三冊で終わってる……まあ、それはいい。要は設定したキャラをどのように描けるか、そこが大事だということを再度見直しておきたいな」


 先輩は「キャラ作りとは欠点作りである」の傍点に丸を付けた。

 そうか、そうだよね。そもそもは欠点作りが必要だって話だった。でも、極端な例は引いちゃうよ、って話に発展して、議論がふわっとしてたな。


「キャラ作りは欠点作りだ。人間的な余分こそがキャラと言っていい。これは裏を返せば、こうも言える」


 先輩は板書を続けた。傍点を打って「完璧な人間は動かせない」。


「さっき、完璧な人間は成長がないからマズいと言ったが、物語を動かす役所としても完璧な人間は動かしづらい。何しろ、パーフェクトだ。どんな事態でも解決してしまう」

「結構いそうですけどね。安楽椅子探偵ってたいがいそうじゃないですか?」

「なら、彼らが冒頭十ページくらいで現れて、さっさと事件を解決したらそれで物語になるか?」

「なるわけないですよね」

「おう。そうだ。なるわけない。その手の探偵はたいがい物語の最後に謎解きをする。しかし、やろうと思えば冒頭で解決できてしまうのが完璧な人間だ。失敗しない。いつでも正しい答えを出す。最短距離で解決する。そんなキャラ、現場から引きはがす以外にどうすればいい?」


 ああ、なるほど、確かに使いづらいなあ。


「サブキャラにそうしたマッドサイエンティスト的なキャラを加えて物語を回す歯車にすることはできるが、主要な登場人物にそんなキャラを配置してしまっては目も当てられない」

「キャラ作りでは禁じ手になりそうですね」

「だろうな。物語を回すのが難しくなる。最初に言ったように、キャラクターの成長が物語の軸となる以上、良くも悪くも未熟である必要がある。人間的に未熟なのか、それとも能力が不足しているのか、何かを失ったのか、そのへんは物語の内容次第だが」


 ありゃ、ちょっと頭がこんがらがってきたぞ?


「先輩先輩、ちょっと頭こんがらがっちゃいました。もうちょいわかりやすく説明してもらえます?」

「そうだな……なら、わかりやすくスポーツ物の物語で考えてみようか。高校サッカーで頂点を目指そうってチームにリオネル・メッシ(※8)がいたら物語にならんよ。毎回野球みたいなスコアになって圧勝しておしまい。予選なら三桁得点も夢じゃない。現実ならちょくちょくある話だが、こんな物語、何が面白い?」

「あー、ピンときました。ハラハラドキドキがこれっぽっちもありませんね」

「そう、主人公が歯を食いしばって戦うからこそ、読者は物語にのめりこむんだ。それこそ、君が好きなスラムダンクのように、最後の一秒までもつれ込む戦いがある。最後の一瞬まで目が離せないような」

「なるほどなるほど、よくわかります」


 わたしはしっかりうなずいた。あれで河田も深津も沢北も河田弟も物ともしないアメリカからの留学生とかいたら、物語になんないもんな。

 山王戦、最後の四点で、花道がパスを出して流川が決め、流川がパスを出して花道が決めた。だから、試合後のあの花道と流川の焼け付くような熱い見開き二ページが生まれたのだ。

 おおう、深く納得してしまった。いかんな、こんな例えが通じるだなんて、わたしもオタク道を順調に歩んでいるものである。


「この例えで言えば、山王戦まで流川は個人プレーを続けていた。これが生きてきたわけだ。パスができるようになった展開で、上手い選手がより大きく成長した瞬間を見せつけた形だな」

「ふむふむ」

「まあ、あれをやってしまった以上、あそこで物語が終わってしまうのも仕方のないところだろう。山王以上の敵を作るのは難しいだろうし、いくつかの伏線が未消化で終わってしまったが、非常に納まりの良い終わり方だった」


 そこまでノリノリで話していた先輩が「余談が過ぎたが」とちょっと照れたように仕切り直した。あ、確かに、キャラの話としてはまあまあの余談でしたね。


「完璧なキャラではなく、成長の余地を残したキャラを、という話だったが、ここで一つ注意したいのは、キャラの欠点は物語と密接に関わってくるものだということだ」


 先輩は「欠点は物語と密接に関わるもの」と書き加えながら、言い加えた。


「いや、関わってこないといけないと言うべきかな。そうでなければ、その物語にそのキャラが出てきた意義がない」

「意義がないとまで言いますか」

「言うよ。最初の話に立ち返るが、物語というのは『喪失からの回復』だ。経験を経て、成長を遂げる。欠陥が埋まるか、あるいは新たな局面を迎えないなら、物語に価値はないし、キャラにも意義はない」


 うーむ。極論に思ってしまうわたしが変なのだろうか。


「強い言葉だから、ちょっと納得しがたいかもしれないが……」

「あ、そうですね、うーん。もうちょっと具体的にたとえてくれませんか?」

「そうだな、たとえばみんなで宝探しに行く物語で考えてみよう。この場合、宝がないと言うのが喪失というか、欠けている状態だな」

「およ。そういう見方もあるんですね」

「そう、何かを探し求める物語像は一般的だが、そういう捉え方をするようだ。さて、この宝探しで様々な困難を乗り越えて、ついに宝のある地にたどりついた。しかし、宝はもう持ち出された後だった。みんながっかりするが、この旅で友情という宝物を手に入れたのだった、めでたしめでたし、みたいな物語があったとしよう」

「……先輩、顔赤くないですか?」

「いや、即興で考えたから、さすがに臭い物語になったもんだなと思ってな」


 うわ、先輩が恥ずかしがってる。下ネタとかじゃなくて、普通に恥ずかしがってる。レアな物を見れた気分で、わたしはしげしげと眺めてしまった。


「そう見るんじゃない。見せ物じゃないぞ」

「あ、ごめんなさい。話の続きをどうぞ」

「……そうだな、たぶんこの物語では、最初は結構ケンカしたり、途中でわがままを言うキャラがいたりすると思うんだ。しかし、ピンチに力を合わせて、互いに互いを知っていく。その過程で、イヤなやつだと思ってたあいつの意外な一面や、地味な女の子の意外な特技なんかが知れたりするわけだ」

「おおー、すっごくオーソドックスな物語ですね」

「即興だから、粗いのは許してくれよ……、で、このメンバーに、ピンチになってもちっとも役に立たないやつとか、なんでもできてどんなピンチも解決してしまうやつって、仲間に入れておいて大丈夫か?」

「それ、子供向けのわかりやすい物語ですよね。それはちょっと……どうなんでしょう?」


 わたしは首を傾げた。

 こうした物語って、結構一芸入試並みに一芸を持った仲間が集まってたりするんだよね。鉄でも切れる剣豪とか、狙撃が百発百中のピノキオとか、天気を操る航海士とか、そういうのが集まる。本当に何もできない人間が主人公グループにいて、良いものか。

 うむむ。わたしには判断が付かんぞ。


「すいません、わたしには判断が付きかねます」

「そうか。個人的には、物語をミスリードしてしまうし、あまりよろしくないと思うよ。最後のオチで、みんな仲良しになってなきゃいけない。そうじゃないとオチないからな。そうすると、ドングリの背比べで、みんな程々に欠点があって、性格にも難があるデコボコの方が物語になる」

「うーん。わからないでもないんですが」

「真四角が隣り合っても、ピッタリはまって当然だろ? ジグソーパズルはあの複雑なデコボコがはまるから楽しい、と言ったらわかるかな」

「あ、なるほど」


 デコボコのあるキャラ同士がハマるから楽しい、と言われれば理解できるな。


「あるいはこの物語が、もし宝を手にしたとしても、みんな険悪なムードのまま宝の配分でモメて殺し合い、みたいなことになったら、物語として破綻してるだろ?」

「うーん? そういう物語もありそうですけど」

「いや、もちろんあると思うが、それならそこまでみんなが苦労して手を取り合ってやってきたことになんの意味があるのか、となってしまう。物語はクローズされず、喪失が回復されない。それぞれのキャラ設定も無駄になる」


 即興で話を作ったためか、先輩は一つ一つ確認するように、ゆっくりと説明を続けた。それでも、話はかなり難しくって、わたしは追いついていくので精一杯だった。


「最初に言ったように、この物語は『宝を手に入れる』ことを主題にした物語で、結果として得られなかったとしても別の宝が得られた、という構成になる。バトルロワイアルを書くのが主題じゃない。そっちはそっちで別の構成を組まないといけない。そして、各々のキャラは、その構成に即した欠点を設定しないといけないわけだな」

「……なんとなくは言いたいことがわかるんですが」


 なんとなくはわかるのだが、どうも据わりが良くない。うむむ、珍しいな、こういうの。結構わたしと先輩のシンクロ率は良い感じだったはずなんだけど。


「うーん。これもダメか……テスト明けで、いまいち準備が足りなかったかな」

「あ、いえ、こっちの理解が浅いせいだと思うんですけど」

「いや、そうでもないと思うけど……まあ、また今度に回すか。これ以上続けても堂々巡りになりそうだし。とりあえず結論だけ」


 というわけで、先輩は締めに入った。


「キャラ作りは欠点作りである。欠点を作ることで、物語とキャラが密接に関わるようになる。ならないといけない。一方、完璧な人間では引っかかりがないわけだ」

「はい」

「しかし、極端なキャラ設定は読者を引かせてしまう。物語にどうしても必要な場合を除けば、極端な属性はちょっと考え直してみるべきだろうな」


 わたしがうなずくと、先輩もうなずき返してくれた。


「以上、お疲れさま。今日の件はまたいずれ、詳しく話すよ。夏休みの宿題が増えたな」


 イヤな台詞で締める先輩なのだった。




 ……あ、しまった、掃除して普通に帰っちゃった。

 くそう、先輩、例のネット小説についてはまた明日、問いつめますからね。首を洗って待っててくださいよ!


 わたしによるネタ、元ネタ解説


※1

 著者は新城カズマ、角川ソフィア文庫から出ているらしい。

 先輩いわく「表紙のお姉さんは好みだ」そうだ。そのへんはどうでもいいです。


※2

 改めて説明すると、森橋ビンゴさんの「東雲祐子は短編小説を愛している」のこと。


※3

 「ときめきメモリアル」という有名な恋愛シミュレーションゲームのことである。

 あまたのヒロインが現れ、そのヒロインに良い顔し続けるために土日がすべてデートに潰れる様を見ていると、面倒くせえなと女のわたしでさえ思っちゃったよ。

 しかも、こんなナンパな野郎は裏で陰口叩かれてるだろうから、なおさら哀れである。


※4

 下の兄が観ていたアニメに、そんな暴力型ヒロインが出てくるものがあった。

 ファミレスなのに佩刀してたり、店長なのに仕事してなかったり、フリーダムなアニメだったなあ。


※5

 「GS美神」も、先輩いわく、二次創作が多く作られた作品らしい。

 先輩いちおしの作品だとか。早速借りたし、さくさく読んでいこうと思う。


※6

 笑い飯という名の関西の芸人がいるのだ。

 彼らの交互にボケとツッコミを交代していくスタイルは、出てきた当時、非常に受けたようだ。少しずつ accel.(だんだん速く)していく形式なんて、影響された若手芸人も多いだろう。

 それからはいまいち下火だけど、やっぱり、最初に喧伝していたのがどこかの島田さんだったのがマズかったのだろうか……。


※7

 しつこく訊いてみたら、すごくイヤそうに「レイティング指定されてるような作品だよ」と教えてくれた。

 ああ、なるほど、官能小説か。そりゃ、後輩女子には勧められないだろう。

 でも、「はがない」や「バスタード!」貸してる時点でいまさらですんで、タイトルだけでも教えてください。タイトルだけでいいんで。


※8

 わたしですら知ってる、世界最高(らしい)のサッカー選手である。

 なんかすっごくドリブルが上手くて、パスが上手くて、シュートが上手いらしい。守備も上手いんだって。地味にキーパーも出来るらしい。なにその完璧な存在。


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